第93話 失った時間

 ツバキ小隊の向かった先はデイン・ミッドフェルド基地から東に10キロ程度。火山灰土の荒野に急造された土とコンクリート製の堡塁で、建物の大部分が地下に埋め込まれ、地上から顔を出しているのは銃眼と屋根だけだ。屋根とはいえ砲撃に耐えられるよう厚みがあるのだが、荒野に点在する起伏と一体化するよう多少の考慮が為されていた。


 指揮官機〈C19〉を装備したタマキは、そんな堡塁内部をよくよく確かめて戦時には〈音止〉を除く全員が隠れることが可能だと判断すると、次は塹壕へ向かう。

 彼女が熱心に調査を続けていると、同じように拠点の確認を命じられていたイスラが呟く。


「統合軍はこんなボロ家で帝国軍を迎え撃つつもりだったのか?」

「そうなりますね」


 答えながら、再度拠点を確かめる。

 中隊砲クラスの榴弾砲を防いでくれる防壁に、反撃用の銃眼。拠点地下からは塹壕内へと素早くアクセスでき、塹壕のネットワークは点在する拠点同士が互いの弱点を補えるよう計算されている。


 だがそれだけだ。

 この拠点には、敵を迎撃する立派な大砲はおろか、対空機銃の1つとして存在しなかった。


「義勇軍に貸し出す拠点なんてこんなものです。そもそも、この拠点では戦えないと判断したから、新しい拠点を造ってそちらに移ったのでしょう」

「だとしてもこりゃひどいな。大隊長殿はここに住めと?」


 その問いかけにはタマキもかぶりを振った。


「いいえ。ここより後方の大隊宿舎を貸してくれるようです。宿舎とは言えテントですが、穴の中よりましでしょう」

「違いないね。大隊長閣下に感謝してもしきれない」


 肩をすくめたイスラは作戦行動中の私語を注意されるより早くその場を立ち去り、塹壕から這い出ようとしているカリラを手伝った。


 タマキは腕に装備している指揮官用端末に周辺地図を表示させる。

 ツバキ小隊の拠点は前線の深い位置にあり、普段は大隊宿舎で待機しながら、有事の際には帝国軍が到達するより速く配置につけるであろう。

 問題は帝国軍の侵攻ルート。

 もし侵攻してくるとしたら、東側のハイゼ・デイン山脈を超えて荒野地帯を突き進むか、一度山脈を北東方面へ抜けてトトミ霊山の裾野を進むか。

 どちらにも備えておかなければならない。ツバキ小隊に与えられた拠点と装備ではまともな備えなど期待できないとしても、何もしないよりずっとましだ。


「集合して下さい。これより、拠点周辺の地形確認に向かいます」


 隊員を集めて命令を下す。空は黒い雲に覆われ、ちらちらと雪も降ってきたが、天気が悪いからまた今度などとは言っていられない。帝国軍は天気の都合など構わず攻めてくるのだから。


 地形を知っておくのは大切なことだ。いざ戦闘になったとき、隠れられる場所や砲弾をやりすごせる場所を知っておけばそれだけ生存確率は上がる。

 されど火山灰土の上に雪の積もった荒野には隠れられる場所など拠点と塹壕くらいしか存在せず、あまり収穫があったとは言えなかった。


 それでも周辺確認を行い、どこまでも続いているようななだらかな斜面の高い方高い方へと足を進め、拠点位置を見下ろしてみる。


「真っ白ですね! こんな景色、ハツキ島じゃ見られません!」


 〈ヘッダーン1・アサルト〉に身を包んだナツコが、白い息を吐きながら興奮した面持ちで景観を眺める。


「念のため言っておきますけど観光に来たわけではありませんよ」

「わ、分かってます」


 ナツコは慌てて取り繕って、「ふむふむ」とわざとらしく口にしながら拠点の位置を指さして、周辺地図と照らし合わせ始めた。

 しかしナツコの言う通り、雪によって荒野は一面真っ白に染まっていた。

 なだらかな緩い傾斜は視界をそう遮らない。こんな状況で雪上に姿を現したら、さぞ目立つことだろう。


「本当にここで戦うのですか?」


 今度問いかけたのはトーコだった。


「残念なことに、戦う場所を選ぶ権利は向こう側にあります。わたしたちは、やってきた帝国軍を迎え撃つことしか出来ないのです」


 トーコはその答えに納得こそ出来なかったが理解はしたといった風で、小さく頷いて再度拠点の方へと目を向けた。

 偵察のためトーコは〈アザレアⅢ〉を装備しているが、いざ戦いとなれば彼女は〈音止〉で出撃することになる。

 統合軍の構築している防衛ラインを突き破ってどれほどの帝国軍がここまで侵攻をかけてくるかは定かでないが、そうなったときに最も活躍するのは〈音止〉で間違いない。

 視界を遮らない地形は相手の姿も隠すことは無い。

 そうなれば〈音止〉の122ミリ砲や88ミリ砲は、優秀な火器管制と相まって無防備な敵を容赦なく撃ち砕くであろう。


「もう1周辺りをまわって、宿舎へ向かいましょう。例え夜の闇の中でも拠点まで迷わず辿り着けるよう、地形を頭に叩き込んでおくように」


 命令に隊員は返事をした。

 だが返事をしてから、その命令は達成可能かどうか考え、いよいよサネルマが手を上げた。


「何も目印無いですけど、辿り着けます? どうでしょう?」


 発言権を得たサネルマは逆に問いかけるようにそう口にして、それを聞いたナツコもはっとして辺りを見回す。


「確かに、どうしましょう」


 タマキはため息がでかけたがそれを飲み込んで、諭すように答えた。


「最低限塹壕のルートだけは覚えて下さい。後は必要に応じて地図を見ればよろしい」


 サネルマとナツコは応答を返し、残りの隊員も遅れて返事をした。

 それでタマキはよしとして、再度拠点周辺をまわるルートを指示すると移動を始めた。


          ◇    ◇    ◇


 大隊司令部はなだらかな丘のような場所にしつらえられていて、ツバキ小隊の拠点と同じように地下に埋め込まれていた。

 違うのは大隊司令部を構えるのに十分な広さがあることと、大隊砲クラスの榴弾にも耐えられる造りをしていること。司令部周辺にいくつも拠点が構えられ、榴弾砲に対装甲砲、対空砲まで揃え、戦術レーダーと対空レーダー、強力な無線中継器に加え、デイン・ミッドフェルド基地との有線通信機能を有し、更にそれらを運用可能な人員が適切に配備されている程度だ。


 タマキは大隊長への報告を終えると外で待機していた連絡車両に乗り込んで、テントの乱立された自称宿舎へ向かわせた。

 大した距離では無いが、雪は積もっているし、寒いし、歩くのは面倒だし、士官の特権を容赦なく用いたって罰が当たることは無い。


 タマキが宿舎に到着すると、ツバキ小隊の割り当てられた区画にテントは設営されていた。設営練習の成果が出ているようで、それには彼女も少しばかり感心した。

 設営完了の報告のためか、テントの入り口前でナツコとサネルマが待機していて、彼女の姿を認めると姿勢を正して、敬礼した。

 タマキもすかさず返礼して報告を受ける。


「テントの設営完了しました」

「そのようですね。手早く設営できたようで大変結構」


 サネルマの報告に答え、寒いので中へ入りましょうと促そうとしたが、ナツコが傍らで何か言いたそうにしていた。


「どうしました、ナツコさん?」

「あの、タマキ隊長。ツバキ小隊の旗を掲揚しても良いですか?」

「ああ、その件でしたら申請は出していますが――」


 タマキは士官用端末を取り出して、申請が無事に認可されていることを確かめた。


「許可は出ています。掲げて下さって構いません。ただし、風で飛ばされたりしないようしっかり固定して下さいね」


 2人は元気よく返事をすると、早速作業に取りかかった。

 タマキは横を通り過ぎてテントへ。念のため入り口を開ける前に声をかけ、反応が返ってきてから中に入った。


「おかえり少尉殿。早速相談なんだが、無線中継器設置した方が良いかい?」


 問いかけたのはイスラで、タマキはかぶりをふって答えた。


「大隊のものを使わせて貰うので必要ありません。直ぐに持ち出せるようにしておいてください」


 イスラは返事と共に、無線中継器のケースを邪魔にならない場所へと寄せておく。

 テント内は隊員の寝袋と、作業用の机1つに椅子が2脚。端っこは間仕切りされたちょっとした個室が2つ。片方はタマキの執務室で、もう片方は隊員用。着替えなりで使っても良いことになっているが、女性しか居ないし、有事の際は急いでいるので使われることはそう無いだろう。


 〈音止〉を野外駐機し、〈R3〉も大隊の整備倉庫に置かせて貰っているため、テント内は広く不便はなさそうだ。暖房器具も入れられて、まだ起動されたばかりのようだがそれでも近寄ると暖かい。


「夕食の開始時刻は18:00です。それまで自由時間としますが、くれぐれも遠くに行かないように。既に前線にいることを忘れないで。ナツコさんとサネルマさんも聞こえましたね?」


 今し方テントに入ってきた2人にも確認をとり、全員が返事をしたのを見るとコートを脱ぐ。即座にサネルマがそれを受け取るよう手を出したので、かけておくよう言って執務室に入った。

 執務室には一応机と椅子は備え付けられていた。間仕切りされているせいで明かりがまわらず暗いため電灯も準備されていたが、まだエネルギーラインが通ってないのかつかなかった。


 タマキは気にせず士官用端末を取り出して、さっきちらと見えた新規着信されたメッセージを読み出す。差出人はカサネで、全く最前線で遅滞作戦にあたっているのに妹にメッセージなんて送っている場合じゃないだろうと苦笑する。


 メッセージを斜め読みすると、作戦の方は上手く進行しているようだった。いくつか気になることがあって基地へと連絡は入れているが、先に送っておくとのことで偵察情報が添付されていた。


 タマキは開いた偵察情報に眉をひそめる。

 統合軍と帝国軍の向かい合う中間地点において、偵察機に飛行偵察機、高機動機の進出を確認。

 それとは別に部隊を分けて強行偵察も行ったらしく、前線拠点の陣容も記載されている。配備されていたのは軽・重対空機に、〈アルデルト〉。

 何かがおかしい。

 その違和感に気がつくのにそう時間は必要無かった。

 前回の強行偵察の時に発見されていた、突撃機、重装機、装甲騎兵といった、攻勢用の機体が居なくなっている。


 直接山脈を越えるにしても、山脈を超えてからトトミ霊山の裾野を行くとしても、前線拠点から攻勢部隊が消え失せるようなことはあるだろうか? まさか狙いはデイン・ミッドフェルド基地では無くソウム基地方面か?


 悩んだが、答えは出せそうになかった。カサネの連絡からしばらくするとデイン・ミッドフェルド基地からも同様の注意喚起が士官向けに配信された。

 いくつかの可能性を考えてもみたが、結論は出ない。

 1時間ほど薄暗い執務室で悩んでいるといよいよ食事の時間となり、隊員を連れて配給の列に並び携帯食料を受け取り、テントの外で食事にした。


「帝国さん、来るなら早くして欲しいもんだね。いつまでもこんな飯食ってたら腐っちまう」

「縁起でも無いことを言わないで」


 イスラの不用意な発言を咎めると、入れ替わるようにカリラが口を開いた。


「敵の編成はまだ分かりませんの?」

「そのようですね」


 タマキは適当にあしらいながらも、ちょうど先ほど頭を悩ませていた話題が出てきたことに隠すこと無く大きくため息をついた。

 そんなため息をイスラが見逃すはずも無く騒ぎ立てる。


「どうした少尉殿? 何かあったのか?」

「そりゃあ戦時ですから、何も無いわけが無いでしょう」

「ほう、で、なにがあったんだ?」


 話したくは無いといった空気を出したにも関わらず、構うこと無く質問を重ねるイスラに対して、もう一度ため息を吐きながら、それとなく切り出してみることにした。

 それはほんの気の迷いで、大した答えが得られるだろう何て欠片も思っていないことだった。


「ここだけの話しにして欲しいのですけれど」


 前置きには、何故か周囲に集まってきていた隊員達全員が頷いて見せた。仕方なく、続きを小さく口にする。


「前線拠点から敵の攻勢部隊が消える理由に心当たりあります?」


 切り出した問いかけには、隊員は最初ぽかんと首をかしげていた。やがてナツコが手を上げる。


「攻勢部隊っていうのは、どんなのです?」

「基地を攻略するための、突撃機、重装機、それから装甲騎兵といった機体から編成される部隊です」


 質問の答えを受けても、頭を悩ますばかりのようだった。

 だから口にしたくなかったのだと、タマキは後悔して食事を再開する。

 結局、隊員達から出てきた答えは、デイン・ミッドフェルド基地は諦めて他に行ったのだろう、というものだった。


「そうなったときのことも考えておかないといけませんね」


 タマキは思考を切り替えて、ソウム基地が攻められた場合について考え始めた。渓谷を通ってソウム基地へ侵攻するには時間がかかるだろう。上手くすれば、デイン・ミッドフェルド基地からの援軍も可能かも知れない。

 しかしそんなタマキを余所に、まだ先ほどのことを考えていたらしいイスラがついに根を上げた。


「駄目だ、分からん。情けないことにナツコちゃん案くらいしか出てこない」

「え? 私、何か言いましたっけ?」


 答えを出せなかったはずのナツコがきょとんとして問いかけるとイスラは応える。


「ほら、前に言ってただろ、最強の部隊編成について」

「あー、あれですか。でもあれは駄目なんですよね? 値段は高いし、ちょっと訓練を受けた歩兵に簡単にやられちゃうって」


 タマキは2人が始めた会話を、何とはなしに聞いていた。そういえばこの間、〈音止〉の最終調整中にそんな話をしていたのを微かにだが覚えていた。


「だからまあそんな馬鹿な真似はしないとは思うけど、相手があの自称帝国軍様だからな。それに、その場合はこれまで前線に居た攻勢部隊が消えていなくなる説明もつく」

「へえ、どうしてです?」

「攻勢部隊ってのは攻撃のための部隊だ。基地攻略もそうだが、前線を押し込んだり、敵の偵察拠点を攻めたりするのにも使う。これまではそれが必要だった。前線を押し込んで、最終目標であるデイン・ミッドフェルド基地へ攻撃を仕掛けるための準備をしなけりゃならない。で、一通りその仕事が終わったんで、攻勢部隊を下げた」

「ちょっと待って下さいよ!」


 ナツコが抗議の声を上げる。


「攻撃のための準備をして、それが終わったんですよね? だったら攻勢部隊を下げる意味が無くないですか?」

「まあまあ話を最後まで聞けって」

「そうですわ。お姉様の言葉を遮るだなんて」


 カリラにも加勢されて、ナツコは口をつぐむしか無かった。

 イスラはカリラへと感謝の言葉を述べると、唐突に話す先を切り替えた。


「ところで少尉殿。前線から攻勢部隊が消えたって言うが、防衛部隊は残ってるのか?」


 タマキは食事中に話を振られたが、聞き流しながらも一応は聞いていたためそれほど驚くような真似もせず、食事を中断して答える。


「残っているようですね。それに偵察部隊はまだ活動しているようです」

「つまり、こっちの偵察部隊は敵さんが前線基地の裏で何をやってるかは分からないと」

「そうなりますね。――なるほど、確かにそうです」


 イスラの話には、タマキも興味を持った。

 最前線には偵察部隊が展開され、前線拠点には防衛を担う機体。

 となれば、こちらから偵察するには無茶な強行偵察を敢行するしか無い。無人偵察機を向かわせようにも、前線拠点には重対空機が配備されている。


「それで、ナツコさんの案というのは何でした?」


 今度はタマキから問いかけた。イスラは答えず、ナツコへと解答権を強引に譲る。

 ナツコは顔を赤く染めて照れながらも答えた。


「あはは。何にも知らなくて適当に言っただけなんです。装甲騎兵だけの部隊をつくったら最強じゃ無いかって」

「なるほどね。コスト面と訓練時間の問題さえクリアできれば編成は可能でしょうが――。待って下さい。装甲騎兵だけの部隊?」


 もしそんなものが存在したら?

 平地に置いて、瞬間的な機動力・突破力において装甲騎兵の右に出るものはいない。

 それが分かっているから統合軍は防衛拠点を前線に深く構え、対装甲騎兵訓練を施した歩兵を配備している。

 だが兵力に置いて、東部戦線では帝国軍が統合軍のそれを大きく上回っている。

 一度攻勢部隊を後ろに下げ、油断したところに装甲騎兵の突破力でもって攻勢を仕掛ける。最前線から距離があっても、機動力の高い装甲騎兵であれば奇襲も可能だ。そして戦力バランスが大きく傾けば一点突破は容易だろう。


 しかしそれで防衛部隊を全て駆逐し、デイン・ミッドフェルド基地まで辿り着けるだろうか?

 一点突破して敵陣深く入り込んだ装甲騎兵は、対装甲騎兵部隊に囲まれることになる。

 飽和攻撃を成立させられるほど戦力バランスに差があれば突破できる可能性はある。だがそこまでするには一体いかほどの装甲騎兵が必要になるか……。


 タマキはそんなもの自分で試算するつもりはなかった。そんな馬鹿な真似をするなら普通に部隊を編成してごり押しした方が絶対安く済むし手っ取り早いから。

 念のためカサネにこんな考えもある、程度に連絡をつけておこうと士官用端末を取り出す。


「そういう考えもありましたか。装甲騎兵だけの部隊。可能性は0ではないでしょうね」


 面白い考えを聞かせてくれたとイスラとナツコに礼を言うが、イスラはまだ話の途中だったようで饒舌に語り始める。


「そうだろう? 装甲騎兵の集中運用なら一点突破できる。あとは後方に下げた攻勢部隊を、輸送機なりヘリなりで――」

「うん?」


 一瞬タマキには何を言いたいのか分からなかった。

 前線には対空砲陣地もあるし、対空機も数多く配置されている。そんなもの飛ばそうものなら瞬く間に撃墜されるであろう。


 だが確かに、帝国軍は攻勢部隊を下げている。

 装甲騎兵の集中運用を隠すためには装甲騎兵を下げざるを得ない。だが歩兵部隊は?

 そこでイスラの話したい真意が理解出来た。


「――装甲騎兵で一点突破して前線の対空砲陣地さえ無力化してしまえば」

「輸送機飛ばして装甲騎兵以上の速度で歩兵部隊を展開できる」


 答えを引き継ぐようイスラが口にした。

 タマキは取り出していた士官用端末で急いでメッセージの作成にとりかかる。ここの大隊長に自分から伝えるよりも、カサネから基地司令に告げて貰ったほうが確実だ。

 強行偵察によって前線拠点の陣容を知られた以上、帝国軍の行動は恐らく、早い。


 メッセージ作成中に、唐突に別のウインドウが立ち上がって作業を邪魔される。

 誰にも聞こえないよう舌打ちしたが、その内容を見て目を見張った。

 差出人はカサネ。だが、宛先はタマキでは無く、デイン・ミッドフェルド基地に所属する全士官。


『強行偵察部隊が帝国軍前線拠点後方に駐機される大型輸送機数機を発見』


 図らずも、イスラの馬鹿げた予想は当たってしまった。

 そして、強行偵察部隊が輸送機を発見した以上、この後に起こることはタマキにも予想できた。


 大隊司令部に備え付けられたサイレンが轟き、緊急事態を告げる。

 タマキだけでは無く、全員の個人用端末がアラームを鳴らした。緊急出撃の合図だ。

 タマキは一瞬だけ士官用端末を確認して、声を張り上げた。


「東部山脈地帯を越えて帝国軍部隊が攻勢に出ました。これよりツバキ小隊は防衛にあたります。全員、出撃準備!!」


 慌てて返事をした隊員達は出撃準備のためテント内へ急いだ。タマキも途中だった食事を止め、水で口の中のものを無理矢理押し込むとテントへ向かう。


 ――連絡を受けた時点で、隊員に相談しておけば。


 1時間。それだけの時間を統合軍は帝国軍の攻勢に備えるため使えた。

 敵の行動指針が分かっているのであれば、その1時間はあまりに貴重で、失ってはいけない時間だった。

 過ぎたことを悔やんでも仕方が無い。しかし悔やまずにいられるはずも無かった。

 それでもタマキは今為すべき事に集中する。何としてでも、デイン・ミッドフェルド基地を帝国軍の攻勢から守らなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る