第58話 ツバキ小隊の休日?④

『ナツコさん、サネルマさん、遅いですよ』


 徐行速度で移動しているタマキ達の元へ、ゆっくりと走ってきたサネルマとナツコが合流したのを確認してタマキは注意する。


『ごめんなさい、以後気を付けます!』


 サネルマは言い返すが、ナツコには言い返す気力も残っていなかった。それでも返事をしないと怒られるので、力なく返答だけ行う。

 既に機体は泥にまみれ、訓練機用の白い塗装も意味をなしていなかった。


『分かって頂けたならよろしい。それでは射撃訓練を行います。一応試射しましょうか。ナツコさん、水を飲むなら迅速に』

「う゛ぁ――――はい!」


 名前を呼ばれ口に含んでいた水を吹き出すが、口元を拭いヘルメットを被り直して返事をする。


『では右方向へ機銃を向けてください』


 命令に従い、全員が右方向へと右手を伸ばし、銃口をそちらへと向ける。

 ナツコは射撃管制システムを立ち上げた。

 視界内のメインディスプレイにあらたな窓が現れ、機銃の情報と、銃口の先の映像が表示される。

 何も無いところに撃っても分からないので、とりあえず近くにあった廃墟の壁へと照準を移動させ、目標をロックする。


『試射は3発とします。射撃を許可。わたしから順番に行います。各自前の人が発砲してから自分のタイミングで試射を行ってください』


 タマキの通信が終わると、隊列の前の方から発砲音が鳴り響いた。

 雨粒を震わせた発砲音に、ナツコは身がすくんだ。


「何度聞いても慣れないなあ……」


 呟いている間にもイスラが射撃を行い、カリラ、リル、サネルマ、フィーリュシカと続く。

 ナツコはフィーリュシカが打ち終わったのを確認すると、もう一度射撃管制システムの窓を見て、照準が廃墟の壁に合っていることを確かめる。

 射撃モードは3点制限点射。人差し指を軽く引くと、射撃音が響き訓練弾が発射される。

 射撃音が空気を震わせ、雨粒を払った。射撃管制システムに表示されていた廃墟の壁に訓練弾が命中し、蛍光色のペイントが3つ弾ける。


「あれ、振動が小さいです」


 ナツコは射撃の反動で軽く振動した右腕に違和感を持つ。

 訓練用の機銃は普段使用している7.7ミリ機銃より大型の12.7ミリ機銃である。

 にもかかわらず、射撃の振動はいつもの機銃を連射したときより小さかったのだ。


『最新鋭の機体だからねえ』

「そういうことだったんですか!? 最新鋭機ってこんなに凄いんですね……」


 型落ちも型落ちの〈ヘッダーン1・アサルト〉を使用しているナツコにとっては最新鋭機〈ヘッダーン4・アサルト〉は未知の世界であった。


『あまり性能が良すぎても訓練にならないのだけれど、仕方がありません。このまま射撃訓練に入ります。市街地を走りますが遅れないように着いてきてください。間隔は20メートル』

『了解』


 タマキが加速すると、一定の間隔を開けてイスラもそれに続いた。

 向かう先は訓練用として荒野に作られた市街地。

 実際の市街地戦を想定し、わざわざ荒野のど真ん中に建設された物だ。

 舗装された中央の大通りを進むと、タマキの視界の中、建物と建物の間から射撃用ターゲットが出現する。


『イスラさん、お願いします』

『任せとけ』


 後ろのイスラは命令を受けるとすぐに機銃を向けて、ターゲットの中心に訓練弾を命中させた。


『見事です。ではここから先、次々にターゲットが出るので見つけた人が撃ってください』

『了解』


 返事をしている最中にも、ターゲットが出現する。

 建物の窓から、道路上に設置された障害物の影から、マンホールの中から――

 次々と現れるターゲットに対して、ツバキ小隊の面々は訓練弾を命中させていく。


「ターゲットに照準を合わせて、ロック、引き金を引――」


 ナツコが撃とうとしたターゲットの中央に訓練弾が命中し、ターゲットは元の位置へと引っ込んでいった。


「次だ、次! 次は当てます! 見つけた、ターゲットに――」


 機銃を向けたところでそのターゲットに訓練弾が命中し引き込んでいく。


「つ、次こそは! 見つけ――」


 視界の中、雨の向こうに現れたターゲットは、その瞬間に訓練弾が命中して引き込んだ。


「あ、あの、フィーちゃん。私の撃つ分が無くなってしまいます」

『見つけたら撃てと隊長殿から命令を受けています』

『そ、それはそうだけど』


 無機質に答えながらも、フィーリュシカは視界の中に現れたターゲットに対して正確に1発ずつ訓練弾を命中させていく。


『左方向、ビルの屋上に出ます』

「えっ――」


 フィーの言葉に咄嗟にビルの屋上へと視線を向けると、確かにそこにターゲットが出現した。

 ナツコは目を細めターゲットを注視すると、注視点に銃口を向けるよう指先を操作して――


「あ、あの、フィーちゃん! なんで撃ったんですか!」

『見つけたら撃てと隊長殿から命令を受けています』

「そ、それはそうだけど、そうだけどさ。私が撃てるように教えてくれたんじゃなかったんですかね?」

『撃つ必要が無いのなら撃たない方が良い』

「あの、でもそれじゃあ訓練にならないんじゃ……」

『正面、ゴミ箱の裏から出ます』

「今度こそ――」


 新たに出現したターゲットを注視すると、ターゲットの中央には既に訓練弾が命中していた。ターゲットはそのまま停止すること無く引き込んでいく。


「フィーちゃん……何で撃ったの……」

『見つけたら撃てと隊長殿から命令を受けています』


          ◇    ◇    ◇


『これで1周です。スコアは――サネルマさんとカリラさんとナツコさんが低いですね……。ところでナツコさん、命中弾0となっていますけれどこれはどういうことですか?』

「あ、あの! 隊長さん! 撃とうとはしたんです! でもフィーちゃんが全部撃ってしまって――」

『……確かに、フィーさん1人で3人分撃っているようですね』


 訓練結果の表示を確認してタマキはため息をつく。

 こんな事ならばフィーリュシカには一言添えておくべきだったと後悔するが、もう遅い。


『サネルマさんとナツコさんのスコアが低いのは分かりました。それで、カリラさんは?』

『ち、違いますわ! 途中から動くターゲットが出てきたでしょう。的が動いているとどうしても当てられなくてですね――』

『何のための射撃管制ですか。この距離ならば問題なく当たるはずです』

『むしろカリラにしては良く当てた方だと思うぞ。6割当てるなんて、奇跡かと思ったよ』

『お、お姉様に褒められると、照れてしまいますわ』

「褒めてないんだけどなあ」


 イスラはタマキにきこえないよう呟いて、射撃訓練の結果を確認する。

 3人分容赦なく撃ったフィーリュシカがトップ。

 続いてはイスラ。タマキがほとんど射撃しなかった分を代わりに撃ったので、その分スコアが伸びた。

 3位はリル。前を行くカリラが命中弾を出せなかった的を撃った分だろうか。元々の射撃の腕も高いし、順当な結果だろうか。

 それに続いて、タマキ、カリラ、サネルマ、ナツコと続く。

 ナツコの命中弾0には、イスラは笑いをこらえられなかった。


『続いて回避訓練を行います。チェックポイントが00から30までありますから、順番に通過していってください。周りからペイント弾が飛んできますから、全て回避するように。また、銃座は銃口を向けると射撃を一定時間停止するのでうまく活用してください』

『了解。避けるのは得意だ』

『あら、イスラさん。そんなこと言ってしまって、後で後悔しないでくださいね』

『どういうこと――』


 言いかけて、市街地に出現した大量の銃座にイスラは息をのんだ。

 チェックポイント00を通過した瞬間、銃座は迷うこと無くタマキとイスラに向けて射撃を開始した。


『チェックポイントを順に通過さえすればコースは自由です。では、チェックポイント30で待っていますので各自健闘を』


 タマキは正面の銃座へと銃口を向けると、一気に加速してチェックポイント01を目指した。

 イスラは辺りから飛んでくる銃弾の軌道を見定めつつ、地形を把握してコースを決めて突き進む。

 後ろに続くカリラとリルも、降り注ぐペイント弾を回避しつつ先を目指した。


「うわあ、なんですかこれ……」


 ナツコは繰り広げられる惨状に目を疑った。

 しかし目を細めてみても目の前の光景は何も変わらない。

 降り注ぐペイント弾を悠々と回避して全速力で駆け抜けるフィーリュシカ。その少し後ろで、サネルマが必死に回避運動をとりながら進んでいる――だが既にサネルマの機体には数発のペイントが残されていた。


「でも、行くしかないですよね……」


 目の前の空間に浮かぶ、〈CP00〉の表示。

 ここを通過した瞬間、自分にもあのペイント弾の雨が襲いかかってくるのだ。

 一応目測と地形図でおおよその移動方向の目安をつける。


「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊、ナツコ・ハツキ1等兵。行きます!」


 スタート地点を通過した瞬間、ナツコの機体に数十発のペイント弾が命中した。

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