第94話 戦闘準備
夜も更け月明かりに照らされる雪の積もった荒野。時折移動する統合軍兵士がライトをかざし、やがて投光器の明かりが真昼の太陽のように輝き帝国軍のやってくる方角を射貫いた。
まだ帝国軍はここまで到達していない。しかし遠方では爆炎と照明弾の明かりが瞬き、そこに敵が存在することを告げる。
タマキはツバキ小隊を率いて割り当てられた拠点へと向かった。
〈音止〉は塹壕内に偽装網をかけ待機させ、歩兵は拠点内に配置する。
そして、拠点出入り口に偵察機装備のイスラとリルを呼び寄せた。
偵察機は低出力、低火力、軽装甲だが、低いコアユニット出力と小さな機体によって、周波数探索やレーダーに発見されにくい。
特にイスラの装備する第4世代機〈P204〉に至っては、簡易的なセルフステルス機構すら備えていた。
「2人には塹壕内に配置して頂きます。観測が目的なので決して見つからないように。分かったら戦術マップを確認して移動をお願いします」
「了解」
リルは返事と共に行動を開始する。しかし一向に行動はおろか返事もしないイスラへと、タマキは視線を向けた。
「イスラさん、聞いていましたか?」
「聞いてた聞いてた。指示は了解。だがちょっとね」
「必要な話でしたら直ぐにお願いします」
何か言いたそうなイスラへと話すよう促す。するとイスラは顔を近づけ小声で尋ねた。
「調子が変だが、何かあったのか?」
「機体がですか?」
彼女はイスラが何を言いたいのか分からず、〈R3〉の事だろうと当りをつけて尋ね返した。しかしかぶりを振られる。
「違う違う。タマちゃん」
「イスラ・アスケーグ上等兵。戦闘中ではないとはいえ作戦行動中に――」
「そうそう。我らが隊長様はそうでなくっちゃ。しゃきっとして貰わないと困るぜ」
その言葉にはタマキも顔をしかめて、自分の行動を思い返す。確かに悩みはあったがそれは振り払ってきたつもりだった。一体どこでイスラに隙を見せてしまったのかそれがさっぱり分からなかった。
「――わたしの行動に何か不審な点が?」
「そういうとこ。さっきだってそうさ。作戦行動中に返事しなかったのに、「聞いていましたか?」なんてあくびの出そうな台詞いつもなら口にしないだろ? 「イスラ・アスケーグ返事」「分かったら返事」、少尉殿はそうでなくっちゃ」
そう返されるとタマキも反論できなかった。
隊員との情報共有を避けた結果として統合軍は奇襲攻撃を受けるような形となってしまい、その負い目からコミュニケーションに余計な気をつかってしまっていた。
「お悩み相談はサネルマの仕事らしいが、あたしだって愚痴くらい聞いてやるぜ? 直ぐ終わるならの話だけど」
作戦行動中だが、少しくらいなら時間も許すだろう。そう思い彼女は手短に話した。
「帝国軍の前線基地から攻勢部隊が居なくなったという報告は、食事の1時間前には受けていました。その時に相談しておけば良かったと、後悔はしています」
しているが、それだけのことだ。作戦行動に支障をきたしたりするような真似はするつもりはない。
そんな意思も込めた言葉だったが、イスラは笑って返した。
「何がおかしいのです」
「悪い悪い。だってそんなの相談したってどうしようもなかっただろう?
こんな出来の悪い妄想としか言いようのない作戦、考えついても相当頭のいかれたやつしか実行しやしない。
攻撃対象をソウムやボーデンに切り替えたってほうが説得力あるし可能性は高い。それでも帝国の頭のいかれ具合は予想の斜め上を行ったが、それが確定したのは輸送機が発見されてからさ。
結局、それまでは気づいたところで誰も行動なんてとれなかったんだ」
「なるほど。一理あります」
――それでも、忠告することはできた。言いかけたが、先にイスラが口を開く。
「そもそも、食事中にナツコちゃんの間抜け面を拝んでなきゃあたしだってこんな間抜けな発想に至らなかったね。あの時切り出したのは正解さ」
その物言いはどうかと思いながらも、タマキはほんの少し頬を緩めた。
イスラが口から出任せを言っていることは分かった。それでも、そうやって戦闘前に指揮官の後悔を和らげようとしてくれる態度には感謝させられた。
「ではナツコさんには感謝しないといけませんね」
「そういうこった。話しは終わりなら、行ってもいいかい?」
「ええ、お願いします。ただし先ほど作戦行動中にふざけた発言をした件については罰を考えておきますので覚悟しておくように」
「覚悟なら出来てるさ」
イスラは応えて拠点から外へ出ようとしたが、立ち止まり再びタマキの元へ。
「1つ言い忘れた。まあ、こんなの言わなくたってあんたなら分かってるだろうが――」
「前置きはよろしい。話があるなら迅速に」
「じゃあそうさせて貰う。
あんたの兄ちゃん、帝国軍が必死に隠そうとしてたはずの輸送機を強行偵察でつきとめるくらいの出来た指揮官だろ? だったら山の中で地帯作戦中だろうが関係ない。無事に戻ってくるさ」
それには流石にタマキもため息をついて、あまりに下らない話を一蹴するよう言った。
「その心配は一切していません。人間としてはともかく、指揮官としてはわたし以上に優秀ですから」
「それならいいのさ」
「無駄話は終わりです。行動に移りなさい、イスラ・アスケーグ上等兵」
「了解。直ぐ移動しますとも」
わざとらしくイスラは敬礼して見せて、指示された配置地点へと移動を開始した。
馬鹿馬鹿しい後悔から解放されて、タマキは今度こそ作戦行動へと集中する。
指揮官機〈C19〉の左腕に装着された指揮官用端末を見て、戦況を確認。
ハイゼ・デイン山脈を越えた帝国軍装甲騎兵部隊は、最新鋭2脚機〈ハーモニック〉のみで編成された先行部隊と、それに続く2脚機〈ボルモンド〉、〈ハルブモンド〉の後詰め部隊。
更にその後方から砲撃支援を行う重4脚機〈アースタイガー〉。
正確な数はまだつかめていないが、先行している〈ハーモニック〉だけでも大隊規模である60機以上が確認されている。総数は恐らく600を超えるであろう。
デイン・ミッドフェルド基地防衛のためには、この装甲騎兵部隊に損害を与え一点突破を防ぎ、後に来るであろう航空機を迎撃し、歩兵部隊の展開を防がなければならない。
それはあまりに無謀で、勝率の低い戦いとなるであろう。
それでも統合軍にとって有利な条件もある。
強行偵察によって攻撃手段が露見したことにより、帝国軍は慌てて攻勢を開始した。万全の準備が整っていたとは言えないだろう。
対して統合軍は先に航空機を見つけていたことで、若干ではあるが前線への重対空機配備が間に合っている。重対空機は1機でも、対空レーダーと対空砲によって高高度を飛行する航空機すら撃墜可能だ。それが数は少ないとは言え追加配備できたことは大きい。
統合軍の最前線に構えられた偵察拠点を蹴散らした帝国軍装甲騎兵部隊は更に進撃を続ける。
先行している〈ハーモニック〉は対装甲騎兵部隊の攻撃を受けつつも、数の力で強引に前線の防衛ラインを突破していく。
――厳しい戦いになりそう。
タマキは帝国軍部隊の進路に予想をつけ、次の行動指示のため歩兵部隊の元へと向かった。
◇ ◇ ◇
拠点内に待機し、隣のフィーリュシカの動向に気を配りつつも、銃眼の外の景色を見ようと試みていたナツコ。しかし近づいてくる爆炎や発砲音、それにせわしなく動く投光器の明かりに、段々と気が滅入って大人しくしていることにした。
僚機のフィーリュシカは微動だにせず、まだ安全装置のかかった状態の88ミリ砲を水平に構えて、投光器の指し示す先を無感情な瞳で睨んでいる。
他の人はどうしてるだろうと、後ろを振り向く。そこにはカリラが居て、〈サリッサ.MkⅡ〉に装備された55ミリを構え、呪詛のように何かを呟いていた。
そんなカリラを見て、ナツコは気になっていたことを思い出し尋ねる。
「カリラさん、ちょっといいですか?」
「作戦行動中におしゃべりしてますと少尉さんに怒られますわよ」
その言葉はもっともで、ナツコも慌てて拠点の入り口へと視線を向けた。タマキはまだイスラと何か話しているようで、これなら少しくらい話していても大丈夫そうだ。
「直ぐ終わると思います」
「手短にどうぞ」
了承を得られ、嬉々として尋ねた。
「この間の話ですと、装甲騎兵だけの部隊って歩兵にやられちゃうから駄目なんですよね? それなら今攻めてきてる帝国軍って、簡単に倒せてしまうんじゃないですか?」
カリラは質問に、何とも言えない渋い表情をして、それから面倒がりながらも答えた。
「それはかけたコストが同じだったという前提において成り立つ話ですから。装甲騎兵だけの部隊でも、相手の数を大きく上回って、ある点を超えてしまえば飽和攻撃が成立しますわ」
「ほうわこうげき?」
聞き慣れない単語を復唱すると、カリラは説明する。
「つまり、犠牲を出しながらも装甲騎兵の苦手とする、対装甲騎兵装備の歩兵や、同格の装甲騎兵さえ倒し尽くしてしまえば、後は有効な攻撃手段を持たない歩兵を一方的に殲滅できるって寸法ですわ」
「な、なるほど! つまりごり押しですね!」
「ごり押しでは無く集中攻撃」
ナツコの言葉に応えたのは、タマキだった。
カリラは慌ててナツコから話を振ってきたのだと弁明し、ナツコも必要な話だったのだと弁明する。
「罪を重ねるような真似をせず口をつぐんだらよろしい。それに攻め寄せてくる敵軍がどれほど脅威かも理解出来たでしょう。分かったら指示があるまでその場で待機」
厳しくそう言われると2人は返事をして、それから口をつぐんで各々のやるべきことに集中した。
タマキはその様子に大変よろしいとご満悦で、指揮官用端末へ視線を落とす。
「前線拠点が陥落し、最前線の対空砲陣地が破壊されました。敵装甲騎兵部隊は速度を落とさずこちらへ向かって進撃中。
出撃コードを発行。これよりツバキ小隊は戦闘態勢に入ります」
戦闘態勢の指示を受け、ナツコはバックパックから88ミリ徹甲弾を取り出し、いつでも装填できるよう構えた。
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