第82話 〈音止〉出撃⑧
遂にタマキが〈ハーモニック〉と戦う事を決断した。
トーコは暗い〈音止〉のコクピットの中でその出撃指示をきいた。
相手は最新型装甲騎兵〈ハーモニック〉3機。
トーコはハイゼ・ブルーネ基地で量産前最終試作機らしき黒い〈ハーモニック〉と戦闘していたが、その強さはあまりに異質だ。
砲弾を弾く振動障壁に、装甲を無視する共鳴、周囲を薙ぎ払う音波砲。
そしてなによりもその運動性能。機動力こそ〈音止〉のほうが勝っているはずだったが、装甲騎兵離れした、まるで〈R3〉のような動き。それは〈音止〉の能力を持ってしても捉えきれず、手痛い敗北を喫した。
「案ずるな。所詮は出来損ないの機体だ」
後部座席のユイは手元の整備用端末を戦術データリンクに登録しているらしく、〈ハーモニック〉が拠点へ接近しているのを確かめると、ふふんと鼻で笑った。
既に〈ハーモニック〉は拠点としている工場跡の目前まで来ていた。こちらの〈R3〉は先ほどまで警戒に当たっていたフィーリュシカを除いては拠点を後にして配置点へ向けて移動中だ。
「あ、個人防衛火器〈アザレアⅢ〉に置いてきた。ユイ、とってきて」
唐突にトーコが声をかけると、ユイは呆れたような声を上げて返した。
「そんなもん何に使うつもりだ」
「出撃するには必要でしょ。とってきてよ」
「知るか。自分で行け」
「出撃待機中に私がコクピットから離れるわけには行かないでしょ」
「うるさい奴め」
愚痴りながらもユイはコクピットを開けさせて、こっそり外へ出る。
ユイが〈アザレアⅢ〉を格納してある装着装置に近づくのを確認したトーコは、コクピットを閉じた。
「ごめん。フィー、ユイのこと頼むね」
それだけ言って、ユイの制止も聞かずトーコは〈音止〉を起動。
既に〈ハーモニック〉は西側の搬入口シャッター前まで迫っていた。
戦闘は避けられない。ろくな準備のないツバキ小隊では、〈ハーモニック〉3機相手に勝てっこない。でも〈音止〉なら、勝てなくても時間は稼げる。トーコはもう、仲間が死ぬのを見たくは無かった。
トーコは急速起動させた〈音止〉のスロットルを踏み切って出力24%で加速させ、立ち上がりながら正面のシャッターを突き破る。
「〈ハーモニック〉の相手は私が引き受けます。東側へ誘導するのでその隙に逃げて下さい」
西側に到達していた〈ハーモニック〉は1機。〈音止〉が飛び出すと当然それに気がついたが、トーコの方が反応は早い。
122ミリ砲を指向させ、躊躇無くトリガーを引いた。
〈ハーモニック〉は突然現れた〈音止〉に対して、攻撃する選択肢は捨て、発見と同時に緊急後退をかけていた。
ろくに狙いもつけずに放たれた122ミリ砲弾は〈ハーモニック〉が肩に担いでいた削岩機を撃ち抜いたが、機体に対するダメージはゼロ。
トーコは即座に右腕の88ミリ砲を向けて攻撃。機体正面に着弾する寸前、〈ハーモニック〉は目の前で腕を交差させ、振動障壁を展開。かざした腕の周囲で陽炎のように空気が揺らぎ、88ミリ砲弾は弾かれ彼方へと消えた。
〈ハーモニック〉は88ミリ砲弾の衝撃を受け後方に跳躍、距離をとった。
『一体何をしているんですか! 独断先行などもってのほかです! 緊急後退。距離をとって〈D-03〉まで直ちに後退を!』
突如先行したトーコに対し、タマキは通信機に叫ぶようにしてその行動を咎めた。
しかしトーコも負けじと叫ぶ。
「まともに戦って勝てる相手じゃありません! 私のことはいいから早く逃げて! 1機でも多く道連れにしますからっ!」
〈ハーモニック〉は異変に気づくと直ちに集結して3機で〈音止〉を取り囲む。これまで停止していたライトがつけられ、照明弾が打ち上げられる。
打ち上がった照明弾は空で弾け、太陽のような真っ赤な光を放ち周囲を照らしながらゆっくりと下りてくる。
真昼のような明かりが〈音止〉を照らし、〈ハーモニック〉はそれ以外に敵影が無いのを見ると、未だ調査していない工場跡に注意を払いつつも陣形を組んで攻撃を開始した。
3機の〈ハーモニック〉が発射間隔を微妙にずらしながら90ミリ砲を発射。
トーコは弾道予測線を頼りに1発目を左へ回避、更にブースターで最大加速して2発目も回避。ぎりぎりのところな放たれた3発目をスラスターによる緊急制動と機動ホイールの緊急後退でなんとかやり過ごし、122ミリ方を構え、一番近い〈ハーモニック〉へ向けて放つ。
更に敵の回避機動を予測、そこへ割り込ませるよう、間髪入れずに88ミリ砲も放った。
しかし〈ハーモニック〉は急停止からの緊急後退で122ミリ砲弾を躱し、次弾の88ミリ砲弾は振動障壁に阻まれ、受け流された。
「それなら!」
左腕の武装をサイドアームの55ミリ速射砲へ変更。88ミリ砲弾を弾いた〈ハーモニック〉は振動障壁を一時的に失い、着弾の衝撃までは殺しきれずに後方へと跳躍している。
着地点を見極め、55ミリ速射砲のトリガーを引いた。
必中の一撃かと思われたが、着弾の寸前、その射線上に別の〈ハーモニック〉が割り込んだ。55ミリ砲弾は振動障壁に阻まれ受け流される。
「クソッ――」
トーコは舌打ちし、周囲の状況を確認。相手は戦い慣れている。しかも新型機である〈ハーモニック〉の振動障壁を使いこなして。
それでもトーコは後退するわけにはいかなかった。このまま攻撃を続け、注意を引きつけ、東側へと敵を誘導しないと――
『まだ間に合います! 今すぐ後退を!』
未だにタマキからの後退命令が続いていた。
トーコは通信機へ向かって叫ぶ。
「いいから逃げて下さい! もう、私のせいで誰かが死ぬのは嫌なんです!」
『自惚れないで! 誰があなたのために死にますか! 軍人なら命令に従いなさい! 直ちに後退を――』
陣形を再構築した〈ハーモニック〉が、再び短く発射間隔をつけつつ90ミリ砲を放つ。
トーコは通信を切って回避に集中。右方向へ緊急回避し、ブースターを全開にして更に加速。1発目、2発目と回避。しかし、回避の癖を見抜いて放たれた3発目は、〈音止〉左腕、122ミリ砲を直撃した。
「――っ!」
着弾の衝撃に機体が自動判断で122ミリ砲を緊急脱離。
振動障壁を無視してダメージを与えることが可能な火砲を失った。
「だったら――」
再装填中の隙をつき、ブースターを全開にして前進。機動力はこちらが上。距離を詰め、88ミリ砲を手近な目標に指向。間髪入れずトリガーを引く。
放たれた砲弾は寸前で回避された。続いて55ミリ速射砲を放つ。初速の早いこちらは回避を許さず〈ハーモニック〉正面装甲に命中。振動障壁に阻まれるが、一瞬だけ機体の動きを止める。
トーコはそこで姿勢制御用のスラスターまで使って最大加速。背中に吊していた共振ブレードを引き抜き刀身を展開。これならば振動障壁を捉えた瞬間にその固有振動と共振破砕を起こし、装甲を無視して切り裂ける。
距離は十分に詰められていた。視線連動の40ミリ砲を放ち90ミリ砲の指向を牽制。一気に肉薄し、共振ブレードの一突きを――
右側面から砲撃。弾道予測線は目の前の足下を示していた。このまま突っ込んだら命中する――。一瞬スラスターを閉じ、右脚を踏み込んでブレーキをかける。
若干速度を落としたその目前の地面に90ミリ榴弾砲が着弾。炸裂した榴弾が炎と共に金属辺を撒き散らすが、軽装甲の〈音止〉とはいえその程度ではびくともしない。
ブレーキのために踏ん張っていた足に力を入れ、地面を蹴りつけ目の前の〈ハーモニック〉へと襲いかかる。
再度側面。今度は左側面から砲撃。弾道予測線を一瞬だけ確認して、やむなく急減速。砲弾は回避可能。しかし同時に対装甲ロケットが放たれていた。
〈音止〉のレーダーが飛来するロケットを捉える。レーダー情報に任せ、自動迎撃。視線をそちらへと指向させ40ミリ砲で撃ち落とす。
迎撃を確認、視線を戻そうとすると、再度対装甲ロケットが確認された。
反対側、右側面から。レーダーがロケットを捉え――消えた。
――レーダー錯乱。
指揮官機に搭載される、一時的に周囲のレーダーを無効化する機構。
だが、既に視界内。光学照準と、レーダー錯乱に無効化されない近距離レーダーのみで迎撃を――
敵弾接近。回避不能。
〈音止〉のコンソールは無慈悲に事実のみを伝えた。
トーコが視線を右に向けたときには、既にロケットは迎撃不可能なまでに接近していた。
〈音止〉の爆発反応装甲を吹き飛ばし正面装甲を貫通し得る大型のタンデム型ロケット弾頭が、正面装甲やや下。機体の脇腹を食い破らんと迫っていた。
トーコは衝撃に備え歯を食いしばった。
その瞬間、トーコの視界の中、メインディスプレイに映されたロケット弾頭が、着弾寸前、その側面を撃ち抜かれた。
ロケットを撃ち抜いた20ミリ徹甲榴弾は弾頭内部で起爆。それがロケットのブースト燃料に引火し、即座に大爆発を引き起こす。
至近距離での爆発に〈音止〉の爆発反応装甲が起爆。爆発の衝撃によって機体が揺れたが、内側の装甲は損傷無し。
「やった! 当たりました!」
800メートルの距離から飛来するロケットを撃ち抜いたナツコは、無事に命中したことを確かめると今にも爆ぜてしまいそうなほどバクバクいっていた心臓を押さえ、塹壕内に転がり込んだ。
初めて見る型のロケットだったので確実に当てきれる自信はなかった。それでも至近距離からの発射だったのが功を奏した。わずかな距離を飛翔したロケットは、ナツコの計算から大きく外れなかった。
『〈音止〉緊急後退!』
タマキが叫ぶ。しかし、トーコの目前には〈ハーモニック〉。
あと少しで捉えられる――
「でもっ――何!?」
反論しようとした瞬間、〈音止〉が全速後退を始めた。同時にそれまで〈音止〉が向かっていた位置に90ミリ砲弾が爆ぜる。間一髪トーコは助かった。だが――
「どうして! 動いて! 動いてよ!」
〈音止〉はトーコの操縦を一切受け付けず、全速後退を続ける。
トーコはメインディスプレイを叩き付けるが、そこには『リモートコントロール中』の表示。
『こっちで〈音止〉の操作権を奪った』
『良くやってくれました』
ユイの声と、それに応じるタマキの声。
――操作権を奪われた。
トーコは既に自分のものでは無くなった〈音止〉の操縦桿から力なく手を離した。
目の前の〈ハーモニック〉が90ミリ砲を〈音止〉に指向。しかし発射の直前、どこからともなく88ミリ砲弾が〈ハーモニック〉側面装甲を捉えた。
振動障壁が作動するが、装甲に対してほぼ垂直の角度で突入した88ミリ砲弾は振動障壁を持ってしても弾ききれず、その威力は大幅に減衰させられたが〈ハーモニック〉の爆発反応装甲を作動させる。
一時行動不能に陥った〈ハーモニック〉は攻撃を中止し後退。別の1機がそれをカバーするよう移動した。
その隙にも、〈音止〉は全速力で後退を続ける。
『上出来です。ツバキ9、そのまま〈D-03〉まで後退を』
『簡単に言ってくれるがあたしゃ操縦はど素人だぞ』
『何とかしなさい。――ツバキ6、お手柄でしたね。よく当ててくれました。そのまま配置に戻って下さい』
『ツバキ6、了解です!』
作戦行動中に初めてタマキに褒められたナツコは上機嫌で、塹壕内を最大速度で移動し始めた。
「どうして――どうして逃げないんですか!」
1人、〈音止〉コクピットの中で何も出来ず、無力な自分を恨み肩を震わせていたトーコが言葉を投げかけると、ぴしゃりとタマキが返答した。
『退却すべきか、戦うべきか、判断するのはこのわたしです。あなたではありません』
負けじと、トーコも言葉を返す。
「でも、あんなの相手に勝ち目はありません! あなたたちは私なんか見捨てて生き残るべきです! 孤児院で育った私が死んでも誰も悲しみません! 親にも愛されず捨てられた私なんか――」
『ふざけるな!!』
トーコの言葉に対してタマキ、ナツコが反論しようとしたが、それよりも早く、凜とした厳しい声が応えた。
最初誰の声か、皆分からなかった。それは、いつもは覇気の無い声で話す、〈音止〉整備士ユイの声だった。
『それ以上あいつのことを侮辱してみろ。半人前のくせにいきりやがって。あいつがどんな気持ちでお前を――いい。タマキ、後は任せる』
ユイはそれで言葉を区切って、慣れない〈音止〉の操縦に集中した。全速後退でも〈ハーモニック〉より機動力で上回っているとは言え、相手は90ミリ砲を装備している。射程内に居るうちは油断できない。
〈ハーモニック〉は突然現れた20ミリ砲と88ミリ砲の狙撃手を探し警戒したため深追いはしてこなかったが、それが〈R3〉のものであるとわかれば構わず〈音止〉を始末しに来るだろうと予想された。
ユイから引き継がれたタマキは、咳払いし、厳しい口調で告げる。
『あなたの独りよがりな意見など知ったことではありません。これはあなたの戦いではありません。ツバキ小隊の戦いです!』
――でも。
勝てるわけないと口答えしようとしたトーコだが、それをイスラが遮った。
『そうだとも。それに、策はあるんだろ? 少尉殿』
『当然です』
タマキは大見得きってそう宣言し、圧縮してあった戦術プランを解凍すると、その中から対装甲騎兵分隊のものを選択して指揮官用端末に表示させた。
相手が〈ハーモニック〉。更に頼みの綱の〈音止〉が損傷し122ミリ砲を喪失。
状況は最悪に近いが、タマキにも備えが無いわけではなかった。
ただ、それを実現させるためには、データが不足していた。
『――ですがそのために、周囲の塹壕の状況を正しく知っておく必要があります。誰か、塹壕の配置データを持っている人は居ませんか』
タマキの問いかけに、人一倍頑張って塹壕堀に勤しんでいたナツコが持っていないと返答し、他の隊員も掘るには掘ったがデータは残さなかったと反応する。
しかしトーコがか細い声で応えた。
「――〈音止〉に保存してある」
『ツバキ9、データをこっちに共有させて』
『操縦に手一杯でそれどころじゃない』
慣れない操縦。しかも〈ハーモニック〉がいよいよ〈音止〉に対する追撃姿勢をとったことで、ユイにコンソールを開いてデータを取り出している余裕など存在しなかった。
「私がやります。命令には従う。だから、操縦を戻して」
トーコの言葉に、ユイは直ぐに操作権を戻すようなことはしなかった。タマキも、一瞬悩み、それから問いかける。
『軍人ならば、命令に従うのは当然のことです。肝に銘じておきなさい。よろしいですね』
タマキの強い言葉を受けて、トーコは頷いた。
「はい」
『よろしい。ツバキ9、ツバキ8へ操縦権を返して。ツバキ8は回避行動をとりつつ後退し、塹壕配置データを共有して下さい。
各機、戦闘態勢。これよりツバキ小隊は帝国軍装甲騎兵〈ハーモニック〉3機と戦闘を開始します。
作戦目標は〈ハーモニック〉3機の完全撃破。
この程度の相手に勝てないようならハツキ島奪還は夢のまた夢です。各員、最善を尽くして下さい』
ツバキ小隊の各員は返事をして、避けることの出来なくなった戦闘に構える。
トーコも〈音止〉の操縦桿を握り直すと、静かに頷く。
緊張の張り詰めた戦場に、戦いの開始を告げるよう、90ミリ砲の発砲音が轟いた。
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