第50話 整備士とその周辺③

 翌朝、タマキがユイとトーコと合流し他の隊員の部屋まで向かうと、どういうことかその場には全員揃っておらず、タマキはフィーリュシカに尋ねた。


「どういうことですか。わたしが6時起床と言ったら、6時には着替えて廊下に整列していなければいけないはずです」

「指示は把握している。しかしトラブルがあった」

「そういうのは事前に見越して対応して下さい。全く、開けますよ」


 トーコは部屋の扉をノックして、「ちょっと待って」という声も聞かずに自身の端末を扉にかざした。

 扉がスライドすると、通路に立っていた下着姿のナツコが慌てて手にしていた軍服で体を隠し、布団を畳もうと試行錯誤していたカリラとイスラが直立姿勢をとる。遅れて衣類ロッカーを閉じたサネルマが申し訳なさそうに微笑んでそのつるつるの頭を下げた。


「この有様はどういうことですか。サネルマさん、説明して」


 副隊長のサネルマは指名されると、仲間と目配せしてから答える。


「部屋が狭すぎまして、何をするにも手間取ってですね」

「部屋が狭いのは昨日の時点で分かっていたはずです」


 タマキの言葉にはサネルマも「そうなんですけどね」と笑うほか無かった。

 タマキは仕方が無く作業を続けるように指示して、外にいた隊員も含めて、明日は時刻通りに整列完了しているよう念を押した。

 結局、時刻通りに整列することはできなかったものの、タマキも部屋に問題があったのは把握していたため、今回のみ大目に見ることとなり罰らしい罰も与えなかった。


 隊員が揃ったところで廊下で朝礼を始め、タマキは各員の健康状態を確認する。

 明らかに寝不足と思われる人間が居たが、理由も分かりきっていたので、「明日からしっかり睡眠をとること」と全員に向けて注意するだけにとどめた。

 それから本日のスケジュールの確認を行い、隊員からの質問・要望を受け付けたところ部屋をなんとかして欲しいという意見が多く、タマキは部屋に関する要望は把握しているのでこれ以上の意見は求めないときっぱり打ちきって、そのまま食堂で食事を済ませると、ツバキ小隊の整備倉庫へと向かった。


 〈R3〉と〈音止〉に分かれて作業を分担するが、昨日カサネに要求していた〈音止〉の修理用パーツが用意できたため、タマキとユイ、トーコ、それにイスラとカリラで輜重科の倉庫へと受け取りに赴く。

 輜重科では到着したばかりの〈音止〉――統合軍コード〈I-K20〉が2機並んでいて、整備士がとりついて早速初期調整を行っていた。


「こうしてみると、うちの〈音止〉と大分違うな」


 イスラはツバキ小隊の整備倉庫に鎮座する〈音止〉と似ているようで外観のまるで違う〈I-K20〉の姿を見上げる。

 カリラが手にした整備用端末に〈音止〉のデータを表示させるとイスラはそれをのぞき込む。確かに基礎フレーム構造は大部分で同じなのだが、外装のパッケージングは似て非なるものだった。


 そもそも〈音止〉は徹底した機動力偏重で極限まで装甲を削減している。優秀な基礎フレーム構造と最新式の反動抑制機構によって2脚人型ながら122ミリ砲という大火力を運用可能にし、攻撃を受ける前に敵機を破壊することを前提とした機体だ。


 対してここにある統合軍使用の〈I-K20〉は、現実的な装甲配置がなされ、機動力こそ〈音止〉と比較すれば劣るものの、それでも〈ボルモンド〉を凌駕する機動性能と必要十分な装甲、〈ボルモンド〉と正面から渡り合える火力を併せ持った万能機としてパッケージングされている。


 〈音止〉が装備している機体の上下重量バランスを崩壊させ、基礎フレームに手を入れなければならないほどの超大出力コアユニットなんてもちろん積んでないし、そのコアユニット用らしい大型の冷却塔もない。シンプルで無駄のない美しい造形をしていた。


「これを見るとうちの〈音止〉はとんだ変態機体なんじゃないかと思っちまうんだが、そこんとこどうなのおチビちゃん」

「バカを言うな。〈音止〉こそ宇宙最強の機体だ。こんなお利巧さんのつまらん機体なぞ、ロマンの欠片もない」

「誰も装甲騎兵にロマンなんて求めていないですけどね」


 ユイの言葉にこ応じるようにタマキが口を挟むと、ユイはもちろん、カリラとイスラからも「いやそれはない」と否定の言葉が飛ぶ。


「やっぱ2脚人型となりゃあロマンがないと。〈音止〉が最強かどうかはさておき、イカれたロマンがあることだけは確かだね」

「お姉様のおっしゃる通りですわ。制限かけて4分の1しか出力できない不必要なほどの高出力コアなんて、変態機らしくて素晴らしいと思いますわ」

「〈音止〉を変態機体扱いするな。コアだって、必要となりゃ制限解除して全力稼働も可能だ」

「じゃあ制限解除してよ」


 トーコがつまらなそうに言うと、ユイはかぶりを振った。


「生憎メインのパーツに欠陥を抱えててね」

「言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「パイロットがド下手クソ」

「下手クソで悪かったわね」


 2人が険悪なムードになっているのを余所に、タマキは輜重科の担当官と話をつけ〈I-K20〉の修理パーツの受領を済ませる。輜重科の搬送用トラックに積まれたパーツが運ばれてくると、タマキはイスラに運転席へ向かうよう指示した。


「ユイさん、一応パーツの確認をお願いします」

「仕方ない。おい、脚立持って来い」


 ユイはトーコに脚立を持ってこさせると、それを使ってトラックの荷台へとよじ登る。背が低いものだから自力で荷台へと登れなかったのだ。


「整備用の〈R3〉使ったら良いのに」

「使い方が分からん」


 トーコは信じられないと言った表情を見せ、カリラも同じようにしてユイの言葉に耳を疑う。〈R3〉は本来宇宙船や宙間決戦兵器の整備用に開発された代物であり、直感的に動かせることから誰でも扱える。整備士にとっては必須の道具のはずだった。


「別に戦う訳ではないのですから大した訓練もせず動かせると思いますけれど」

「ああいうちまちましたのは嫌いだ」

「ちまちましてるのはあんたでしょ」


 ユイは下らん挑発はやめろとトーコに言い返し、2人の言葉を無視してパーツを確認した。修理用のパーツはユイが事前に要求した通りの物が揃っていて、状態も問題は無い。


「これでいい」

「よろしい。では――ユイさんはそのまま乗っていって構いません。イスラさん、お願いします」


 タマキの指示を受けたイスラはトラックを走らせてツバキ小隊の整備倉庫へと向かう。タマキは〈R3〉用のパーツも受領すると、パーツの積まれた小型トラックをカリラに運転するよう言って送り出す。


「必要だと思います?」


 タマキは残ったトーコに、輜重科の倉庫に並ぶ整備用〈R3〉を示して尋ねた。

 トーコは首筋に指を当ててしばらく考えた。言われてみればこれまでユイは〈音止〉の整備の際も乗り込む際も〈R3〉を装備していなかった。使い方が分からないというのも嘘ではないのかも知れない。ただ――


「必要だとは思いますけど、ユイが装備するなら子供用サイズでないと……。あそこまで小さいと調整で何とか出来る範囲を超えてますから」

「面倒くさい」


 口にしてからタマキはしまったと口を押さえる。タマキは元来面倒くさいことは嫌いだったが、一応建前上は隊員にはそのことを伏せていた。しかしトーコはそんなタマキの言葉に微笑む。


「本当、面倒な子です。でも腕は確かなので」

「そうね。腕だけはね」


 トーコがタマキの発言に同意してくれたのでひとまずこの場はそれでよしとして、それよりも折角2人になれた今のうちに聞いておこうとタマキは尋ねる。


「ところでトーコさん。ユイさん――ユイ・イハラについてですが、彼女の身元について何か本人から聞いたことはありませんか?」


 トーコは首筋に手を当てて答える。


「得に何も。市民コードは問題なかったんですよね?」

「それはそうですけど。――いえ、こっちで調べてみます」


 タマキは話はそれまでと打ち切って、輜重科の担当官と話すことがあるからとトーコに先に帰って〈音止〉の修理を始めているように指示する。

 トーコは言われた通り、その場を離れて整備倉庫へと足を向けた。

 輜重科の倉庫から離れたトーコは首筋に手を当てて、誰に言うでもなく呟く。


「これじゃ私まで共犯だよ」


 それでもトーコはユイに居なくなられると困る。ユイに不利になるようなことは言えない。タマキは何かしら調査するだろうが、市民コードが正式に再発行されている以上、問題はないのだろう。

 トーコにはそう信じて、ユイについてあらぬ事実が見つからぬよう祈るしかなかった。


          ◇    ◇    ◇


 修理パーツも届いたことでようやく〈音止〉の修理が本格的に始まった。


「おい、もっと右だ。何してる早くしろグズ」


 命綱も汎用〈R3〉も装備せず〈音止〉の肩に乗ったユイは、クレーンを操作するカリラを叱責する。


「ぶつけるなといったり早くしろと言ったり勝手なおこちゃまですわね」


 カリラは言われた通りクレーンの移動を早め、強引に腕パーツをユイのもとまで届ける。パーツは吊された状態で大きく揺れながらも、機体に激突する寸前で停止した。


「全く、この程度の操作に時間をかけやがって」


 ユイは文句を言いつつもクレーンに吊るされた腕パーツを手繰り寄せると、トーコにパーツを動かないよう固定させて、接合部分のケーブルを繋いでいく。その手際ときたら見事なもので、そばで見ていたトーコも瞬く間に繋がれていくケーブルに目を疑った。


「この伝達ケーブル、新しい仕様なの?」


 トーコが〈I-M16〉とは異なる伝達ケーブルを見て尋ねると、ユイはその1本を手にとって、ケーブルの中身を示して見せた。


「見ての通り、扱う情報量を増やした新規格だ。〈I-K20〉からはこの規格を採用してる」

「それで〈I-M16〉より反応速度が速いわけね」

「使いこなせるかどうかはパイロット次第だがな」

「はいはい。せいぜい練習するから、早く直してよ」

「分かってる。邪魔をしたのはお前だ」


 ユイは持っていたケーブルを接続すると、腕パーツを機体の肩に取り付けて固定していく。トーコも手を貸し直ぐに作業は完了した。


「おい、リフターをこっちによこせ。ぐずぐずするな」

「聞こえてますわよ。いちいち癇に障るクソガキですわね」


 呼びかけられたカリラはクレーンを安全な位置まで運んで停止させると、続いてリフターの操作を開始する。

 そこに、タマキがやってきてカリラへ軽く挨拶を済ませると、ユイとトーコへと声をかけた。


「作業中の所すみません。衛生部より2人の健康診断が済んでないので直ちに受診するようにと通達がありました。降りてきて下さい」


 作業を中断されたユイは嫌な顔をするも、舌打ち1つすると「仕方ない」と健康診断の受診を受け入れた。カリラはリフターを操作して、〈音止〉の上に居た2人を下へ降ろす。


「すっかり失念していました。受けないわけにはいかないので受診をお願いします」

「すいません。私も受ける必要がありますか? レインウェルで健康診断は済ませていますが」


 トーコは元々統合軍の正規兵であり、当然前に所属していた基地では健康診断を受けている。しかしタマキは首を縦に振った。


「はい。トーコさんは一時的とは言えハツキ島で戦死した扱いになっています。その後ハイゼ・ブルーネ基地で私たちと合流するまで所在不明だったことと合わせて、再受診が必要との判断が下されたようです」


 トーコもそう言われては納得するほか無かった。戦死した扱いになったのは状況を鑑みれば当然のことであり、所在が再確認されるまで何処で何をしていたのか把握する手段が無い以上、統合軍が健康診断の再受診を要求するのも当然だ。大きな拠点においては時として敵の侵攻よりも、不健康な味方の方が驚異となる。


「分かりました。衛生部に向かえば良いですか?」

「そうですが、わたしも同行します。念のため誰と誰が接触したか把握しておきたいそうで」

「腫れ物扱いですね」

「診断結果が出るまでの一時的な措置です。問題ないことが分かれば行動の制限も解除されます。問題がなければですが……」


 最後の言葉をタマキはユイに向けて口にする。

 トーコに関しては問題ないと確信しているが、こちらは分からない。統合軍の技術協力者と本人は言っているが、市民コードから確認できる範囲では統合軍の健康診断を受診した履歴が一切無かった。


「ちょっと失礼」

「何だ――おい、何のつもりだ」


 タマキはユイの頭へと手を伸ばすと、ユイの拒絶を振り切って髪の毛を1本引き抜いた。突然の攻撃にユイは抗議の声を上げる。


「念のためです」

「遺伝子検索かけたところで無駄だぞ」

「無駄なことをするのも士官の仕事ですから。こちらのことは気にしなくて結構。では、衛生部まで向かいますので着いてきて下さい」


 タマキはユイの反論を一切受け付けることなく採取した髪の毛を保存容器へとしまい込む。ユイもそれ以上抗議することはせず、代わりにカリラへと向けて指示を出す。


「正面装甲の修理パーツだけ運び込んでおけ。作業はあたしが戻ってきてからだ。〈音止〉には手を触れるな。いいな」

「はいはい。やっておきますわ」


 カリラは面倒くさそうに受け入れて、リフターとクレーンを片付ける作業に入る。

 カリラに対する態度を見てトーコは「物を頼む態度じゃない」と愚痴ったが、ユイは聞く耳を持たなかった。


「あなたは相変わらずのようね。ですが今は健康診断が優先です。では向かいましょう」


 タマキはユイの態度にため息をつきながらも、優先順位を考え2人を連れて衛生部の管理する建物へと向かった。

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