第46話 整備士とその周辺①

 タマキの示したツバキ小隊の行動予定には隊員たちも不満がないわけではなかった。

 ツバキ小隊は義勇軍であり、その前身は人命救助を主目的とした婦女挺身隊なのだから後方支援にまわるのは至極もっともな話ではあるが、義勇軍を結成するにあたり掲げた最終目標がハツキ島政府の再建である以上、戦闘行為を全て統合軍に丸投げして自分たちはその支援に徹するという話に納得いくわけもなかった。


 タマキは兵士としての訓練が十分でない以上前線運用されないのは当然のことだと反論し、訓練課程を終えても尚ツバキ小隊が現在と同じ扱いを受けるのであれば自分から運用方針転換を求めて意見することを約束して、今は訓練に集中するよう厳命した。

 隊員達はタマキにそれ以上反論できず、タマキ立案の行動予定はつつがなく実行されていくことになった。


 訓練は明日から行われることになったが、その前にハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で傷ついた〈R3〉の修理と整備を行う必要があり、宿舎に入る前にツバキ小隊に貸与されることになった整備倉庫へと向かう。

 あてがわれた整備倉庫はデイン・ミッドフェルド基地にあるものの中では随分小さい簡素なものだったが、それでも〈音止〉と所有する〈R3〉全てを格納することが可能であった。


「搬入ご苦労様。イスラさん、カリラさん。こちらに」


 呼ばれるのが分かっていた2人は直ぐにタマキの元へと向かった。タマキはそんな2人に先ほどカサネに申請させた機材のリストを表示させた士官用端末を見せる。


「機材は準備が出来次第到着するはずです」

「あらま。結構いろいろ書いといたんだがそんな簡単に申請とったのか? だったら新品の〈R3〉も申請しとくんだった」


 イスラがおどけて言うとタマキは「馬鹿おっしゃい」と一喝したが、確かに要求したリストに〈R3〉の項目がないことに気がつき、カサネに無理言って通させるなら〈ウォーカー4〉の代替機も加えておくべきだったかと少し後悔した。


「2人には整備士としてツバキ小隊の所有する〈R3〉の修理・整備の監督をして頂きます。今回はハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で損傷している機体が多いので修理に注力して下さい。簡単なパーツ交換程度なら他の隊員でも出来るよう、適切に指導をお願いします」

「分かったよ」「かしこまりましたわ」

「それとカリラさん、2等装甲騎兵章を持っていますね」


 カリラは頷いて、身につけていた2等装甲騎兵章にそっと指先で触れた。


「念のため確認させて下さい。整備のための操縦は問題なく行えますね?」

「ええ。2種免許でも整備時の操縦は可能ですわ。1種免許保有者の指示の元ならそれ以外でも操縦可能です」

「なるほど結構。装甲騎兵の整備経験はありますか?」

「知っての通りわたくしたちは〈R3〉専門の修理工場でしたから。免許取得の過程で整備手法も学んではいますけれど、実際の整備経験はありませんわ」


 カリラの回答にタマキは気を落としたが平静を装って続ける。


「7メートル装甲騎兵の整備は1人では難しいですよね?」

「当然です。まともに整備するのでしたらパイロットと整備士合わせて1チーム4,5人必要となりますわね」

「そうですよね……」


 またもタマキは回答に気を落とす。

 統合軍の援助が限定的で本職の整備士の力を借りられないとなれば自前で何とかしなければならない。されどツバキ小隊の自由に出来る人材は限られていて、こと装甲騎兵に至っては実戦運用は厳しいレベルであった。

 1等整備士と実務経験の無い2等整備士が1人ずつ。これでは先行試作機である〈音止〉を運用するのは難しい。残念ながら量産機ではない独自カスタムの施された〈音止〉は、整備をするのにも専門の教育が必要であった。しかもその教育を行えるのはユイ・イハラと名乗る、素性の分からない怪しい金髪少女ただ1人だ。


 欲を出してトーコとその乗機をツバキ小隊で受け入れてしまったのは失敗だったかも知れないとタマキは後悔しそうになるも、どうせ今できることは限られている。最悪、カサネの権限をもう何度か借りて専門の整備士を見繕うしかないだろうが、まだその段階ではない。

 何が足りていないのか把握しなければカサネに無理を言うことも出来ないし、そもそも何から何まで何とかしてくれるわけではない。カサネが何とか出来るレベルまでは、タマキの側でどうしても問題を調整しておく必要がある。


「分かりました。まずは2人で〈R3〉の修理をお願いします。全体の修理の目処が立ち次第、カリラさんはユイさんの手伝いをお願いします」

「お待ち下さい!」


 タマキの命令に対して、カサネは突然素っ頓狂な声を上げた。


「どうしました?」

「どうしましたも何も、もしかしてわたくしに、あの金髪クソ小娘の手伝いをしろとおっしゃいましたか!」

「そう言ったつもりですが――金髪クソ小娘? 気持ちは分かりますけど、何かありました?」


 何故か怒り狂った様子のカリラにではなく、タマキはイスラに視線を向けて尋ねた。

 問われたイスラは可笑しそうに笑って、タマキに睨み付けられると笑うのを止めて質問に答える。


「あのおチビちゃんに学のないアホ呼ばわりされてな」

「ああ、そういうこと」

「違います!」


 ユイに「お嬢ちゃん」呼ばわりされているタマキは納得しかけたが、カリラはそばかすの浮いた顔を真っ赤にして割って入る。


「あのクソガキがお姉様を侮辱するような発言をしたからですわ! あんな奴とは一緒に居られません! ましてや手伝いなんてもってのほかですわ!」


 カリラの言葉にタマキは深く深くため息を吐いた。

 ユイがツバキ小隊の隊員と真っ当な交流をしようとしていないことは理解していた。

 総司令官権限で無理矢理ツバキ小隊へと所属変更をした後もそれは同じで、義務的に自分の名前と〈音止〉の整備士であることは隊員の前で語ったものの、隊員の自己紹介は聞こうともしなかった。

 移動中は〈音止〉のコクピットに引きこもり作業を続け、食事もその場でとる始末。出てきた機を見てナツコが声をかけたそうだが、「なんだこのグズ」と一蹴してしまったとトーコからの報告を受けていた。

 〈音止〉のパイロットであるトーコとはコミュニケーションをとるのだが、それもトーコのことを〈音止〉を動かすための部品としてしか見ていないのではないかとタマキは勘ぐっていた。


「まあまあ落ち着けって。おチビちゃんの言うこと真に受けてたらきりがないぜ。それに、少尉殿の命令を聞かないわけにはいかないだろ?」

「その通りです。カリラさん、分かりましたね?」


 カリラは渋い表情をして歯ぎしりさせたりして見せたものの、結局頷くほか無かった。


「分かりましたわ。お姉様がそこまでおっしゃるなら」

「よろしい。ではお願いします。それと、わたしは少し離れるので〈C19〉の整備をお願いします」


 タマキの指示に2人は返事をして〈R3〉の元へと向かう。しかし、イスラは途中でカリラに先に行くよう伝えると、タマキの元に戻った。


「ちょっと確認させてくれ。〈C19〉はこれまで通りの調整でいいのか?」

「ええ。問題ありません」


 タマキは答えたが、イスラはまだ何か言いたそうにその場に残っていた。仕方なくタマキの方から尋ねる。


「まだ何かありますか?」


 イスラはカリラが十分離れたことを確認してから、タマキに近寄って小声で話す。


「ユイのことだ。カリラにはああ言ったが、あのおチビちゃんどうにかならないか?

 そもそもトーコはハツキ島のために戦うと言ってくれたしナツコも認めてるが、おチビちゃんはそうじゃない。あんな態度をとられ続けたらいつか問題になるぜ。カリラもそうだし、リルちゃんも大分頭にきてる。あたしだって妹を馬鹿にされたら何時までも笑っていられないぜ」


 タマキはまたも深くため息をついて、厄介な問題を持ち込んでしまった事に頭を抱える。

 ユイに問題があるのは分かっていたが、まさかここまでとは。身元不明だが腕は確かなようなのでツバキ小隊に引き抜いてみたが、これではデメリットのほうが大きい。

 身元をつきとめてから対応を考えようとしていたが、早急に考えなければいけないようだ。


「ごめんなさい。ユイさんについてはわたしに責任があります。対応は考えておきますので、イスラさんは隊員同士のトラブルにならないように気を配っておいて貰えますか?」

「少尉殿がそう言うなら善処してみるよ。結果は約束できないけどな」

「構いません。可能な範囲でお願いします」


 タマキはイスラを見送って、またしてもため息をつく。

 面倒くさいことは元来嫌いなのだ。だというのに、どうしてこうも面倒なことばかり振ってくるのか。

 ユイの対応は早急に進めなければならない。

 が、まずはもう1つの問題の方から解決しなければ。隊員が暴動を起こしかねない。

 タマキはサネルマへと隊員同士のコミュニケーションを円滑に進める努力をするようにと、暗にユイと隊員の仲を取り持つようメッセージを送ると、デイン・ミッドフェルド基地の宿舎担当官の元へ足を向けた。


          ◇    ◇    ◇


 〈音止〉は前大戦時に開発された枢軸軍側新鋭戦艦搭載の宙間決戦兵器を元に作られた地上戦用の装甲騎兵だ。

 統合軍に正式採用された〈音止〉は機体コード〈I-K20〉を与えられ、統合軍に配備された機体はこのコードで呼ばれた。しかしツバキ小隊の所有する〈音止〉は量産前最終試験用の実験機のため、量産機と区別するため〈音止〉と呼ばれ続けることになった。


 トーコはユイに指示される通りに〈音止〉を動かし、本格的な修理を行うための整備ハンガーへと機体を固定した。


「ねえユイ。修理ってどれくらいかかりそう?」


 〈音止〉のコクピットから出たトーコは、機体の足下に設置されている整備用の据え置き端末を操作するユイに向かって大きな声で尋ねる。


「調整は済ませてある。修理パーツさえ来れば2日かからん」

「そ。早いのは良いことだわ」


 トーコはそう答えて、乗降用のワイヤーに汎用〈R3〉の足を引っかけると下へと降りる。ユイの元へと近寄ると、整備用端末に映される修理計画を確認させて貰う。


「これってさ、もしかして私とユイでやるの?」

「他に誰が居る」


 ユイは当然だとばかりに答えて、ただでさえ気怠そうな瞳を面倒くさそうに細めてトーコの顔へ向けた。


「いや、私は参加するつもりだし、ユイだって〈音止〉の整備士なんだから当然なんだけど。私が言いたいのは、2人きりで手が足りるのかってこと」

「何を言っている? 設備は足りてる」

「設備はね。でもそれを動かす人の手は足りないでしょ?」

「お前の言っていることは上手く分からん」


 上手く分からんと言われてしまってはトーコもお手上げだ。7メートル装甲騎兵を運用するならば本来パイロットを含めて4,5人でチームを組むと講習で習ったのだが、そんな常識はユイには通用しないらしい。


「そういえば、ハツキ島でもユイ1人だったよね。この機体の他の整備士は何処にいるの?」

「そんなやつは居ない」


 トーコは首筋にそっと手を当てて思い悩むと、ユイの額に手を当てる。


「なんのつもりだ」

「熱でもあるのかと思って。ねえユイ。本当のことを教えて欲しいんだけど、この機体の整備士がユイだけだなんてことはないよね?」

「さっきも言ったとおりこいつの整備士はあたしだけだ」


 その回答にはトーコもすっかり困り果ててしまった。本気で言っているのかとユイの目を見据えてみるが、碧色の瞳は濁っていてその奥底まで見通すことは出来ない。トーコにはユイがどんな感情でいるのか、まるで察することが出来なかった。


「なんとかなるんでしょうね」

「お前がそんな心配をする必要は無い。ただ言われた通り手を動かせばいい」


 トーコは呆れたと肩をすくめて見せて、これ以上言っても仕方がなさそうだから、駄目そうな場合はタマキに早めに連絡しようとだけ決心した。


「少しよろしいかしら?」


 そんなトーコの元に、〈R3〉の整備士であるカリラがやってきた。カリラはトーコに手招きをして呼び寄せると、ユイから離れたところで話を始める。


「少尉さんから〈音止〉の修理を手伝うように言われたのだけれど、あの小娘にそう伝えて下さる?」

「どうして直接――ま、そうだよね。ちょっと待ってて」


 トーコはカリラがユイと直接話したくない理由を十二分に理解して、1人ユイに近寄った。それから離れた場所に居るカリラを手のひらで示して、ユイに告げる。


「修理、手伝ってくれるって」

「素人の手は必要無い」


 ユイはそう言って、カリラの姿を一瞥すると厄介払いするように手を振った。


「お邪魔のようですから失礼させて頂きますわ」


 カリラはそんなユイの反応に顔を赤く染めて、怒ってその場から立ち去った。


「ああもう!」


 トーコは慌ててカリラの後を追いかけて、ユイの非礼をわびる。


「ごめん。折角来てくれたのにあんなんで。言って聞かせておくから、あまり怒らないであげて」

「トーコさんが謝ることはありませんわ。わたくしも少尉さんに頼まれただけですから、断られたとあれば〈R3〉に集中できますし」


 カリラはそれだけ言い残して、早足で〈R3〉の元へと歩いて行ってしまった。

 トーコが1人ユイの元へ戻ると、ユイは全く悪びれた様子もなく端末の画面を示して故障箇所の装甲を取り外すように命じた。

 トーコは我慢できなくなって、抑えていた感情を漏れ出させながら静かに問いかけた。


「ねえユイ。友達居る?」

「居なかったらなんだというんだ」

「別に。私も居ないから人のこと言えたもんじゃないけどさ。だけど断るにしたってもう少し言いようってものがあるでしょ」

「何が言いたい? 頭の悪い奴の考えは良く分からん」

「だからそういうのだって! バカ!」


 トーコが汎用〈R3〉の指先で、絶妙に手加減してユイの頭を小突くと、ユイは不機嫌そうによどんだ瞳でトーコの顔を睨む。


「言いたいことがあるならはっきり言え」

「ユイははっきり言い過ぎなの! 隊員同士仲良くしろとまでは言わないけど、せめて関係をぶち壊すようなことはしないで! こんなこと続けたら皆に嫌われるでしょ!」

「そんなのあたしゃ知ったこっちゃない」

「あんたはね! でも私は気になるの! 一緒に居るこっちが申し訳なくて耐えられないのよ! 私をストレス性胃潰瘍で殺す気なの!?」

「なんだ腹が痛いのか」

「あんたのせいでね!!」


 もう一度トーコがユイの頭を小突くと、ユイは乱れた短い金髪を整えて「何度も叩くな。お前の頭と違って繊細なんだ」と愚痴る。

 そんなユイをトーコは睨み付けて再度拳を構えた。流石にもう小突かれるのはごめんだと、ユイは態度を改めた。


「分かったよ。お前に体調を崩されるとこっちも困る。どうしたらいいんだ」

「何度も言ってるとおり、隊員としっかりコミュニケーションをとって。一方的に罵倒するような真似は止めて。他人の言葉をちゃんと聞いて。分かった? 約束して」

「善処する」

「善処!? 約束してって言ってるの」

「うるさい奴だ。これ以上は時間の無駄だ。さっさと作業に移れ」

「誰のせいだと思ってるのよ……。全く、胃薬だっていくらでも貰えるわけじゃないんだからね」


 トーコはバックパックから器用に胃薬の瓶を取り出すと用量の倍を口に放り込んでそのまま飲み込んだ。

 それから仕方なく、ユイの指示に従って〈音止〉の修理に手を付け始めた。

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