第77話 〈音止〉出撃③

 調整も終わり〈音止〉を整備倉庫へ戻すと、ユイが気分が悪いと言うのでトーコとナツコでトイレの近い適当な談話室へと運び込んだ。

 トーコとしては整備倉庫へ戻るまでわざと大きく機体を揺らしながら移動させたため思惑通りだったのだが、そんなつまらない仕返しにナツコを巻き込んでしまったことには少しばかり後悔もした。

 吐かなかったから大丈夫でしょ、と適当な理由を付けてユイを置き去りにすると、食堂へと向かう。


「大丈夫、ですかね?」

「大丈夫だって。いつものことだから」

「でも、誰か近くに居てあげた方が」

「居ない方があの子は落ち着くみたいだから」

「そうですか。それなら……」


 本当にそうだろうかと首をかしげながらも、トーコがそう言うのでナツコも納得することにした。

 すると、向こうから若い男性が3人組でやってきた。彼らは皆、肩にトーコと同じ装甲騎兵章をつけていた。

 談笑していた彼らだが、トーコと目が合うと口を閉ざし、にこやかだった表情も一転して暗くなる。

 ナツコは戸惑ったが手を引かれ、それについて行くよう早足で歩く。

 すれ違う瞬間男達は何も言わなかったが、ただならぬ視線が向けられていることには2人とも気づいていた。


 通り過ぎてから、ナツコは記憶を巡らせる。あの男達の誰1人として顔見知りでは無い。とすると――

 聞いていいのかどうか悩んだものの、何だか2人の空気まで気まずくなってしまったので意を決して尋ねることにした。


「トーコさん、あの人達と知り合いですか?」

「レインウェル基地で同期入隊だった人達」

「へえ、そうだったんですか」


 相づちを打つが、肝心なことを聞けない。

 でもトーコは、ナツコの視線を感じると小さな声で語り始める。


「私は同期の中ではトップの成績だったの。それでレインウェル基地で一番良い部隊に配属された。直ぐに訓練の日程も組まれて、ハツキ島の砂丘地帯へ向かった。そこで……」


 トーコは口をつぐんだが、その先はナツコでも知っていた。

 ズナン帝国の強襲を受け、その進軍を阻もうと戦ったレインウェル基地の装甲騎兵部隊は、トーコだけを残して全滅した。


「で、でも、そんなのトーコさんのせいじゃないですよね」

「そうかも知れないけど、あの状況で私だけ生きて戻ってきたなんてどう考えても不自然だもの。疫病神扱いされても仕方ないことだよ」

「でもっ! あんな態度とらなくても……。トーコさんだって――」


 辛いはずでしょう、と言おうとして言葉が続かなかった。

 そんなナツコを見て、トーコは再び「仕方のないことだから」と呟く。

 トーコもあの場所で死ぬつもりだった。でも死に場所は与えられず、代わりに〈音止〉が与えられた。

 トーコはぎゅっと拳を握りしめる。あの時自分は仲間の犠牲によって生き残った。もう、仲間を失うのは嫌だ。幸い、自分には〈音止〉がある。今度こそ、守り切ってみせる。


「いいの。気にしてないから。それより早く行こう。食堂の使用時間過ぎたら大変だよ」


 強がって言っているのはナツコにも分かった。でもそれ以上なんて言葉をかけて良いのか分からなかった。

 頷いて、早足で歩いて行くトーコの背中を追いかける。自分より大きいはずの背中なのに、何処かへ行ってしまいそうで不安だった。そんな背中を見て、ナツコは自分が守ってあげないと、と密かに決意を固めた。


          ◇    ◇    ◇


 食事を終えたタマキは、いくつかの前線基地を管理する連隊長より呼び出しを受け、命令に従い出頭した。

 いつもの輸送任務とは呼び出し元が異なることに違和感はあった。

 しかし基地司令は義勇軍の前線運用には消極的なはずで、ツバキ小隊がかり出されるのはもう少し帝国軍の動きが活発化してからだと予想していた。

 だが連隊長より告げられた次のツバキ小隊の任務は、その予想を覆す物だった。


「明朝よりハツキ島義勇軍ツバキ小隊はデイン・ミッドフェルド基地前線、ドレーク基地所属とし、ドレーク基地北部山岳地帯の哨戒任務に就け。命令書は明朝正式に発行される。今日中に出撃準備を整えておくように」


 耳を疑うような内容だったが、タマキとて軍人だ。拒むわけにはいかず敬礼すると了解を返した。

 連隊長は何か質問はと尋ねてくれたので、声を張り上げ尋ねる。


「任務に期限はありますか?」

「統合軍の準備が出来次第、哨戒任務は引き継がれる。それまでの繋ぎだと思ってくれて構わない」

「回答ありがとうございます。明朝までに必要な需品をまとめておきます」

「そうしてくれ。今後はドレーク基地司令、グリーン大尉が直属上官となる。挨拶だけは今日の内に済ませておくといい」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 連隊長は指示を伝え終えるとタマキの退室を促す。

 面倒なことになったと思いつつも、タマキは退室すると恐らくシャワーの列に並んでいるだろう隊員達の元へ向かう。


 歩きながら指揮官用端末を操作。ドレーク基地はデイン・ミッドフェルド基地北東に位置し、何処までも続くなだらかな山岳地帯。火山灰と火山岩で形成された不毛の大地に存在している構成員50名程度の小規模基地。

 ツバキ小隊の受け持ちは更にその北部。となるとトトミ霊山にかかるような位置で、はっきり言って僻地も僻地だ。


 そこまで確認して今回の命令の意図がはっきりと分かった。

 最新型装甲騎兵〈音止〉を所有するツバキ小隊を体面上は遊ばせておくわけにはいかないが、かといって真面目に運用するのは基地司令の方針に反する。だから前線とは言えド僻地の哨戒任務を押し付けるという、誰の尊厳も傷つけない落としどころに至ったのだろう。


 玉虫色のその落としどころは一見誰も困らないようでいて、実際はそんなことはなく、ド僻地の哨戒任務に飛ばされたツバキ小隊にとってはたまったことではない。

 当然、温かいご飯も、十分とは言えないが屋根付きの宿舎も、列に並べば浴びられるシャワーも、隊員達から取り上げることになる。

 期限付きだからいいものの、その期限とやらも統合軍の準備が出来次第という怪しげなもので、一体何時になるか明確な情報は一切無い。


 それでも軍人は命令に従うもので、義勇軍とは言え統合軍隷下で活動しているツバキ小隊もその規則の内側にいる。

 タマキは大きくため息をついて、誰にも聞かれないよう小さく声にする。


「こんなの、あの子達になんて説明したら良いのよ……」


 兄の力を借りる訳にもいかない。正式に下された命令を中佐の権限を使って無に返したりしたらそれこそ権力の濫用という奴で、ツバキ小隊、ひいてはニシ家の立場をなくしかねない。

 タマキは1つ思いついて、山岳部での戦闘を想定した訓練のついでということにしようと決めた。哨戒任務をこなしつつ、こっそり実戦訓練をしていたって誰も文句は言ってこないだろう。

 何しろ向かう先は僻地も僻地のド僻地で、そんなところ帝国軍だってやってきたりは――


 タマキは再度指揮官用端末を確認する。

 北東部山岳地帯にあるドレーク基地から更に北方。

 僻地も僻地。ここを占領する戦略的価値など存在しない。

 なにしろここを落としたところで、帝国軍の目指すトトミ星首都や宇宙港へ向かうためにはトトミ霊山を越えなければならない。既に冬が目前に迫ったこの時期にそんな場所へ足を踏み入れよう物ならいかに機械化された軍団だろうと凍死は免れられない。

 こんな場所を攻めるくらいならそれこそドレーク基地でも襲った方マシだし、それ以上に価値ある前線基地も無数にある。


 そんな状況だからこそ、帝国軍は攻めかねない。この戦争は何かがおかしい。帝国軍は、統合軍が想定していないような何かを目的に活動している。だとしたら戦略的価値の一切存在しないようなド僻地すら、侵略対象として想定される可能性は十分にある――


「何てのは、頭の悪い考えだわ」


 自分で考えて、あまりのばかばかしさに笑えてきた。

 そんなことを言い始めたら、どこもかしこも厳重な警戒態勢をひかなくてはならず、当然今の統合軍にそんな戦力も、それを運用可能な生産能力も無い。

 向かう先はド僻地の見通しの良い山岳地帯。

 念のため、本当に念のためだけれど対装甲騎兵用装備だけ一通り揃えておこうと、タマキは指揮官用端末を操作して需品の仮リストを作成した。

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