第102話 レインウェル基地
まばらに雪の残る、木々の乱立した道無き道を、ナツコは〈ヘッダーン1・アサルト〉を懸命に操って登っていく。
左肩に20ミリ狙撃砲を担ぎ、右肩には弾薬ケースと観測装置。
雪の溶けた山肌はぬかるみ、時折傾斜に耐えきれず足を滑らせる。その都度アンカースパイクを作動させ地面に機体を固定しながら一歩一歩進んでいく。
「きびきびうごくー。ナツコちゃーん、遅いよー」
遠くから声をかけるのは、臨時指揮官を任された副隊長のサネルマ・ベリクヴィスト。
タマキから相当おだてられてこの任についたらしくご機嫌な様子で、標高300メートル程度の山を1つ越え、2つめの山に登っている最中だというのに元気いっぱいだ。
「はーい、直ぐ行きまーす」
ナツコも大きな声で応えて、木の幹につかまりながら上へ上へと進んでいく。
事の発端は今朝のこと。トーコが意識を失ってから5日。ツバキ小隊がレインウェル基地東側の山の中にテントを構えてから4日が経過していた。
ナツコはトーコの容態ばかりが気がかりであったが、いまだ意識は戻らず、面会も禁止されていた。
それにツバキ小隊はレインウェル基地防衛作戦に投入されることが既に決定されており、そのための準備が必要不可欠であった。
タマキはサネルマに、出撃可能な隊員に山地行軍訓練を施すよう命じた。
2つ返事で応えたサネルマは早速手の空いていた隊員を捕まえて、このレインウェル基地北側に位置するトトミ大山脈の南端、標高300から400メートルの4つの山を行く低山登山ルートを、整備された山道を使わずに踏破する訓練を開始した。
ハイゼ・ブルーネ基地のような海岸沿いとも、デイン・ミッドフェルド基地のような荒野とも違う、森の深い山地の行軍に、未だ〈R3〉の扱いが完璧とは言えないナツコは苦戦した。
しかし苦戦するからこそ訓練が必要だと理解していたナツコは、遅滞作戦を考慮して設定された装備を1つとして手放すこと無く山肌を移動し続ける。
参加者は、指揮官のサネルマに、ナツコ、リル、イスラ、フィーリュシカ。
カリラは〈音止〉修理のために手が必要だからと言う理由で残り、イスラも同様の理由で残ろうとしたが、ユイから「お前は〈音止〉に近づくな」と言われて訓練に参加することになった。
デイン・ミッドフェルド基地でイスラの操縦する〈音止〉に乗ったユイはそれがトラウマになったらしく、極力イスラを〈音止〉に近づかせないように努めていた。
それが一体どんな操縦だったのかはナツコには分からないが、いつも濁った瞳をしているユイが、イスラに対してだけは瞳を煌々と怒りで染めているのを見るに、相当酷かったことだけは確かなようだ。
「よーし、頂上到着。いったん休憩――もとい、地形観察です」
一足先に頂上に着いたサネルマが宣言する。
遅れて到着したナツコも、ヘルメットに装着されたメインディスプレイを上げて、取り出した水筒に口をつける。
「わあ。レインウェル基地がよく見えますね」
頂上には展望台が設けられていて、視界確保のために木々も伐採されていた。
南側にはレインウェル基地。北側にはトトミ大山脈。東西は山に視線を塞がれて見通せはしなかったが、それでも景色は壮観であった。
「そうそう。レインウェル基地の様子をしっかり観測しておかないといけませんからね!」
「なーに言ってんのよ。今思いついたくせに」
自信満々に胸を張って居るサネルマに対し、リルは聞こえないよう呟いて、それでもレインウェル基地を見下ろした。
「リルさん、レインウェル基地は詳しいですか?」
「全然。前に暮らしてたのは惑星首都だし、旅行とは無縁だったからね。ハツキ島に向かうときも飛行機使ったから通ったこともないわ」
「な、なるほど」
誰かに説明して欲しかったのだが、リルはあまりよく知らないようであった。
サネルマも多分知らないだろうし、イスラも大陸中部に来るのは初めてだと言っていた。
残るのは――
「フィーちゃん、レインウェル基地に詳しいですか?」
「詳しくは無い。ただ情報は収集している」
「良ければちょっと教えて頂けると」
「分かった」
フィーリュシカは2つ返事で答え、説明を始めた。
「レインウェル基地は惑星首都を防衛するため建設された、当初から防衛を目的とする軍事基地。都市圏を持ち中央と外縁部を軍事拠点に設定している。
常時2師団。戦時には20師団以上の戦力を運用可能。基地機能は惑星トトミでの戦闘開始以来拡張が継続され現在の運用可能戦力について具体的な数字は軍事機密となっている。
南側には軍港が存在。常備戦力、巡洋艦30隻、潜水艦12隻――」
「ちょっと待って、もう十分です、良く分かりました!」
細かい数字をつらつらと述べられたら終わらないと、ナツコは慌てて制止した。
フィーリュシカは良く分かったという言葉に頷いて、それ以上の説明を止める。
「と、とにかく、レインウェル基地はちゃんとした防衛基地で、戦力も十分って事ですよね!」
横で聞いていたリルは、まあ間違っちゃいないと相づちを打って、水筒を取り出して口をつける。すっかり休憩ムード漂う山頂で、ナツコも携帯食料を取り出して休憩に入った。
「今頃トーコさん、どうしているでしょうか」
ふと呟くと、イスラが答える。
「ユイちゃんが大丈夫だって言ったんだから大丈夫だろうさ。直ぐに目も覚めるさ」
「そうですね。そうだといいです」
デイン・ミッドフェルド基地での戦い以来、意識を失ったままのトーコの事が、訓練中だというのにどうしても気になってしまう。
でも、ナツコもユイの言葉を信じていて、きっと無事で、もう少ししたら目が覚めるのだと妙な確信もあった。
ナツコが1口囓った携帯食料をバックパックにしまい込むと、サネルマが声を上げる。
「さあ、訓練再開です! このまま東へ進みますよ! 皆さん、指揮官サネルマ・ベリクヴィストに遅れないように着いてきて下さいね!」
意気込むサネルマは意気揚々とツバキ小隊の旗を掲げて宣言した。
イスラはそんなサネルマを見てやれやれと肩をすくめて見せる。
「今はトーコちゃんよりあの副隊長殿の方が心配だよ。はしゃぎすぎてバカしないだろうかね」
「大丈夫ですよ。サネルマさんだって、大人ですし」
「精神年齢がナツコちゃん並なんだよあの人」
「それなら十分大人です!」
ナツコも自信満々に胸を張ると、もう1度イスラは肩をすくめて口だけ「違いない」と言って見せて先を行くサネルマに続いた。
◇ ◇ ◇
山地行軍訓練はいよいよ最後の山の山頂まで辿り着き、後はツバキ小隊のテントまで帰るだけとなっていた。
山頂でナツコが景色を眺めていると、隣に座ったイスラが北の方角を指して語り始める。
「北はトトミ大山脈。標高こそトトミ霊山に劣るが、険しさと累計死亡者数ではこっちのほうが遙かにやばい。冬の間にここを越えてくることはまああり得ない」
「でも帝国軍は、そうやって無理そうな所を攻めるのが得意ですよね」
「そうだが、その時はこの辺の低山地域で迎え撃てば良いのさ。そうすりゃ帝国軍は真冬のトトミ大山脈で身動きとれずに自壊する」
なるほど、とナツコが相づちを打つと、イスラは東側を指さした。
「だから帝国さんは向こうからやってくる。あたしらはそこを守らなけりゃならん」
「はい。そうなりますね」
東側には山々を越えるよう建設された高架の道路が2本。海岸線沿いに引かれた鉄道が1本と、海岸と山地の間を通る鉄道が1本。
「レインウェルは防衛用の基地だし、防衛能力は高い。それに帝国軍の侵攻ルートも限られる。戦闘が始まりゃ道路も鉄道も爆破されるからな。
帝国軍が通れるのは、山の中を進む山道ルートか、海岸に沿ってどこまでも続く砂浜を進む海岸ルートか。どっちにしても、統合軍にとっては守りやすい」
「ふむふむ」
観測装置を使って確かめると、山の中にも、砂浜にも、統合軍の野戦陣地が張り巡らされていた。
山に来れば潜んでいる兵士によって機動防衛戦が展開され、砂浜に来れば見通しと射線の通りが良いことから、砂に足を取られる帝国軍の頭上へと重砲が雨あられの如く降り注ぐ。
どちらにしても統合軍には守りやすい地形をしていた。
「待って下さい! それなら最初からレインウェル基地で戦ったら良かったんじゃ無いですか!?」
「流石はナツコちゃん。天才だ」
イスラは小馬鹿にするよう口にして、対してナツコはむくれてみせた。
「最近、そうやって馬鹿にするのイスラさんの中ではやってるんですかね」
「いやいや、ナツコちゃんが面白いこと言うからつい」
まだからかい足りないようでイスラはまともに取り合ってくれなかったので、ナツコは話す先をリルへと切り替えた。
「リルちゃんはどう思います」
「最初からここで戦うなんて馬鹿な考えだと思うわ」
「む、むう。リルちゃんまで!」
リルにも相手にして貰えずむくれるしかなかったナツコの元へ、疲れ果てた様子のサネルマがやってきた。訓練ではしゃぎすぎて人一倍疲れていたのだが、それでも臨時指揮官としての意地があるのか、平静を装いながら話しかける。
「レインウェル基地自体は守りやすい立地なんだけどね。問題はこの後ろで――」
話の途中むせたサネルマを気遣いナツコは水筒を差し出すが、サネルマは大丈夫と、手を上げて制した。
それでもしばらく話を再開出来なそうだったので、ナツコはサネルマの言葉の意味を考える。
レインウェル基地は守りやすい立地。問題は後ろ。
帝国軍は東側から攻めてくるのだから、後ろと言えば西側だろう。
生憎東の山の上にいるので西側がどうなっているか分からなかったが、レインウェル基地の西側は平地だったはずだ。
「あ、西側から攻められたら弱いんですね!」
「違うわよ。時々脳みそ入ってるんだか怪しくなるわねあんた」
「うう、リルちゃんがいじめる……。それじゃあどうしてですか?」
白旗を掲げて答えをすがると、リルは嫌そうにしながらも答えてくれた。
「レインウェル基地の西側は平地でしょ。その先に何があるのか考えてみなさいよ」
「え? 平地の先、ですか?」
レインウェル基地は、惑星首都を防衛するために建設された基地だ。
となれば、基地の西側に存在するのは。
「惑星首都、ですか?」
「そうよ。レインウェルが陥落したらどうなるか考えてみなさい」
「レインウェルが陥落したら、平地を進んで、帝国軍が惑星首都に――」
口にして、レインウェル基地で戦う事の最大の問題点が分かった。
惑星首都に近すぎるのだ。ここを落とされたら、そのまま惑星首都が陥落しかねない。
そして惑星首都が陥落することは、惑星トトミでの戦いに敗北することを意味する。
「つまり、レインウェル基地での戦いはトトミでの最後の戦いになりかねないってこった」
ようやく種明かしをするようにイスラが説明した。
「な、なるほど。確かに、最初からここで戦うのは危険過ぎますね……」
最初で済めばいいが、最後の戦いになってしまったらたまった物では無い。
だからレインウェル基地の防備を充実させるためにも、敵戦力を減らすためにも、レイタムリットやハイゼ・ミーアを拠点にして統合軍はこれまで戦ってきたのだ。
「といっても、もうここで戦うしかないんだけどな」
「そうですよね。ここで負けるわけには、いかないんですよね」
「そういうこと。だから精々あんたも、無い知恵絞ってどう戦うべきか考えなさい」
リルの厳しい物言いにも、ナツコは素直に頷いた。
もう負けられない。
ツバキ小隊は、ハイゼ・ブルーネ基地で負け、デイン・ミッドフェルド基地でも負けた。
ここで負けたら、ハツキ島を取り戻せなくなってしまう。
「頑張らないといけませんね! サネルマ臨時指揮官! 休んでる場合じゃありません! このままもう1往復山地行軍訓練を実施しましょう!」
「え、ええ!? だめだめ! オーバーワークは身を滅ぼす元だよ! しっかり休むのも兵士の大切な仕事だって、隊長さんも言っていましたからね!」
訓練続行を是が非でも阻止しようとするサネルマに、イスラは「素直に疲れたって言えば良いのに」と軽口を叩いたが、サネルマは適度な休養をとることの大切さを説いて、何とかナツコを納得させた。
「そういうことですから、このまま帰投します! これは指揮官命令ですからね! さあ、出発しますよ!」
サネルマ率いる臨時訓練部隊は、夕方遅く、レインウェル基地の東の山の中にあるツバキ小隊野営地へと帰投した。
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