第56話 ツバキ小隊の休日?②

(明日の天気は雨、と)


 廊下を一定の速度で歩きながら、タマキは考える。

 ツバキ小隊はハツキ島で敵と交戦もしたし、大陸に渡ってからもハイゼ・ブルーネ基地で戦闘を経験している。

 しかし所詮は正規の軍隊ではない自治組織出身者の寄せ集め。

 個人での技量だけなら統合軍すら凌駕する隊員もいるが、そこに初心者同然の人間が混じり、かつ集団行動しなければならないとなるととてもではないが練度が足りない。

 かといって次の実戦がいつになるか分からない以上、時間をかけて訓練をしている訳にもいかない。


 手っ取り早く、かつ効果的な訓練方法。

 そんな便利なものが少し考えた程度で見つかるわけはないが、考えないわけにもいかない。何しろ北東部地域にはすでに帝国軍が侵入しており、統合軍との交戦も始まっている。

 基地司令が義勇軍の前線運用に消極的と言えど、この人手不足な昨今、いつ非正規の義勇軍に声がかかってもおかしくない。


 個人技量や小隊連携はともかく、少なくとも精神面においての鍛錬は急務であった。

 廊下を歩き、士官専用のゲートにカードをかざして通過する。

 目当ての部屋を訪れる前に、なんと言って説得しようかと思案した。

 義勇軍であるのツバキ小隊は、何かにつけて不遇である。装備面でも配給面でも、そして設備の使用に関しても正規軍とは差をつけられることが多い。


 一切の予約が入っていない設備に関して使用申請が蹴られた経験があるので、タマキは慎重になっていた。

 そんな訳で、作戦としては簡単に、間を飛ばしてなるべく上の人間に直接交渉すること。

 交渉相手も選定済み。いざとなったら魔法の一言もある。


「ツバキ小隊隊長、タマキ・ニシ少尉です」


 いよいよ目的の部屋の前で、扉を叩き名を名乗った。


「どうぞ」


 若い男性の声が返ってくる。タマキは意を決して扉を開けて中へ入った。

 物の少ない、小綺麗な部屋。中央奥に置かれた机の元に、中佐の階級章をつけた男性が座っている。タマキの兄であり、統合軍中佐であるカサネ・ニシだ。


「それで、用件は?」


 カサネの問いに、タマキは姿勢を正し、凜とした声を発した。


「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊の訓練のため、明朝より野外演習場を貸し切りたく思います」

「そういったのは直接こちらに持ってこられても受理出来ないと分かっているだろう?」

「ニシ中佐殿より一言お言葉添えが得られるのならそれで十分です」

「それは職権乱用だ。設備の使用に関しては、正規の方法をとるべきだ」

「そこをなんとか。お願い、お兄ちゃん」


 両手を合わせ頭を下げると、タマキは魔法の言葉を口にする。

 それにはカサネも大きくため息をつき、姿勢を崩した。


「……お前は大きくなっても何にも変わらないな」

「だってあの設備管理してる大尉ったら、わたしたちのこと目の敵にしているんですもの」

「非正規の、しかも小娘の集まりとなったら、あの堅物大尉はいい顔しないだろうな。で、明日の野外演習場でいいのか? 明日は雨だぞ」

「雨だから借りたいの」

「雨天演習か。分かってると思うが、この辺の雨はきついぞ」

「分かってる。それで、借りられそう?」


 机の元まで歩み寄ったタマキは、尋ねると共に指でとんとんと机を叩き、据えられた端末で調べるように促す。最早建前上の中佐と少尉の関係は消え失せ、兄と妹の関係となっていた。そしてこの2人の場合、常に命令するのは妹の仕事だ。

 カサネは渋々と端末を操作し、設備の予約を表示させる。


「午後に1時間だけ火砲のテストしたいと申請がある。未承認だし天気も悪いから取り下げられそうだが」

「それじゃあそれ取り下げて貰って、1日貸し切りにして」

「要求がエスカレートしてないか?」

「お願い、お兄ちゃん」

「分かったよ」


 口にして、カサネは申請元へと短い電話をかけて取り下げを確認した。


「これで明日は貸し切りだ。しかしタマキ、明日は休みじゃなかったのか?」

「そうだったけど、どうしても雨の日が良かったの。あー、でも隊員はがっかりするかも。特にナツコさん」

「そこまでこっちじゃ責任負えないからな」

「分かってる。そっちは何とかするわ。それじゃあね、お兄ちゃん。ありがとう、大好きよ」


 最早テンプレ以上の価値はない台詞を口にして、タマキは入り口へと向かう。

 しかし扉に触れる前に振り向いて、背もたれに寄りかかり惚けていたカサネに視線を向ける。


「どうかしたのか?」


 カサネは姿勢を正し、建前で尋ねた。


「1つ気になったことが」


 タマキは小さく笑って、カサネに対して質問をした。


「どうしてデイン・ミッドフェルド基地独立遊撃大隊の大隊長である中佐殿が、非正規の義勇軍の休日を把握しているのです?」


 その言葉に、カサネはやっちまったとばかりに肩を落とし自分の不用意な発言を悔いた。


          ◇    ◇    ◇


「今から楽しみです!」

「足ぱたぱたすんのやめてくれない?」


 手元の個人用端末で外出許可の申請を進めていたナツコは、同じベッドで横になっていたリルに注意されて足の動きを止めるが、それでもしばらくするとじっとしていられなくなって体を小さく揺するのであった。


「あー、もううっさいわね。じっとしてなさいよ」

「じっとしてられないです! ね、リルさんも一緒にお買い物行きませんか?」

「行かないわよあんたなんかと」

「えー、絶対楽しいですよ! 行きましょうよ!」

「しつこいわね」

「むう」

「ちっちゃい子同士行ってきたらいいじゃないか」

「あんたは口を挟まないで」


 2段ベッドの上からきこえたイスラの声にリルは怒りを抑えつつ低い声で返した。

 ツバキ小隊の一般隊員は、本来2人用の部屋に6人押し込められている。

 ベッドの配置はその日の気分で決めるが、今日は上の段にイスラ、カリラ、サネルマ。下の段はナツコ、リル、フィーリュシカとなっていた。本来は整備士のユイも同室のはずなのだが、彼女はうまいことトーコの私室に転がり込んでいる。


 1人でも広くはないベッドに3人ずつ押し込まれたため、なんとかスペースを確保しようと交互に枕の位置を逆にして寝るのが彼女たちの決まりであった。

 リルをイスラが適当にあやしていると、1つしか無い椅子に腰掛けていたフィーリュシカが音も立てずに立ち上がった。


「どうしたの? フィーちゃん」


 ナツコが気になって声をかける。置物のようにじっとしていることの多いフィーリュシカが立ち上がるからには、何かがあったはずである。


「隊長殿が来る」

「あれ、でも今日はもう自由って」


 ナツコが言いかけたが、そのとき部屋の扉が2つ叩かれた。

 その音は紛れもなくタマキのものだ。ツバキ小隊の隊員ならば聞き間違えたりはしない。


「失礼します、ああ、そのままで結構です」


 1人通れる分しか無いベッド脇の通路にタマキが入って来て、後ろ手で扉を閉じる。

 隊員たちは整列しようか迷ったが、そのままで結構というのだからそのままでいいのだろうと、各々その場で姿勢を正した。


「実は、良い知らせと、悪い知らせが1つずつあります」


 首を左右に振って、タマキはその場にいる隊員の顔を順々に見て告げる。

 しばらく誰も無言であったが、ゆっくりとイスラが手を上げた。


「悪い方からきこうか?」

「明日の休日は取りやめになりました」

「えー!?」


 ナツコが声を上げるが、タマキは動じない。

 そんなタマキに、イスラは再び声をかける。


「で、良い方は?」

「野外演習場使用の許可が下りたので、明日は訓練を行います」


 とても良い笑顔でタマキは答えた。

 しかしその発言に、イスラが小さな声で意見する。


「明日は雨では?」

「絶好の訓練日和ですね」


 笑顔を崩さぬタマキの様子をみて、イスラはこれは回避できないと確信した。


「他に質問は?」


 タマキが隊員の顔を順に見ていくが、誰も何も口にしようとはしなかった。


「では明朝は6時に起床です。くつろいでいるところを邪魔してしまい申し訳ありませんでした。それでは失礼します」


 タマキは軽く頭を下げて、部屋を後にした。

 後に残された隊員たちは、フィーリュシカを除いて渋い顔である。

 ナツコほどではないが、誰もが休日を心待ちにしていたのだ。


「楽しみにしてたのに……」

「あんたが一番訓練必要でしょ、足手まとい」

「う、うう……リルちゃんがいじめる……」

「その呼び方止めて」


 ナツコだって自分が小隊の足を引っ張っている自覚はあった。

 初の実戦ではリルの目の前にグレネードを撃ち込んで危うく撃墜しかねた。

 大陸での戦闘でもフィーリュシカはナツコを庇って怪我をしているし、イスラもナツコを助けるために怪我をしたことがある。


「ま、せいぜい強くなりなさいよ。そのための訓練なんだから」


 思いの外沈んでしまったナツコにそう一声だけかけて、リルは布団を引き寄せた。

 誰にも見つからないように外出許可の申請を作成していた端末をそっと立ち下げて、他の隊員にもう寝ると告げる。


「6時起床だったか。ちょっと早めには起きないとだなあめんどくさい」


 タマキが6時起床と言ったら、6時には身支度を整えて廊下に整列していなければならない。


「全くですわお姉様。誰かさんのせいで折角のお休みが台無し」

「カリラ、お前も訓練必要な面子だからな」

「え、えええ!? そ、そんな、お姉様――」

「もう寝るぞ。サネルマも寝るだろ」

「はい。そうします」

「ナツコも観念したか?」


 電灯のスイッチに手をかけて、イスラがベッドの下をのぞき込む。


「ううう……。そうですね、折角の訓練ですから、無駄にしないようにしないと。明日に備えて今日は寝ます」

「よろしい」


 イスラはフィーリュシカの意見などきかずに、部屋の電灯を消した。

 窓の無い部屋は闇に包まれ、ツバキ小隊の面々は眠りに就く。

 ナツコもしばらくは休日が取り消されたショックで悶えていたが、目を閉じて少しするとそのまま眠りに落ちてしまった。

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