第36話 整備士ユイ・イハラ
ハイゼ・ブルーネ基地へと入ったツバキ小隊の装甲輸送車両と、その後に続く〈音止〉は、真っ直ぐに基地格納庫へと向かった。
格納庫では既に〈音止〉の受け入れ態勢を整えており、統合軍規各の〈I-M16〉用の整備ハンガーに迎え入れられる。〈音止〉は問題なく整備用ハンガーに収まり、コクピットを解放して外に出たトーコは、備え付けのリフターに片足をかけ、後部座席に座っていた少女を汎用〈R3〉で前に抱えるとゆっくりと下りてきた。
「近くでみると大きいですね!」
格納庫に同行していたナツコは全高7メートル程ある〈音止〉の姿を間近に見て感嘆の声を上げる。足下に立って見上げると山のように大きく、ナツコは首が痛くなった。
「重装機を含む〈R3〉を非武装で破壊可能な6メートル級装甲騎兵を、火力を持って撃破することを目的に設計された7メートル級装甲騎兵です。全高では装甲騎兵の中でも最も大きい部類ですね」
「へえ。いろいろ考えて作っているんですね!」
タマキの解説にナツコは再び感嘆の声を上げる。
兵器である以上当然いろいろ考えて作ってあるだろうが、タマキにとっての問題は未だ統合軍データベースに登録されていないこの機体が、アントン基地の確認にはしっかりと通って受け入れられたことだ。
トーコは地上に到着したリフトから降りると、抱えていた少女をその場に優しく降ろし、それからタマキ達の元へ挨拶に訪れる。
ヘルメットを外して脇に抱えると、指揮官機を装備しているタマキへと問いかけた。
「ツバキ小隊隊長ニシ少尉殿ですね」
「ええ、間違いありません」
タマキが肯定するとトーコは敬礼して名乗りを上げた。
「統合軍トトミ星トトミ中央大陸レイン第1独立装甲騎兵中隊所属、トーコ・レインウェルです。よろしくお願いします」
トーコは年の頃はタマキと同じ位で、身長もほぼ同じだった。凜々しい顔つきをしていて、短い髪を後ろで1つにまとめており、快活そうな少女だった。統合軍には慣れているらしく、未だに敬礼がおぼつかないナツコと違って所作の1つ1つがしっかりしている。
タマキはそんなトーコに返礼して答える。
「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊、統合軍付き監察官兼隊長のタマキ・ニシです。これより予想されるハイゼ・ブルーネ基地防衛作戦も、トーコさんにはツバキ小隊の一員として参加するよう所属連隊より通達が来ています」
トーコはタマキの言葉に驚いたような表情を見せた。
変なことを言ってしまったかとタマキは自身の発言を思い返すと、トーコは申し訳なさそうに両手を振って謝った。
「す、すいません。統合軍では名前で呼ばれることに慣れていなかったので」
「あ。そうか……。申し訳ありません、謝るのはこちらです。何分、新米なもので」
タマキは士官学校を卒業して以来受け持ったのはツバキ小隊のみであり、知らぬうちに彼女たちにすっかり毒されていたことに気がつかされた。されど謝ったタマキにトーコは微笑む。
「いえ、義勇軍の方をそう呼んでいるのなら私は構いません。隊長の呼びやすいように呼んで下さい」
タマキは今からツバキ小隊全員の呼び方を改めるか、トーコのことを名前で呼ぶようにするか天秤にかけた結果、後者を選んだ。タマキは元来面倒くさいことが嫌いだった。
「ではハツキ島義勇軍ツバキ小隊の慣例に従って名前で呼ばせて頂きます。トーコさんにはハイゼ・ブルーネ基地防衛作戦でも活躍して頂く予定です」
「はい。全力を持って任務に当たります!」
トーコはタマキの言葉にびしっと敬礼して答える。ツバキ小隊にはいないタイプの人間だと面食らいながらも、タマキは「よろしくおねがいします」と短く告げる。
それから、〈音止〉の元で謎の液体の詰まった袋を振りかざしながら、統合軍の整備士へと暴言を吐き続けていた少女を指さす。
「トーコさん、あの不審人物をこちらに連れてきて」
「お言葉ですが隊長。彼女は〈音止〉の専属整備士です」
「だとしたらなおさらです。よろしくお願いします」
「了解しました」
トーコは短く答えると、少女の元に赴き2,3声をかけて少女をタマキの元へと連れてきた。
「〈音止〉に指一本でも触れてみろ。死ぬより酷い目にあうぞ」
少女はトーコに半ば引きずられながらも整備士達へと最後の暴言を吐き、清々したのかトーコの手を振り払って自分の足で歩いてきた。
「どうも。〈音止〉の整備士だ」
「それはどうも、整備士さん」
タマキは目の前にやってきた、ふてぶてしい態度をとる金髪碧眼の少女に顔をしかめる。
まだ義務教育中としか思えない小柄な見た目。ツバキ小隊でもっとも背の低いリルより更に頭半分くらい小さな女の子。
透き通るように綺麗な金髪は短く切られタマキの髪型と良く似ていた。本来なら美しいであろう碧眼は少女の性格を映してか淀み濁っていた。少女も気怠げな眠そうな表情をしていて見るからに覇気を感じないのだが、言葉遣いと態度だけは見た目からは想像できないほどとげとげしい。
「タマキ・ニシだったか? ニシってもしかして――」
「統合軍元帥、アマネ・ニシは私の祖父です」
言葉を引き継ぐようにしてタマキが答えると、少女はぽんと手を打った。すると持っていた謎の液体入りの袋が揺れ、付近に悪臭が広がる。思わずナツコは1歩身を引いた。
「へえ。あのアマネの孫ね。ふーん」
少女は値踏みするようにタマキを観察する。タマキは威圧するような視線を向けたが、少女はまるで動じずに下からそんなタマキの瞳を見据えた。
タマキはそんな少女に対してため息をつきながらも、〈音止〉を指し示して尋ねた。
「あの機体、〈音止〉と言いましたね。機体情報が統合軍データベースに登録されていません」
「まだ量産機の配備前だからな」
少女は整備士用の小型端末をタマキへと投げて渡す。
受け取ったタマキが画面を見ると同時に、少女は説明を始める。
「〈音止〉は〈I-M16〉の後継機開発が遅れたから間に合わせの機体として、旧枢軸軍の最新鋭戦艦に搭載されていた宙間決戦兵器〈音止〉の設計データを元にダウンサイズして造られた装甲騎兵だ。
ここにある〈音止〉は量産前最終調整機のうちの1機で実験機として使用されるはずだった。ハツキ島での装甲騎兵訓練に参加させてデータをとる予定だったが、宙族どもが押し寄せたから潜水艇でトトミ中央大陸に持ってきた。で、上陸先で戦闘があったからこの新米に操縦させて戦闘。
動作は問題なし。実験機に取り付けられた試作コアユニットも4分の1で〈ボルモンド〉の倍を超える出力だ。次の実戦も使ってくれて構わない」
長い説明が終わるとタマキは「それは丁寧にどうも」と形だけ礼を述べる。それから役目は終わったとばかりに〈音止〉の元へと戻ろうとする少女を呼び止めた。
「旧枢軸軍の情報は秘匿されているはずです。旧連合軍と異なり新鋭戦艦の名前すら分からない。それなのに何故、新鋭戦艦に搭載されていた宙間決戦兵器の設計データなんてものが存在するのですか」
「あんたのじいさんに聞いてこい。データの出所はアマネ元帥様だそうだ」
「おじいさまが?」
確かにアマネ・ニシ元帥ならば秘匿されていたデータを所有していても不思議はない。アマネ・ニシは旧枢軸軍の新鋭戦艦建造プロジェクトの総責任者であり、艦長をユイ・イハラに譲りながらも参謀として常に行動を共にしていた。
「設計データが統合軍に渡されたのはいつ頃ですか?」
「質問の多い奴だな。あたしゃ整備士だ。そこまでは知らん」
質問を重ねたタマキに対して、少女はこれ以上は知らないと意思表示をする。
〈音止〉についてはこれ以上話す気はなさそうな少女に、タマキは続いて個人情報の開示を求める。
「で、整備士さん。あなたの名前は?」
「ユイだ」
返ってきた答えにタマキは一瞬眉をひそめた。
タマキの敬愛するかつての大戦の大英雄、ユイ・イハラ大元帥と同じ名前だったからだ。
しかしそんなことは良くあることだ。特に大戦後産まれてきた女の子は、ユイ・イハラ大元帥にあやかってよく同じ名前を付けられていた。
タマキは平静を装って重ねて問う。
「フルネームで」
「ユイ・イハラ」
「ふざけているのですか」
今度こそタマキは我慢できず顔をしかめた。しかしユイ・イハラを名乗った少女はふてぶてしい表情を崩すことはない。
「トーコさん、彼女の名前は?」
「ユイ、としか」
トーコは知っている事だけを答える。
タマキはユイへと詰め寄って右手を差し出した。
「市民コードの提出を要求します」
「そんなもん持ってねえ」
「市民コード不所持ですか? 統合人類政府に所属する市民は携帯を義務――」
「非常時だった。そうだろう?」
ユイは不適に微笑む。
ユイの言うとおりだった。ハツキ島強襲は非常事態であり、市民の待避は何事にも優先された。非常時にあっては不所持だったとしても罰せられることはない。
「そんなに怖い顔するな。今は持ってないだけだ。電話を1本かけさせてくれれば直ぐに再発行される――が、この基地も非常時だったな。電話は後。だろう?」
ユイは当然だろうと問いかけたが、タマキはかぶりを振る。
「いいえ、個人の特定できない人間に量産前の装甲騎兵を見られたとなっては大問題になります。今すぐに再発行の申請を出して下さい」
タマキはそう言うと、通信機でサネルマとフィーリュシカを呼び寄せた。
外で機体の整備にあたっていた2人だが、隊長に呼び出されたとあって〈R3〉を装備していない状態のまま直ぐにやってくる。
「フィーさん、ユイさんを連れて法務部へ。わたしも外線使用の許可を得たらそちらに合流します。くれぐれも目を離さないで。もし脱走を試みたり指示に従わなかった場合は発砲を許可します」
「物騒なこった。ま、規則なら従うがね」
ユイは拒むこと無くタマキの指示を受け入れた。
タマキは「素直でよろしい」とフィーリュシカにユイを任せようとしたが、その前にユイが手にしていた謎の液体が入った袋を受け取った。
「こんなものを基地内に持ち込まれては大変ですから」
「そりゃどうも。処理に困ってたところだ」
「でしょうね。ではフィーさん、よろしくお願いします」
フィーリュシカは応答すると、ユイに離れず着いてくるよう命じて格納庫を後にした。
2人が格納庫から去ったのを確認したタマキは、手にした袋をサネルマへと突き出す。
「サネルマさん、これをしかるべき場所で処理して下さい。間違ってもこぼしたりしないように」
「え!? 呼ばれた理由これですか!?」
サネルマは驚き、拒否しようとしたがタマキは強く袋を突き出す。
「これです。迅速にお願いします」
「はい。サネルマ了解しました……」
有無を言わさず突き出されたそれを、サネルマは受け取らざるを得なかった。
傍らに居たナツコはあれが自分のもとに巡ってこなかったことを感謝して、胸をなで下ろす。
「それでナツコさん」
「は、はい!」
安堵したところを突然呼ばれて声が裏返ったナツコ。タマキはそんなナツコを不思議に思ったが、返事をしたのでよしとして用件を告げる。
「トーコさんを医務室へ連れて行ってあげて下さい。場所は分かりますね?」
「はい! ナツコ・ハツキ、了解しました!」
ナツコは元気よく返事をした。タマキはナツコと、それからトーコへと視線を送って質問が無いことを確認すると、外線使用許可を得るため連隊司令部へと向かった。
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