第55話 ツバキ小隊の休日?①
砂塵の舞う乾いた大地を、1台の大型トレーラーがコアユニットの駆動音を轟かせて走り抜ける。
夕暮れ時だが空はどんよりと曇り、どうにも一雨来そうな空模様であった。
「もう少しで基地に到着ですね!」
トレーラーの上で見張りをしていたナツコは、見覚えのある大きな橙色の岩を見つけて、共に見張りをしていたイスラに声をかける。
「あー、やっと退屈な輸送任務も終わりか」
イスラは女性にしては大きな体躯を伸ばし、首を回すと思いっきりあくびをした。
白い肌に灰色の髪。黙っていれば絶世の美人であるイスラだが、口を開くともう目も当てられない。その言動と行動はどちらかというとおっさんのそれに近かった。
『イスラさん。任務はまだ終わっていません。最後まで気を抜かないように』
「へいへい。了解しました、少尉殿」
無線機からきこえた隊長――タマキ少尉の声にイスラは半分あくびをしながら応えた。
彼女らハツキ島義勇軍ツバキ小隊は今朝早くから輸送任務を任され、行きは傷病兵に加え修理の必要な機材を積み込んで、半日かけて北東部戦線の輸送中継基地であるソーム基地へと向かい、帰りは武器・弾薬、更に歩兵用機動装甲骨格〈R3〉を積めるだけ積み込んできたのだ。いちいち呻くわ文句は言うわの傷病兵が居ない分、帰りの道は随分と気楽な物であった。
「明日はお休みですね! こっちに来てからお休みって初めてです!」
「見たとこ天気は悪そうだが――」
嬉しそうに微笑むナツコに対して、イスラは手のひらで空を示して意地悪く笑う。
「それでもですよ。だって休日は外出できるんですよ! 俸給も頂きましたし、これで私もお買い物が出来ます!」
「お買い物ねえ」
イスラは、ハツキ島撤退時にナツコが何も持たずに逃げてきたため、限られた準備期間に日用品すら買いに行けずむくれていたことを思い出しながらも、興味なさそうに呟いて返した。
ツバキ小隊がトトミ中央大陸北東部にあるデイン・ミッドフェルド基地に移ってから既に2週間が経過していた。ツバキ小隊は基礎訓練に明け暮れ、その合間に統合軍の輸送任務を手伝う。北東部の最前線では偵察部隊同士の小競り合いがいくつか発生していたが、後方任務ばかりのツバキ小隊とは無縁な話であった。
そんな地味な生活の中にもいくつか彩りもあり、1つはハツキ島義勇軍ツバキ小隊に対して初の俸給が支払われたことだ。ハイゼ・ブルーネ基地で実戦参加していたツバキ小隊には手厚い出撃手当が付き、婦女挺身隊時代とは別次元の俸給が振り込まれた。
もう1つは長らく保留となっていたツバキ小隊の休暇が明日与えられることで、こちらは基礎訓練が佳境にはいったことと、前線基地の建設ラッシュが落ち着いてきたことによる産物であった。
デイン・ミッドフェルド基地より後方は避難指示こそ出ていたが強制ではなく、いくつかの集落は街としての機能を保ち、商店も営業を続けていた。基地内の売店を利用すれば生活に最低限必要な物は手に入れることも可能ではあるが、軍の仕切る売店では品揃えはぱっとしないし、何より義勇軍であるツバキ小隊は売店利用の優先順位が低く、人気のある品物が軒並み売り切れてからしか利用できなかった。
そんな事情もあって、作戦中だというのに浮かれているナツコはもちろんのこと、それ以外の隊員も内心では初めての休日を心待ちにしていた。
「で、少尉殿。明日の天気はどうなんです?」
『軍事機密です』
「雨なんだろう。きかなくたって分かる」
『ならきかないで』
タマキはうんざりとばかりに短く切り捨てる。1日こうしてトレーラーの助手席に座り、行きは傷病兵の苦情に対応し、帰りはイスラをはじめとする他の隊員のおしゃべりに付き合わされ、作戦行動中のため寝ることも許されず、少しばかり気が立っていたのは事実である。
だがタマキのつっけんどんな態度にも、イスラは腹を立てたりしない。
イスラにとってタマキのお小言はいつものことだし、楽しんですらいた。
『お姉様! 明日は雨のようです! 先程少尉さんが確認しているのをちらっと見ましたわ!』
元気の良い、幼さの残る声が無線機から響いた。紛れもなくイスラの妹、カリラの声だ。
イスラは顔をしかめて、ナツコにだけきこえるように「馬鹿なことをしたなあ」と呟く。
『あのねえカリラさん。そういうのは影でこっそりやって貰わないと困ります。わたしだってあなたを懲罰部屋に送り込みたくないし、あなただって入りたくないでしょう?』
『あ、お待ち下さい少尉さん。今のは無しで』
無線機の向こうで繰り広げられるやりとりに、イスラは苦笑する。
おそらくタマキは後でこっそりイスラに伝わるように、運転手を務めるカリラにわざと天気の情報を見せたのだろう。それをカリラが堂々と無線機を通して報告してしまい、軍事機密が公然とばらまかれてしまった訳だ。
タマキとしてはカリラに適当な懲罰を与えるか、無線機の通信記録を改竄しなければならない。どちらにしても面倒くさい。タマキは命令には忠実ではあるが、必要外の雑用は嫌う性格であった。
「あーあー。どうも無線機の調子が悪い。なあ、ナツコ」
「え? そんなことないと思い――わ、悪いですね! 凄く悪いです!」
イスラが一芝居打ったにもかかわらず空気を読まないナツコが普通に返答したので、イスラは睨みをきかしてナツコの言動を修正させる。
『あら、そうかしら。そろそろ”修理”が必要かもね』
「ああ、そうだな。”修理”なら任せてくれ」
もちろん、2人の言う”修理”とは、通信記録の改竄に他ならない。その辺りのイタズラはイスラにとって朝飯前だ。
『既に基地の防衛領域に入っています。見張りはここまでとし、イスラさんは無線機の”修理”を。他の皆さんも起きてください。荷物の積みおろし準備をお願いします』
「了解」
「了解です」
タマキの命令に答え、ナツコとイスラはトレーラーの中へと入る。
既に他の隊員は、隅っこで毛布にくるまる金髪の少女を除いて起きており、積み荷をおろす準備を始めていた。
ナツコも合流し、積み荷の移動を始める。
苦手な力仕事だが、今日のナツコは鼻歌交じりでご機嫌であった。
「これが終われば、明日はお休みです!」
少なくともツバキ小隊の中では、ナツコが一番、明日の休みを心待ちにしていた。
◇ ◇ ◇
輸送任務は無事に終了し、輜重科の担当士官に報告を終えたタマキがツバキ小隊の面々へ作戦行動終了を告げた。
隊員はそろって基地の食堂へと向かい、遅めの夕食とする。
「そういえばイスラさん、無線機の修理お疲れ様。きちんと修理できていたようで助かりました」
「お役に立てて何よりだよ。1つ貸しだからな」
「元々誰の妹さんのせいですか」
タマキが口元だけ笑って隣に座るカリラへと視線を向ける。
「さーて、元々誰のせいかな」
カリラが口を開くより早くイスラがとぼけてそう口にすると、タマキは「仕方が無いわね」と受け入れた。
「この後は、面倒なことにならないよう発言する場所に十分気をつけてください。それでは先に失礼します」
「おや少尉殿。ダイエットかい?」
食事の残った盆を持って立ち上がったタマキに対して、イスラは怖じ気もせずにおちゃらけて声をかけた。
「いいえ、残りは部屋で頂きます。少し用事があるの。皆さんはごゆっくりどうぞ」
イスラの態度にも表情を変えず凜とした調子で答え、タマキはそのまま食堂を後にした。
タマキの姿が見えなくなると、ナツコは隣に座るイスラへと声をかけた。
「タマキ隊長の用事ってなんでしょうね?」
「本人にきいてみれば良かったじゃないか」
「きいてもきっと答えてくれません」
「よく分かってるじゃないか」
ナツコの答えにイスラは食事中だというのに声を出して笑った。
「むー、イスラさんは意地悪です。ね、サネルマさん。何かきいてます?」
「うーん、きいてないですけど隊長さんの事だからきっと大切な用なんでしょう」
ほんわかした調子で答えるのは、先ほどまでタマキの向かいに座っていたぴかぴかと輝く坊主頭の女性。ツバキ小隊の副隊長を任されているサネルマである。
しかしサネルマの回答をナツコはお気に召さなかったようで、そのままサネルマの隣に座っていたリルの元へと視線が動く。
「知らないわよ」
「まだ何もきいてません!」
「うっさいわね。食事中に話しかけないで」
小柄なナツコよりも更にちょっと小柄な少女、リルはナツコの視線にあからさまに嫌そうな表情を返す。そのやりとりを見てイスラは笑ったが、リルはそれにも不機嫌そうに舌打ちをした。
「えーと、それじゃあフィーちゃん」
そのまま視線を横に移し、黙々と食事をしていたフィーリュシカへと話題を振る。フィーリュシカは綺麗な銀髪をした見る物の眼を奪う容姿の女性だが、いつも無感情で光のない無機質な瞳をしていた。フィーリュシカはそんな無機質な瞳をナツコの方へと向け、食事を中断し箸を置くとこれまた無機質な声で答える。
「必要であれば隊長殿より通達がある。無いのだから知る必要が無いと言うこと」
「そ、そうかもしれないけど……」
フィーリュシカの連れない返事に意気消沈し、他の隊員に声をかける気も失せてしまったナツコはしょんぼりして手元のお茶碗を持ち直した。
「ま、あの少尉さんのことですもの。どうせ仕事のことですわ」
「そーですかね?」
「そうに決まってますわ」
カリラが薄い胸を張って自信ありげに宣言する。
カリラはイスラの妹ではあるが、小柄で若干の幼さを残す容姿をしていた。髪はどこか赤みのかかったくすんだ灰色で、つり目がちな顔にはそばかすが浮いている。
そんなカリラに対してナツコが次の言葉を紡ぐ前に、ナツコの向かいに座っていたトーコが口を開いた。
「あんまり詮索しないほうがいいと思うけど。きかれたくないことだから席をはずしたのだろうし」
元統合軍の装甲騎兵科出身で、現在ツバキ小隊では唯一の装甲騎兵パイロットであるトーコは、タマキと同じ生真面目そうな雰囲気を持つ、凜々しい女性だった。
その言葉に、ナツコもカリラも無言で頷くしかなかった。
「それより、明日の休日だけれど、外に出たいのなら早めに外出許可の申請をするべきだと思うよ。前日までに申請しないと許可は下りないからね」
「そうでした! 部屋に戻ったら申請書作らないと、ですね!」
トーコが話題を変えたことにより、ナツコの興味は休日のことへとシフトして、その後はその話題で会話をするのであった。
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