デイン・ミッドフェルド基地の日々

第45話 デイン・ミッドフェルド基地とこれから

「ようやく真っ当な訓練が出来ます」


 隊員に告げたタマキの言葉は何処か皮肉めいていて、配布されたツバキ小隊の日程は訓練と雑務で埋め尽くされていた。

 ツバキ小隊の新しい所属先であるデイン・ミッドフェルド基地。その基地司令であるダーカン大将から言い渡されたツバキ小隊の主な役割は、雑務に注力し統合軍の邪魔にならない範囲で訓練に励むことであった。


          ◇    ◇    ◇


 数日前、デイン・ミッドフェルドとレイタムリット基地の中間にあるリーブ補給基地に立ち寄ったツバキ小隊は、そこで思わぬ再会を果たした。

 ハイゼ・ミーア基地で別れたタマキのかつての同級生、統合軍衛生部のスーゾ・レーヴィ中尉である。


 その琥珀色の美しい瞳で目ざとくツバキ小隊の装甲輸送車両を見つけたスーゾは、「まさかボーデン基地より内側で再会することになるとは思いもしなかった」なんて冗談を言いながらも、無事に再会できたことを喜びあった。


 スーゾに預けていたトレーラーを受け取ったツバキ小隊は、今度は装甲輸送車両をスーゾに預け、トレーラーへと〈音止〉を積み込んだ。

 スーゾはレイタムリット基地の後方、レインウェル基地で他星系からの統合軍受け入れ任務を言い渡されていたため「次はトトミ首都かな」などと冗談を言いながらその場で別れることとなった。


 トレーラーで移動すること2日。デイン・ミッドフェルド基地の防衛圏内に入ったツバキ小隊は、どこまでも広がる荒野を目にした。


 火山岩と火山灰土によって形成された、荒い岩場と砂埃ばかりの荒野。それがデイン。ミッドフェルド基地の第一印象だった。

 元々デイン・ミッドフェルド基地は、人類の生活に適さない広い荒野と言うことで重火器の運用試験や大規模な軍隊の訓練のために整備された基地である。


 本来防衛戦を行うことは考慮されていなかったが、帝国軍がハイゼ・ブルーネ基地を占拠したこと。大規模訓練のため複数師団規模の兵士を収容可能であったことから、急遽ハイゼ・ブルーネ基地からハイゼ・デイン山岳地帯を越えてレイタムリット基地へと向かうルート防衛のための中心基地として運用されることとなった。


 ここまではタマキの想定内のことであり、広大な訓練施設のあるデイン・ミッドフェルド基地は、未だ訓練の行き届いていないツバキ小隊の所属先としては望むべきものであった。


 想定外であったのは、デイン・ミッドフェルド基地が防衛基地として再編されるにあたり、基地司令が交代されウォード・ダーカン大将が新司令となったことである。

 ダーカン大将は旧連合軍出身の猛将であり、戦争は正規軍のみで行われるべきとの考えの強い将軍であったため、ツバキ小隊の前線運用には難色を示した。

 旧連合軍出身の将軍に対してタマキの側から働きかける力は皆無に近く、ツバキ小隊はダーカン大将の示した『義勇軍の役割』とやらに従って、戦闘には参加せず、訓練と後方支援に徹することとなった。


 戦闘に参加しない、というのは考え方によっては良いことでもある。

 ようやく小隊らしい体裁をとれるようになったばかりで、中身は素人の集まりであるツバキ小隊は訓練を必要としていたのは確かであるし、統合軍の訓練の邪魔をしないと条件を付けられても、広大な訓練施設を持つデイン・ミッドフェルド基地に置いては実質施設は使い放題と同義である。

 それに前線運用されないということは施設の整ったデイン・ミッドフェルド基地に居座れると言うことであり、屋根付き宿舎にシャワーに食堂と、過酷な軍隊生活に慣れていないツバキ小隊にとってはありがたいことでもあった。


 しかも想定外だったのは悪いことばかりではない。デイン・ミッドフェルド基地はトトミ中央大陸東部地方、北東部山岳地帯における重要拠点と設定されたことで戦力の増強が図られ、現地の実戦部隊の指揮官としてタマキの兄であるカサネ・ニシ少佐が転属することになった。


 カサネは本来トトミ星系の所属ではなく人事も動かしやすかったこと。ハツキ島撤退戦、ハイゼ・ブルーネ撤退戦とトトミ星での対帝国軍の戦闘に参加経験があり、そのどちらでも最前線に置いて一定の戦果を上げたことが評価され、この辺境の地に移されることとなった。


 カサネがデイン・ミッドフェルド基地に入ったという情報を聞きつけたタマキは、隊員達に適当な仕事を押し付けると早速カサネにあてがわれた司令室へ向かった。

 強引に間仕切りされて新造されたばかりの司令室の扉を、タマキは迷うことなく開けて室内へと足を踏み入れる。


「ハイゼ・ブルーネ基地以来ね」

「ノックくらいしたらどうだ――いや、そんな嫌そうな顔をするな。統合軍の基地内だぞ」


 つまらないことを注意されたタマキは不機嫌そうな表情を見せるが、カサネの言葉はもっともである。2人の間では問題なくても、他の統合軍兵士やましてや将校に見られでもしたら大事である。

 ただタマキが不機嫌な顔をしたのは、それを分かった上でもカサネの言葉遣いが余りに妹への配慮を欠くものであったからで、注意された事自体に対してはそれほど腹も立てていなかった。


 それでもカサネがタマキの機嫌を損ねたことは確かであり、早速憂さ晴らしにデイン・ミッドフェルド基地から示された『義勇軍の役割』とかいう下らない名目に対する愚痴を思う存分ぶちまけた。

 カサネはこうなったタマキに対しては気が済むまで話を聞いてやるほか無いと理解しており、タマキが愚痴を吐き終えて満足するまで話に耳を傾け続け、頃合いを見て口を開く。


「ま、訓練に集中できると思えばいいじゃないか。基地司令閣下も別にお前のことも部隊のことも毛嫌いしてるわけじゃない。ただそれぞれの役割を明確に分けておきたいだけのことさ」

「それは分かるけど」


 すっかり愚痴を吐きだしつくしたタマキはカサネの言葉に不機嫌そうに相づちを打って、それ以上は悪態をつくこともなかった。


「理不尽な裁定されたらその時はこっちに連絡くれれば働きかけてみる。まずは何をするにしても基礎訓練からだろう。後のことを考えるのはそれが終わってからでも遅くない」

「その通りだけど、お兄ちゃんに偉そうな口をきかれると無性に腹が立つわ」


 むくれて見せるタマキに、カサネは「次から言葉遣いに注意する」と返すほか無かった。妹の機嫌を損ねるようなことはカサネには出来やしないのだ。

 タマキは返答に大いに満足し「ホント、気を付けてよね」と偉そうに返すと、むくれていた表情を戻して、話題を切り替えた。


「それで、お兄ちゃんの仕事は?」

「大隊長。ハツキ島、シオネ港で編成した部隊と、これからやってくる本来の手持ち部隊を併せて独立大隊を編成する」

「ってことは昇進?」

「ああ、ハツキ島での戦果を評価されて中佐に昇進だ」

「また面倒ごとが増えるわね」

「仕方ないことさ。ま、悪いことでもない。俸給も増えるし、権限が増えればお前の無理をきいてやる余裕も出来る」

「いつわたしが無理を言ったのよ」

「いつも言ってるだろう。――なんだその目は。まさか言ってないと主張するつもりか。それは無理があるぞ」

「あまりに失礼だわ。わたしだってお兄ちゃんに頼み事するときは、しっかりぎりぎりで受け入れて貰えるように内容を調整してるのよ」

「次からぎりぎりを攻めるの止めてくれ」


 カサネがうんざりした様子でそう力なく答えると、タマキは「今思い出した」と言わんばかりにはっとした表情を作って、人差し指をぴんと立てた右手を前に出した。


「そういえば1つ、お願いしたいことがあったの忘れてた」


 カサネは訝しげな目線でそんなタマキの突き出した手を見て、それからやはり力ない言葉で「言ってみろ」と促す。


「〈音止〉――統合軍の機体コードだと〈I-K20〉だったかしら? その右腕と正面装甲の修理用パーツが欲しいわ。あといくつか軽微な損傷もあるからそれらのパーツと、出来れば調整用のパーツも。あ、もちろん言うまでも無い話だとは思うけど、装甲騎兵の整備施設使えるようにして欲しいわ。何とかなりそう?」


 言うだけ言って、タマキはカサネの返答を待つ。正確にはカサネの了承を待っているのだが、建前上は頼んでいることにしているので確認をとっているに過ぎない。これはカサネにとっては命令であり、拒否権は存在しないのだ。


「いきなり言われてどうにかなる問題だと思うか?」


 カサネは精一杯の抵抗を見せながらも、手元の士官用端末を操作してタマキの要求した修理用パーツの備蓄を確かめる。更にはデイン・ミッドフェルド基地の輜重科・武器科にアクセスして、貸し出し可能な装甲騎兵の整備施設を取得する。


「訓練しながら修理も進めたいの。そこまで急ぎじゃないけど、可能なら早いほうが良いと思って今お願いしたの。必要なパーツのリスト、今送ったわ」


 カサネの士官用端末にタマキからのメッセージが届き、恐らくツバキ小隊の整備士が作成したであろうリストを開く。カサネはその中に装甲騎兵とは関係ないはずの〈R3〉の改造パーツや火器が複数含まれていることに気がつきながらも、輜重科に対してリストのパーツを融通するよう申請書を作成して、自身の影響力の及ぶ士官へ向けて送信する。

 加えて可及的速やかに確実に調達するよう厳命するメッセージを作成して送りつけた。


「一応輜重科に確認してるがどうなるかは向こう次第だ。物資不足はここだけのことじゃないし、ここだって今となっては前線基地だ。簡単に装備が出てくるとは思えん」

「そうでしょうね。でも確認をとってくれたんでしょ。それだけで十分よ」


 タマキはカサネの言葉を受けて、自身の要求したほぼ全てのものが調達できる見込みが立ったと確信する。本当に調達できる可能性が低いのならカサネは開口一番に謝罪するはずだ。それが無かったのだから、要求は満たされたことになる。


「そりゃどうも。返答が来たらそっちに連絡する」

「ありがと。愛してるわ、お兄ちゃん」


 タマキは社交辞令以上の意味は無い言葉を口にして、カサネの司令室を後にしようと振り返った。

 しかし、最近作られたばかりの真新しい間仕切りを見て、再度カサネの方へと視線を向ける。


「そういえばお兄ちゃん。この司令室、壁とか薄そうだけど大丈夫?」

「うん?」


 カサネはタマキの言葉に首をかしげる。

 確かに強引に間仕切りで司令室の体裁が整えられたばかりの部屋ではあるが、司令室である以上壁が薄いなんてことはあり得ない。

 そんなことタマキも知っているはずだし、となればタマキが言いたいことはそんなことではないはずだ。


「ああそういうことか。問題ない、壁は厚い」

「監視装置は無しね。良かった。ちょっと聞きたいことがあったのよ」

「まずいことか?」

「そうっぽくて」


 カサネは危険そうな雰囲気に難色を示すが、タマキが聞きたいと言っているのだから聞いてやるほか無いし、誰かに聞かれるとまずいような話の内容には多少気になりもした。

 タマキはそんなカサネの様子を見て話してもいいのだと判断し、念のためカサネの元へと近づいてから小声で尋ねた。


「アイノ・テラーのことなんだけど、お兄ちゃんが何か知ってることない?」

「アイノ・テラー? ちょっと待て」


 カサネが士官用端末を手に取ると、タマキはそれを制止した。


「あ、駄目。検索しないで。昔それやって拘留されたの。大学校時代で本星に居たから父様に働きかけて貰って直ぐでられたけど、止めた方が良いわ」

「どういうことだ? 確か、前大戦の裏でやばいこと繰り返してた脳科学者だろう?」

「そうだけど、それだけじゃなかったみたいなの。アイノ・テラーは枢軸軍に協力して、新鋭戦艦の設計に携わった。それに戦中、おじいさまと行動を共にしてたみたいなの。恐らく、おじいさまの失踪にも関係してる」


 タマキの語る突拍子もない話にカサネはついて行けず話を遮った。


「待て待て。急に話がでかくなったな。脳科学者が戦艦の設計? そんな馬鹿なこと――」

「わたしが何の検証もしてないと思う? おじいさまの残した資料を精査した結果よ。おじいさまの事はお兄ちゃんよりもよく知っているつもりだわ」

「そりゃそうだろうが……。この話、余所でしたか?」

「リル・ムニエに少しだけ。何も知らないって言ってたわ」

「コゼット・ムニエの娘か。となると、総司令官閣下はアイノ・テラーについて何も知らないと?」


 カサネの問いに、タマキはかぶりを振る。


「知っていても話していない可能性はあるわ。そもそも家族の仲は良いとは言えない状態みたいだし」

「娘にも話さないようなことを、敵だった人間の親族においそれと話すとは思えないな」

「そ。だから他の筋をあたろうと思って。父様なら、何か知ってそうじゃない?」

「こっちから尋ねろと? 秘匿回線使うなら大佐まで昇進しないとならん」

「そうじゃなくても、お兄ちゃんなら向こうからかけて貰えるでしょ」


 その言葉にはカサネも意表をつかれたようで、その手があったかと感心した。

 現時点で統合軍のトップに君臨するタモツ・ニシ大将は、名目上は大将だが実質元帥扱いの上級大将だ。秘匿回線なんて思いのままに使えるし、その相手がカサネなら何も怪しまれることもない。

 もしアイノ・テラーの話が統合軍内でタブーとなっていて彼女について調べることすら拘留対象になるのなら、こちらからそれらしい話を切り出せば、返答には秘匿回線を使う可能性が高い。


「試すことは可能だが、もしお前の推論が全て事実だったとして、その先にあるのは何だ? お前は何を知りたいんだ?」


 その問いかけにはタマキは返答を少しためらった。しかしタマキが困るようなことを一切しないと断言できるカサネに対しては話しても構わないだろうと、口を開いた。


「この戦争、何かおかしいと思わない?」

「それは――士官なら誰でもそう思ってる」

「そう。今はズナン帝国って事になってるけど、元々は戦後のどさくさで宇宙戦艦を奪った宙族でしょ。

 そのならずものの宙族が結束して、滅びたはずの帝国を再興して統合人類政府と戦争を始めた。でもズナン帝国の主張は支離滅裂だし、交渉には一切応じないくせに統合軍兵士にも統合人類政府市民に対しても虐殺や拷問の類いは行わない。

 そのくせ戦争を止めるつもりはなくて、侵略可能な星系ならどこへでも攻め寄せる。

 彼らが何を目的に戦争をしているのか、本当のところは誰にも分からない。

 でも、アイノ・テラーが枢軸軍の新鋭戦艦を奪っていたら?」


 タマキの言葉を受け、カサネは思案を巡らせる。

 宇宙全体を2つの勢力に塗り分けた戦争で、たった1隻で敵国を葬ることも可能だった新鋭戦艦。それが戦後のどさくさでならず者達によって持ち出された。

 誰が考えてもおかしい話だ。そんな危険なものが、いかに統合人類政府が樹立したばかりと言えど、暴徒に過ぎなかった宙族が持ち出せるはずはない。


 しかし、タマキの推論が正しいとすれば?

 アイノ・テラーは前大戦に深く関わり、枢軸軍側の新鋭戦艦を設計した。戦中、アマネ・ニシ元帥と共に行動した彼女ならば、統合軍の基地から自身の設計した戦艦を持ち出すことも可能かも知れない。


「アイノ・テラーが枢軸軍側の新鋭戦艦を持ち出したというのは推論か?」

「持ち出したのはアイノ・テラーで間違いないわ」

「断言するのか」

「確かな情報よ。おじいさまは戦艦を持ち出したアイノ・テラーを追って行方不明になった」


 カサネの頭の中でばらばらだった思考が繋がっていく。

 そしてそれを形にする最後のピースを、かつて父であるタモツ・ニシから与えられていたことを思い出した。


「1つ、情報がある。親父から聞いた話で、他言無用だ」

「当然。言いふらしたりしないわ。お兄ちゃんの妹だもの」


 カサネは「違いない」と肩をすくめて見せて、話を始めた。


「一見関係なさそうな話だが、前大戦の結末に関わる話だ。

 初期の統合軍将官の間では公然の秘密だったようだが、公式には引き分けとなっているトトミ星系外縁部で行われた連合軍と枢軸軍の新鋭戦艦同士の最終決戦は、実際には枢軸軍側の勝利だったらしい」


 タマキは目を細め、与えられた情報を精査する。

 最終決戦の戦闘結果の偽装。統合軍の初期将官が関与しているとなれば、相応の意味があるはずだ。


「連合軍と枢軸軍は講和しなくてはならなかった。エネルギー資源は底を尽きていたし、それ以上の戦争は無意味だった」

「そうだ。だが最終決戦においてどちらかが勝利していたら対等講和とはならない」


 タマキの言葉を受けてカサネが応じる。

 実際は枢軸軍が勝利したが、当時の将官によって引き分けだったという発表がなされ、トトミ星において講和条約が締結され、統合人類政府が樹立された。


「対等講和とならなければ折角立ち上げた統合人類政府は形をなさず瓦解する可能性があった」

「そうだ。やっと戦争が終わったのに、どちらかが有利な形で戦争の幕を引いていたら禍根を残す。だが、どちらかが完全勝利するまで戦争を続けることは不可能だった。人類はもう限界を迎えていた」


 当時エネルギー資源は底を尽き、人類の寿命は風前の灯火であった。

 それが今も生きながらえているのは、講和によって連合軍と枢軸軍の技術が結集されたことで生み出されたエネルギー革命のおかげに他ならない。


「これは推論に過ぎないが――」


 前置きして、カサネが語り始める。


「連合軍と枢軸軍の対等講和に不満を持つものが居た。そいつは自分が設計した新鋭戦艦が敵の戦艦を打ち破ったにも関わらず、勝利をもみ消され、自身の技術を統合人類政府が生きながらえるために利用された。

 そいつは新鋭戦艦を盗み出し、それがもつ強大な力を背景にならず者達をまとめ上げ自分の軍隊を作り上げた。

 そしてかつて達成できなかった、自身の陣営の完全勝利という目的達成のため、統合人類政府へと宣戦布告した――

 ……なんてのは、馬鹿げた話だな」


 カサネは自分で述べた推論を、あまりに荒唐無稽だと鼻で笑った。

 タマキもそれに応じるように笑ったが、直ぐに真剣な表情に切り替える。


「でも、その人物は惨い人体実験を繰り返す狂った脳科学者で、何をしでかしてもおかしくない危険人物だった」


 その人物が、通常の人間では実行に移すことのないような愚かな計画を、実行してしまうような人間だとしたら。カサネの語った荒唐無稽な計画が今この瞬間にも実行され続けているとすれば……。


「タマキ。お前はこの戦争の原因をつきとめたいのか」

「言ったでしょ。この戦争はどこかおかしいって。この戦争を無事に終わらせられたとしても、原因が取り除かれない限り次の戦争は確実に起こるわ」

「夢物語だな」

「夢で結構。でも、イハラ提督なら間違いなく同じ事をしたでしょう」


 ユイ・イハラの名を聞いてカサネは口元を緩める。タマキは幼少の頃よりユイ・イハラの大ファンだった。それが今でも変わっていないようで微笑ましかった。


「ま、でもそこまで大層なことが出来るとは思ってないわ。わたしはイハラ提督とは違う、平凡な人間だもの。

 それでも真相を明らかにしたい。あの日――アイノ・テラーが新鋭戦艦を持ち出したあの日、アイノ・テラーを追って出撃したおじいさまの行方を確かめたい。そのためには、アイノ・テラーについて調べるのが一番手っ取り早いもの」


 カサネは「そうか」と頷く。

 アマネ・ニシは終戦後、旧軍の統合・再編成という大仕事をタマキとカサネの父であるタモツに任せ、自身は裏方に徹していた。戦後のアマネにとっての最大の仕事は、転居先のトトミ星の邸宅で、まだ幼かったタマキの遊び相手になることだった。

 タマキにとってアマネ・ニシは偉大な功績を上げた軍人ではなく、いつも一緒に居てくれる遊び相手に他ならない。

 だからこそタマキはアマネの消息が掴めなくなると家族の誰よりも悲しんだ。タマキがまだ子供の頃「わたしがおじいさまの行方をつきとめる」とカサネに向けて繰り返し宣言していたが、その言葉は今でもタマキの中で生きている。


「話は分かった。親父には機を見て尋ねてみる」

「ありがと。そう言ってくれると信じていたわ」


 思い通りの回答を引き出せたことにタマキは微笑む。思い通りに事が運んで浮かれているタマキをこのままの状態にしてはおけないと、カサネは駄目元で釘を刺しておく。


「分かっているだろうが、この件に関しては細心の注意を払った方が良い。さっきの話は勝手な推論に過ぎないし、アイノ・テラーについては分からないことの方が多い。それでも統合人類政府が情報の隠匿に関与している以上、何か明るみに出たらまずい事が存在するのだけは確かだ」

「分かってる。軽率な行動は慎むつもりよ。しばらくはツバキ小隊のことに集中するわ」

「それがいい。お前のやりたいことは分かったが、部下達のことを忘れるな」

「分かってる」


 繰り返されたカサネの小言にタマキは不機嫌そうに返し、司令室の扉へと向かう。

 退室間際振り向いたタマキはカサネにいつもの社交辞令以上の価値はない言葉を告げると、カサネのしょっぱい反応を確かめてから司令室を後にした。


「さて、こっちの話は終わり。訓練の日程組まないと」


 適当な作業を押し付けてそのままにしてきた隊員を何時までも放置しているわけにも行かず、タマキは急ピッチでツバキ小隊の日程表を作成しながら隊員の元へと向かった。

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