第57話 ツバキ小隊の休日?③

「すげえな、〈ヘッダーン4・アサルト〉じゃねえか!」


 トレーラーに積み込まれていた訓練用機体を見てイスラが歓声を上げる。

 統合軍に導入されている最新鋭突撃機〈ヘッダーン4・アサルト〉。ツバキ小隊にとっては輸送される機体を見る程度で、実際に自分たちが装備することになるとは思ってもいなかった。


「どんな汚い手を使ったんだ、隊長」

「汚い手なんて使いません。点検は済んでいますので装備して各自調整を」

「へいへい。どうせなら1機持って帰りたいもんだ。訓練機でも〈ヘッダーン1・アサルト〉より幾分かマシだろう」

「あ、あれはあれでいいんです!」


 〈ヘッダーン1・アサルト〉の装備者ナツコが抗議の声を上げたが、イスラは無視して白をベースとし視認性向上のため青いストライプ塗装を施された訓練用の〈ヘッダーン4・アサルト〉の装備を始める。


「でも最新型だなんて、私に使いこなせるのかな?」


 〈ヘッダーン4・アサルト〉のセットされた装着装置に立ち、個人認証を済ませたナツコが呟く。言っている間に、機体はナツコの体に次々と装備されていった。


「〈ヘッダーン4・アサルト〉を装備したことがあるのはサネルマさんだけですね。基本的には他の突撃機と変わらないので大丈夫だとは思いますが、操作方法が分からない場合は彼女にきいてください」

「お任せください!」


 タマキの指名にサネルマは元気よく答えたが、装備が完了した面々は普通に〈ヘッダーン4・アサルト〉を乗りこなしていた。


「ナツコさんも大丈夫そうね」

「はい! 〈ヘッダーン1・アサルト〉しか使ったこと無かったですけれど、なんとか使えそうです!」

「よろしい、では簡単な動作をして慣らしましょうか」


 着いてきて、と命令を下して、タマキはトレーラーの外へと移動する。

 他の面々も雨の降る荒野へと機体を移動させた。火山灰土の荒野はどしゃぶりの雨でぐちゃぐちゃになり、機体の脚部パーツは踏み込む度に泥へと沈む。


「雨が強いので足下には注意を――」

「きゃ――」

「注意をお願いします」


 早速ぬかるみに足を取られつんのめったナツコに対してタマキは言った。


「それより少尉殿、トーコとユイは何処行ったんだ?」

「2人には自主訓練をして頂いています。イスラさん、今は他人のことを気にかけている場合ではありませんよ」

「了解、分かったよ。で、自由に慣らしていいのか?」

「一通り、基本動作を確認しましょうか」


 イスラの言葉に応えて、タマキは皆に背を向けて移動を始めた。


「しばらく通常移動します。足並みをそろえて」


 雨に打たれてぬかるんだ泥を踏みつけ、7機の〈ヘッダーン4・アサルト〉は移動を始める。


「ここから機動走行へ」


 機動ホイールを展開し、両足を地に着けたまま〈ヘッダーン4・アサルト〉が泥を巻き上げて走行する。最新型の〈ヘッダーン4・アサルト〉は不整地でも機動走行可能な機体ではあるが、想定を超えた粘度をもつ火山灰土のぬかるみのせいで度々空転や泥詰まりを起こし、その度脚部パーツを軽く持ち上げてやらなければならなかった。

 タマキは少しずつスピードを上げていくが、誰1人遅れることなく追従して走行する。


『雨が強いのでここから無線を使います。全員きこえていますね』

『きこえてるよ』

『問題ありません』

「きこえます」


 全員の応答が確認できると、タマキは更に速度を上げた。

 巻き上げる泥が後ろに続くイスラの視界を遮るが、前の機体の放つテールライトを頼りに着いていく。


『左90度転回します』

『おおう、急だな』

『次、右に曲がります』


 泥道を直角に曲がるタマキ。後ろに続く隊員は緩く弧を描いて方向を変える。


(市街地を走るのと、全然違う)


 ナツコは慣れない雨天の荒野に幾度も足を取られながらも、必死に前を行くフィーリュシカの背中を追いかけた。

 ナツコの運動神経はともかく、最新鋭のR3〈ヘッダーン4・アサルト〉の運動性能は優秀で、限度こそあれぬかるんだ泥の道ですら自動的に姿勢を修正し走行してくれる。


『飛びますよ』

「飛ぶ?」

『岩があるので飛び越えてください』

「は、はい!」


 雨と泥で目の前の視界は非常に狭い。

 フィーリュシカが後ろに泥を跳ねないようにしているからナツコの視界は他に比べれば良好だったが、それでも雨中行軍が初めてのナツコには何も見えていないのと変わらなかった。

 ナツコの目の前、フィーリュシカのテールランプが宙に飛び上がる。

 岩の大きさを見極めようと目を細めると、地形認識が作動して雨の中に緑色のグリッドで障害物を描写する。


「最初から使えば良かった…」

『どうしました、ナツコさん?』

「あ、いえ、こちらの話です!」


 会話に気をとられながらも泥を踏みつけて跳躍する。


(この高さなら、これくらいだよね)


 しかし〈ヘッダーン4・アサルト〉はナツコの予想以上に高く飛び上がり、高さ2メートル以上有った岩を軽々と飛び越えて難なく着地した。

 着地の衝撃に身構えるナツコであったが、その衝撃もまた、予想に比べてだいぶ小さかった。


「あれ? 結構勢いよく着地したと思うんですけど」

『最新鋭の機体だからねえ。〈ヘッダーン1〉に慣れていると特にそう感じるだろうね』

「えええ!? そういうことなんですか! こんなに変わるんですか!」

『そりゃあねー。でも次世代機の〈ヘッダーン5〉はもっと凄いよ。と言っても試作機を1度だけ触らせて貰った程度だけど』

「へ、へえー。これが、最新鋭の機体……」

『緊急停止』


 サネルマとの会話に夢中になっていたナツコは停止のタイミングが遅れたが、突っ込んだ先のフィーリュシカに機体を受け止められ、かかとを踏み込んで緊急制動用のアンカースパイクをぬかるみに打ち込むとなんとか停止することが出来た。


『あまりおしゃべりしていると危ないですよ』

「以後気をつけます!」


 その後も20分ほど機体の慣らし運転は続いた。

 ナツコは緊急後退の練習時に1人だけ前に飛び出したりしたが、それ以外では大きな失敗は無かった。


「全員停止。問題なさそうですね」

「はぁー。大変でした」

「ナツコさん。訓練はここからです」


 体を伸ばしていたナツコに、タマキは厳しく言い放つ。


「そ、そうですよね。もちろん分かってましたよ」

「分かっているならよろしい。では皆さん、装備を積み込んでください。訓練用の機銃、予備弾倉に予備のエネルギーパック。エネルギーパックに関しては、貰えるだけ積んできましたので必要に応じて各自補給してください」


 トレーラーの荷台に積まれた山のような箱を示してタマキが言い放つと、イスラとカリラは顔をしかめた。


「これだけあれば1日中全力で走れますけれど、一体どれだけ訓練するつもりです?」

「カリラさんの言うとおり、一日中訓練する予定です」

「なあリルちゃん。隊長殿は本気だと思うか?」

「その呼び方止めて。やるっつったらやるんじゃない? 意味があるかどうかは知らないけど」

「きかなきゃ良かった。あたしゃサボり同士を作りたかったんであって、リルちゃんのそんな意見なんてききたかなかったんだ」

「じゃあきかないでよ、鬱陶しい」


 口にしながらも、リルもイスラも指定された装備を積み込む。


「全員装備を積み込いましたね。ではこれから雨中行軍訓練を始めます。わたしに着いてきてください。順番は――先ほどと一緒にしましょうか。イスラさん、カリラさん、リルさん、サネルマさん、フィーさん、ナツコさんの順で行きます。では遅れないように」

「「「了解」」」


 全員命令を受け敬礼して応じる。

 それを見て、タマキは再び移動を始めた。

 最初はゆっくりと通常移動。やがて速度を上げ、機動走行で雨の中を走り始める。


『ちなみにどれくらい走るんだ?』

『走ったら分かります。一応チェックポイントが表示されるので、遅れた場合はそれを目印にしてください』

『チェックポイントって、いくつまであるんだ』

『最後まで走ったら分かります』


 タマキのつっけんどんな返答に、イスラは器用に走りながら肩をすくませた。

 そのイスラの視界の中、目の前の荒野に〈CP001〉の表示が浮かんでいた。


『まさか3桁有るんじゃ無いだろうな』

『走ってみれば分かります』

『鬼軍曹め』

『少尉です。イスラさん、修正なさい』

『鬼少尉』

『よろしい』


 タマキは満足し、スロットルをあげてほぼ最高速度の状態で泥だらけの荒野を走り始めた。

 イスラも置いて行かれないように速度を上げ、追従して皆が最高速度で走り始めた。


(嘘、こんなに早く――)


 普段の機体では絶対に到達できない速度で走行するナツコは、走行速度に戸惑いながら、必死になって泥にとられて崩れる体のバランスを修正した。

 真っ直ぐ走っているだけでも大変なのに、目の前を行くフィーリュシカは右へ左へ進路を変えるし、荒野に点在する大きな岩を飛び越えたり、更に大きな岩の上に飛び乗って走行したり、少しも気が休まる暇は無かった。


 人間の運動を極限まで拡張することを目的に作られた〈R3〉だが、その操作には通常以上の神経を使い、当然やるべき事が増えればそれも増大する。

 強く降り続ける雨。泥だらけの道。速度は限界ギリギリ。次から次へ変わる進路。

 ナツコが体勢を崩して頭から泥へと突っ込むのに、そう時間は必要なかった。


「え――きゃ――あっ、おうっ――」


 右に旋回中、泥に足をとられたナツコはつんのめり、体勢を立て直そうとするものの機体の制御範囲を超えて崩れた姿勢は立て直せず、泥の中へと突っ込み、そのまま地面を転がった。

 幸いにも泥に衝撃を吸収され、機体に損傷は無かった。


『隊長殿、ナツコが転倒しました』


 後列のフィーリュシカからの通信に、タマキが答える。


『フィーさん報告ありがとう。ナツコさん、状況の報告を』

「――こ、転んでしまいました」


 転倒の衝撃で意識が飛びかけたナツコであったが、タマキの声で意識をなんとか引き留め、機体の泥を払いながら立ち上がった。


『機体の状況を報告してください』

「は、はい! 機体に損傷はありません!」

『了解。では直ちに行軍に復帰してください』

「はい!」


 ナツコは3歩助走をつけると機動走行へと移行して、一気に最高速度まで加速する。

 既に前にいたはずのフィーリュシカの姿を見失っていたが、ディスプレイの表示を頼りにフィーリュシカの機体を追いかけた。


『鬼少尉』


 イスラはタマキに直接通信で話しかける。


『さっき聞きました』

『ナツコが吐いたらどうする』

『吐いたくらいではやめるつもりはありません。今は自分の心配をした方が身のためですよ』

『あらまあ、ちょっと軽く見過ぎてたかも。カリラが倒れないと良いが』

『その点は安心して。倒れるまでやります』


 タマキのその言葉に、イスラは今回の訓練の趣旨をようやく理解した。

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