第83話 〈音止〉出撃⑨

 爆音と共に放たれた90ミリ砲を、〈音止〉は弾道予測線を確認して後退しながら回避。

 3発が微妙に間隔をあけながら放たれたが、十分距離をとっていたため回避は間に合った。更に〈音止〉は全速後退をかける。

 敵〈ハーモニック〉たちは三角陣形をとり、先ほどフィーリュシカが砲撃を行った北東側を警戒しながらも前進する。


『敵〈ハーモニック〉に識別コードを発行。以降は各機を〈アルファ〉〈ベータ〉〈ガンマ〉と呼称。まずは〈アルファ〉から仕留めます』


 タマキは〈ハーモニック〉を判別できるようエネミーコードを発行。

 三角陣形の前方に位置する突出した機体が〈アルファ〉。これは最初に〈音止〉と交戦した機体で、担いでいた削岩機を失っていた。

 その後ろに続く、三角形の底辺を構成するのが南寄りに位置する〈ベータ〉と北寄りに位置する〈ガンマ〉。

 〈ベータ〉は左腕に57ミリ砲を装備する対歩兵装備。

 フィーリュシカへの警戒のため若干後方に位置するのが〈ガンマ〉で、こちらは36連装のマイクロミサイルランチャーを装備していた。

 各機ともロケットランチャーも装備していたが、再装填はされていない様子であった。


 〈音止〉は後退を続け、〈ハーモニック〉を誘い込む。

 ツバキ小隊は前進する敵機を包囲するよう展開していた。

 〈ハーモニック〉正面、東側に〈音止〉に乗ったトーコ。

 そこから若干南側、南東の塹壕内にタマキとイスラ。南の塹壕にはナツコ。

 移動する敵機の背後から、北西の方向に移動中のリル。敵機北側塹壕内にフィーリュシカと、サネルマ。北東側塹壕内にカリラという布陣。


 〈ハーモニック〉の戦闘能力については未知数であったが、少しずつ分かってきたこともある。

 それは振動障壁の欠点で、砲撃を弾く強力な盾ではあるのだが無敵では無い。

 振動障壁は一度発動すれば3~4秒程度再起動されない。そして強い衝撃を受ければ機体の動きが制限される。

 なにより、振動障壁は攻撃を弾くのでは無く逸らすための機構であること。これはロケットやミサイルのような成形炸薬弾頭に対してはほぼ無敵の盾として機能するが、物理エネルギーによるダメージを与える火砲に対してはそうではない。

 88ミリクラスの火砲でも装甲面に対してほぼ垂直に弾頭が侵入すれば逸らしきれない。

 とはいえ全周傾斜装甲を持つ〈ハーモニック〉相手に狙ってそのような攻撃を仕掛けることは至難の業であり、恐らく先ほど攻撃を受け側面装甲にダメージを受けた〈ベータ〉ですら、全くの偶然だったと認識しているだろう。

 だがタマキには確信があった。あの瞬間、あの砲撃は、確実に装甲面に対して垂直に侵入するよう放たれたものであると。

 他の誰でもそんなことを為しえないだろうが、フィーリュシカだけはそれを可能にする能力を持っている。


『ツバキ3。振動障壁を貫通して敵機にダメージを与えることは可能ですね?』

『問題無い。ただし照準に時間がかかる』

『可能ならばよろしい。ツバキ3は〈ベータ〉に対して攻撃準備。足下を狙って機動力を奪って。ツバキ2はサポートを。

 ツバキ8。ツバキ3の攻撃に遭わせ後退速度を落とし〈アルファ〉と交戦。振動障壁作動をさせて。ただし回避に十分な間合いを確保。

 ツバキ7、ポインタ射出準備。〈アルファ〉まで距離がありますが命中させられますか?』

『問題無い』


 リルは答えて、狙撃銃にポインタ弾を装填。〈アルファ〉までの距離は1000メートル近いが、相手の図体もでかい。当てられる自信はあった。


『よろしい。ツバキ6は〈アルファ〉へ射撃用意。可能なら肩のライトを狙って。気を引くことが目的なので生き残ることを優先』

『了解しました!』


 ナツコは20ミリ砲に徹甲弾を装填。射撃姿勢をとれるよう構えつつ、塹壕内で待機。


 タマキは指揮官機〈C19〉にレーダー錯乱機構パッケージを装着していた。

 装甲騎兵ともなれば全機が高精度レーダーを装備している。それを誤魔化さなければ、闇に紛れることも出来ず発見されてしまう。

 レーダーに感知されなくなるステルス機構と異なり、レーダー錯乱機構は相手のレーダーを乱すことが目的の装備だ。電波をばらまくことになるので正確な位置は捉えられなくなるが、付近に潜伏していることはばれてしまう。

 既に歩兵部隊が存在することは露見しているので、タマキは躊躇せずレーダー錯乱機構を起動させた。

 エネルギーを馬鹿食いするがやむを得ない。エネルギーパックが尽きる前に決着がついてくれるよう信じるほか無い。


 遂に〈音止〉が〈D-03〉地点まで移動完了した。タマキは〈アルファ〉がそれを追って攻撃開始地点まで移動したのを塹壕外に設置した索敵装置のカメラで確認し、攻撃指示を出す。


『攻撃開始!』


 フィーリュシカが塹壕から飛び出し、〈ベータ〉へ88ミリ砲を向ける。

 当然姿を現したフィーリュシカへ向けて〈ベータ〉、〈ガンマ〉が攻撃開始。視線と連動した25ミリ機関砲を乱射するが、高精度な火器管制を搭載しているはずの〈ハーモニック〉の砲撃は何故か命中弾を出さず、フィーリュシカは88ミリ砲を発射。

 砲口が火を噴き、放たれた砲弾は真っ直ぐ〈ベータ〉正面へ。回避行動をとる〈ベータ〉だったが、緊急後退をかけた先に砲弾が飛来。正面装甲が88ミリ榴弾を受け止め、振動障壁が発動。甲高い音が響いた。

 榴弾は逸らされ真下に落ちるよう進路を変えた。その進路先には攻撃を受け止めるため踏み込んでいた〈ベータ〉右脚が存在し、振動障壁がかき消えた隙に飛び込んだ砲弾が接触。信管が作動し爆発を引き起こすと、〈ベータ〉は右脚部ブースターを脱離させつつ機動ホイールを使って後退した。


 負傷した〈ベータ〉が下がると〈ガンマ〉が北側へと進路変更。カバーに入ると同時に36連装のマイクロミサイルをフィーリュシカが潜んでると思われる塹壕へ向けて全弾投射した。

 戦場に置いて脅威となる狙撃手は発見次第高価なミサイルをつぎ込んででも始末するのが鉄則だ。基本に忠実なその攻撃は、ろくな迎撃武器を装備しないフィーリュシカにとっては致命的な攻撃だった。

 しかしマイクロミサイルの発射を検知すると、フィーリュシカの前方で備えていたサネルマが機銃と誘導弾迎撃用マイクロロケットで援護に当たる。

 味方のレーダー錯乱で対空レーダーは使用できなかったが、光学照準と赤外線誘導だけで全弾打ち落とした。

 それを確認する余裕も無く、サネルマは敵からの攻撃を避けるため急いで塹壕内へ待避すると次の持ち場に向け移動を開始した。


 同時に正面では〈音止〉が後退速度を緩め〈アルファ〉と交戦を開始。

 〈アルファ〉の90ミリ砲による攻撃を機動ホイールによる横移動のみで回避したトーコは、すかさず88ミリ砲で反撃。これは間一髪回避されたが、回避先へ向けて55ミリ速射砲で追撃をかける。

 砲口初速の速い55ミリ砲弾を〈アルファ〉は回避しきれず、正面装甲に着弾。振動障壁が作動し、それを逸らした。


 だがそのおかげで振動障壁がかき消えた。それを見たナツコは即座に機関砲だけ外に出して発砲。

 同時に北西方向で配置についていたリルも発砲。

 距離が1000メートル近くあるため、振動障壁が再起動される4秒以内に着弾させるためには慎重に狙っている余裕なんてなかった。

 姿を現したリルだが、最も近い位置に居た〈ガンマ〉はフィーリュシカへと攻撃中であったため、発見されはしたが攻撃は受けず、直ぐさま塹壕へ舞い戻る。


 ナツコの放った20ミリ徹甲弾は、かき消えた振動障壁の合間を縫って〈アルファ〉の肩に装備されていた大型のライトに命中。無力化した。

 〈アルファ〉は側面からの狙撃に反応し正面の〈音止〉に警戒しつつも攻撃姿勢をとろうとしたが、直後に背後からの敵弾接近警報を受けた。

 振り返って回避行動をとる余裕はなく警報情報を頼りに機体を左側へ振るが、リルの放ったポインタ弾は〈アルファ〉が背負っている、コアユニットの装甲に着弾した。


 ポインタ弾は粘着性のある弾頭前部によって装甲に張り付くと、誘導ユニットを立ち上げ強力な赤外線とレーザー光を放ち始める。


『ツバキ5、対装甲ミサイル全弾投射!!』

『お任せ下さいな!』


 北東の塹壕内に潜んでいたカリラは、合図を受け真上へ向けて両肩に装備した4連装対装甲ミサイルを全弾発射した。

 放たれた計8発の対装甲ミサイルは〈アルファ〉に設置されたポインタ弾の強烈な誘導に従って飛行する。

 〈アルファ〉は振動障壁が再起動されたが、8発の対装甲ミサイルを同時に受けきることは出来ない。迎撃のため視線を動かし、更に脚部ハードポイントに懸架していた25ミリ機関砲を左手に持つ。


『ツバキ8、〈アルファ〉の迎撃を阻止。ツバキ3〈ベータ〉攻撃。7は〈ガンマ〉にロケット発射。カバーに入らせないで』


 フィーリュシカとリルの攻撃によって後衛にあたっていた2機はカバーに入れず、自身に向けられた攻撃への対処のみに集中する。特にフィーリュシカに狙われた〈ベータ〉は左腕に装備していた57ミリ砲を失った。


 僚機によるカバーを受けられず、更に〈音止〉が急接近したとあって〈アルファ〉は満足にミサイルを迎撃できなかった。

 〈音止〉の55ミリ砲を緊急後退しつつブースターで機体を左方向へ向けてギリギリ回避。そこへ背中のコアユニットを目標に誘導されるミサイルが飛来。

 視線を強引に向けて迎撃を行うも、それを2発のミサイルがかいくぐった。


 1発目が着弾。しかし振動障壁は命中したミサイルを強引に逸らす。

 成形炸薬弾を用いる対装甲兵器は、装甲からの距離が少しでも離れると威力が激減する。振動障壁によって逸らされたミサイルは、タンデム式弾頭を起爆させたが装甲には傷1つ与えられない。

 だが即座に2発目が振動障壁の切れ間を縫って命中。タンデム式弾頭の1撃目が爆発反応装甲を吹き飛ばし、本命の2撃目が内側の装甲に直撃。弾頭が起爆され、発生した超高温高圧力の液体金属が装甲を食い破りコアユニットを貫いた。


 コアユニットを失い〈アルファ〉は一時動作を停止。機体の重量コントロールさえ効かずに自重によって脚部にダメージを負いながらも、予備動力が起動し大破寸前で再起動に成功。

 しかし、振動障壁も展開できず、高い機動力も発揮できないような予備動力のみの動作では〈音止〉の攻撃を回避出来るはずも無かった。


『ツバキ8、〈アルファ〉を破壊して!』


 タマキの指示に、トーコは声を上げながら突撃を敢行。

 近距離から55ミリ速射砲を発射。命中したが傾斜装甲に弾かれる。

 続いて88ミリ砲。正面装甲に着弾し、爆発反応装甲を吹き飛ばす。強烈な衝撃を受けた〈アルファ〉は、姿勢を修正することも出来ず後方へ倒れ込む。

 トーコは〈音止〉を全速力で加速させると、引き抜いた共振ブレードを両腕で構え、正面装甲ごとコクピットブロックを貫く必殺の突きを繰り出した。


 突き出されたブレードは装甲を切り裂き、コクピットブロックを貫通。

 トーコは左足を踏ん張って突撃の勢いを殺すと、右脚で敵機残骸を蹴りつけてブレードを引き抜く。


『まずは1機撃破――。各員警戒。ツバキ8は微速前進』


 タマキは指示を飛ばしながらも、戦場に設置された複数のカメラで敵の様子を確認。

 先鋒の1機を破壊した。味方が倒された相手が退却の選択をすることも考えられる。


 タマキは相手の退却を望んでいた。

 なんとか1機倒したが、状況はあまり良いとは言えない。

 どうしても早めに数を減らしたかったため物量攻撃を仕掛けたが、カリラはミサイルを全て撃ち尽くし、リルが積んでいたロケットも使ってしまった。

 ロケットの残りはナツコ、サネルマが1発ずつと、威力の弱い対歩兵ロケットをイスラが1発。それにタマキの持つ対装甲ミサイル。あとは〈音止〉とフィーリュシカの88ミリ砲に期待するしか無い。

 一応カリラは55ミリ速射砲を装備しているが、正直タマキはそれにはあまり多くを望むつもりは無かった。


 崩れ落ちた〈アルファ〉がコアユニットから漏れたエネルギーに引火したのか爆発し赤々とした炎を上げると、戦場は静寂に包まれる。

 〈ベータ〉と〈ガンマ〉は一瞬視線を交わす。


 ――退却して。


 タマキは攻撃指示を出しながらも、相手が逃げてくれることを祈る。

 相手がもし防御を捨てて攻撃に出てきたら、タマキには〈音止〉の機体スペックに頼るという一か八かの選択しかとれない。

 だがタマキの祈りは届かない。

 しかし最悪の事態にはならなかった。敵機は退却を選択しなかったが、防御を捨てて攻め寄せるようなこともなかった。

 2機のみで陣形を整え、〈音止〉の接近に備えて戦闘態勢をとる。


『戦闘継続。ツバキ6、7、指定位置へ移動。

 ツバキ8は〈ベータ〉へ攻撃準備。指示があるまでは2機同時に相手するような真似は控えて。

 ツバキ5、移動完了次第砲撃準備。撃ったら主砲を放棄して逃げられるよう備えておいて』


 指示を出し終えたタマキはため息を1つ。それから呼吸を整える。

 エネルギー残量低下を訴える警告を黙らせるため、バックパックから取り出したエネルギーパックを腰のソケットへ叩き付けて装填。空になったエネルギーパックは地面に転がった。

 そして、肩に担いでいたミサイルの安全装置に手をかけ火器管制を呼び出す。指揮官機が対装甲騎兵戦闘なんて最後の手段に他ならないが、やるしかなかった。イスラの装備する〈空風〉とかいう名の欠陥機はミサイルは愚か対装甲ロケットを担げないほど軟弱なのだ。


「言っておくが、戦って死ぬのはあたしらの仕事だ。人の仕事をとるもんじゃないぜ」


 護衛についていたイスラがにやけながら声をかける。タマキは誰のせいでこんなことになったのかと叱責する気も起こらなかった。


「そうね。心得とく。これ、持って行って」

「ん? ロケット砲は――おいおい、こりゃ訓練用の」


 タマキが差し出したのはロケット砲の砲身に小銃を詰め込んだ、訓練用の機材だ。

 間違って持ってきたのかとイスラは首をかしげたが、タマキはそれを押し付けて引き金を指し示す。


「ちょっと細工したの。使い方はこうしてこう。よろしい?」

「なるほどね。お安いごようだとも」


 受け取ったそれを肩にかけて、イスラは移動を開始。残されたタマキも、信号銃を引き抜いて移動開始。そしてトーコへと戦闘開始を告げた。


『ツバキ8は攻撃開始。ツバキ3は〈ガンマ〉がカバーに入ろうとしたら阻止して』


 指示が飛ぶと戦闘が再開される。55ミリ速射砲で牽制をかけるトーコ。対する〈ベータ〉は回避に専念しながらも、隙を狙って90ミリ砲を構える。

 〈ガンマ〉はカバーに入らない。素振りだけは〈音止〉への攻撃姿勢をとるのだが、それよりも周囲への警戒に集中している。

 1機が〈音止〉を押さえつつ、まずは歩兵から始末する算段のようだ。

 即座に行動できるよう備えられては迂闊には動けないが、相手が損傷の大きい〈ベータ〉とはいえ、こちらも損傷している〈音止〉に戦わせ続けることも出来ない。


 タマキは信号銃にワイヤーをくくりつけただけの原始的な細工をすると、塹壕の縁に銃を固定して、そのままワイヤーの先端を持って移動。十分に距離を稼いだところでワイヤーを思い切り引っ張り、トリガーを引いた。


 信号弾が打ち上げられ、月明かりの指す空に閃光が弾けた。

 〈ガンマ〉が即座に反応。発射地点へ向けて90ミリ榴弾が放たれ、炸裂した榴弾は金属辺とワイヤーをばらまく。


『ツバキ4、行動開始!』

『おうよ!』


 事前に告げられていた作戦に従って、イスラが塹壕から飛び出す。

 〈音止〉と戦闘中の〈ベータ〉も、90ミリ砲を放ったばかりの〈ガンマ〉も突如姿をさらしたイスラへ向けて視線同軸の機関砲を放った。


 〈空風〉は対装甲ロケット砲も積めないような欠陥機だ。

 それは、他の全てを犠牲にして宇宙最速の機体であることを目指し設計された結果である。

 だが他の全てを失った代わりに、宇宙で最速の瞬間速度を手に入れた。統合軍の安全規格も通らないような無茶苦茶な速度は、当然〈ハーモニック〉の火器管制も対応しておらず、初撃で命中弾は出せない。

 イスラの遙か後方で機関砲弾が炸裂し、爆風を受けて〈空風〉は更に加速。火器管制装置が補正をかけての2撃目も後方に置き去りにして、構えた対軽装甲ロケットを〈ベータ〉へ向けて射出。


 装甲騎兵相手には相当運が良くない限りは通用しないような対歩兵用ロケットだが、既にフィーリュシカの攻撃によって側面と脚部を損傷していた〈ベータ〉は警戒し、迎撃行動をとる。


 〈ベータ〉が迎撃と回避に集中したのを見て、間合いをとりつつ戦っていたトーコは〈音止〉を前進させる。距離を詰め88ミリ砲を向けると、相手は後退しながら90ミリ砲を指向。どちらも撃たない。必中の距離まで間合いを詰める算段だが、機動力を削がれた〈ベータ〉は次第に〈音止〉の間合いに引き込まれていく。


 イスラへと攻撃をしていた〈ガンマ〉も、僚機の危機を見て深追いを止めた。

 同時にイスラは塹壕内へと待避し、それと入れ替わるように〈ガンマ〉との距離を詰めていたサネルマが顔を出して対装甲ロケットを発射。

 イスラと後方の僚機にばかり気をとられていた〈ガンマ〉は突如近距離に現れたサネルマへと対応できない。即座に引き込んだサネルマを見逃し、向かってくるロケット弾頭の迎撃に集中。

 だが連続攻撃は止まらない。

 〈ガンマ〉の側面をとるよう移動していたフィーリュシカが、800メートルの距離で88ミリ砲を発砲。

 〈ガンマ〉はロケット弾頭を撃ち落とすと同時にブースターを全開にして跳躍し、空中制動用のスラスターで姿勢制御。フィーリュシカの砲撃を間一髪回避して西側へと待避した。


 それで〈ベータ〉は完全に孤立した。トーコはまだ距離を詰められていないが、敵機が合流する前にと88ミリ砲と55ミリ速射砲を発射。

 若干の間隔を開けながら放たれた砲弾を、〈ベータ〉は機動力を削がれた状態であるにも関わらず巧みな機体操作で回避して見せた。


『こいつ――っ!』


 トーコは唇を噛み待避した敵機を睨む。装填の速い55ミリ速射砲でも次弾発射まで3秒はかかる。


『ツバキ5〈ベータ〉へ攻撃!』


 その間を埋めるよう、北東に配置していたカリラが55ミリ速射砲を構えて塹壕から飛び出した。

 回避行動をとったばかりの〈ベータ〉は反撃も、回避もとれない――


『訓練の成果を、お見せして差し上げますわ!』


 移動点を予測、照準を補正。そして仮想トリガーを引く――

 しかしてカリラは寸前で焦り、トリガーを引くのが早かった。

 放たれた砲弾は〈ベータ〉の機体を捉えられず、機体ぎりぎりをかすめて遙か彼方へ――


『なっ!』


 ここ1番で失敗したカリラは、それでも命令に従い55ミリ砲を投棄して塹壕内へと待避。即座に移動開始。その判断は功を奏し、直後に敵の攻撃によって55ミリ砲は粉々になった。

 だが困ったのはここで振動障壁が無効化されると踏んで飛び出していたリルである。

 既にポインタ弾を装填し、照準まで定めているのに。

 そして、目の前には〈ガンマ〉の姿。一刻も早く塹壕内に戻らなければまずい――


『リルさん撃って! こっちで合わせます!』

『!! ――分かった撃つわよ!』


 突然響いたナツコの声。それはタマキが策を練り直し、リルへ攻撃中止を命じるより速かった。

 リルは迷うこと無く〈ベータ〉へ向けて発砲。即座に塹壕内に待避。


 敵機の背後をとるよう西側へと移動していたナツコは、リルが発砲するのを見るとその弾道を計算。既にポインタ弾の弾道特性は先ほど見て学習済みだった。

 後は、自分の放つ20ミリ徹甲弾の弾道予測と、着弾時間を計算して――

 危険を承知で塹壕の外へと姿を現したナツコは、機関砲をしっかり肩に当てて構え、仮想トリガーを引ききった。

 放たれた弾丸を確認することも無く、ナツコも塹壕内へと待避。直ぐに移動開始し、頭上で弾ける機関砲弾をやり過ごして最終目的地点へ向けて全速移動を開始した。


 放たれた20ミリ徹甲弾は、寸分違わずナツコの計算通り軌道を描き〈ベータ〉の背後。コアユニットの装甲に着弾。

 振動障壁が発動し、威力の弱い20ミリ徹甲弾はその障壁を完全にかき消すこともなく弾かれる。

 だが、着弾点の周囲、わずか3センチばかりの空間は、その瞬間だけ振動障壁が作動しなくなっていた。

 リルの放ったポインタ弾は一瞬発生したその空間に飛び込み、弾頭が装甲に張り付き、誘導ユニットが作動を開始する。


『よくやってくれました! これより最終局面に入ります!』


 タマキは誘導ユニットの作動を確かめると指示しながらも対装甲ミサイルを打ち上げる。

 誘導ユニットに従って、ミサイルは地面すれすれを飛行し〈ベータ〉へ向かう。

 

 55ミリ速射砲の再装填を終えた〈音止〉もそれに同調するよう攻撃を開始。

 ミサイル迎撃と〈音止〉の相手を同時にしなくてはならなくなった〈ベータ〉。僚機の〈ガンマ〉も急ぎカバーに入ろうとするが、姿を現したフィーリュシカの攻撃を正面装甲に受け、振動障壁で弾くが足止めをくらう。


 更にフィーリュシカは攻撃後も姿を隠そうとせず、塹壕から出たまま姿をさらし続ける。

 敵前で悠々と88ミリ砲の空薬莢を取り出し次弾装填するフィーリュシカ。

 罠だと分かっていても、〈ガンマ〉は攻撃せざるを得なかった。


 90ミリ砲がフィーリュシカへ向けられ、即座に火を噴いた。

 フィーリュシカは砲の指向と同時に塹壕へ飛び込んだが、その頭上で榴弾が炸裂し金属辺とワイヤーがばらまかれる。


 僚機のカバーを得られなかった〈ベータ〉は単独で全ての攻撃を凌がなくてはならなくなった。

 手にした機関砲でミサイルを撃ち落とし、迫り来る〈音止〉と対峙。


『いくら手練れでも、この距離なら!』


 トーコはブースターで一気に距離を詰め、左腕の55ミリ砲を指向。即座に撃ち放ち、命中させる。振動障壁が気味の悪い高周波の音を響かせて砲弾を弾く。

 かき消えた振動障壁。

 この機を逃さず、トーコは更に距離を詰める。

 振動障壁が再展開されるまで残り3秒――


 極至近距離で、90ミリ砲が指向される。

 だがトーコは突撃を止めない。

 援護のおかげで、今は1対1。指向する砲口の動きにのみ集中し、速度を緩めること無く前身。

 90ミリ砲の砲身をかいくぐりその内側に踏み込んだ。

 右腕を突き出すと、88ミリ砲の砲口が〈ベータ〉の正面装甲をコツンと叩いた。


『これでっ!』


 躊躇せずトリガーを引ききる。後退しようとした〈ベータ〉だが至近距離での攻撃を受け、正面装甲は爆発反応装甲ごと打ち破られる。

 コクピットブロックにダメージを受けながらも、機体を後退させ、反撃しようと90ミリ砲を――


 〈ベータ〉の90ミリ砲が上がることは無かった。

 コクピットブロックがダメージを受けたことで、パイロットが意識を失いかけていたのだ。

 そんな隙をトーコは見逃さなかった。迷わず突進し、引き抜いた共振ブレードで凹んだ正面装甲を貫く。

 微細振動するブレードは機体中央を貫いて、短く紫電を発生させると〈ベータ〉のコアユニットが爆発し真っ黒な煙を吹き出した。


『あと1機。このまま畳みかけます!』


 既に最後の指示は下されていた。

 僚機を全て失った〈ガンマ〉は後退しようとしたが、側面からの敵機出現情報を見て状況を確認。

 カメラが捉えた映像に一瞬動きが止まる。


 姿を現したのはフィーリュシカ。

 先ほど直上で90ミリ榴弾が爆発したはずで、装甲の薄い〈アルデルト〉がそれで生きていられるはずが無かった。

 しかし現実にはフィーリュシカは健在で、88ミリ砲を〈ガンマ〉へと指向させる。

 共振ブレードを引き抜いた〈音止〉も、先ほどの戦いで損傷した88ミリ砲を投棄すると55ミリ速射砲を構えて距離を詰める。


 〈ガンマ〉は一瞬迷い、それから両方から逃れるように北西の方向へと全力後退しつつ90ミリ砲を〈音止〉へ向けて放った。


 既に1対1となり十分な距離もあったためトーコは弾道予測線をちらと見て、余裕を持ってそれを回避。カウンターで55ミリ速射砲を撃つが、これも相手に回避される。

 だがその回避軌道を完全に読み切って、フィーリュシカが88ミリ砲を放った。

 端から見れば88ミリ砲弾の軌道上に〈ガンマ〉が飛び込んだようにも見える攻撃は、正面装甲を完全に捉えていた。

 振動障壁が高周波の音を響かせるが、複雑に傾斜した正面装甲のある面に対してほぼ垂直に侵入した88ミリ砲弾は、威力を減衰しながらも装甲に到達。爆発反応装甲を作動させる。


 振動障壁と、正面の爆発反応装甲。2つの盾を失った〈ガンマ〉は〈音止〉の動向に細心の注意を払う。55ミリ速射砲ならば振動障壁無しでも大方弾けるが、当たり所によっては貫通もあり得る。

 飛び退いて距離をとろうとする〈ガンマ〉。対して一撃必中を為すべく狙いを定めるトーコ。


 そんな息の詰まるような戦場に、一発の乾いた音が響いた。


 それは小銃の発砲音で、〈ガンマ〉に向けて放たれていた。

 装甲騎兵に対して小銃弾ではどうあがいてもダメージを与えられない。

 これがもし機関砲の類いなら追加装備のライトなりカメラなりを破壊し得ただろうが、それでも戦況に影響はないのだから無視していただろう。


 しかし、振動障壁を失い危機迫った状況において、小銃弾だけは無視してはならない理由があった。

 それは、対装甲無反動砲。

 歩兵運用可能ながら装甲騎兵の装甲を貫通し得るその兵器は、初速や弾道特性、兵装重量においてロケットやミサイルより有利ながら、反面、60秒近い再装填時間という致命的欠点を抱えていた。

 そのため攻撃は一撃必中でなければならず、事前に砲口と同軸に設置された小銃を使って弾道観測を行う。


 つまり、小銃弾が発砲されたということは、そこに対装甲無反動砲を構えた敵兵が存在していることを意味していた。

 この瞬間、〈ガンマ〉にとって最も驚異となるのは、通常装甲で防御可能な55ミリ速射砲装備の〈音止〉でもなく、88ミリ砲を装填中の〈アルデルト〉でもなく、攻撃可能状態で照準を向けている対装甲無反動砲であることは誰の目にも明らかだった。


 〈ガンマ〉は〈音止〉を無視し、視線連動の機関砲をばらまきながら小銃弾の発砲地点へと視線を向け、そこから逃れるように安全範囲を超えた速度で南西方向へと飛びすさった。


 だがその視線の先で機関砲によってばらばらに引き裂かれたのは、対装甲無反動砲を構えた敵兵ではなく、小銃の詰められたロケット砲だった。


 ――はめられた。

 〈ガンマ〉のパイロットがそう理解したときには決着はついていた。


『撃て!!』


 ナツコの頭上に、全長7メートルを超える巨大な金属の塊が凄まじい勢いで降ってきた。

 もうやるべき事は分かっていた。

 〈ガンマ〉着地の瞬間の地響きに体が浮きながらも、塹壕の壁にアンカースパイクを打ち込み無理矢理体を固定し、肩に担いだ対装甲ロケット砲を構え、迷うことなく仮想トリガーを引ききる。


 狙いをつけたコアユニットまではわずか4メートル。

 それはロケット弾頭の安全装置が作動しなくなるぎりぎりの距離で、無理な回避行動を行った〈ガンマ〉にとって絶対回避不可能な距離であった。


 ナツコの放ったロケット砲の一撃は、装甲を貫き、コアユニットを完全に破壊し尽くした。


 動きを止めた一瞬に、容赦することなくトーコとフィーリュシカが追撃をかける。

 55ミリ速射砲弾が90ミリ砲を破壊し、88ミリ砲弾が機体側面装甲を貫きコクピットブロックに致命的なダメージを与える。


 動作不能に陥り、直立姿勢を保つことすら出来なくなった機体はそのまま音を立ててその場に倒れた。


 タマキはゆっくりと呼吸を整え、エネルギー残量限界を告げる警告を黙らせる事も出来ず、応急処置としてレーダー錯乱機構の動作を停止させる。

 最後のエネルギーパック。それも、残りはごく僅かだった。直ぐにそれもなくなり、予備動力を繋ぐと周囲に周波数探索をかける。


 しんと静まりかえった戦場。

 敵機のコアユニット反応は全て消え去っていた。


『――敵〈ハーモニック〉分隊の完全撃破を確認。ツバキ小隊は作戦行動を終了します。各員、順番に損害情報を報告』


 と、言ってみたはいいがあまり自分の状況が芳しくないことに気がついた。

 「その前に」と前置きしてタマキは命令を修正する。


『誰か大至急わたしのところにエネルギーパック持ってきて』


 指示を受けてサネルマが慌ててタマキの元へと向かう。

 そんなやりとりの裏で、倒れた〈ハーモニック〉の機体から這々の体で脱出したナツコは心臓をバクバク鳴らしながら、自分が五体満足であることを確かめてほっと安堵の一息をついた。


「今度こそ、潰されるかと思いました……」

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