第35話 装甲騎兵〈音止〉

『砲撃確認――回避優先』


 タマキが何度目か分からない回避指示を出す。

 砲弾の落下音は聞こえない。代わりに近くから爆音が響いた。

 直後、塹壕手前で砲弾が炸裂。100ミリクラスの重砲だった。


『重砲――1時方向確認!』

『滞空偵察機上げるよ』


 タマキの指示にイスラが答え、滞空偵察機を塹壕から少しだけ浮かせて1時方向を確認。

 滞空偵察機が捉えた映像は即座に解析され、その方向に居た敵機情報が各機にリンクされる。


『1時方向――――〈ボルモンド〉4機――急速接近中!! 全速前進!』


 タマキは小隊に前進命令を出すと同時に、アントン基地へと支援砲撃を要請。されどどこもかしこも劣勢となったアントン基地は支援砲撃は出来ないと即座に返答してきた。


「次弾徹甲準備」

「はい!」


 ナツコは徹甲弾をもう持っていなかったのでフィーリュシカの機体から徹甲弾を下ろして備える。フィーリュシカは飛び上がると1時方向へと88ミリ砲を放った。

 フィーリュシカの放った砲弾が〈ボルモンド〉の左足関節部を撃ち抜き、1機を行動不能にする。

 戻ってきたフィーリュシカに対してナツコは即座に薬莢を排出すると次弾を装填する。

 しかしツバキ小隊の元へと〈ボルモンド〉3機が接近していた。合わせるように、周囲から突撃機を主力とした部隊が攻勢に出る。

 〈ボルモンド〉が100ミリ砲を放つと、先頭を行くタマキの前方で炸裂。タマキは緊急停止をかけ、後ろに続く隊員も停止せざるを得なかった。

 〈ボルモンド〉は直ぐそこまで迫っていた。


 ――万事休すか――


 降伏か死か。タマキは決断しなければならなかった。

 〈ボルモンド〉は次弾装填完了し、ツバキ小隊の居る塹壕へと砲口を向ける。


『各機散開!』


 降伏を選ぶことが出来なかったタマキは最後の命令を出した。

 死を覚悟していた、はずだった――


 立て続けに2つの大きな爆音。

 ツバキ小隊の真上に、ばらばらになった〈ボルモンド〉のパーツが飛び散った。

 接近していた帝国軍突撃機部隊も急速後退。


『――いったい何が起こってるの』


 タマキは滞空偵察機を射出。塹壕の外の様子を確かめる。

 目についたのはコクピット部分を撃ち抜かれて完全撃破された〈ボルモンド〉2機。

 1機はまだ健在だった。しかし〈ボルモンド〉はツバキ小隊に背中を向けている。

 その〈ボルモンド〉の向いた先に、見慣れない装甲騎兵が居た。


『あれは――』


 未塗装の7メートル級2脚人型装甲騎兵。所属は不明。統合軍のデータベースに照合をかけるが、該当機体無しとの報告が返ってくる。

 所属不明機は深紅の2つの目を光らせ、フィーリュシカの攻撃によって行動不能となっていた〈ボルモンド〉へと高周波振動ブレードを突き立てると、真っ直ぐに残っていた最後の〈ボルモンド〉へと突撃をかける。

 〈ボルモンド〉が100ミリ榴弾を放つ。

 放たれた榴弾を所属不明機は身を捻って回避。榴弾は遙か後方で炸裂した。


『なんだあれ――普通の装甲騎兵じゃねえぞ』

『初めて見る機体ですわ』


 タマキと同じく滞空偵察機を上げていたイスラとカリラがその所属不明機の動きに感嘆の声を漏らす。

 所属不明機は距離を詰めると両腕に装備していた122ミリ砲を構える。〈ボルモンド〉が回避軌道をとるより早く発射。2発の装弾筒付翼安定徹甲弾が〈ボルモンド〉の胸部装甲を撃ち抜きコクピットを完全に破壊した。


 所属不明機は跳躍、ツバキ小隊のいる塹壕を飛び越えると、右腕に装備した122ミリ砲と同軸の75ミリ砲を発砲。放たれた榴弾は緊急後退する帝国軍突撃機部隊を吹き飛ばす。更に続いて122ミリ砲から榴弾を発射。帝国軍部隊は総崩れになって退却を始めた。


『……こちら、統合軍トトミ星トトミ中央大陸レイン第1独立装甲騎兵中隊所属、トーコ・レインウェル軍曹です。そちらの統合軍部隊隊長、応答を願います』


 ツバキ小隊各機の無線機にオープンチャンネルから若い女性の声が響いた。

 タマキは近距離通信とは言えオープンチャンネルでの通信に難色を示したが、窮地を救われたのは事実だ。即座に応答する。


『こちらは統合軍隷下、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊。隊長のタマキ・ニシ少尉です。通信コードを発行しました』


 タマキが通信用のコードをその装甲騎兵に送ると、次はそちらに通信が入る。


『申し訳ありません。この機体には統合軍の通信コードがまだ発行されていなかったようで』

『いえ、あなたのおかげで助かりました。レインウェル軍曹、でしたか? 個人識別コードの提示をお願いします』

『了解しました。送信します』


 通信しながらも、トーコと名乗った統合軍軍曹が操縦する〈音止〉という名の装甲騎兵は、逃げ回る帝国軍へと向けて榴弾を放ち続ける。

 タマキは受信した個人識別コードを統合軍データベースと照合する。

 結果は直ぐに返ってきた。トーコ・レインウェル軍曹。データは一致。しかし――


『ハツキ島にて戦死とありますが』

『所属部隊はハツキ島撤退戦で全滅。自分も乗機を失いました。ですがこの〈音止〉を発見し、潜水艇でトトミ中央大陸まで渡って来たのです』

『了解。少し待って――』


 念のため〈音止〉の情報を調べようとタマキは指揮官用端末から〈音止〉へと戦術データリンクの接続を要求。即座に承認され機体情報が共有される。

 そこから搭乗者の装備する汎用〈R3〉へと情報要求。受け取った機体番号と、トーコ・レインウェルの装備を照合。――機体番号は一致。

 先ほどの会話データから得た声紋照合をかけても一致。嘘はついていないようだ。

 そこまで確認してからタマキはアントン基地へと通信を繋いだ。


『ツバキよりアントン。ハツキ島より撤退してきた統合軍兵士と合流。個人識別コードを送ります。対応の指示を頂きたい』


 戦闘の最中であったがアントン基地からの返答は直ぐに返ってきた。


『アントンよりツバキ。コードを確認。機体情報が未登録となっている。確認を』

『レインウェル軍曹、その機体について情報を求められている。何か提示できる情報はあるか?』

『少し待って――え? 分かった。――すいません、こちらレインウェル。〈音止おとどめ〉と言えば通じるようです』


 事実かどうかつかめない情報にタマキは眉をひそめながらもアントン基地へと連絡を繋ぐ。


『ツバキよりアントン。〈音止〉という名の登録機がないか確認して頂きたい』

『アントン了解。――照会完了。〈音止〉の情報を確認。問題ありません。トーコ・レインウェルについては一時的にツバキへ編入を』

『ツバキ了解しました』


 本当にデータがあると信じていなかったタマキは報告に耳を疑ったが、指示を受けた以上応じなければならない。


『レインウェル軍曹、一時的にですが私の指揮下に入って頂きます。出撃コード〈ツバキ8〉を発行します』

『ツバキ8了解です。こちらの大陸に渡ったばかりで状況がつかめていない。指示をお願いします』

『ツバキ8、アントン基地方面に移動しつつ敵機の迎撃をお願いします。ツバキ各機、ツバキ8の側から離れないで』

『ツバキ8了解です』


 ツバキ小隊の隊員達も返事をすると〈音止〉の足下に集まり、それから〈音止〉に合わせて移動する。

 〈音止〉によって戦闘指揮に余裕の出来たタマキはアントン基地へと通信を再度繋いだ。


『ツバキよりアントン、東方面は統合軍部隊が多数撃破されている。戦線維持は困難』

『アントンよりツバキへ。戦況はどこも悪い。そちらからハイゼ・ブルーネへの退路はあるか』

『確認します――』


 タマキは周囲の戦略地図を調べる。既に南方にも帝国軍部隊が進出。アントン基地とハイゼ・ブルーネ基地の間の連絡線は断たれていた。


『ツバキよりアントン。南方は既に帝国軍が展開中』

『何とか突破口を開けないか』

『確認します――』


 通信を一度切ったタマキは南方に展開された帝国軍の情報を調べる。

 機動力の高い、偵察機と突撃機を主力とした〈R3〉部隊だ。アントン基地のレーダー網をかいくぐって南方に展開したのだろう。となると、大型の装甲騎兵が随伴していない可能性は高い。


『ツバキ1よりツバキ8へ。〈音止〉はどの程度の戦闘能力を有しているか』

『ツバキ8よりツバキ1。機動力と火力では〈ボルモンド〉より優位。残弾は十分。対〈R3〉戦も対装甲騎兵戦も可能です』

『退路を築くんだろう? 〈音止〉なら造作も無い。パイロットがとんでもないクソで無い限りはな』


 タマキはトーコとの会話に突然割って入ってきた、女の声に眉をひそめた。


『ツバキ8、今の声は誰のものですか』

『すいません同乗者です。ハツキ島で合流した整備士です』

『整備士? 〈音止〉の?』

『それ以外何があるんだ? 理解力の乏しい少尉だな』


 またしても整備士の声。タマキは報告にない同乗者の存在にため息をつくが、今はそれよりも優先事項があるので咎めるのは後回しにした。


『分かりました。整備士の件は無事に撤退できてからにしましょう。これからアントン基地からハイゼ・ブルーネ基地への退路を築きます。ツバキ8は砲弾を温存して準備を』


 タマキはトーコからの返事を得ると通信を切り替え、アントン基地へと繋ぐ。


『ツバキよりアントンへ。南方に展開した帝国軍は突撃機を主力とした部隊の模様。ツバキの装甲騎兵を前面に出して突破を試みます』

『アントン了解。こちらも装甲騎兵を全て出す。先行を頼む』

『ツバキ了解しました』


 タマキが通信を終えると同時に、アントン基地から展開中の統合軍部隊へと司令が下りた。


『アントンからアントン基地に展開する全ての統合軍部隊へ。これよりアントンを放棄。南方〈AI-06〉地点を突破しハイゼ・ブルーネ基地との合流を目指す。各員の検討を祈る』


 大隊司令部から最後の命令が下される。残っていた統合軍部隊は撤退戦のため移動を開始した。


『ツバキ各機へ。これより〈AI-06〉地点へ転身。展開する帝国軍部隊を一掃します。ツバキ8、先行して下さい』


 タマキが命じるとトーコは応じて〈音止〉を真っ直ぐ〈AI-06〉地点へと向かわせた。タマキも後に続くため、塹壕のルートを確かめると移動を開始する。


◇ ◇ ◇


 〈音止〉が南方に展開した帝国軍歩兵部隊の警戒網に入った。

 現れた多数の〈フレアE型〉及び〈フレアD型〉から次々に対重装甲ロケットが放たれる。

 トーコは迎撃をオートに任せる。〈音止〉の両肩に装備された機関銃がロケットを次々に撃ち落とした。撃ち漏らしたロケットは機体頭部に視線とリンクされて搭載された20ミリ砲で撃ち落としていく。


「横から来たぞ」

「分かった」


 後部座席に座る整備士がレーダー情報を見て気怠そうに報告すると、トーコは機体の視線をそちらへと向けてレーダー管制で20ミリ砲をばらまいた。たちまち4機の〈フレアE型〉が撃破される。

 残った5機の〈フレアE型〉から対重装甲ロケットが放たれた。トーコは飛来するロケットを確認。右足を踏み込んでコアユニットの出力を上げると、ロケットの軌道予測線を頼りに全てのロケットを回避。

 そのまま流れるように塹壕内を逃げ惑う〈フレアE型〉の頭上に対〈R3〉爆雷を発射した。〈フレアE型〉の頭上で滞空した爆雷はその場で高速回転を始めると、火花を散らしながら金属杭を無数にばらまく。金属杭は〈フレアE型〉の脆弱な装甲を穿ち、たちまち5機を撃破。


「ちんたらやってると援軍がくるぞ」

「分かってる。これ、出力もっと上がらないの」

「必要無い」


 トーコは〈音止〉のコアユニット出力が24%で頭打ちしてそれ以上上がらないことに抗議したが、整備士の少女はそんなことを気にする必要はないと、トーコの問いかけにまともに答えもしなかった。

 トーコはそれ以上整備士の少女へと何も言わず、道を塞ぐ帝国軍部隊へと122ミリ榴弾をたたき込む。

 〈音止〉は出力24%でも〈ボルモンド〉を上回る機動力を有していたし、4トン程ある122ミリ滑降砲を両腕に装備していても動作に何ら問題は無かった。

 だからこそトーコは更に出力を上げたかったのだが、整備士に断られてしまったのだから仕方が無い。割り切って今出せる限界の出力で帝国軍を次々に葬っていく。


 〈音止〉が暴れ始めてから90秒後にはツバキ小隊も〈AI-06〉地点に到達したが、既にその場には帝国軍の姿は無かった。


「ツバキ8よりツバキ1へ。〈AI-06〉地点に展開していた帝国軍部隊の殲滅を完了しました」


 トーコが作戦の完了を報告すると、隊長のタマキから了解が返され、引き続き撤退する統合軍部隊を支援するように命じられる。

 トーコが命令の受諾を告げると、後部座席の整備士の少女は機体に装備されていたエマージェンシーバッグ(通称ゲロ袋)を抱えて目元に涙を浮かべながらも、トーコに対して嫌味を言ってのける。


「あの程度の敵に時間をかけすぎだ」

「ゲロ袋抱えて言われても」

「お前の操縦がへたくそだからだ。だいたいあたしゃ頭脳労働者であって、うぇっ」

「汚いなぁ……」


 トーコは後ろから聞こえてくる嘔吐音を聞こえないようにして、なるべく機体を揺らさないよう〈音止〉を操縦する。

 嘔吐中の整備士には悪いが、再度連絡線を断とうとする帝国軍の機先を制して攻撃を加えなければならなかった。

 反動の比較的少ない右腕の75ミリ砲と、脚部ハードポイントに懸架していた25ミリガトリングを左手に持って、帝国軍〈R3〉部隊への攻撃を継続。

 アントン基地を脱出した統合軍部隊は概ね無事に退却を成功させ、ハイゼ・ブルーネ基地の防衛部隊が進出して迎え入れると、帝国軍も一時的に後退した。


『戦術目標を達成。これよりツバキはハイゼ・ブルーネ基地連隊直轄部隊となります。先行してハイゼ・ブルーネ基地へ入り次の防衛戦に備えます。各機、装甲輸送車両へ向かって下さい。ツバキ4、7。先行して車両の確保を』


 タマキの指示が飛ぶとツバキ各機は返事をする。

 義勇軍と聞いていたが、しっかり教育されているいい部隊だ。トーコも応答を返すと、戦術データリンクでツバキ小隊の装甲輸送車両を隠した掩蔽壕の位置を取得するとそちらへと〈音止〉を向かわせる。

 戦闘状態を解除され余裕が出来たトーコは、基地に着く前に聞いて置かなければいけないことがあったと、ようやく出すものを出し切って大人しくなった整備士の少女へと尋ねる。


「基地に行くみたいだけど、あなたのこと何て説明したらいいの?」


 金髪碧眼の整備士の少女は乗り物酔いで弱りながらもトーコに対して威圧的に返す。


「事実を話せばいい」

「その事実が分からないから聞いてるんだけど」


 しかし整備士の少女はそれきりトーコの問いかけに答えようとはしなかった。

 トーコは少しだけ後ろに座る金髪碧眼の少女へと意識を向ける。外見を見る限りでは10代前半か半ばくらいの少女だというのに態度だけは一人前だ。ハツキ島で出会って以来行動を共にしているが、この少女について知っていることは多くはない。


「知らないことも含めて話したいように話すけど、いいんだよね?」

「好きにしろ」


 ツバキ小隊の隊長は会話する限り真面目そうな印象だった。果たして身元が不確かな少女を、トーコの命の恩人だからと受け入れてくれるとは思えない。

 だからといって本人には口裏を合わせてうまいこと誤魔化す気もないらしく、トーコは呆れ気味に最後の返答をした。


「本当に知らないからね、ユイ」


 整備士の少女――ユイはトーコの言葉に答えるでも無く、再度気分が悪くなったのか天井を見上げて顔に手を当てた。

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