決戦

第100話 トーコの目覚め

 トーコは目を覚ますとベッドの上に居た。

 頭の奥がキリキリと痛み、体全体がだるく力が入らない。

 それでもぼんやりとする視界をつかって、なんとか現状把握に努める。


 部屋は個人病室。清潔感もあり設備も整っていることから恐らく士官用。

 枕は氷枕で、額にも氷嚢。右腕には点滴の針。これは栄養補給用と見た。

 日時は――


 見渡してみたが、時計がなかった。

 でもベッド脇のサイドテーブルに下士官用端末が無造作に置かれているのを見つけた。

 手を伸ばそうとするが、思うように動かない。何とか左手を持ち上げて、一度手を握ったり開いたりしてみる。

 大丈夫、動かないって事はなさそう。


 あとは持ち上げた手をサイドテーブルの方へと倒して、重力に任せる。

 倒れた左手の甲がサイドテーブルに当たりがつんと音を立てた。

 痛くはないと思ったが、それは遅れてやってきて、そのせいで今度は頭の奥が痛みを訴え、突然の頭痛に身動きがとれなくなる。


 痛みに悶え声を押し殺していると、病室の扉が横にスライドした。

 開いたのは分かった。誰かが入ってきたのも分かったが、痛みのあまりそれどころじゃ無くて視線を向けられない。


「ようやく起きたのか」


 声は幾重にも耳の中で響いた。それでも声の主がユイであることは理解出来た。

 痛みを堪えているとユイは枕元までやってきて、キャスター付きの椅子に腰掛けると半分瞑った、濁った目を向ける。


「何だその顔は」


 問いかけに答えようとトーコは口を開いたが、思うように声が出なかった。

 一度呼吸を整えてから、再度口を開く。


「頭、痛いんだけど」

「知ってる。馬鹿な真似をするからだ。どうして最終警告の時点で止めなかった」


 問われて、どうしてだったろうと記憶をたぐる。


「――〈音止〉が殲滅可能だって言うから」


 その答えには、ユイは呆れて顔をしかめた。


「拡張脳は超高性能な脳みそではあるが、それは認識能力と演算能力においてのみだ。お前の脳みそがどうなるかなんて考慮は一切しない。

 だからわざわざ警告表示するよう機能追加してやったのに、それを無視するパイロットがあるか。

 そもそも拡張脳の危険性については、十分だったとは言えないが触れていたはずだ。最終警告を無視したらどうなるか、予想もつかないほどお前は間抜けなのか?」


 何だかいろいろ言われたが耳が痛い話ばかりだったので、トーコは病人の特権をつかって逃れることにした。「一度にいろいろ言わないで」と気怠そうに返すと、ユイはふんぞり返って「この低脳め」と吐き捨てる。


「〈音止〉は無事?」


 質問を切り替えると、ユイは睨みをきかせながらも答える。


「無事に回収した。だが直ぐ動かせる状態には無い」

「ツバキ小隊のみんなは?」

「全員無事だ」

「デイン・ミッドフェルド基地は?」

「陥落した」


 やっぱり。頭の中で小さく呟く。

 あの状況ではデイン・ミッドフェルド基地は持ちこたえられなかっただろう。


「レイタムリットは持ちそうなの?」

「レイタムリットは放棄された。ここはレインウェルだ」

「レインウェル?」


 トーコは自分が育ち、原隊のあった基地名が出てきたことに思わず飛び起きそうになった。

 でも体の方が意思に反して微動だにせず、寝たまま尋ねる。


「私、何日寝てた?」

「今日で5日目」

「そんな短期間でレイタムリットが――」

「総司令官が戦況不利とかで放棄を決定したんだと」

「それで、レインウェル?」


 レイタムリットで戦っても勝ち目が無いからと言って放棄してしまうとは、トーコには思いもよらない選択だった。

 レイタムリットは天然の要害だ。荒野のど真ん中にあるデイン・ミッドフェルド基地なんかと違ってまともに防衛すれば帝国軍は手を焼いたことだろう。それを明け渡してしまうとは、一体総司令官は何を考えているのか――

 なんてのは、新米下士官風情が考えてどうにかなる問題では無かった。


「あたしゃあの小娘の選択が間違いだとは思わないね」

「そうだといいけどね」


 総司令官を小娘呼ばわりするのはしかるべき人に聞かれたら大問題であろうが、トーコは聞かなかったことにした。

 〈音止〉は無事。ツバキ小隊も無事。今はレインウェルに居て、総司令官はここで決戦をする構えだ。


 知りたいことは大体分かった。あとは自分のことについて。

 でも、トーコはそれを尋ねるのが怖かった。

 それでも聞かないわけにはいかず、おずおずと尋ねた。


「私は、どうなったの?」


 ユイはため息交じりに口を開く。


「お前はこんなこと聞きたくないだろうが――」

「それでも話して」


 前置きに対してそう返すと、ユイは渋りながらも話し始めた。


「過負荷によってオーバーヒートしたお前の脳を、あたし自ら処置して後遺症の発生する余地を全て排除した。

 今お前の脳はその処置の影響を受けて半分眠っているような状態だ。さっき頭が痛いと言ったな? 薬の効力が切れ始めている。完全に切れたら今以上の激痛に苦しむことになるが、鎮痛剤の投与は一切行われない。精々苦しんで自分の馬鹿な行いを反省しろ」


 後遺症の発生がないことには安堵したが、後半についてはトーコも恐怖を覚えた。


「ききたくなかった」

「そうだろうとも。発狂しそうになったらこれでも噛んでろ」


 ユイは固く巻かれたロープみたいな物を布団の上に無造作に投げた。


「私、犬じゃ無いんだけど」

「いらないなら無理に使えとは言わない」


 そのロープを回収しようとユイが手を伸ばすと、思わずそれを声で制した。


「待って。一応置いといて」

「それがいい。精々大人しくしてろ」

「そうさせてもらう」


 伸ばしていた左手を引っ込めて布団の中に。頭を動かして、氷嚢もぴったり額の上に来るよう調整した。

 頭を動かした時に違和感があった。厳密にはいつも通りであったからこその違和感である。


「脳の処置したんだよね? 髪の毛いじった?」

「いじってない。外科処置ではない」

「じゃあどうやって処置したの?」


 重ねた問いかけには、ユイはまるで答える気はなさそうだった。


「お前の脳を処置するにあたってあたしが提示した条件は、処置内容について尋ねないこと。お嬢ちゃんはこれを了承した。お前にも従って貰う」

「絶対やばい奴だ」

「知ったことか」


 自分の脳に何をされたのか一切分からないのは恐ろしかったが、それでも処置のおかげで後遺症が無くなったと言われるのであれば受け入れるしか無い。何なら痛みもとっておいて欲しかったが、それは望みすぎなんだろう。

 わざと痛みが残るように処置した可能性も排除できはしないけど……。


「今回はたまたま上手く言ったが、次は無いと思え」

「そうだね。そうする」


 自分の行動について後悔しているかと問われれば、あんまりしていない。

 それでも次に同じ行動をとるかと問われたら、なるべくしないと答えるしかない。

 多分、そう何度もユイは助けてくれないし、ユイが出来ることだって限られる。

 それに最前線で戦闘中に突然意識不明になったら、自分が生き残れる可能性は限りなく低いし、仲間すら巻き込みかねない。


「まだ意識があるうちにお嬢ちゃんを呼んでくる。そのまま起きてろ」


 トーコは指示には軽く返事をしたが、隊長に会いたくないという気持ちもあった。

 前回やらかしたばかりでまた今度無茶をしたとあっては、流石に厳しく怒られるだろうなと思いつつも、だからといって逃れることは出来ない。

 下士官としての立場がありながらやらかしたのは確実に自分の過失だし、そもそも現状、物理的にも逃れられる状況じゃない。さっき布団に左手を戻したときに気がついたのだが、体がベッドに固定されていた。

 トイレはどうするんだろう、とか下らないことを考えながらも、立ち上がったユイへと言葉をかける。


「ユイ、最後にいい?」

「言いたいことがあるなら早く話せ」


 了承を得られて、ぼんやりする頭をフル回転させて要望を述べていく。


「122ミリの弾種選択装置外して徹甲弾のみで弾数増やして。88ミリ砲と55ミリ砲はどっちか1つにして。爆発反応装甲はいらないから全部外して。頭部の40ミリは重すぎるから25ミリか20ミリにして。共振ブレードは予備が欲しいから2つ積んで。あとは――とりあえずこれだけ」


 ユイはうんざりした様子だった。

 しかし人差し指を立てた右手を真っ直ぐ前に突き出して告げる。


「改造してやってもいいが1つだけ条件がある」

「何でも言って」


 答えると、ユイは条件を提示した。


「あと1週間は大人しく休んでろ」

「――そんなに必要?」

「必要かどうかじゃない。それが守れないなら改造の話は無しだ」


 そう言われてしまっては、どうしようもなかった。

 恐らく帝国軍が迫っている状況で既に5日。更にここから1週間休み続けるのは気が引けたが、〈音止〉の改造を盾にされては仕方が無い。そもそもここで拒否したら、修理も整備も手をつけて貰えないだろう。


「分かった。大人しくしてる」


 トーコの答えに、ユイは整備用端末を取り出して、保存されたデータファイルを開いて再生する。それは一連のやりとりを録音した音声ファイルだった。


「1週間は大人しく休む。記録もとった。破ったら――分かるな」

「分かってる。そこまでしなくても大丈夫だって」

「お前の大丈夫は信用ならん」


 そう吐き捨てるように言い残して、ユイは病室から出ていった。

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