第84話 〈音止〉出撃⑩

 戦闘終了後、しばらくしてドレーク基地からの援軍があった。

 対装甲騎兵装備を満載した重装甲機〈フォレストパックⅢ〉を主力とした歩兵1分隊と、それを補助するための突撃機〈ヘッダーン4・アサルト〉を主力とした歩兵1分隊、総勢20名。

 遅すぎた援軍にイスラは肩をすくめて見せる。


「今頃来たって何の意味もないだろうに」


 しかしタマキはその言葉を笑い飛ばし否定する。


「戦闘に関してはそうかも知れませんが、意味はありました。少なくともドレーク基地のグリーン大尉は、義勇軍であるわたしたちを見捨てたりしない。これだけ分かっただけでも喜ばしいことです」


 イスラは「それもそうだ」と頷いて、〈ハーモニック〉の残骸回収にあたるドレーク基地の兵士達を眺める。

 パイロットは全員死亡。1人くらい生かしておけばよかったとタマキは後悔したが、そんな余裕などなかったことも事実。

 しかし……。

 タマキには、彼らが何のためこの辺境に攻め入ったのか、未だ答えが出せていなかった。


「そういえば1機が削岩機を装備していましたね」

「ああ。拠点の近くに残骸が転がってる。もしかして、トトミ霊山にトンネルでも掘るつもりだったんじゃないか?」


 ふざけた意見に、タマキは「何年かけるつもりですか」と律儀に突っ込みを入れながら、転がった削岩機の残骸を遠目に見る。

 トンネルを掘るのが馬鹿げた意見だとしても、削岩機をわざわざ背負って持ってきたことは確かだ。

 そして目的は偵察ではなかった。

 彼らは退却することなく戦い続けた。だとすればその目的は?

 削岩機を使い僻地で行うこと。何らかの調査だろうか? だとしたら拠点にしている工場跡地を調べようとしていた行動も説明がつく。

 彼らには工場内を調べる意思があった。


「地下帝国でも探してたんだろう」

「何ですかその物騒な代物は」


 イスラは慌てて口を押さえて、へらへらと笑う。

 そんな様子をタマキは見逃さず、詰め寄って顔を寄せ尋ねる。


「地下帝国とは何ですか。説明なさい」

「あー、一応、秘密って事になってるんだ」

「隊長命令です」


 イスラはやっちまったなあと頭をかきながらも、話し始めた。


「ハツキ島の子供の遊び場だよ。大戦時代の戦争遺構で、大戦前期の技術で建設された地下施設だから現在の技術じゃ入り口を知ってないと発見できない。

 大人が寄りつかないから子供にとっちゃ秘密基地みたいなもんで、地域の子供ごとに知ってる入り口を共有してたってわけ」

「なるほどね。それで秘密だと。――確かに、大戦前期の技術水準で秘匿された地下施設なら、今の技術で見つけ出そうとすれば手当たり次第掘り返すしかない、と」


 エネルギー資源を始め様々な資源が枯渇した大戦末期、技術は急激に衰退し、戦争が終わる頃には誰にも理解出来ない技術が氾濫していて、人々はそれに対する理解を諦めた。

 そういう経緯があって、大戦前期の、人類がまだかろうじてその尊厳を守っていた時期の技術というのは現在の技術では解明できず、もしその時期に本気で敵から見つからない地下施設を作っていたとすれば発見は困難であろう。


「もし本当に大戦前期時代の地下施設を探しているとして、その理由は?」

「さあね。帝国さんの考えることは分からないよ」

「でしょうね。まあいいわ。調査は統合軍に任せましょう」


 タマキは言葉通り調査をドレーク基地からやってきた指揮官に引き継ぎ、自身はツバキ小隊の問題に取り組むことにした。

 独断先行、命令無視。全く、面倒くさいことをしてくれた。


「なあタマちゃん。前科持ちのあたしから言わせて貰うとだな」

「前科持ちは黙ってて」


 ぴしゃりと返してイスラを黙らせ、タマキは足早に拠点へ向かう。

 タマちゃん呼ばわりした件については温情措置で聞き流した。これ以上イスラが何か望むのは贅沢が過ぎる。

 それでもイスラは、諦めることなく再度口を挟んだ。


「それでもさ、ちとばかり時間が欲しい。あたしじゃなくて、ハツキ島婦女挺身隊として意見を出したい」


 タマキは足を止め、へらへらとにやけた顔を浮かべるイスラを一睨みする。それからため息を1つゆっくり吐き出して、呆れたように肩をすくめて見せた。


「正午にはこの場所を統合軍に引き継ぎます。それまでに結論を出しておくように」

「そう言ってくれると思った。よくよく、相談して決めるさ」


 イスラは手をひらひらと振って、小走りでタマキを追い越すと先に拠点へと向かっていった。


 そんな背中に向けて、タマキはまたため息をつく。

 ツバキ小隊の隊長になってから――いや、士官学校を卒業してから、ため息が増えたような気がした。

 たまには面倒ごととは無縁な日々を過ごしたい。そう願ってもみるが、恐らくかなわないことだろうと分かっていた。

 統合軍の士官でありながら、義勇軍の隊長なんてやっていれば嫌でも面倒ごとはついてくる。

 その任についたのは自分の意思で、まだ自分はそれが間違った選択だったとは思っていない。

 ――だけど。面倒なことはやっぱり面倒だ。

 イスラが――ではなく、元ハツキ島婦女挺身隊の彼女たちが、うまいこと適当な落としどころを見つけてくれることをタマキは願った。

 それくらいの願いなら案外叶ってしまうかもしれない。最近願いが届かないことばかりだったので、これくらいは叶えてくれたって罰も当たらないだろう。


 タマキはそんな馬鹿げた考えを鼻で笑って、ゆっくり拠点へ向けて歩き始めた。

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