第47話 整備士とその周辺②
デイン・ミッドフェルド基地に到着してからと言うもの、自分の想定通りに行かないことばかりだ。
タマキは今し方口論してきた宿舎担当官の居室へと恨みがましい視線を送ってみたが、余りに子供っぽい行為だし時間の無駄でしかないと直ぐに止めた。
隊員達にこのことをどう説明したら良いのか。そういうものだと押し付けてしまうのは容易だが、押し付けた後に問題になりかねない。
だけれど決まってしまったものは受け入れるしかない。問題になったらその時はカサネに頼んで何とかして貰わなければならないだろうが、さっき頼み事をしたばかりだというのにまた泣きついたりしたら妹の威厳が保てない。
妹とは兄に対する絶対権限所有者であって、決して兄に泣きつくか弱い存在であってはならないのだ。
それよりまずは、既に問題となっている件についての対応が必要だ。
全くどうしてこう問題ばかり出てくるのかと不満にもなるが、今回の件については自分で引き込んでしまったものだ。
タマキが〈音止〉の整備用ハンガーへ向かうと、汎用〈R3〉を身につけたトーコと、ユイが2人きりで作業を進めていた。
タマキはリフターを操作するユイの元へ歩み寄り、声をかける。
「お疲れ様。今良いかしら」
「少し待て。――トーコ、歪んだ装甲外せるようにしておけ」
トーコの乗ったリフトを正面装甲付近で停止させたユイはそう声を投げかけて、了解が返ってくるとタマキの方へ向き直る。
「で、お嬢ちゃんは何のようだ? 見ての通り作業中だが」
「そんなことは分かっています。作業の手が足りないでしょうから、カリラさんにこちらを手伝うよう言っておきました」
「ああ、それなら断った」
「はい?」
ユイの返答にタマキは耳を疑うも、確かにユイは「断った」と口にした。
「何故です?」
「素人に〈音止〉を触らせたくない」
「確かに彼女は装甲騎兵に関しては素人ですが、免許は持っています。専門的知識を要する部分は仕方ないにしても、今トーコさんがやっているような簡単な作業なら手を貸せるはずです」
「トーコの出来ることはトーコがやればいい。2人で手は足りてる」
タマキは呆れ果てて、仕方なく話す対象を切り替える。
「話になりません。トーコさんを降ろして」
「お呼びでしたら行きますよ」
タマキがトーコの名を呼んだのを聞きつけて、トーコは昇降リフターの降下用ワイヤーフックに汎用〈R3〉の足を引っかけて下へと降りてきた。
作業が中断されたことにユイは難色を示すが、タマキは気にせず降りてきたトーコの元へ向かう。
「カリラさんの手伝いを拒否したと聞きました。2人で手は足りてるとのことですが、実際の所不足はありませんか?」
「見ての通りの状態なので、今は手は多い方がいいです」
「そうですよね。ユイさん、聞こえましたね?」
タマキの問いかけにユイは嫌悪感を微塵も隠さなかったが、唸るような声を上げながらも半分頷く。
「随分嫌そうですね。そんなに〈音止〉を触られたくありませんか」
「こいつは宇宙に1機しかない特別な機体だ。素人が扱って壊されたらたまったもんじゃない」
「分かりました。素人でなければいいのですね。ではあなたが直接指導して下さい。カリラさんがこの機体の整備に習熟するようしっかりと」
「ちょっと待て」
「命令です。よろしいですね」
有無を言わさぬタマキの物言いだったが、ユイは気怠げな瞳にほんの少しばかり怒りを滲ませタマキを睨み付ける。されどタマキの意思は変わりそうに無かったので、ユイは代替案を出した。
「まずは火器からだ。そこで腕を見て、見込みがなさそうならきっぱり諦める」
「よろしい。ただし見込みがあった場合はしっかり教育して頂きます。そこのところお忘れ無く」
「分かったよ。小うるさいお嬢ちゃんだ全く。おいトーコ、あのぴーぴーうるさいアホを連れてこい」
ユイが命じたがトーコは従おうとせず、タマキに許可を取ってその場を離れるとユイの元へ赴き、汎用〈R3〉の両手でユイの小さな頭を掴んだ。
「何のつもりだ。やめろ、潰れる」
「言ったよね。隊員としっかりコミュニケーションをとってって。さっきなんて言った? ぴーぴーうるさいアホ!? アホはあんたでしょ! 自分で行って謝ってきなさい!」
「ああん? バカを言うな。あたしゃ子守のためにここに居るんじゃない」
「だったら! 態度を改めて!」
「クソったれだ。話にならん。これだから頭の悪い奴の相手をするのは嫌いだ。全く誰に似たんだ」
トーコがいよいよ〈R3〉の手に力を加えようとすると、それは流石にまずいとタマキが制止し解放させると、代わりにユイへと話しかける。
「ねえユイさん。確かにあなたを勝手にツバキ小隊に引き込んだのはわたしです。あなたが不満を持つのも当然です。ですが、名目上はツバキ小隊の一員となった以上、ツバキ小隊の隊員はあなたの仲間です。もう少し、仲間を信頼出来ませんか?」
タマキの問いかけに対し、ユイは鼻で笑って答えた。
「仲間を信頼だって? お笑いだ。尋ねるが、お前はあたしのことを信頼しているのか?」
「はっきり言わせて頂きますが――」タマキはそう前置きして、ユイを見下ろすようにして答える。
「あなたの身元についてはまるで信頼していません」
「ほれみろ」
ユイはあざ笑うが、タマキは構わず続けた。
「――ですが、あなたの技術者としての能力に関しては信頼しています。ですからわたしはあなたをツバキ小隊に引き抜き、部下の指導を任せると言っているのです」
ユイはやはりタマキの言葉を鼻で笑う。
「下らん屁理屈だ」
「屁理屈の何がいけませんか」
ユイは話はこれまでだと首を横に振ると、トーコに向けて指差しして命じた。
「さっきの整備士を連れてこい」
「だから、そういうのは自分で――」
トーコの反論をユイは遮ってさっさと行けと手を振る。
「物事には順序がある。あたしにゃあいつの腕が信頼に足るか確かめる権利がある。分かったらさっさと行け」
トーコはタマキへ目配せする。タマキがため息交じりに頷くと、トーコも仕方なく頷いてカリラを呼びにその場を離れた。
タマキがふてぶてしい態度をとり続けるユイに対して深くため息をつくと、ユイはそれを鼻で笑う。
「何かおかしかったですか」
威圧的な問いかけにもユイは動じることなく答える。
「仲間を信頼しろか」
「何がいけませんか」
タマキの問いかけに対して、ユイはかぶりを振る。
「別に。昔、あたしに同じ事を言った奴がいたことを思い出しただけだ」
「そ。だったらどうしてその時態度を改めなかったのかしらね」
敵意むき出しのタマキに対して、ユイは不機嫌そうに舌打ちして応じる。
「下らん挑発はやめろ。器の小さい奴め。態度は改めるよう善処するとトーコに約束した。
だが、長いこと機械の相手ばかりしてたもんだから人間相手の接し方を忘れちまった。善処はするが改められるとは約束できん」
思いがけないその発言にはタマキも拍子を抜かれてしまった。されど精一杯の譲歩をユイの側から引き出せたのは素直に喜ばしいことであった。
「そうですか。でしたらわたしはもうこの件に関しては口出ししません」
「言っておくが善処するだけだからな」
「構いませんとも。あなたが態度を改めるように努力するのなら、ツバキ小隊の隊員はちゃんと分かってくれます」
「たいそうな自信だ」
「ええ。わたしは隊員を信頼していますから」
胸を張って答えたタマキを、ユイは馬鹿にしたように笑う。
「信頼するなんて口で言うのは簡単だが、お嬢ちゃんに最後まで信頼しきれるとは思えんね。ま、精々努力して見せろ。お前が能なしだとあたしも困る」
「そのお嬢ちゃんって呼びかたいい加減に何とかなりませんか」
「他に呼びようがあるか? 不満ならアマネを超える士官になってみせろ。その時は考えてやる」
「どこまでも憎たらしい小娘だわ。いつかわたしに媚を売っておけばよかったと後悔しても知りませんからね」
丁度そこにカリラを連れたトーコがやってきた。トーコは2人の間に流れる不穏な空気を感じ取って近づいていいものか戸惑ったが、タマキはトーコへ向けて笑顔を作ると「後はお願いします」と言って立ち去ったので、何も気がつかなかった風を装い続けた。
「ユイ、言うことあるでしょ」
トーコが告げると、ユイは面倒そうに〈音止〉のハードポイントから降ろされていた火器を指さす。
「手が空いてるなら火器の整備を頼みたい。対歩兵25ミリガトリングだ」
トーコはもっと頼み方があるだろうと険しい顔をしてユイに詰め寄ろうとしたが、カリラは火器を一瞥して答えた。
「手が空いているわけではありませんけれど、少尉さんから手伝えと言われましたから。整備というより、修理が必要そうですけれど」
「どっかのバカが雑に投棄したせいで砲身がいくつか曲がった。部品は取り寄せ中だ」
「かしこまりましたわ。届き次第修理できるようにしておきます」
「それでいい」
カリラは事務的に自信の仕事だけ確認すると、それ以上ユイとは口も聞かずに25ミリガトリングにとりついて分解を始めた。
装甲騎兵用に、銃のように扱えるよう改造の施されたそれを、カリラは工具1つでいとも容易くばらしていく。その手際を側で見ていたユイは自分からカリラへと声をかけた。
「どこで機械いじりを覚えた」
「子供の頃からお父様に」
「手際は悪くない」
「それはどうも」
砲身が全て取り外され、装弾機構が露わになるとカリラは目測でその異常を見つけた。
「これ歪んでませんこと?」
「ん? こっちも駄目か。パーツを追加で取り寄せる必要があるな。こいつはいい。122ミリ砲からやってくれ」
「かしこまりましたわ。――それで、いつまで見ている気ですの? 手が空いているなら自分でやったらいかが?」
「あたしにゃお前がふざけた仕事をしないか見張る義務がある。が、まあいいだろう。腕は認めてやる。名前は?」
「はい?」
「名前をきいてやると言っている」
カリラは自分より遙かに小さな小娘にそんな態度をとられたものだからこめかみを小刻みに振るわせたりもしたが、先ほどまでとは若干違うユイの態度に、怒りを爆発させることなく、殴りかかりそうになる拳を押しとどめて答えた。
「一度しかいいませんからよく聞いておきなさい。わたくしの名前はカリラ・アスケーグ。そして、偉大なるわたくしのお姉様の名前はイスラ・アスケーグです。お忘れ無く!」
怒鳴るようなカリラの声にユイは耳を半分塞いで「うるさい奴め」と愚痴る。それからカリラとイスラの名前を復唱した。
「カリラ、イスラ――アスケーグ? ……まてよ。ロイグは知っているか? ロイグ・アスケーグ」
「お父様をご存じなの?」
ユイの口から出てきた名前にはカリラも怒りを忘れて答えた。ロイグ・アスケーグは紛れもなくカリラとイスラの父親の名だ。
「昔、一緒に仕事をしたことがある。宇宙でも3本の指に入る優秀な技術者だった。――当然、あたしにゃ劣るが」
「お父様があんたみたいなチビに――は、この際どうでもいいですわ。何時の話ですの?」
「昔だ昔。詳しくは覚えてない」
「そう。今どこに居るのか手がかりがあったら知りたかったのですけれど」
「そんなの自分で調べろ。端末を貸せ」
ユイの高圧的な物言いに、カリラは躊躇しながらも整備用端末を手渡した。ユイは受け取った端末と自分の端末を交互に操作して、カリラへと端末を返す。
「〈音止〉の整備マニュアルを送っておいた。あたしが自分用にまとめた資料だが、それで理解出来ないなら素質がない。目を通しとけ」
「相変わらずそのものの言い方何とかなりませんの。ま、いいですわ。見ておきます」
カリラがそう言って122ミリ砲の整備作業に向かうと、ユイはサボっていたトーコを見つけて怒鳴り声を上げた。
「何を突っ立てる。お前には装甲を外すよう言ったはずだ」
「だったらリフト操作してくれないと」
「下らん言い訳を。さっさと移動しろ」
トーコは呆れたようにリフトの下に移動して、それからリフトの制御盤にとりついたユイの姿を見つめる。小さな体で背一杯背伸びしてリフトを操作する姿はかなり危なっかしいが、同時に微笑ましい。
「まだ見てらんないけど、ちゃんと約束は守ってくれてるみたい。でももう少し言葉使いなんとかならないかなあ」
トーコがそんな独り言を言っていると、ユイは再び怒鳴り声を上げる。
「何をしている! さっさとリフトに乗れ!」
「はいはい。分かりましたよ」
トーコは答えてリフトに飛び乗ると、〈音止〉の修理を再開した。
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