第76話 〈音止〉出撃②

 デイン・ミッドフェルド基地は元々大規模な訓練を行うために作られた。

 そのためトトミ中央大陸に点在するどの都市部からも距離が遠く、火山灰土の荒野のど真ん中という不便な立地となったが、その反面、訓練施設についてはほかのどの基地よりも充実していた。


 当然、装甲騎兵の運用テストを実行可能な広大な土地も確保されており、ツバキ小隊隊長のタマキは、その施設の予約が1区画分空いているのを見つけると目ざとく使用申請を出しそれを通した。


 ハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で黒い〈ハーモニック〉によって損傷を受けたツバキ小隊所有の〈音止〉は、修理がすべて完了し最終調整を残すのみである。

 調整のため訓練区域を移動する〈音止〉を、タマキは1キロ離れた地点から双眼鏡で眺める。ほかの隊員は機体の自主調整を命じられていたが、久しぶりに動く〈音止〉の姿を一目見ようと集まっていて、タマキもそれを咎めることはしなかった。


 〈音止〉には統合軍機体コード〈I-K20〉が与えられている。しかしツバキ小隊の所有する機体は量産前最終試作機であり、量産機とは異なる仕様のため区別しようと開発時コードである〈音止〉を使い続けていた。

 そのあたりの許可は整備士のユイが勝手に申請して、勝手に了承までとっていたらしい。そのことに関してはタマキも、ふてぶてしい態度をとり続けるユイに対して「次から外部と連絡を行う際は隊長を通すように」と厳命を下した。


 〈音止〉と〈I-K20〉で大きく異なる点はいくつかあるが、これまでに説明された限りでは、〈音止〉は新規開発された超大出力のコアユニットを装備していること。それを全力駆動可能するに足る冷却機構を有していること。各種モニタリングのため過剰なほどのセンサが搭載されていること。テスト機のためコクピットが複座となっていること。これらの要素を満たすため、装甲を大きく削っていること。


 他はともかく装甲の減少は一目見れば明らかなほどで、この間せっかく新品を装着した正面装甲までも、センサ類や冷却機構を搭載するために大幅に削られ、今は見る影もない。

 そんな〈音止〉はこれまで塗装はされていなかったが、訓練のために白地に青い斜め線が2本入る練習機塗装がなされた。武装も訓練に合わせて更新された――というよりは、これまでが限界荷重テストでもするのかというような装備編成だったためタマキが改めさせた。


 左腕に装備した主兵装は122ミリ砲。4脚機のような大型砲塔を持たず、腕に火砲を装備する2脚装甲騎兵では本来このような強力な武器は使用すると腕が破損してしまうのだが、最新式のエネルギー転換式反動抑制機構の導入によって運用可能としていた。


 左腕副兵装には対歩兵、対軽装甲騎兵と汎用的に扱えて評価の高い55ミリ速射砲。右腕主兵装は88ミリ砲。これは部隊内で使用する弾薬を統一したいというタマキの意見を受けて決定された。

 その他、メインカメラと同軸の40ミリ機関砲、手に持って使用可能な25ミリガトリング砲、対歩兵爆雷、近接戦闘用の共振ブレード、といささか偏ってはいるが以前よりはまともな運用が可能な装備となった。


 タマキは対装甲騎兵用の誘導弾やロケットを装備させたかったが、「ロマンがない」という整備士の意味不明な意見を受けて却下され、搭載予定だった両肩には大型の冷却塔が装備された。一体これほどの冷却機構をいつ使うのかと咎められても、必要な時が来たら使うの一点張りでまるで聞く耳を持たず、挙句の果てにこれが搭載できないなら運用は不可能だとのたまい始めたため、タマキが折れて装備を認めた。


 そんな紆余曲折もあり修理が完了した〈音止〉だが、最終調整も大方問題なさそうだ。総重量も両腕に122ミリ砲を搭載していた前回から大幅に改善され、パイロットであるトーコも走りやすいと高評価を下した。

 基礎的な運動試験は終わり、火砲の運用試験も終了。後は弾道予測機構と回避運動の調整を残すのみ。

 〈音止〉を撃破可能な火砲を用いてテストするわけにはいかないので、威力の低い高速軽量弾を使ったテストを行う。


 フィーリュシカの〈アルデルト〉に専用弾薬を用いる28ミリ高速砲を搭載し、〈音止〉が移動完了すると照準を合わせる。いくら軽装甲の〈音止〉と言えど1キロ離れた位置からこの銃では抜けないことは明らかだが、それでも実弾を使うため慎重に。

 双方の用意が完了すると、タマキは再度機体のチェックを命じ、それが完了するとテスト開始を告げ、射撃までのカウントを行う。


「射撃用意。10秒前……5、4、3、2、1――撃て!」


 フィーリュシカが28ミリ高速砲の仮想トリガーを引いた。

 砂埃を巻き上げて、秒速1500メートルにも達する砲口初速の銃弾が放たれる。

 一方〈音止〉コクピットでは直撃コースをとる銃弾を検知し弾道予測が作動。

 トーコは赤く表示された予測線から逃れるように、脚部ブースターと空中制動用スラスターを使って左方向へと緊急回避を行う。

 高速で飛来した銃弾だが回避行動をとった〈音止〉を捉えることなく、遙か後方に着弾する。


「上々ね。まだ試しますか?」


 タマキは結果に満足しながらも、念のため当事者に尋ねる。

 トーコは頷いたが、ユイは意見を述べた。


『避けられるように撃った弾を避けたところでテストにならん。フィーにこっちが避けられないように撃たせろ』


 タマキはそんな意見にため息をつきながらも、傍らで伏射姿勢をとったままのフィーリュシカに尋ねる。


「だそうですけれど、撃てますか?」

「2発連続射撃ならば確実に命中弾を出す」

「たいそうな自信ね。良いでしょう」


 タマキは次は2発連続で射撃する旨を連絡すると、〈音止〉が指定位置に戻るのを待って、それから双方の状態を確認し、射撃指示を出す。


「2発連続射撃を行います。射撃用意。1発目発射まで10秒……5、4、3、2、1――撃て!」


 射撃命令と同時にフィーリュシカは仮想トリガーを引く。照準は〈音止〉正面装甲よりやや下。

 トーコも射撃を確認し、弾道予測線が赤く表示されると回避行動をとる。先ほど左に避けたので、今度は右へ。2発目が来るので全力では回避せず、ブースターと機動ホイールのみで余力を残しつつ回避行動。


 フィーリュシカは次弾装填完了と同時に仮想トリガーを引いた。

 砂埃を巻き上げ、2発目の銃弾が発射される。照準は〈音止〉の回避機動先、正面装甲より高め、やや右肩よりの位置。


 銃弾をレーダーが捉え弾道予測線が表示される。

 回避先を完全に読み切った射撃。

 トーコは一瞬迷ってしまった。急減速をかけて左へ機体を戻すべきか、更に右側へ加速させるか。

 既に1発目を回避しやり過ごしていたのだから、どちらの選択もとれた。

 しかし一瞬迷ったせいで移動開始が遅れる。ブースターとスラスターを全開にして機体を左側へと戻したが、メインディスプレイに銃弾接近を告げる警告と、同時に回避不能を示すアラート。

 甲高い金属音を響かせて〈音止〉の右肩に銃弾が命中した。

 即座に損害評価がなされ、装甲貫通無し、損傷無しが報告される。


『なーにをやってるんだか』


 後部座席から響いた無気力な声に、トーコは唇を噛み、通信機に向かって叫んだ。


『もう1回お願いします!』


 その通信を受けたタマキは、深く、深くため息をつく。

 タマキは元来面倒くさいことが嫌いだ。そしてこの状況は紛れもなく面倒くさい。

 妥協点を探ろうと、とりあえずトーコの要請を承諾。

 それから通信機を切って、伏射姿勢のまま待機しているフィーリュシカに尋ねた。


「フィーさん、ギリギリ、本当にギリギリの所で回避出来るように撃てますか?」

「問題無い」

「そう言ってくれると信じていました」


 タマキは〈音止〉が指定位置に戻ると射撃指示を出す。要請通りギリギリ回避出来るよう放たれた2発目の銃弾を、〈音止〉は紙一重の所で回避に成功し、トーコの尊厳を傷つけない形で無事にテストを終えることが出来た。

 こうして無事にツバキ小隊の〈音止〉は最終調整を終え、実戦配備可能機体として登録されることになった。

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