第75話 〈音止〉出撃①

 ぼんやりとしていた目を開けると、見慣れたコクピットの中にいた。


 ――2脚人型装甲騎兵〈音止〉。

 元は宙間決戦兵器という区分の兵器であり、この種の兵器は宇宙戦闘艦同士の戦いにおける大型艦艇の弱点を補うことを主目的とし、広範囲の索敵・制宙権の確保。場合によっては敵艦艇に接近し攻撃も行う、多目的機動兵器として運用された。


 開発元は旧枢軸軍。アマネ・ニシ元帥主導で企画がなされ、その設計・開発の詳細こそ秘匿されているものの、枢軸軍が終戦間際に建造した新鋭機動宇宙戦艦に搭載されたことが確認されている。

 旧連合軍が開発した宙間決戦兵器〈ハーモニック〉を倒すために開発された〈音止〉だが、その戦闘経歴、機体の行方は不明である。


 ただ戦後アマネ・ニシ元帥がその設計情報を持ち出し統合人類政府に公開したため、統合軍の装甲騎兵〈I-M16〉後継機開発に難航していた軍部は、〈音止〉の設計をベースとし、それをダウンサイズして地上運用可能な装甲騎兵として仕立て上げることによって次世代機登場までの間を繋ぐことを画策。

 計画は実行に移され、ズナン帝国軍占領宙域から脱出してきた優秀な技術者たちの協力もあり、〈音止〉は当初の計画を上回る性能を有した機体として完成。統合軍機体コード〈I-K20〉を与えられ運用が開始された――


 コクピットの中で、視線を動かして現状確認を行う。

 〈音止〉は出撃状態にあり、作戦行動中を示すランプが点灯していた。

 修理中じゃなかったっけ、なんて考えながらも機体にセルフチェックをかけ、問題無いことを確かめると外の状況に意識を向ける。


 真っ暗な、何処までも暗い空間にいた。

 ここは何処?

 頭の中で考えると、メインディスプレイに場所の詳細が示される。

 どうやらトトミ星系外縁部の外れの宙域にいるらしい。


 真っ暗だった視界の中に、トトミ星系の中心にある恒星が映る。星系外縁部にいるというのに、恒星は直視するとまぶしい。視線を余所に向けて、作戦概要を確認。


 作戦目的は、敵〈ハーモニック〉の撃破、もしくは足止め。機動戦艦同士の決戦の間、〈ハーモニック〉を1機たりともそちらに近づかないよう引きつけておかないといけない。

 さて目的の〈ハーモニック〉は何処かな、何て視線を巡らせると、射出していた索敵装置が接近する機体を捉えた。

 同時に、戦艦からの通信を受信した。それは聞き覚えのある声で、無感情ではあるが美しい声だった。


『〈ハーモニック〉3機接近』

「こっちでも確認した」


 自然と返答が口から出てきた。

 敵は3機。しかも歴戦のパイロットが搭乗している。

 対してこちらは自分1人だけ。僚機もいたが、先日行われた前哨戦において機体が損害を受け、未だ修理が完了していない。

 1対3。はっきり言って無謀としか言い様のない作戦だった。


『こちらも戦闘を開始する。以降戦闘終了まで通信は行わない』

「了解。通信を終了します」


 そう返信したのだが、一向に通信が切られることはなかった。気になって尋ねる。


「どうかした?」


 通信士は少し黙って、それから、感情の薄い声を投げかけた。


『ご武運を、中佐殿』


 いつも変な言葉選びをする、宇宙標準言語に不慣れな通信士が珍しく戦闘前に真っ当な言葉を使ったので、それがおかしくなって小さく笑ってしまう。

 それでもこの最終決戦の前に言葉をかけてくれたのは嬉しかった。恐らく、この戦いは今まで経験したどんな戦いよりも苛烈なものになるから。


「ありがと。そっちもね」


 言葉を返すと、通信が切られた。

 向こうには向こうの戦いがある。その戦いを成功させるためにも、〈ハーモニック〉は1機たりともここより先の宙域には進ませてはならない。


 〈音止〉の高倍率スコープが接近する〈ハーモニック〉の姿を捉えた。

 これまで嫌と言うほど戦ってきた、連合軍の最新鋭宙間決戦兵器。紫色の隊長機に、青と赤の僚機。

 どれも強いが、特に厄介なのは赤色の機体。パイロットのサブリ・スーミアは自分がこれまで戦ってきたどのパイロットよりも腕が立つ。

 これから自分はたった1人で3機の〈ハーモニック〉と戦わなくてはならない。

 はっきり言って、絶望的な状況だ。

 だが、逃げるわけにはいかない。


「――この戦争に負けたら、どうせ私たちは死ぬしかないんだ。

 だったら私は、戦って戦って、戦い抜いて、生き残ってやる!!」


 頭の中でスイッチを叩く。

 体感時間が無限と思えるほどに引き延ばされ、世界は色を失い一面灰色に染まった。



 そこで、トーコはようやく眠りから覚めた。

 ぼんやりとした目を開けると、見慣れた〈音止〉のコクピットの中にいた。

 修理が終わり、最終調整を控えた機体。整備士による調整が始まる前にパイロットだけでやれることは済ませておこうと、起床時刻の前にこっそり整備倉庫にやってきて〈音止〉コクピットの調整をしていたのだが、そのまま眠ってしまったらしい。


 それにしても変な夢を見た。

 夢の中で自分は「中佐」と呼ばれていた。

 新米軍曹が夢の中では中佐とは、妄想もここまで来ると恥ずかしさを通り過ぎて笑えてくる。

 でも、最後の言葉だけどうにも頭に引っかった。


『戦って戦って、戦い抜いて、生き残ってやる』


 トーコとは根本的に異なる考え。

 あれは本当に、自分の夢だったのだろうか?

 もしかして、自分の心の奥底では、生き残ることを望んでいるのではないか?

 おかしな疑問が浮かんだことにまたトーコは笑ってしまう。

 1人小さく笑っていると、〈音止〉のコクピットが開かれた。

 子供用の汎用〈R3〉を身につけた、金髪の少女がトーコの姿を見て濁った瞳を細める。


「ここで何をしている」

「調整。私に出来ることはやっておこうと思って」

「勝手に〈音止〉に触るな」

「私、パイロットなんだけど」

「ド下手クソの新米のな」


 ユイの言いたい放題にすっかり慣れてしまったトーコは、「はいはいどうせ下手クソですよ」と軽くあしらったが、夢のことが気になって尋ねる。


「この機体、量産前最終試作機だったよね。他の用途で使ったりしてない?」

「何の話だ」


 ユイは不機嫌そうに、さっさと降りろとばかりに聞き返す。

 それでもトーコは気にもせず重ねて尋ねた。


「夢で見たの。この機体が宇宙で戦ってて、中佐が乗ってた」


 ユイは濁った瞳を更に細めて、うんざりした、みたいな表情をした。


「寝ぼけてるのか?」

「寝ぼけてないよ」

「寝ぼけてないのに大真面目に夢の話をするような輩は頭がいかれてる。精神科へ行け」


 その言い方には流石にトーコも頭にきて殴ってやろうかとも考えた。

 しかし〈音止〉の最終調整を出来るのはユイだけで、今怪我をさせたら調整が行われない。それは困るので、一時保留し、また今度殴ることにした。


「寝ぼけてたかも。寝直してくる」


 そう言い残して〈音止〉のコクピットから這い出ると、リフターに片足をかけて下へと降りる。

 宿舎に戻ってもいいが、今は眠れそうにない。折角早起きしたし体を動かそうと、トーコは起床時刻までの1時間ほど、基地敷地内で軽めのランニングをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る