第98話 ツバキ小隊撤退
「攻撃開始!!」
タマキは叫んだ。
一斉に塹壕を飛び出したツバキ小隊は、手にした対装甲砲、対装甲ロケット、対装甲ミサイルを一斉に撃ち放つ。
目の前で何が起きているのか、タマキには分からなかった。
突如透き通るような甲高い音と共に〈音止〉が光を発したかと思うと、60機に迫る〈ハーモニック〉の群れへと邁進した。
あまりに無謀な行為を咎めようとしたが、繰り広げられたのは一方的な攻撃だった。
全ての攻撃を回避し尽くし、放つ攻撃は一撃必中。あっという間に30機の〈ハーモニック〉を破壊した。
その〈音止〉の動作ときたら、圧倒的な速度と瞬発力を兼ね備えているのはともかく、装甲騎兵離れしたまるで人間のような動きであった。
主武装を失いながらも、それでも〈音止〉は近接武器のみで3機の〈ハーモニック〉を撃破した。
しかし、回避行動終了直後に突然動作を停止し、その場に座り込んだ。
その時、敵機の主砲が向けられる〈音止〉を見て、タマキは咄嗟に攻撃命令を出していた。
その命令に答えるよう、隊員達は一斉攻撃を仕掛ける。
〈音止〉が戦闘中距離を詰めていたがロケットが撃ち落とされずに命中するような距離ではない。
それでも完全に不意を突いた側面からの攻撃は効果があったようで、フィーリュシカの放った88ミリ砲は〈ハーモニック〉の正面装甲に突き立って、その爆発反応装甲を引っぺがした。
「緊急待避! 塹壕内へ!」
攻撃と同時に次の命令を下す。
既に距離を詰めてしまっている。不意打ちで攻撃は出来ても、反撃を躱すことは――
数多の砲撃音が轟いた。〈ハーモニック〉ではない、味方の物だ。
そしてツバキ小隊の後方からは〈I-M16〉が1中隊。
『大隊長からツバキへ。足止め大義である。既に攻撃準備は整った。損傷した〈I-K20〉を回収し戦線離脱せよ』
タマキは返答と共に、指揮官用端末の情報をちらと見た。
〈音止〉が暴れ回ったのはわずか10分程度。
だかその10分で、統合軍は配置についていた装甲騎兵をかき集め、一時退避していた歩兵部隊も反撃のための位置につくことが出来たのだ。
いまや2個中隊の装甲騎兵部隊と同じく2個中隊規模の対装甲歩兵部隊が、〈ハーモニック〉を囲うように展開していた。
「ツバキ各機へ、新たな戦術目標を設定。これより全力を持って〈音止〉の回収に向かいます。ツバキ3、邪魔者を近寄らせないで」
フィーリュシカは短く答えると、〈音止〉へ攻撃を仕掛けようとする〈ハーモニック〉を攻撃。振動障壁に阻まれるが、動作を停止した〈音止〉より、現在進行形で攻撃を仕掛けてくる歩兵部隊を優先したのか、主砲の先を切り替えた。
放たれたのは徹甲弾で、フィーリュシカはそれを空中で身を捻るようにして回避。後退し塹壕内へ戻った。
その間にも、ツバキ小隊は塹壕内を移動。偵察機のリルを先頭にして、〈音止〉の位置する場所まで急いだ。
「こちらツバキ1。ツバキ8応答して。トーコさん、聞こえていたら何でもいいので応答を!」
指示を出す傍ら、タマキは通信機に向けて声をかける。
一方的に通信を切られて以来、こちらから強制通信を入れても無視されっぱなしだった。
だが、ようやく、返答が得られた。
『……お嬢ちゃんか……』
声の主はトーコでは無く、ユイだった。
その声は酷く弱っていて、現状報告を求めるタマキに対して嘔吐音を返した。
「吐いてる場合ですか! 今どういう状況か分かっていますか!」
『分からん。あまりに気持ち悪くて意識を失ってた。おいトーコ、何をしてる。トーコ?』
どうやら〈音止〉内部でも現状の正しい把握は為されていないようであった。
「トーコさんは無事ですか?」
最初に出たのはそんな質問だった。
隊長として、もっと聞くべき事や求めるべき事があったはずだが、咄嗟にそんな問いかけをしていた。
『大分まずい。息はしているが意識が無い。処置が必要だ。――おい待て何故敵機に囲われてる。何が起こった。2秒で説明しろ』
現状報告を求めているはずなのに、向こうから現状報告を求められた。
それでもタマキはこの要請を拒否すべきでは無いと理解し、口早に説明する。
「〈音止〉は単機で33機の敵を撃破し直後に動作停止しました」
『説明ご苦労。
こっちの状況。機体は動く。が、あたしゃ動かすのは苦手だ。戦闘は不可能。回避も恐らく無理。
これはあたしの我が儘だが可能な限り機体は回収したい。だがそのためにトーコの身の安全を保証できないようなら無視して構わない。その場合は機体を完全に破壊しろ』
「了解。機体は回収します。少し待って」
トーコは大隊司令部へと通信を繋ぎ攻撃要請を行う。
単独で〈ハーモニック〉の足止めに成功したツバキ小隊を高く評価していた大隊長は、要請に対して二つ返事で応えた。
「これから周辺に展開された部隊から一斉攻撃を行います。それに合わせて緊急後退を」
ユイは指示に了解を返したが、上手く行くか分からんぞと付け加える。タマキは後半部分を聞こえなかったことにして、隊員へと移動ルートの変更を告げ、カリラを呼び寄せた。
「〈音止〉の操縦は出来ますね?」
「出来ますけれど、重装機装備していますわよ」
重装機の〈サリッサ.MkⅡ〉を装備したままでは、全武装と追加装甲を投棄したとしても狭いコクピット内には収まりきらない。
カリラの機体は自前なので本人は投棄したくはなかったのだが、〈音止〉と天秤にかければどちらが失ってはいけない機体なのかは明白だ。
それでもカリラは別の案を出した。
「わたくしより適任が居ますわ。お姉様なら、偵察機ですし操縦も可能です」
「待って下さい。イスラさんは装甲騎兵の1種はおろか2種免許も持っていなかったはずです」
カリラは目線を逸らしたが、代わりにイスラが応える。
「免許は持っていない。だが操縦は出来る」
タマキは顔をしかめた。
当然だ。免許を持っていないのに操縦できるはずがない。装甲騎兵とは誰でも扱える代物ではないのだ。そんなことがあり得るはずは無かった。
しかし妹のカリラは2種免許を持っている。
そこから考えられることは、カリラの免許をつかって、イスラが非合法的に装甲騎兵の操縦を習った可能性――
「何か問題でも?」
問いかけたイスラに対して、あまりに馬鹿馬鹿しい考えだとタマキは一蹴した。
「免許がないことの何が問題ですか。少なくともわたしはそんな規則知ったことではありません」
「そう言ってくれると思ったぜ。装備は投棄していいか?」
「直ぐに投棄して。ツバキ6。こちらに」
イスラに指示を出し終えると次はナツコを呼び寄せる。
フィーリュシカの側を離れたナツコは、タマキの元に駆け寄った。
「何でも言って下さい。私、トーコさんのためなら――」
「誰のためであっても上官命令である以上何でもするのがあなたの仕事です。後ろに積んだ砲弾を投棄して、担架の準備を」
「はい!」
ナツコは応え、フィーリュシカの許可を得ると砲弾を投棄。背負っていた個人用担架を展開した。
「10秒後に一斉攻撃が行われます。合わせてツバキ9は〈音止〉を緊急後退。合流ポイントにてツバキ6がパイロットを回収、以降操縦はツバキ4が行って後退を。
それ以外の隊員は乗せ替えの最中に敵の攻撃が無いよう最善を尽くして。
カウント4、3、2、1――」
隊員の了解を待たずカウントを始め、そしてカウント0と同時に周囲から一斉に閃光と爆音が轟いた。
逃げ場を無くした〈ハーモニック〉は振動障壁を盾にするも、集中攻撃の前に数機が破損する。
その瞬間ユイは〈音止〉の操縦権を後部座席に移し、自動操縦で立たせると即座に緊急後退レバーを引いた。
後部座席の操縦系統は緊急時用の間に合わせの物で、しかも十分なスペースがあるとは言いがたかった。
それでも単純な移動にだけ絞ったおかげでなんとか指示通りに緊急後退を成功させ、指定された合流ポイント――塹壕内に造られた装甲騎兵を隠すための空間――へと機体を滑り込ませた。
「コクピット開放」
『分かってる』
前屈みになった機体のコクピットが開き、ユイが青白い顔を見せる。
後部座席は新型エマージェンシーパックに入りきらなかった嘔吐物が飛び散るような有様であった。
それでもユイは、操縦席に座ったトーコの体を引っ張り出す。
「トーコさん! 大丈夫ですか!」
「声をかけるな。意識はないが刺激を与えるのは止めろ。なるべく揺らすな」
駆け寄ったナツコが声をかけるとユイはそれを制す。
ナツコは慌てて口をつぐみながらも、ユイの言葉にしっかり頷いて、預かったトーコの体を個人用担架に固定した。
トーコの顔は真っ白で、汎用〈R3〉越しでも分かるくらい熱を持っていた。
息は荒く、時折体がぴくんと跳ねる。
「確かに預かりました。命に替えても無事に送り届けます」
「当然だ」
ユイはふてぶてしく応え、イスラが操縦席に乗り込むのをやむなく手伝った。
ナツコはコクピットから離れようとしたが、ユイはそれを手招きして呼び寄せる。
「可能なら。可能ならでいい。氷水でも冷却剤でも調達できたらそいつの頭を冷やしてやれ。だが体は冷やしすぎるな。それと、意識が戻ったら水を飲ませろ。ただし本人が求めても薬品の類いは一切使うな。言ったことが理解出来たら行け」
「はい、分かりました。ありがとうございます、ユイさん」
ナツコはその場を離脱し、フィーリュシカに護衛されて後方待避を始める。
タマキはイスラの準備が整うと、全隊員に戦線離脱の指示を出し、ルートを示した。
◇ ◇ ◇
「酷い有様だ」
〈音止〉に乗り込んだイスラはそこに広がる光景に思わず呟いた。
嘔吐物が巻き散らかされた操縦席は願うことなら近寄りたくもなかったが、それでも戦闘中にこんなことはよくあることだと、割り切って機体を〈音止〉の操縦機構と同調させた。
「半分はトーコだ。苦情はあいつに言ってくれ」
「そうさせてもらうよ。あんたはこの臭い平気なのか?」
息を止めそうになるほどの臭いに顔をしかめながら問いかけたが、ユイは平然と操作を続けながら応えた。
「半分は自前だからな。そんなこたどうでもいい。もう吐くものもないし次は血を吐くことになる。それに〈音止〉を傷つけられるのは御免だ。安全運転に徹しろ」
「分かっていますとも」
ユイの操作により〈音止〉の個人認証システムが一時的に書き換えられ、イスラの機体を認証して動作を始める。
イスラは移動前に各種機構のセルフチェックに目を通し、注意や警告が出てはいるものの通常移動には支障が無いことを確かめた。
「しかし良いのか? おチビちゃん、これが他人に触られるのあんなに嫌がってたのにあたしなんかに操縦させて」
ユイは渋い表情を浮かべながらも面倒そうに答えた。
「良くはないが自分の操縦の酷さは分かってるつもりだ。それに、お前のことは
多少は信頼してやってる。その信頼に応えてみせろ」
「言ってくれるじゃないか。天才整備士のユイ様に信頼されるなんて至極光栄だね。それじゃ、行きますよ」
イスラはタマキへと移動準備完了を告げ、メインディスプレイに表示された待避ルートを確認すると、まずは乗員入れ替えのため前屈みになっていた姿勢から立ち上がろうと――
「お、ありゃ。おっと」
――したところ雪に足を取られバランスを崩し、倒れそうになるギリギリで塹壕の縁を掴んで立て直した。
「貴様、何してやがる! 免許持ってんのか!」
途端にユイの怒号が飛び、やっちまったと表情を崩しながらも後ろに向けて手をひらひらと振りながら平静を装って返す。
「免許なら持ってない」
「は? 何を言ってるんだお前は!? 無免許だと!? 聞いてないぞ!! おいタマキ! どういうことだ」
しかしタマキはユイに対して冷淡で、イスラからの「もう慣れたから問題無い」という言葉に応じて移動開始を命じた。
「今のでコツは掴んだから大丈夫だって。〈I-D15〉しか動かしたことないもんだからさ」
「おい止めろ。一端機体を伏せろ。カリラを呼んでこい」
「なーに、心配ご無用。信頼にはしっかり応えるさ」
「無免許の人間なんて信頼出来るか! おい!」
有無を言わさずイスラは機体を動かし、塹壕を乗り越えるとルートに沿って乱暴に移動させ始めた。
「騒いでると気分が悪くなるぜ。それにこれは強制じゃ無くて推奨なんだが、しっかりシートに体を固定して、口は閉じていた方が良い。何が起こるかあたしにも分からないからな」
普段は人の提案などに耳を貸そうとしないユイであったが、それには返事もせずに即座に行動に移し、固定ベルトをきつく締めるとシートに体を押し付け口と目を固くつむった。
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