第92話 ツバキ小隊の出陣
トトミ中央大陸東部戦線、その北東部にあたるデイン・ミッドフェルド基地はいよいよ始まりそうな大規模戦闘に、緊張感を高めていた。
これまで強制力の無い避難勧告だった周辺地域にも避難命令が下され、町から人が消えた。
それは東部にあたるソウム基地も同じで、警戒レベルを引き上げ、戦闘に備えている。
偵察部隊が繰り出され敵情視察を行うが、帝国軍の主たる攻撃目標はまだ断定できない。
先日強行偵察に出たばかりのカサネ率いる独立大隊も、進出を続ける帝国軍に対する遅滞作戦を敢行するため、ハイゼ・デイン山脈へと出撃していた。
そんな状況にあってもツバキ小隊は訓練を続けていたが、いよいよ強行偵察結果が出てから3日後、タマキはいくつかの前線拠点の防衛任務に当たる連隊長から呼び出しを受けた。
「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊隊長、タマキ・ニシです」
連隊長は前線拠点に出向いているため、デイン・ミッドフェルド基地に残っている連絡官の元へと出頭する。
室内に通されると、執務室据え置きの端末には連隊長の姿が映っていた。
階級は大佐で、旧連合軍側将官の子飼いだ。タマキにとってはあまり好ましい相手ではなかった。
しかし連隊長は先日の偵察任務におけるツバキ小隊の〈ハーモニック〉撃破を高く評価していて、すんなりと話は進んだ。
下された命令は単純明快。
ツバキ小隊は連隊を構成する防衛大隊の1つに編入され、新設された前線基地へと移動する部隊と入れ替わる形で、拠点防衛につくこと。
タマキは命令を受領すると、執務室を後にして隊員を待たせている整備倉庫へ向かった。
途中、衛生部の建屋から出てくるユイとトーコを見つけ、手招きして呼び寄せる。
「脳波診断の結果はどうでした?」
問いかけはトーコへと行ったが、答えたのはユイだった。
「至って普通」
「なるほど。健康そうでよろしい」
「そう言う問題じゃない」
「何か問題がありましたか?」
問題があったような答えをするから尋ねたというのに、反応は冷ややかで無気力な物だった。
「別に」
「それならよろしい」
どうにも様子がおかしいので念のためトーコへと事情を伺おうと視線を向けてみるが、返ってきたのは「こいつが何を言いたいのかさっぱり分からない」という眼差しで、彼女にとってもユイが考えていることは理解出来ないようだった。
突然トーコの脳波診断をしたいと言う物だから何かあったのかと思ったのだが、結局なんだったのか分からず仕舞いだ。
――そういえば。
タマキは思い出す。自分は1つ、扱いに困るような脳波診断の結果を抱えていた。
ユイに尋ねたら何か分かるだろうか?
軽く視線を向けてみると、応じるように半分閉じた濁った瞳が向けられた。
気力の欠片も感じないその瞳だが、「用があるならさっさと話せ」と催促しているようであった。意を決して尋ねてみる。
「あなたは技術者のはずですよね? 脳科学にも精通しているのですか?」
「別に。ただあたしゃ天才だからな。その辺の衛生部のぼんくらよりは知恵があるってだけのことだ」
「なるほど。自信があるようで大変よろしい。実は見て頂きたい診断結果があるのですが――」
「勘弁してくれ。あたしゃ技術者だ。専門外の分野について必要以上のことはしない。お嬢ちゃんも士官なら、専門家に聞くべきだ。違うか?」
返答にはタマキも苛立ちを覚えた。
しかし言葉通り、ユイは技術者として、〈音止〉の整備士として、パイロットであるトーコの診断をしたに過ぎない。
これがナツコの脳波診断結果となればユイには関わりは無いし、そもそも技術者である彼女にこんなことを尋ねるのはお門違いも甚だしい。彼女の言う通り、専門家に聞くべきだ。
それでも専門家に持ち込みたくないのは、信頼のおけない脳科学者にナツコを預けてしまうのが嫌だからであって、それも自分の我が儘に過ぎない。
「違いません。よろしい、機を見て専門家に尋ねてみることにします」
これで脳波診断についての話はお仕舞い。念のため診断結果を共有するよう命じて、それからツバキ小隊のこれからについて告げる。
「ツバキ小隊に次の命令が下りました。これからその報告を行いますので、着いてきて下さい」
2人は了承して、タマキに続いた。
整備倉庫には既に隊員が集まっていて、各々倉庫の整頓なり、機体・火器の整備なりをしていたが、タマキの顔を見ると整列した。
「迅速に整列できて大変よろしい。ツバキ小隊に次の命令が下されました。心して聞くように」
タマキが連隊長から呼び出しを受けた時点で何かしら覚悟はしていた隊員達は、返事をして頷くと真っ直ぐ正面に立つ彼女たちの隊長を見据えた。
「これよりツバキ小隊は、第151連隊第4大隊に編入され前線での拠点防衛にあたることとなりました。戦線後方とは言え、帝国軍の進出が予想される地域です。各員、移動の準備をお願いします」
下された命令に、大きな声が返された。
隊員は直ぐに行動を開始した。2度とデイン・ミッドフェルド基地に戻ってこれないことを前提に、借りていた宿舎を徹底的に掃除し、荷物をまとめる。
持ち出していい荷物は1人につき鞄1つ分と厳命されると、基地に来てからあれこれ買い込んでいたナツコは鞄に入りきらず、頼み込んでフィーリュシカとリルの鞄に荷物を入れさせて貰った。
荷物がトレーラーに積み込まれると、続いて〈音止〉と〈R3〉が積み込まれる。偵察機を2機新調し、対装甲騎兵用火器も拡充していたため、隊員の入るスペースは極めて狭くなった。
なんとかトレーラーの外に最低限の水と食料、エネルギーパックをくくりつけ、他の必要な物については大隊で補給を受けることにした。
一通り出発準備が整うと、再度トレーラー前で整列を命じ、タマキはツバキ小隊の隊員達、1人1人を見渡していく。
何人かは出撃前の緊張からか表情が強ばっていた。
当然だ。前回みたいな偵察のための出撃では無い。帝国軍による本格的な攻撃が間近に迫っているのだ。
「これよりツバキ小隊は前線拠点へ向け移動します。
ですが、その前にわたしから1つ言わせて下さい。皆さんはこのデイン・ミッドフェルド基地で十分な訓練を重ね、統合軍兵士よりも高い練度を持つ部隊となりました。
場所が変わろうとも、訓練通り、いつも通り行動すれば問題ありません。ですから、この基地で学んできたことを決して忘れることの無いように。それだけ出来るのなら他の心配は無用です。よろしいですか?」
隊員達は威勢の良い声を張り上げて応えた。
それにタマキは満足して、車両への乗り込みを命じる。
「大変結構。それでは、車両に乗り込んで下さい。
これよりツバキ小隊は前線拠点へ向け移動します。
わたしたちの目的を、達成するために」
「「「はい!」」」
ツバキ小隊の隊員は先ほど以上の声で応え、表情を明るくして各々車両へと移動を開始した。
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