第49話 ツバキ小隊の宿舎事情②

 シャワーを浴びて自室に戻ったトーコは、先に戻っていたユイが椅子に座ってふんぞり返りながら整備用端末をいじっているのを見てどうしたものかと思案する。

 とりあえずシャワーセットを片付けて、座る場所がないのでベッドに腰掛ける。

 それでもユイは端末の操作に集中していてトーコのことなどまるで気にする様子もないので、いよいよトーコは口を開いた。


「ねえユイ。隊長から聞いたよ。私の許可を得られた場合だけ同室を許したって。私の聞いた説明と違うんだけど。ユイは隊長が同室するよう言ったって説明したよね?」


 説明して、と顔を向けるが、ユイはそんなトーコを一瞥しただけで、すぐ端末の方に意識を戻す。


「別に嘘つかなくたって、素直に言ってくれれば良かったのに」


 トーコが再度ユイに話しかけると、ユイは端末を机の上に放りだして渋りながらも応えた。


「説明が面倒だった」

「そのせいで今もっと面倒なことになってるじゃない。嘘ばっかりついてると信用失うよ。隊長もユイの身元大分気にしてるみたいだし」

「保護者ぶってうるさい奴め。気にしたい奴には気にさせとけば良い」

「あ、そう。皆と仲良く7人部屋がいいなら止めはしないけど」


 ふてくされたようにしていたユイだが、トーコから退室をちらつかされると歯ぎしりしながら低いうなり声と共に抗議する。


「汚い考えはやめろ。何が不満だ」

「言った通り、嘘ばっかつくのやめて。そんなに私が信用ならないの」

「半人前の未熟者がでかい口を叩くな。お前が人並みになったら必要なことは全部話してやる。それまで大人しくあたしの言うことを聞いてりゃいい。そしたら守ってやる」

「何よそれ。保護者ぶって」


 トーコは自分よりずっと背の低い初等部学生みたいな容姿をしたユイにそんな風に言われて頭に来たが、それでも言い返す事が出来なかった。

 自分が半人前で未熟であることはトーコも良く分かっていた。それにユイは命の恩人だ。ハツキ島で死にかけていたところを助けてくれたのは他でもないユイだ。

 それには感謝しているし、自分が戦うためにはどうしてもあの〈音止〉が必要になる。それを整備できる人間は限られている。トーコにとってもユイの協力は必要不可欠だった。


「いいよ分かった。でも約束だから。私が一人前になったら全部話す。良いわね」

「無論だ。その時が来たら何だって話してやる」


 ユイは不適に微笑んで答えて、無駄話はこれで終わりだとばかりに放り出した端末を再び手に取る。トーコはそんなユイを恨みがましく睨んでいたが、自分の行為があまりに馬鹿馬鹿しくなってベッドに仰向けに寝転がると、ユイの方を見て1つだけ尋ねた。


「あなた名前は?」


 問いかけにユイは答えるつもりはないと無視を決め込んだ。

 ハツキ島の砂丘地帯に隠された旧枢軸軍基地でユイと出会ったあの日、トーコはいつまでも名乗らなかったユイに対して名前を聞いた。でも教えては貰えず、かわりにお前の好きに呼べと告げられた。

 トーコは悩んで、それから前大戦の英雄の名前を思いついた。戦後生まれの女の子の名前としてはありふれた名前だし、本人のイメージとかけ離れてはいたが、他に気の利いた名前も思いつかなかったから。


 でもどうしたことかハイゼ・ブルーネ基地でのタマキの話では、市民コードはユイ・イハラの名前で再発行され、タマキによるチェックも問題なかった。

 適当につけた名前だったのに関わらず、どうしてそんなことが起こったのか。トーコは今までそれをなあなあにしてきたが、どうにも妙な話なので心の奥底では引っかかりを感じていた。


「名前くらい教えてくれたっていいじゃない」


 愚痴るように口にすると、ユイは面倒くさそうにしながらも、碧色の瞳でトーコを睨み付けて答える。


「呼び名なんてのは他と区別が付けばそれで良い。それに元はお前が付けた名前だ」

「そりゃそうだけどさ。これまで名無しだったわけじゃないでしょ」


 トーコが再度追求すると、ユイはそれを馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って、視線を端末へと戻して答えた。


「お前がユイと呼んだからあたしゃユイでいい。それに、少しばかり気に入った。とりあげてくれるな」


 そんなユイの答えにはトーコもほんのちょっと可笑しくなって、それ以上この話題について話す気も無くなってしまった。


「分かった。そういうことにしといてあげる」


 ユイはトーコの言葉に応えることはなかったが、そろそろ寝るから明かりを消しても良いかと尋ねると整備用端末の電源を落として、もそもそとベットに入り込んだ。


「床で寝るつもり無い?」

「無い」

「ま、そうでしょうね。小っちゃいからいいけどさ」


 トーコはそう言って部屋の明かりを落とすと、ユイの隣に横になって、当然のようにユイが使っていた枕を取り返す。ユイは不満そうな顔をしたが何も言わず、そのままトーコの反対側を向くように寝転がった。引っ張られた布団を取り戻そうとトーコが引っ張り返すと、ユイは追い出されてたまるかとトーコへと身を寄せてきた。

 小さなベッドだがトーコとユイの2人で使う分にはそこまで不便もない。小さなユイの体は邪魔にならないし、冬が間近に迫るこの頃、空調の完璧ではない一般兵宿舎は夜間冷え込む。体をぴったりくっつけていれば心なしか暖かい。


「トーコ」


 ふと、眠ったかと思っていたユイが小さな声で名前を呼んだ。トーコは「ん」と微かな声を返す。


「お前は何のために戦う」


 問われた質問に、トーコは瞑っていた目を開けた。


「戦争に負けたら統合人類政府の人間は死ぬしか無いから。だったら私は、戦って死ぬ方が良い。どうせ捨て子の私は死んだって誰も悲しまないし」

「愚かな考えだ」


 ユイは短く言い捨てて続ける。


「お前に死なれるとあたしゃ困る。許可無く勝手に死ぬな」

「自分勝手なことばっかり。〈音止〉さえ動かせれば誰だっていいんでしょ」

「生憎、お前の代わりなんて何処にもいない。だから死なれちゃ困るし、今のまま下手クソで居られても困る」

「ホント、勝手なことばっか」


 トーコの言葉にユイは何も返さない。トーコが更に話しかけようとすると、もう話すことはないとばかりにユイは布団を引き寄せて中に潜り込んでしまった。

 トーコも負けじと布団を引っ張ると、ユイは体を丸めたまま器用に移動してトーコとぴったり背中を合わせる。


「ま、いいけどね」


 誰に話しかけるでもなくトーコはそう呟くと、開いていた瞳をそっと瞑って、やがて眠りに落ちた。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊の一般兵向けに貸し出された宿舎は、元は2人部屋にも関わらず6人で使用することとなり、ベッド脇の狭い通路に6人も並ぶと溢れてしまい、たまらずナツコとサネルマが2段ベッドの下の段へと避難する。


「まあ決まっちまったもんは仕方が無い。ともあれ、どうやって寝るか決めちまおう」


 全員シャワーを済ませ後は眠るだけとなった隊員は早速、2つしかないベッドでどうやって6人眠るかを協議しだす。


「普通に考えたら3人ずつですよね」

「それに関しては誰も異論はないだろう」


 ナツコの言葉にイスラが応えると、隊員は全員頷いて返した。


「問題は割り振りだが――何か意見のあるやついるか?」

「はいはい! わたくしはお姉様と一緒が良いです!」


 イスラの問いかけに威勢良く手を上げたカリラが応える。イスラは仕方ねえなと他の隊員の許可を求めるが、まあ良いんじゃないかという反応が大半であった。


「あたしはうるさい奴と一緒は嫌よ」


 うかれるカリラを横目でちらと見ながらリルが発言すると、うるさい奴というのが自分たちのことを示しているのだと察したカリラが憤慨する。


「こんの小娘! お姉様を侮辱するとは!」

「今のはカリラの事をさして言ったと思う」

「なんだ、それなら――良くはないですけれどまあ許してやりますわ」

「2人共よ、このバカ姉妹」

「やっぱりお姉様を侮辱して! あんたみたいなクソガキこちらとしても願い下げですわ!」


 掴みかかろうとするカリラをイスラがなだめ、とにかく意見の一致は見たので2人とリルとは別のベッドにすることは決定した。

 残り3人の配置について話し合いを始めようというとき、普段は何も言わず無感情のままであるフィーリュシカが、珍しく手を上げた。


「自分にはナツコを守る責務がある」


 発言を受けて、イスラはからかうように微笑む。


「なるほどね。任務に熱心で素晴らしいこった。ま、いいんじゃないか? 何か問題があったら明日以降検討して交代って事で。タマちゃんの様子をうかがう限りこの部屋しばらく続きそうだしな」


 イスラが何か他に意見はないかとそれぞれの顔を見渡していくが、得に誰からも意見が述べられることはなく、ベッドの割り振りについては決定した。

 それぞれイスラ、カリラ、サネルマとナツコ、リル、フィーリュシカの組み合わせとなり、上段と下段どちらを使うかに関しては、代表者のイスラとナツコがじゃんけんして、勝ったイスラたちが下段を使うことになった。

 折りたたんであった階段を降ろすと、ナツコは危なっかしく上へと登り、続いてフィーリュシカ、リルと登っていく。


「これ、3人は狭くないですかね」

「登る前から分かってたでしょ。いいから奥もっと詰めて」

「いえ、もう限界まで詰めてて私壁とくっついてますよ。それより反対側余裕あるならもう少し寄って欲しいのですけど」

「これ以上寄ったら落ちるわよ」


 ベッドは予想通り3人で使うには狭すぎて、普通に並ぶと肩が当たってしまい、仕方なく横向きになって寝るしかなかった。2つしかない枕だがナツコが端っこに頭を乗せると、フィーリュシカはその端っこと、もう1つの枕の端の間に頭を埋める。リルも枕の端に頭を乗せると、通路側に向いて横になった。折りたたんだ階段が柵代わりになるため、一応簡単には落ちないようにはなっていた。

 ナツコは横になったフィーリュシカの視線から逃れるため、壁の方を向いてそちらにぴったりとくっつく。


「明かり消すぞー。おいサネルマ、馬鹿な真似は止めろ」

「サネルマさん!? なんでナイトキャップを!?」

「いやだなあ。レディーのたしなみじゃないですか」


 下の段で繰り広げられるやりとりなど気にしている余裕もなく、ナツコはなんとか壁に体を押し付けて、息苦しさから逃れるため隙間を作ろうと試行錯誤している途中で明かりが落とされた。

 フィーリュシカは微動だにせず寝息も本当に生きているのかと思うくらいに静かだったのだが、それでもナツコが体を動かす度にあちこちがフィーリュシカの体にあたり、落ち着いて眠れる環境とは言いがたかった。


(明日は睡眠導入剤貰った方が良いかも……)


 そう思いながらなんとか眠ろうと努力するナツコだったが、努力すればするほど寝付けなくなり、ようやく眠りに落ちたのは日付が超えてしばらく経ってからだった。

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