第34話 アントン基地防衛戦

 ツバキ小隊は装甲輸送車両を75堡塁より手前にある強固な掩蔽壕へと隠すと、〈R3〉のみで指定された75堡塁まで向かう。

 75堡塁はアントン基地の南東方面、Bサイトことベルタ基地に近い、高低差50メートル程の小高い丘の上にある堡塁だった。同じ丘の上にある74堡塁には既に統合軍分隊が守備についていて、そちらには設置式の強力な対空機関砲が配備されていた。

 タマキは統合軍分隊へと挨拶を済ませると、早速隊員を75堡塁内に配備させた。


 土とセメントで作られたドーム状の堡塁はお世辞にも居住性が良いとは言いがたい。

 敵の機関砲弾を防ぎ小さな銃眼から反撃するための簡易防衛拠点だからそれは仕方の無いことだが、作られたばかりで足下に泥が貯まる堡塁内部は衛生状態も良くなかった。

 長いこと留まるには向かないだろう。だが上陸した帝国軍と迎え撃つ統合軍の戦力比を考えればそんな心配には及ばないであろう。おそらくこの程度の堡塁はあっという間に陥落する。


「これよりツバキ小隊は75堡塁の防衛にあたります。各員戦闘態勢」


 タマキが作戦開始を告げると隊員は短く敬礼を返して各々主武装に弾薬を装填した。


「まずは各員誘導路の確認を。特に退路は地図を見なくても移動できるよう頭にたたき込んで下さい」


 隊員は返事をすると視界に重ね合わせるように表示される〈R3〉のメインディスプレイに周辺地図を大きく表示させて、張り巡らせられた塹壕による移動路を確かめる。

 丘の上にある75堡塁は見通しが良く敵への攻撃に向くが、それは相手からの攻撃も受けやすいことを意味していた。丘の上にひょっこり姿を出そうものなら、周囲から数多の銃弾が即座に飛んでくるだろう。


「ツバキ7こちらに」


 声をかけられたリルは返事をしてタマキの元へ向かう。


「塹壕内に離陸用カタパルトが設置されていますが――」

「問題ない。飛べるわ」


 リルはタマキの言葉を遮り、自信満々に言って見せた。


「分かっているでしょうがここは付近に障害物の無い見通しの良い丘です。対空機がいたら即座に落とされますのでくれぐれも無茶はしないように」

「分かってないみたいだけど、あたしはその辺の対空機如きに落とされるような飛び方はしないわ」


 上官に対して生意気な口をきくリルにタマキは眉をひそめて見せたが、リルの実力は口だけでは無いことも分かっていた。とはいえ実戦経験は多くない。十分注意しながら運用しなければならないだろう。


「偵察が必要な場合は自分から指示します。それまでは堡塁内で待機を」

「了解よ」


 リルは短く返すと堡塁の銃眼を確かめに向かった。

 タマキは隊員達にそれぞれ配置の指示を出すと、自身も銃眼から見える外の景色と地図を確かめて迎撃の準備を整える。

 重砲を扱うフィーリュシカだけは堡塁の端、大口径砲用に開けられた大きな銃眼の元にナツコと陣取る。


「砲弾はナツコのものから使う。排出した薬莢はそこへ」

「はい! この穴ですね。転がしておくと危ないですもんね」


 フィーリュシカは配置につくと榴弾を装填し、砲口を外へと向けてそのまま動かなくなった。ナツコは弾薬の装填をしやすいようにフィーリュシカの左隣に座り、積んであった徹甲弾と榴弾を1発ずつ取り出す。


『帝国軍接近。15堡塁戦闘開始――帝国軍主力部隊は北西方向から進軍中』


 タマキの機体に戦闘状況を知らせる報告が届いた。いよいよアントン基地防衛戦が始まった。

 タマキは指揮官用端末を確かめる。

 帝国軍は上陸地点から西側に回り込みそこからアントン基地北西部の防衛ラインへと攻撃を仕掛けているようだ。ツバキ小隊のいる南東方向とは逆方向である。


「ツバキ7、偵察準備を」

「了解よ」


 リルは手にしていた競技用狙撃銃を機体の主翼下に懸架すると、堡塁の後方から外へと出る。塹壕内のカタパルトに機体をセットして姿勢安定用のハンドルを握って出撃準備を整えた。


「ツバキ7、出撃準備完了」

「了解。そのまま待機――」


 タマキはフィーリュシカとイスラに付近に敵影が無いか確認し、統合軍のレーダーもこちらの方向には敵を発見していないのを確かめるとリルへと出撃指示を出す。


「ツバキ1よりツバキ7。飛行して周囲の偵察をお願いします。高度を上げすぎないように」

「分かってる。ツバキ7出撃する」


 炸薬式カタパルトが作動し、主翼を展開したリルの機体を射出する。

 塹壕内から打ち出されたリルはカタパルトから放たれると同時に飛行体勢をとり、姿勢を安定させて飛行状態に入る。浮き上がる機体を押さえ地面ぎりぎりを飛行すると機体をロールさせて堡塁の周りを周回し、そこから偵察のため高度を上げ始める。


『ツバキ7、今のところ敵影無し』

「ツバキ1了解。そのまま偵察を継続。海側に注意して」

『了解。ところで見つけたら撃っていいの?』

「緊急の場合以外はまず報告を」

『……了解よ』


 先手をとれば仕留められる自信のあったリルは不機嫌そうに答える。

 タマキはそれよりも、既に戦闘の始まっている北西方面の様子が気がかりだった。


『帝国軍戦線を拡大中。アントン基地正面戦闘開始』


 大隊基地からの戦況報告は部隊長であるタマキだけに送られる。他の隊員たちは、タマキの指示通り堡塁内で武器を構え帝国軍の襲来に備えていた。


『ツバキ7よりツバキ1。0時方向、防風林の中で何か動いた』

「ツバキ1了解。ツバキ7高度を下げて偵察を続けられますか?」

『このままでも問題ないわ』

「危険です。高度を――」


 機関砲の発射音が響いた。

 既に発火炎を確認していたリルは機体をロールさせながら急降下をかけていた。

 統合軍の飛行偵察機が1機、空中で機体主翼を撃ち抜かれきりもみ状態のまま落下。そのまま地面へと激突する。


「ツバキ7堡塁に戻って」

『敵機捕捉、データリンク。戻るわ』


 リルは戻ると言いつつ懸架していた狙撃銃を構える。

 統合軍の飛行偵察機を落とした軽対空機〈プロミネンスB型〉は標的をリルに定め機関砲を乱射するが、リルは敵機火器管制の癖を見抜いて複雑に機動を変え攻撃を回避。そのまま急降下をかけると地面ぎりぎりで機体を起こし身を捻って反転しながら1発だけ発砲した。

 放たれた銃弾は回避機動をとった〈プロミネンスB型〉の頭部を捉えたが、リルは着弾確認をせず超低空飛行で射線を切るように丘の裏へと回り、塹壕内に着陸した。


「ツバキよりアントンへ。75堡塁敵機接近、戦闘開始しています」


 タマキはアントン基地へと報告すると同時に、ツバキ小隊へ攻撃許可を出す。敵機はまだ見えなかったが、〈プロミネンスB型〉の潜んでいた防風林へとフィーリュシカは88ミリ榴弾を放つ。


「ツバキ7、機体の損傷はありませんね」

「問題ないわ」

「よろしい。迎撃にあたって」

「了解」


 堡塁内に戻ったリルは他の隊員と帝国軍の迎撃にあたる。

 88ミリ榴弾によって吹き飛ばされた防風林からは帝国軍の〈R3〉が姿を現した。

 流線的なフォルムで銃弾を逸らすべく機体全体をしならせた独特の外見をした突撃機。ズナン帝国軍の主力突撃機〈フレアE型〉を主戦力とした機動攻撃部隊。


「よく見とけよナツコちゃん。あれが帝国さんの主力突撃機〈フレア〉だ。生きてりゃ嫌って程見ることになる」


 イスラが体を震わせていたナツコへと声をかける。ナツコは名前を呼ばれてびくっとしたが、直ぐにデータリンクされて〈ヘッダーン1・アサルト〉の視界に表示された〈フレアE型〉を注視し機体カメラをズームさせた。それでもよく見えなかったのでオート操作で注視点へと機銃を向けさせると、機銃に積まれた高倍率カメラの映像をメインディスプレイに表示させる。


「あれが〈フレア〉……」


 あまりに曲面を多用しているためグロテスクにすら見えるその機体にナツコは息を呑んだ。不気味な形状をしたそんな機体が、群れとなって堡塁周辺を走り回っている。

 タマキが戦闘中に無駄話をしていた2人に聞こえるよう気を引き締めるよう言うと、ナツコは本来の仕事に戻るべく機銃を下ろし、88ミリ砲の徹甲弾と榴弾を直ぐ装填できるよう構える。


「攻撃開始!」


 タマキの号令と共にツバキ小隊は発砲した。

 フィーリュシカの放った88ミリ徹甲弾が最前線で指揮をとっていた帝国軍指揮官機〈ヘリオス12B〉を穿つ。


「次弾榴弾」

「は、はい! 榴弾――こっちですね」

「確認は必要無い、早く」

「はい!」


 ナツコはフィーリュシカの機体から空薬莢を取り出すと榴弾を装填。薬室に送り込むと放り出した空薬莢を堡塁後部に掘られた穴へと落とし、88ミリ砲の発砲に備えて構える。

 フィーリュシカは装填完了すると瞬時に狙いを定めて発砲。

 放たれた榴弾は回避機動をとっていた〈フレアE型〉の集団間近で炸裂し、4機の〈フレアE型〉を吹き飛ばした。


「次弾徹甲」

「はい!」


 ナツコはフィーリュシカの指示通り弾を装填していく。

 フィーリュシカの狙撃は優秀で、撃つ度に帝国軍の〈R3〉が吹き飛んだ。


「敵の装甲騎兵を発見! 地点〈AL-04〉付近〈ハルブモンド〉2機」


 堡塁内にリルの報告が響く。

 遂に前線に装甲騎兵が出てきた。〈ハルブモンド〉はズナン帝国が開発した、軽量で機動能力に優れた偵察用2脚人型装甲騎兵である。主戦力機の〈ボルモンド〉とは異なり、生産効率を重視した無骨なフォルムをしていた。

 しかし偵察用とはいえ6メートル級の機体だ。〈R3〉を蹂躙するには十分な武装と、機関砲弾を無傷で耐えられる装甲を有する。


「次弾徹甲」

「はい!」


 ナツコは徹甲弾を装填し、発射に備える。


「砲弾直撃来ます! 伏せて!」


 タマキの指示が飛ぶ。

 敵〈ハルブモンド〉から放たれた榴弾が堡塁を直撃。セメントで固められた堡塁は直撃した45ミリ榴弾に大きく揺れたが崩れることは無く持ちこたえた。

 榴弾の直撃に驚いて地面に伏せていたナツコだが、さらに近距離から爆音が轟き思わず頭を抱えて地面に突っ伏した。しかしそれが88ミリ砲の発砲音だと気がつくと半分身を起こし次弾装填に備える。

 放たれた徹甲弾は〈ハルブモンド〉の主武装、薬室を直撃。装填されていた45ミリ榴弾が爆発し右腕部を強制脱離させる。88ミリ徹甲弾はそのまま後ろに居た〈ハルブモンド〉の正面装甲に直撃。爆発反応装甲が作動したが、徹甲弾は正面装甲を叩き潰し、乗員を行動不能にしていた。


「次弾榴弾」

「は、はい!」


 フィーリュシカは次の指示を出すと同時に次の標的を探す。

 タマキは観測していた〈ハルブモンド〉2機が瞬く間に撃破されたことに驚きを隠せない。確かに偵察用の〈ハルブモンド〉の正面装甲は88ミリ砲なら十分貫通可能だ。しかし2機同時に戦闘不能にするなどと言うのは奇跡でも起こらない限り不可能だ。


 そもそも〈ハルブモンド〉含め帝国軍部隊はツバキ小隊の配備された75堡塁から1500メートル以上距離をとって、回避機動を取りながら周囲を移動しているのに過ぎない。

 数で優位な帝国軍はアントン基地周辺全域に部隊を展開し、突破の容易な脆弱な箇所を探している最中なのだ。

 装甲騎兵は各機が戦術レーダーを装備しており、長距離射撃を受ければ弾道予測線を表示して回避を促す。指揮官機と戦術データリンクしている〈R3〉も同じだ。

 それがフィーリュシカが発砲する度に、まるで砲弾に吸い込まれるように敵機が直撃コースへと回避機動をとっている。


 だがタマキにそんなことを考えている余裕など与えられなかった。アントン基地のレーダーが捉えた迫撃砲弾の落下予想位置は75堡塁の直上だ。レーダーの情報から恐らく82ミリ。堡塁はなんとか持ちこたえられるが、完全に堡塁の位置を把握されている。これで堡塁が健在となれば直ぐにより強力な砲弾が飛んでくるだろう。


「砲弾来ます、ツバキ全機備えて」


 タマキは指示を出すと自身も伏せ、これから使うことになるであろうステルス機構へエネルギーパックを差し込む。

 砲弾の落下する音。ツバキ小隊の隊員は頭をかばい地面に伏せた。

 砲弾が直撃。真上からの攻撃に天井から土が崩れて堡塁内部に降り注いだ。それでも堡塁は攻撃を耐えた。

 しかし既にアントン基地のレーダーは次の砲弾を捉えていた。連隊砲クラスの160ミリ砲弾だ。


「ツバキ、これより機動防衛戦に移ります。直ちに堡塁から待避。塹壕内へ」


 タマキの命令に隊員達は慌てて堡塁から飛び出す。最後のフィーリュシカが外へ出ると、迫撃砲弾が落下する音が響く。

 ツバキ小隊が塹壕内に伏せると、砲弾が75堡塁に直撃。堡塁の天井を砲弾重量でたたき割り、堡塁内部で炸裂した。


「ステルス機構を使用します。単縦陣、全機着いてきて」


 タマキを先頭にしてツバキ小隊は張り巡らされた塹壕内を移動する。

 機動防衛戦は〈R3〉の機動力を活かした防衛戦術で、機動力で敵の不意をつき攻撃を加え即座に離脱する、1撃離脱によって侵攻を遅らせる戦術だ。

 そのためタマキはツバキ小隊の機体を高い機動力を有したもので統一した。フィーリュシカの〈アルデルト〉だけがやや遅いが、それでも他の重装機よりは素早い。

 既に周囲の堡塁は帝国軍の迫撃砲によって陥落していた。統合軍兵士も塹壕へと飛び出して機動防衛戦に突入する。


「全機弾数確認。エネルギーパック残量にも注意を。ツバキ5、弾倉を交換しておいて」


 各機はタマキの指示通り弾薬とエネルギー残量を確認する。1人名指しで指定されたカリラだけはほぼ空になっていた12.7ミリ連装機銃の弾倉を取り替える。

 帝国軍は統合軍側の堡塁の破壊と同時に戦線の拡大を図っていた。既にアントン基地東部地域まで帝国軍が進出している。ベルタ基地との連絡線は断たれてしまった。そしてこのままではハイゼ・ブルーネ基地との連絡線まで断たれてしまう。そうなっては終わりだ。


「南方向へ。進出している帝国軍先遣部隊へ1撃を加えます」


 タマキに先導されツバキ小隊は南へと向かう。

 ナツコはフィーリュシカから指示を受けて、走りながら88ミリ砲に榴弾を装填した。


「2時方向に帝国軍〈R3〉部隊。側面から攻撃します。ツバキ攻撃用意」


 タマキは加速しながら敵集団の側面をとるように塹壕を移動する。ツバキ小隊の各機は置いていかれないよう加速した。〈アルデルト〉装備のフィーリュシカだけが若干遅れ、僚機のナツコも速度を合わせて併走する。


「そう。側に居て。ここが一番安全」

「はい、離れません」


 いよいよツバキ小隊は敵集団の側面をとった。タマキは別の統合軍部隊の攻撃に合わせて、攻撃指示を出す。


「攻撃、開始!」


 タマキは塹壕から飛び出し、よそ見していた〈フレアE型〉へと12.7ミリ機銃を乱射する。サネルマ、カリラ、イスラ、リルもそれに続き、主武装を乱射。

 ステルス機構の内部に居るため射撃にレーダー管制が使用できず、〈R3〉と武装に装備されたカメラ映像による管制のみだったが、不意を突き側面から攻撃を仕掛けたため瞬く間に〈フレアE型〉4機を撃破。

 各機は反撃を受ける前に塹壕内へ待避。入れ替わるようにやや後方からフィーリュシカが飛び出して88ミリ砲を放つ。砲弾は敵集団より遙か後方に居た別の帝国軍部隊の元で炸裂し指揮官機を含む5機を撃破した。


「敵飛行偵察機確認」


 フィーリュシカは塹壕内へ戻ると近距離通信でタマキへと告げた。

 タマキはステルス機構を解除し、サネルマへと指示を出す。


「ツバキ2、対空レーダー起動」

「ツバキ2了解しました!」


 サネルマは対空レーダーを起動。即座に感知範囲内にいた複数の帝国軍飛行偵察機を捉える。索敵情報は戦術データリンクを通して共有された。


「迎撃開始!」


 サネルマの対空機関砲が火を吹き、偵察中の帝国軍飛行偵察機をばらばらにした。別の飛行偵察機を撃ち落とそうとイスラとカリラも発砲するが、損傷軽微で塹壕内からの射線を切られた。


「あなたは撃たなくていい。徹甲弾」

「は、はい! 直ぐに――」

「それは榴弾。徹甲弾を」

「あ、はい。こっちですね」


 間違えて榴弾を手にしていたナツコは慌ててそれを元の場所へ積み直すと徹甲弾を取り出し、移動中のフィーリュシカへと装填する。


「止まって」

「え?」

「アンカースパイク起動」

「は、はい!」


 次の指示に戸惑ったがナツコは急いで両足のかかとを踏み込んでアンカースパイクを作動させる。合わせるようにフィーリュシカも機体に急制動をかけて停止。2人が停止したその数メートル前方で榴弾砲が炸裂。飛び散った破片をフィーリュシカは機体のフレームで受け、後ろに立つナツコを守った。


「前進」

「は、はい」

「急いで」


 ナツコは急かされて慌てながらもアンカースパイクを解除して、前進を始めたフィーリュシカにぴったりついて行く。

 フィーリュシカはタマキへと通信を入れる。


「ツバキ3からツバキ1。帝国軍突撃機部隊が侵攻を開始」

『ツバキ1了解。このまま西方向へ抜けます』


 アントン基地周辺に展開した帝国軍は侵攻を開始。後方に配備された迫撃砲と榴弾砲の援護を受けて、突撃機が攻勢に出始めた。

 同時に飛行偵察機を一斉に投入。塹壕内に身を潜めている統合軍を見つけては支援砲撃と突撃機による近接戦闘で無力化していく。


 ――まずい。予想以上に帝国軍の侵攻が――


 ゆっくりと展開を進めながら、いざ攻めるとなると出し惜しみなどせず最前線に展開される偵察機の人命すら軽視して攻勢をかける。帝国軍の地上戦術はタマキの予想を上回るものだった。


『ツバキ各機アントン基地方向へ全速移動。このままでは孤立します』


 タマキは隊員を急がせたが、戦術レーダーが南方から迫る敵機を捉えた。

 帝国軍の滞空偵察機が放たれる。即座にサネルマによって撃ち落とされるが、場所が露見した。

 敵弾接近警報。戦術レーダーは複数のグレネードを捉えている。


「止まって」

「え、あの――」

「緊急停止」

「は、はい!」


 あまりに突然の攻撃にナツコは停止するのが一瞬遅れた。フィーリュシカは飛来したグレネードを機関砲で撃ち落とし、飛び出すと同時に88ミリ砲を発砲。

 徹甲弾が〈ヘリオス12〉を貫く。フィーリュシカは塹壕内に戻らず、同軸の20ミリ機関砲を乱射。ツバキ小隊の6時方向に展開していた突撃機分隊〈フレアE型〉7機を即座に撃破。

 だがもう1分隊が設置されていた立体障害を乗り越えて飛び出して来たのでフィーリュシカは塹壕内へ戻る。


「榴弾、急いで」


 フィーリュシカは自分で薬莢を排出し、直ぐ榴弾を装填するよう言う。混乱したナツコが徹甲弾を手にしたので、フィーリュシカは自身で持っていた榴弾を取り出して装填した。


『砲撃来ます! 各機回避!』


 ナツコの視界が真っ赤に染まった。敵の支援砲撃だ。

 狭い塹壕内では回避行動をとるにも限界がある。

 ナツコはフィーリュシカに手を引かれて、加速して移動する。


「ここで伏せて」

「はい!」


 ナツコは塹壕内にしつらえられた砲撃回避のための横穴へ飛び込んで伏せた。直後に着弾。砲弾は近くに落ちたが、ナツコの機体は破片の1つも被弾しなかった。


『各機損害報――後、突撃機来ます! 回避!』


 ナツコの視界の中に〈フレアE型〉が見えた。〈フレアE型〉が14.5ミリ機銃をナツコへ向けた瞬間、88ミリ榴弾砲が〈フレアE型〉の脇腹に直撃し吹き飛ばす。

 安全装置によって近距離で爆発しなかった88ミリ榴弾は、ツバキ小隊へと攻撃を仕掛けようとしていた〈フレアE型〉の集団付近で炸裂。数機が行動不能となり、味方機に引きずられて後退。その隙を見逃さずタマキは反撃指示を出す。


『可能な機体は攻撃!』


 飛び出したイスラとリルが逃げ戻る〈フレアE型〉へと追撃をかけ、反撃を受ける前に後退。

 フィーリュシカは横穴に避難していたナツコを起き上がらせて先行しているタマキたちを追いかけた。


「あ、あの、フィーちゃん。助けてくれてありがとうございます。それなのに私、何も出来なくて――」

「次弾榴弾」


 ナツコは礼と謝罪をしようとしたのだがフィーリュシカは冷淡にそれだけ告げる。ナツコは言われるがまま榴弾を取り出して、88ミリ砲へと装填した。


『ツバキ3、ツバキ6遅れないで。包囲されつつあります』


 タマキは遅れ気味な2機へと指示すると、指揮官用端末で全体の戦況を確認。

 アントン基地正面は良く持ちこたえているが、西方向とツバキ小隊の居る東方向は退却を始めている。どうやら帝国軍は主力を側面に回してきているらしい。両翼を押し込み、アントン基地後方、ハイゼ・ブルーネ基地との連絡線を断つつもりだ。


『飛行偵察機――』

『迎撃します』


 リルが飛行偵察機を発見すると即座にサネルマが反応。対空機関砲で敵機を追い返した。

 ツバキ小隊は完全に帝国軍に捉えられていた。戦術レーダーには次々に帝国軍突撃機が捕捉される。


『攻撃来ます! 備えて!』


 タマキにはもうそれしか言えなかった。各機の検討を祈り、自身も機銃に弾倉を装填すると塹壕から機銃だけ出してレーダー管制で自動射撃させる。

 フィーリュシカは塹壕から飛び上がり、縁に片足をつけると88ミリ砲を発砲。榴弾の炸裂で〈フレアE型〉6機が吹き飛んだ。

 そんな攻撃をかいくぐり、数機が塹壕へと急接近。


「〈ヴィルベルヴィント〉4機急接近。ツバキ1警戒を」

『高機動機――』


 フィーリュシカは2機を20ミリ機関砲で撃ち落とすが、残りの2機がツバキ小隊の頭を押さえるように進行方向前方の塹壕へと飛び込んだ。

 高機動機は奇襲に特化した機体だ。敵の指揮官を排除するのにその真価を発揮する。


『タマちゃん下がれ!』

『っ――お願い』


 一瞬タマキは後退を躊躇したが、飛び出したイスラと入れ替わるように後退。イスラは個人防衛火器を引き抜き〈ヴィルベルヴィント〉へ射撃。〈ヴィルベルヴィント〉は塹壕内で渦を巻くように不規則な軌道で銃弾を回避した。


『戦い慣れてやがる――が、相手が悪かったな!』


 イスラは振動ブレードを引き抜く。対する〈ヴィルベルヴィント〉も振動ブレードを抜いた。

 一閃。

 〈ヴィルベルヴィント〉の攻撃を紙一重で避けたイスラは、返す刃で〈ヴィルベルヴィント〉の脇腹を深く切り裂いた。まさか偵察機の〈ウォーカー4〉に接近戦で負けるとは思いもしなかった〈ヴィルベルヴィント〉搭乗者は驚愕の表情を浮かべ、崩れた態勢を立て直すことも出来ず塹壕内の壁に激突。


 もう1機の〈ヴィルベルヴィント〉は飛び上がると、ブースターとスラスターを巧みに操り不規則な軌道でタマキへ向けて急降下攻撃を仕掛けた。

 重い機関砲を装備しているサネルマは近距離にいる高機動機の動きに対応できず、狙撃銃装備のリルも1発撃って〈ヴィルベルヴィント〉の脚部装甲に命中させたが装甲を舐めただけでダメージは無し。

 タマキを守るべく前へと飛び出したカリラは装備している12.7ミリ連装機銃をフルオートで撃ちまくった。

 〈ヴィルベルヴィント〉はスラスターによる空中制動でその全てを回避すると、カリラを無視してタマキへと迫る。


 タマキは個人防衛火器を引き抜く。

 十分〈ヴィルベルヴィント〉を引きつけたところで発砲を開始。狙い澄まして放たれた銃弾だが寸前で回避機動をとられた。

 ブースターを全開にした〈ヴィルベルヴィント〉は螺旋軌道のままタマキへ迫った。

 〈ヴィルベルヴィント〉が振動ブレードを振るって渾身の一撃を放つ。

 瞬間、タマキは姿勢を下げブースターを起動。足下の泥によって〈C19〉の足は滑り、暴れるように回転した機体は振るわれた振動ブレードの一撃をかいくぐる。同時に腰に下げたレーザーブレードを引き抜く。既にエネルギーパックを装填しており即座に起動。展開された青白い光が〈ヴィルベルヴィント〉を真っ二つに切り裂いた。


 レーザーブレードとブースターを停止させ立ち上がったタマキは〈ヴィルベルヴィント〉の残骸を確認して、障害が排除されたことを確認すると隊員へ移動命令を出す。


『邪魔が入りました。移動を再開』

「突撃機接近」

『次から次へと――。回避を優先して迎撃!』


 フィーリュシカの報告にタマキは指示を飛ばし、機関銃を構える。

 塹壕は塹壕内の部隊が互いにカバーできるように掘られていたのだが、ツバキ小隊のカバーにあたる統合軍部隊は既に壊滅していた。この状況はツバキ小隊単独で切り抜けるほかにない。

 塹壕を盾に側面からの攻撃を凌ぐ。

 更に帝国軍の突撃機は塹壕内に侵入。後方、フィーリュシカとナツコへと迫った。


「急速前進」

「え、えっと――」


 ナツコは突然背後に現れた敵機に戸惑い、咄嗟の行動が出来ない。そんなナツコへ向けてフィーリュシカは声を上げる。


「前進早く!」


 フィーリュシカが怒鳴ると、ナツコも慌てて急速前進をかけた。

 そんなナツコの機体、〈ヘッダーン1・アサルト〉の背中へとフィーリュシカは後ろ蹴りをいれて押しのける。

 接近した敵〈フレアD型〉が発砲。フィーリュシカはナツコと敵機の間に自機を割り込ませ、損傷していた右腕で14.5ミリ機銃を受けた。

 反撃すべく88ミリ砲を向けると砲口から逃れるように〈フレアD型〉は後退。しかし塹壕の壁を狙って発砲された88ミリ榴弾が炸裂すると、飛び散ったワイヤーが機体コアユニットを撃ち抜き機能を停止した。


「フィーちゃん! 大丈夫ですか!」


 ナツコは自分をかばって被弾したフィーリュシカに駆け寄る。

 フィーリュシカは被弾した右腕から出血していた。


「問題ない。曲がったフレームが血管を傷つけただけ」


 フィーリュシカは邪魔になった右腕部パーツをその場に投棄した。

 露わになった右腕は、フレームの変形によって圧迫された箇所が内出血を起こし紫色に変色していた。傷ついた皮膚からは真っ赤な血液が流れ出ている。

 そんな光景にナツコは呼吸が止まるかと思ったが直ぐにバックパックに積んである簡易医療キットを取り出す。


「足を止めないで」

「で、でも」

「進んで。ここに留まっては危ない」

「はい」


 フィーリュシカが進み始めるのでナツコもそれに併走する。

 ナツコが簡易医療キットを開けると、フィーリュシカは三角巾と包帯だけ取り出して、止血すると上から適当に包帯を巻いた。


『ツバキ3、損害状況の報告を』


 被弾を確認したタマキがフィーリュシカへと損害の報告を求める。


「ツバキ3被弾。右腕部パーツ投棄。作戦行動に支障なし」

『了解。遅れないよう着いてきて下さい』


 フィーリュシカから余った包帯を受け取ったナツコは、泣きそうな顔をしてフィーリュシカへ詰め寄る。


「どうして――どうして私なんかを助けて怪我したんです? 私なんて、足を引っ張ってばかりで何の役にも立っていないのに――」


 フィーリュシカは無感情な冷たい瞳でナツコを見据え、答える。


「ナツコを守れと命令を受けた。自分は何があってもナツコを守る。命令とはそういうこと」

「そんな、そんな事で――」


 言いかけたが、ナツコは気づかされた。

 フィーリュシカはナツコを守るという命令を、自身の身も顧みず忠実に果たした。

 だというのに自分はどうか。

 フィーリュシカの僚機になったというのに、フィーリュシカの命令すら実行するのに手間取ってばかり。挙げ句の果てにそのせいでフィーリュシカを傷つけた。


「私が――間違ってました。ごめんなさいフィーちゃん。これからはフィーちゃんの命令には何があっても従います。不慣れでへたくそかも知れないけど、頑張ってフィーちゃんの指示に直ぐ応じられるよう尽くします!」


 ナツコは決意を新たに意気込んだが、フィーリュシカは冷淡に応じる。


「当然のこと。次弾徹甲」

「はい!」


 ナツコは返事をすると即座に徹甲弾を取り出して88ミリ砲へと装填した。

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