第99話 東部戦線の終焉

 ツバキ小隊は戦線離脱を認められ、一足先に大隊基地へと後退した。


 最前線に於いては押し寄せた〈ハーモニック〉のみで構成された部隊を殲滅したものの、その結果を受けて後続の〈ボルモンド〉を主力とした部隊が中央突破を断念し外周方向へ展開。

 また後方では航空機による歩兵展開が強行され、潜んでいた対空機が迎撃を行うと、その潜伏地点周辺に重装備の4脚装甲騎兵からミサイルや榴弾、果てはクラスター弾頭まで用いた徹底した広範囲制圧射撃が行われた。

 

 先行部隊を撃破したことで帝国軍の当初のもくろみは完全に破綻したが、それでも攻勢目標を変え歩兵部隊を交えた攻撃を開始し、デイン・ミッドフェルド基地の陥落は秒読みとなっていた。


 歩兵部隊のみで戦闘行動継続は可能ながら、重篤患者を抱えたツバキ小隊は大隊基地へ戻ると同時にレイタムリット方面への退却指示を受けた。

 ツバキ小隊の宿舎として設営されたテントの前で退却指示を伝えられた隊員は準備に取りかかる。


 ナツコは背負っていたトーコの容態を確かめながらも、サネルマへと私物の回収を頼んだ。


「サネルマさんすいません。トーコさんを先にトレーラーまで運んであげたいので、私の私物を運んで頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろん任せておいて! カバンと、多分脱いだままの服だけで良いですよね?」

「はい! あ、あとツバキ小隊の旗も!」

「当然! まっかせといて!」


 そんなサネルマの自信たっぷりな表情にナツコも安心して、担いだトーコを揺らさぬように輜重科で必要な物資を受領してからトレーラーへ向かった。


 大隊基地後方の掩体壕に隠されていたトレーラーには、既に運転手のカリラが乗り込んで出発準備をしていた。

 タマキはその隣で、受領した牽引車両へと〈音止〉を積載するよう指示を出している。

 〈音止〉が積まれてイスラとユイがコクピットから這い出してきたタイミングを見計らって、ナツコは声をかける。


「タマキ隊長。トーコさんをトレーラーへ運び込んでもいいですか?」

「はい、お願いします。簡易ベッドを作って寝かせてあげて。ユイさん、こちらに」


 呼ばれたユイは、〈音止〉を固定する作業の監督を務めていたため嫌悪感を一瞬だけ見せたが、トーコに関わることだと分かるとその場をイスラに丸投げして駆け足でやってきた。


「トーコさんは医者に診せた方が良いですよね?」

「ぼんくらに見せてどうにかなる問題じゃない。あたしが直接診る」

「――まあ良いでしょう。ナツコさん、一緒についていって」

「分かりました!」


 ユイはナツコの顔を見てあからさまに嫌そうな顔をした。

 それでもナツコは「よろしくおねがいします」と頭を下げる。


「酷い助手だが、仕方があるまい。ついてこい」

「はい! 任せて――」

「あまり大声を出すな。お前の声は脳に悪い」

「え、あっ! そうですね、ごめんなさい」


 指摘されたことが、トーコにとって刺激になってしまうからだと気がつくと、ナツコは声のトーンを落として答えた。それから先を行くユイに続いてトレーラーの荷室に上がる。

 これまで〈音止〉を無理矢理積んであったスペースに資材ケースと布団で簡易ベッドを作る。

 トーコを慎重に個人用担架から下ろすと、装備していた汎用〈R3〉を2人がかりで解除させ、そのベッドの上に横たえた。彼女はまだ真っ白な顔をしていて、酷く熱があり呼吸は荒いままだった。


「これ、氷枕。輜重科で貰ってきました。予備の氷はここに。後は水と、解熱シート、消毒液。念のため毛布も」

「間抜け面の割りには上出来だ。清潔な布はあるか」

「医療パックの中にあったはずです。はい」


 ナツコはふきんを差し出したが、ユイは受け取ろうとはしなかった。


「お前がトーコの体を拭いてやれ。あまりに汚すぎて診る気も失せる」

「はい。分かりました」


 汚れたトーコの顔を綺麗にして、それから消毒を済ませる。そうしてようやく、ユイはトーコの額に手を触れた。


「酷い熱だな。とにかく冷やすしかない」


 氷枕と、即席の氷水袋で上と下から頭を冷やす。

 ユイは瞑ったままのトーコの瞳を開けて瞳孔を確認。脈拍と心拍音も確かめた。


 ナツコは診断の最中ずっと黙って見守っていたが、ついにユイが毛布をよこすように催促してそれに応えると、意を決して尋ねた。


「ユイさん。トーコさんは助かりますか?」


 ユイは答えを迷っているようだった。

 それでも絞り出すように答えを口にする。


「頭の中を確かめてみない限り何とも言えない。はっきりいって状況が悪い。予想に過ぎないが、恐らく脳が過負荷に耐えきれずオーバーヒートを起こしたのだろう」

「それって何とかなりませんか」


 ユイは問いに対してかぶりを振った。


「こればっかりは、トーコの頭の造りが頑丈であることを祈るしかない」

「そんな……」


 ユイはトーコの体をくるむように毛布をかけてやって、それから氷水袋を額に当てるように持つと、泣き出しそうに瞳を潤ませるナツコへと、振り返ること無く告げた。


「あたしゃどんな手を使ってでも助けるつもりだ。お前も手伝う気があるなら、その大層な装甲骨格を外してこい。お前みたいのでも居ないよりマシだ」

「はい! 直ぐに解除してきます!」


 短く敬礼したナツコは、急いでトレーラー備え付けの装着装置へと向かった。


          ◇    ◇    ◇


 撤退の準備が整ったツバキ小隊は、他の部隊に先行してレイタムリット方面へと退却を開始した。


 デイン・ミッドフェルド基地は帝国軍の物量作戦によって陥落。基地司令のウォード・ダーカンは志願して残った少数の部隊を自ら率いて最後まで交戦し、統合軍部隊がレイタムリット方面へ退却するまでの時間を稼いだ。


 トトミ中央大陸東部方面での戦いは、北東部のデイン・ミッドフェルド基地が抜かれたことで一転。帝国軍はトトミ霊山とリーブ山の間を通るルートを手中に収め、レイタムリット基地への攻勢が可能となった。

 統合軍は即日ソウム基地とボーデン基地の放棄を決定。

 ハイゼ・ブルーネ基地陥落以来の大撤退を開始した。


 しかしトトミ星総司令官コゼット・ムニエは戦況不利とみてレイタムリット基地の放棄も決定。

 中央大陸東部地域を全て放棄し、中部地域での決戦に全てを賭ける運びとなった。

 統合軍兵士は、首都トトミより東部に位置する大陸中部と東部の境目に存在する惑星最大の軍地基地、レインウェル基地へと集結した。

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