第48話 ツバキ小隊の宿舎事情①

 その日は整備と修理に1日を費やし、夕食の時間、ツバキ小隊はデイン・ミッドフェルド基地の食堂に入った。

 ボーデン・ボーデン基地以来の温かい食事に隊員は心を弾ませながら各々支給を受け、席に座ってタマキの合図を待つ。


「本日はご苦労様。予想以上に修理箇所が多いようなので明日の午前中も修理に集中することになりますが、くれぐれも事故の無いように。スケジュールを調整しておきましたので各自確認しておいて下さい。

 今の話が分かった人から食事を始めて結構。ただし食べ終わっても勝手に移動しないで。今日は宿舎まで全員で移動します。ではいただきましょう」


 タマキが挨拶すると隊員は食事を開始する。大規模訓練用の基地だけあって、食事の質も高く、お腹をすかせていた隊員達は直ぐに食事を平らげていく。


「ほらユイちゃんこれも食べて。たくさん食べないと大きくなれませんからねー」

「なんだこのうっとうしいハゲ」


 サネルマが自分の割り当てからパンを1つ手にとってユイへと差し出すと、ユイは拒否反応を示した。されどサネルマはめげることなく続ける。


「うっとうしくないですよ。御利益あるハゲです。触っても良いんですよ」

「断る。あたしゃきれい好きなんだ。汚い。寄るな。おい、誰かこのハゲを何とかしろ!」


 ユイは声を上げてサネルマの手から逃れようとするが、隊員は誰1人手を貸さないばかりか、タマキに至っては「ユイさん食事中に騒がないで」と冷たく告げた。


「サネルマ、ある意味最強かも知れない」


 トーコがそんな2人の様子を横目に呟くと、隣に居たナツコも小さく笑った。


「あはは。そうですね。でも、なんだか可愛そうになってきました……」

「日頃の罰があたったんでしょ。放っておけば良いのよ」

「あれトーコさん、何か怒ってます?」

「別に」


 別に、と言いながら明らかに腹を立てているトーコの様子にナツコはユイとトーコの間で何があったのだろうと勘ぐるが、それよりも食事を暖かい内に食べたいという本能が打ち勝って、そんな小さな事など忘れてしまった。


「ほらリルちゃんも、たくさん食べないと大きくなれないぞ」

「それはどうも」


 イスラがサネルマを真似てリルをからかおうと自分のパンを差し出すと、リルは容赦なくそれを奪い取って口に放り込んだ。


「あら。ま、いいや。リルちゃんが元気でお姉さん嬉しいよ」

「このチビ! お姉様の手にしたパンを口に入れるなんて何てうらや――意地汚い!」

「うっさいバカ姉妹。食事くらい黙ってとりなさいよ」

「貴様! お姉様を侮辱するとは――」


 カリラがフォークを握りしめて立ち上がると、タマキが強く机を手のひらで叩いた。

 食堂中に響き渡ったその音で、辺りは静まりかえり、ツバキ小隊も静かになって食事を続けた。


「次から食事中にふざけた場合、食堂から出て行って頂きます。よろしいですね」


 タマキが静かに告げると、隊員も静かに返事を返す。されど1人返事をしなかった隊員をタマキは見逃さなかった。


「ユイさん、分かりましたか? 分かったら返事を」

「なんであたしが」

「分かりましたか?」

「分かった。分かったよ。全く馬鹿馬鹿しい」


 元はと言えばサネルマから絡まれたにもかかわらず妙な約束をさせられたユイは納得いかず不満げだったが、タマキが圧をかけると折れて頷いた。


「わたしだってこんな馬鹿げた注意をするためにここに居るわけではありません。皆さんも統合軍の施設を使わせてもらっている以上、それにふさわしい態度をお願いします。くれぐれも頼んで貸して貰っている身分だと言うことを忘れないように」


 一同返事をしたが、タマキの言葉になにやら不穏な空気を感じ取ったイスラは手を上げて発言許可を求めた。


「何ですかイスラさん」

「いやさちょっと気になっただけなんだが、もしかしてとんでもないもの貸し出されたりしたのか? 整備倉庫もちゃんとしてたし食事もまともだろ? となると――」


 イスラが何となく察してしまったのにタマキはいい顔をしなかった。ただ何かを含ませたような声色で、「宿舎へは全員で移動します」と、食事を早く済ませるように告げる。

 それで隊員は大体のことを察したが、ナツコだけは1人さっぱり見当も付かない様子で、表情を暗くした隊員の顔をきょろきょろと眺めていた。


「え、ええと。何かあったんですかね?」

「今は気にしなくて結構。早く食べないと食堂の使用時間が終わりますよ」


 それはまずいとナツコは慌てて食事を再開し、結局宿舎に連れて行かれるまでその問題に気がつくことはなかった。


          ◇    ◇    ◇


「ここがわたしの部屋です。用がある場合は事前に連絡してから訪ねてきて下さい。間違っても他の部屋と間違えないように」


 タマキは自室の場所を隊員に確認させる。若い士官用の宿舎は一般兵士の宿舎とは区切られていて、少尉であるタマキだけがこの建物だった。往来するのは士官ばかりで、お喋りをしないように厳命されていた隊員は静かに頷いて返す。

 そんな中、イスラがそっと手を上げるとタマキは小さく指名した。


「ちょっと中見せて貰っても良いか?」

「構いませんけど、何もありませんよ」


 タマキが個人端末をかざすと、扉が横にスライドした。

 少尉用の私室は、ベッド、机、衣類ロッカーに洗面台と、物は少ないが単身で生活するには十分過ぎる広さのある部屋だった。


「満足しましたか?」

「あー、何か思ってたより普通だな」


 期待していたような部屋でなかったことにイスラは落胆するが、タマキはお構いなしに部屋の扉を閉めると次へ向かう。

 棟を移動し、兵士と下士官の宿舎へ。その1階の部屋の前でタマキは立ち止まる。


「トーコさんはこの部屋を使って下さい」


 タマキの指示にトーコは返事をする。その時またイスラが手を上げて、発言を許可されるとトーコへ向けて話しかける。


「中見せて貰っても良いか?」

「いいけど、多分面白いことは無いと思うよ」


 答えながらトーコは個人端末をかざして扉を開ける。

 装甲騎兵パイロットの下士官にあてがわれたのは個室で、士官向けの私室ほど広くはないが、1人用のベッドと小さな机、衣類ロッカーが備え付けられていた。洗面台はなくベッド脇の通路も大分狭いが、それでも寝泊まりするには十分な部屋だった。


「もういい?」

「うむ。意外とちゃんとしてたな」


 またもイスラは期待していたような部屋ではなかったため落胆する。

 そんな様子にタマキは肩を落として尋ねる。


「一体何を求めているのですか」

「いや、少尉殿が何か宿舎がどうの言ってたから、どんな酷い部屋なのかなーと」

「はあ、そういうこと。」


 タマキはため息交じりに答えて、直ぐに分かりますとイスラの疑問を一蹴する。

 その後トーコに部屋の使用を許可すると、トーコはその場で別れ、トレーラーに積んである自分の荷物を取りに行くためそこで別れた。

 残りの隊員はタマキに連れられて、一般兵向けの部屋へと向かう。トーコの部屋から1ブロック隣にあるその部屋の前でタマキは立ち止まり、部屋番号を確認すると一同に示した。


「ここが皆さんの部屋です」


 トーコの言葉に、今度は何人かが手を上げる。タマキはイスラを指名するのを避けて、ナツコの名を呼ぶ。


「どうぞナツコさん」

「開けてみても良いですか?」

「はい。皆さんの個人用端末で扉は開くようになっているはずです」

「では早速」


 ナツコは首から下げていた個人用端末を引っ張り出すと扉の認証端末にかざした。

 認証が済まされ扉がスライドすると、フィーリュシカとユイを除いた隊員は我先にと室内を確認する。


「ありゃ、割と普通だな」


 室内の様子にイスラは意外そうな表情を浮かべた。

 トーコの居室より狭い一般兵向けの部屋は、2段ベッドと簡素な机、小さな衣類ロッカーが備え付けられている。部屋が狭いためベッドの横は人が1人通れる程度の幅しかなく、衣類ロッカーもタマキの部屋と比べると半分程度しかないし、机と椅子は折りたたみ式ではあったが、それでも2人で使うにはそこまで不満もないような部屋だった。


「そう言ってくれると助かります。部屋の使い方は任せますが、くれぐれも散らかさないように。定期的に掃除が行き届いているか確認するのでそのつもりで。室内での食事・喫煙は禁止。水分補給は認めますが、可能な限り談話室か食堂を使って下さい。質問はありますか?」


 タマキの問いにイスラが一番に手を上げる。指名されると、イスラが問いかけた。


「部屋割りはこっちで決めて良いのか?」

「はい、室内の使い方は自由にしてくれて構いません」

「一応他の部屋も見せて貰って良いか?」

「あ、いえ。それは……」


 イスラの質問に対し、タマキは困ったように言葉を詰まらせた。

 それから意を決したのか、その場に居る隊員へ向けて姿勢を正すと、言葉を句切りながらはっきりと述べた。


「最初に言った通りです。この部屋が、皆さんの、部屋です」


 ぽかんとする隊員。得にナツコは間抜けな顔で虚空を見つめ、タマキが何を言いたいのかさっぱり理解出来なかった。しかしやがて、勘の良いリルがその言葉の意味していることに気がついた。


「嘘でしょ……。勘弁してよ」

「残念ながら。宿舎担当官と協議しましたが譲歩は引き出せませんでした」


 その言葉でイスラやサネルマも突きつけられた事実に気がついて、再度室内の様子を確かめる。


「ちょっとちょっと。念のため確認させてくれ。この部屋は2人部屋だよな?」


 イスラの問いにタマキは答えたくなさそうではあったが、黙っているわけにも行かずに渋々と答える。


「その通り。部屋は2人部屋です。ですが、皆さんは7人でこの部屋を使って頂きます」


 事実が告げられると、これまで皆が何に驚いているのかさっぱりだったナツコにも事態が飲み込めて、改めて室内を見て声を上げる。


「え、ここで7人ですか!? ベッド、2つしかないですけど」

「そうですが、4:3で分けるか――室内の使い方についてはお任せします」


 きっぱりとそうタマキが切り捨てると、その狭いベッドに4人で横になっている姿をどうにも想像できなかったナツコは顔を青くしてそれ以上何も言えなかった。


「馬鹿馬鹿しい。付き合ってられるか」


 隊員をかき分けて部屋を一瞥したユイは、あまりに現実的ではないタマキの指示に嫌気がさしてその場を離れる。


「ユイさん、何処へ行くつもりですか」

「あたしにゃ〈音止〉のパーツを整備する使命がある」

「〈音止〉で寝るつもりですか」

「違う。パイロットの所だ」

「トーコさんの?」


 タマキは許可を出すべきかどうか一瞬だけ思案した。

 部屋の割り振り変更はあまり好ましくない事態であるが、2人用の部屋に7人詰めるよりかは、まだ余裕のあるトーコの部屋に1人割り当てることで6人にした方が現実的ではある。

 されど、それを許可すると更にこの部屋から脱出すべく隊員達がトーコの部屋に押し寄せることになりかねないし、もっとも嫌なのは自室に誰かが寝泊まりしに来ることだ。

 誰だって1人部屋が貰えるならその方が良い。得にタマキは士官学校でも無理言って1人部屋を使い続けた程には1人部屋にこだわりがあった。

 それでも、目前の問題に対しては許可を出さざるを得なかった。1つだけ条件を付け加えれば無理を言う人間も居なくなる。


「良いでしょう。ただし、トーコさんの許可を得られた場合にのみ限らせて頂きます。トーコさんが拒否した場合は、大人しくこの部屋を使うこと」

「分かった分かった。それでいいさ」


 言い残して、ユイはトーコの後を追いかけてトレーラへと歩いて行った。

 それを見てイスラは手を上げると、タマキにすり寄って、珍しく低姿勢で話しかける。


「なあ少尉殿――」

「駄目です」


 イスラが断られたとみて、これは好機だとナツコもタマキへすり寄る。


「あの隊長さん」

「駄目です」


 タマキはきっぱりと断り、尚も交渉しようとサネルマとリルが近寄ってくるのを制止した。


「士官用の宿舎にあなたたちを泊められる訳がないでしょう」


 それで隊員はタマキに対する交渉は無意味だと察して、だとすると残された道はトーコの部屋か、この部屋かの2択である。

 トーコとは既にユイが交渉を始めていて、それが認められるとなれば次に交渉が成功したとしても3人部屋だ。トーコの部屋のベッドは1つなので、結局3人で寝ることには変わりは無い。若干広いトーコの部屋の方が快適なのは事実だが、トーコがこれ以上隊員を受け入れる可能性が低いのも確かだ。


 最初から部屋を移ろうとする気のなかったフィーリュシカと、ユイとの同室を嫌うリルとカリラは早々に6人部屋を受け入れ、タマキにその旨を伝えると自分の荷物を取りにトレーラーへと向かう。

 カリラが諦めたことでイスラも交渉を諦めて6人部屋を受け入れた。サネルマは懲りることなくタマキに隊長と副隊長は一緒に居るべきではないかと交渉を持ちかけたが、副隊長には隊員の一番近くに居て欲しいとタマキに論破され、「分かりました」と6人部屋を受け入れた。

 最後に残ったナツコも、皆がそれでいいと言うならそれでいいやと、楽天的に受け入れた。


「ごめんなさいね。折角大きな基地に配属となったのに」

「いえ、孤児院生活で大人数で生活するのには慣れていますから私は大丈夫です!」

「そう言ってくれると助かります。これから前線に拠点が完成すれば統合軍兵士が移動するので宿舎も空くはずです。それまでは辛抱を強いる事になりますが、トラブルの無いようお願いします。得にイスラさんに、そう伝えておいて」

「あはは。イスラさんはあれで結構仲間思いなので、大丈夫ですよきっと」


 ナツコはやはり楽天的に笑って、荷物とってきますねとタマキに別れを告げてトレーラーへ向かう。

 タマキは1つため息をついて、最悪の場合自室に寝袋を導入する可能性も検討しながらその背中を見送った。

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