第29話 アントン基地

 タマキが需品科へ赴き、需品科士官とツバキ小隊への引き渡し需品項目について協議し、お互い疲れ果てた結果妥協点を見繕って受領申請を通し終え武器科の整備倉庫内にある塗装場に戻ると、すっかり塗装が終わったツバキ小隊の〈R3〉が乾燥機にかけられていた。


「あら、早いのね。もう少しかかると思っていたわ」

「凄腕の整備士が2人もいるからな。少尉殿の機体も仕上げといたが、これでいいかい?」


 イスラがタマキの〈C19〉を示す。市街地迷彩だった機体は森林迷彩に塗り替えられ、肩にはサネルマが発案したツバキ小隊の部隊識別記号である、薄桃色のツバキが描かれていた。


「良い出来だわ。乾燥は明朝には終わりますね?」

「ああ。自然乾燥でも深夜には終わるよ。乾燥機かけたから1時間あれば十分」

「なるほど。では先に食事を済ませましょう。イスラさんたちの訓練は機体の乾燥が終わってからにしましょう」


 訓練という言葉にイスラは口元をゆがめる。


「ちょっと待ってくれよ。疲れてるから整備の手伝い半日になったはずなんだけど、食後に訓練すんのか?」

「当然です。作戦参加前に最低限の知識は身につけて貰う必要があります。それに2人は新しい機体の慣らし運転も必要でしょう」


 イスラもカリラも〈ウォーカー4〉や〈アザレアⅢ〉の慣らし運転など現地でやれば済む話だと思っていたが、タマキがこう言った以上は逃げ場が無いことはよくよく理解していた。


「大したことないと思うけどね。少尉殿が必要と言うなら必要なんだろうさ」

「その通りです。皆さんも、食後に訓練を行いますから、あまり食べ過ぎないように」


 タマキに声をかけられた他の隊員達、特にナツコはぽかんと間抜けに口を開けて、タマキがいったい何を言っていたのかしばらく頭が理解しようとしなかった。しかし理解してしまうと、ナツコは弱々しく手を上げる。


「何ですか、ナツコさん」

「あ、あの、私達、さっき訓練しましたけれど、また訓練ですかね」

「そう言いました。それとも、ナツコさんは自分にはもう訓練の必要がないと思いますか?」


 タマキが鋭い視線を向けると、ナツコは目を背けてこれまた弱々しく答える。


「いえ、必要だと、思います」

「分かればよろしい。では食堂に向かいましょう。食事の方は、ハイゼ・ミーアで食べた病院食より真っ当なものが出ることを保証しますよ」


 タマキの言葉にもツバキ小隊の隊員達は素直に喜べず、返事をするとタマキに従って食堂へと向かった。


 夕食後、2時間ほどの訓練を終えるとツバキ小隊は需品科へと向かい必要な需品を受領する。装甲輸送車両に受け取った需品を詰め込み終わると、タマキは明朝は早いので今晩は夜更かししないよう言いつけると、宿舎前で解散となった。

 とはいえ、自由時間に出来ることは限られている。

 ツバキ小隊の隊員は訓練でかいた汗を流すため、統合軍女性宿舎のシャワー室に延びた長い行列に並び、なんとかシャワー使用可能時間ぎりぎりにシャワー室へ転がり込むと、急いでシャワーを浴びて消灯時刻直前に宿舎に戻った。


 1人士官用のシャワールームが使えるタマキだけは隊員達がシャワーを使うのに1時間近く並んだことなど知るよしもなく、何をそんなに長々と出かけていたのかと気にもなったが、消灯時刻前には戻ってきたので特に追求することも無く、寝る前にしっかり髪を乾かすようにだけ言いつけて自身もベッドに入った。


 翌朝、宿舎に併設された食堂で食事を済ませるとタマキは宿舎から自分の荷物を運び出して宿舎の掃除をするように言いつける。

 基地の宿舎は借り物であり、ツバキ小隊が出て行けば直ぐに次の誰かが使う。なので来たときと同じ状態にするよう厳命し、タマキも自分が使ったベッドと部屋の掃除をはじめた。

 軍から貸し出された部屋の掃除に慣れていたタマキは必要な作業を終わらせると、イスラとカリラに決してサボらぬよう言いつけて隣の部屋へ確認に向かった。

 隣の部屋の4人は総じて真面目であり、タマキが居なくてもサボったりしないことに関しては信頼していたが、退去処理には未だ不慣れなので様子を見に行く必要があった。


「失礼します」


 タマキはノックして声をかけると部屋の扉を開ける。

 中に居た4人は掃除の手を止めたが、タマキは続けるよう言った。


「順調そうですね。何か確認しておきたいことがあれば今のうちにお願いします」


 タマキはサネルマに問いかける。サネルマは概ね順調ですと答え、念のため布団のたたみ方はこれで良いのか確認をとる。


「問題はなさそうです。ではこのまま掃除を進めて下さい。そうだナツコさん、少しこちらに」


 タマキはナツコに声をかけて廊下に出た。

 1人退室を命じられたナツコは自分が何かしでかしただろうかと不安に駆られたものの、悩む猶予など有るはずも無く即座に廊下へと出る。


「な、なんでしょう」

「あまり大したことでもないのですが――」


 本題に入りかけたタマキだったが、ナツコが不安そうな顔をしているのを見て昨晩消灯後にナツコの声が聞こえたことを思い出す。


「そういえば昨晩消灯後になにやら騒いでいたようですが、何かありましたか?」


 問いに、ナツコは目を逸らしながら答える。


「そ、それは……。サネルマさんと一緒に寝たのですけど、サネルマさんがナイトキャップをしていてですね……」

「サネルマさんがナイトキャップを……?」


 申し訳なさそうに答えるナツコだったが、タマキはナツコが何を言っているのか理解するのに若干の時間を要した。

 サネルマは宗教上の理由から髪を剃り上げ丸坊主にしていることを思い出すと、確かにサネルマがナイトキャップをして眠ることに違和感がわき上がる。


「何故サネルマさんはナイトキャップを?」

「分かりません。でもその姿が余りにおかしくて笑ってしまいました」


 正直に白状したナツコ。タマキは何と返したら良いのか分からなくなったが、この話は本題ではないので適当な結論を出して話を切り替える。


「分かりました。サネルマさんにはわたしの方からふざけたことをして隊員の睡眠を妨げることのないよう言っておきます。――それで、本題なのですけど、ナツコさんの学生時代の成績を調べさせて貰いました。中等部の前期課程までですが、数学の成績は非常に優秀だったようですね」

「え? あ、そうです。数学は得意でした!」


 突然切り替わった話に戸惑いながらもナツコは答える。


「この間受けて貰った適性試験ですがそちらの数学の成績も優秀でした。それで質問なのですが、中等部後期課程や高等教育課程の問題も解いていたようですが、解き方は自習したのですか?」


「はい。大将が――勤め先の中華料理店の店長ですけど――ナツコちゃんは数学得意だから仕事に就いても勉強は続けた方が良いって、参考書をくれたんです。それを読んで勉強してました」

「なるほど」


 難しい数学の問題が解けた理由は分かったが、それにしても参考書を読んで自習しただけで正確な答えが導出出来るようになるのは素晴らしい。数学の素養があったのか、それともスーゾの言った集中力が異常なほど高いことが関係しているのか定かではないが、まだ伸びしろがありそうな能力は伸ばした方が良い。この戦争がナツコの人生の全てではないのだ。

 タマキは自分の士官用端末と重ねるように持っていた電子端末をナツコへと差し出した。


「昨日需品科で見つけて受領してきました、教育用の端末です。弾道学や材料力学、流体力学など、役に立つかどうかは分かりませんがナツコさんのレベルなら理解できそうな分野の教育データをインストール済みです。時間があるときに勉強してみるのもいいかもしれません。もちろん無理にとは言いません」


 手渡された教育用端末を受け取って、ナツコは丸い瞳をキラキラと輝かせた。


「ありがとうございます! タマキ隊長! 大将から貰った参考書、ずっと前に読み切ってしまってしばらく勉強してなかったんです。頑張って勉強しますね!」

「義勇軍の仕事がおろそかにならない程度にお願いします。用件はそれだけです。今は掃除を頑張って下さい」

「はい! 分かりました! ナツコ・ハツキ、掃除頑張ります!」


 タマキからの思わぬプレゼントに上機嫌のナツコはぴしっと敬礼を決めるときびすを返して掃除中の部屋へと戻っていった。


「素直で良い子なんだろうけど……」


 実力が伴っていない点が大分不安だ。特に〈R3〉の操縦関係。

 そして素直すぎて時に命令を無視してくるところ。ナツコは隊員の中でも人一倍、婦女挺身隊として誰かを助けたいという気持ちが強い。ハツキ島を離れた以上もうそんなことはないと信じたいタマキであったが、前科があるので油断できない。

 これから前線基地に向かうというのに、それ意外にも不安要素は多い。

 せめてもう1日訓練期間が欲しいところだったが、この状況でそんな余裕がないのも事実。あとは現地でなんとかするしかない。

 タマキはため息つきながらも部屋へ戻る。するとイスラとカリラに出迎えられた。


「お、丁度良かった。掃除が終わった報告をしに行こうかと思ってたところだ」

「完璧な仕上がりですわ」


 胸を張る2人を余所に、タマキは『完璧な仕上がり』らしい部屋を見渡して、先ほどより深くため息をついた。


「分かりました。あなたたちに自由に掃除させたわたしにも非があります。指示を出すので、その通りに手を動かして下さい」


 嫌そうにする2人を黙らせて、タマキは細かく掃除の指示を飛ばし始めた。


          ◇    ◇    ◇


 退去処理が終わるとツバキ小隊は装甲輸送車両に乗り込んだ。

 前線基地へと向かうので指揮官席に座るタマキと運転席に座るカリラはそれぞれ〈R3〉を装備している。

 監視塔には〈DM1000TypeE〉を装備したリルと〈アルデルト〉を装備したフィーリュシカが登り、目視で警戒にあたった。

 装甲輸送車両はハイゼ・ミーアを出立したときとは異なり、誰にも見送られずハイゼ・ブルーネ基地を出発する。

 ナツコは兵員室の小さなハッチを開けて遠くなっていくハイゼ・ブルーネ基地を見送った。


「ハイゼ・ブルーネ基地ともお別れですね」

「これから向かう先もハイゼ・ブルーネ基地さ。正確にはハイゼ・ブルーネ基地Aサイト、通称アントン基地だけど」


 ナツコの言葉にカリラが応える。


「うーん、複雑ですね」

「今まで居たのがハイゼ・ブルーネ地区をとりまとめる連隊司令所のある基地で、これから向かうのがハイゼ・ブルーネ地区に所属する大隊司令所のある前線基地」

「う、うん? なんとなく分かり……どうでしょう」

「着いてみたら分かるさ」

「そうだといいです。どれくらいで着きますかね?」


 カリラは地図を見て、概算で答えた。


「1時間かからないくらいじゃないか」

「案外近いですね」

「そうだな。ところで少尉殿、到着したら早速任務ですかね?」


 カリラが車内通信機に向けて問いかけると、指揮官席のタマキから返信があった。


『大隊司令部に挨拶した後、任務に就く予定です』

「分かった。それまで〈ウォーカー4〉使う予定無いなら軽く再調整しときたいんだけど、いいかい?」

『構いません。ナツコさん、手伝ってあげて』

「はい! 分かりました!」


 ナツコは元気よく返事したが、イスラの表情は冴えない。


「ナツコちゃん押しつけられてもなあ……」


 歓迎されていないことを分かっているナツコだが、めげることなくタマキの命令を実行するためイスラの元へと赴く。


「そういうこと言わずに。私だってちゃんと覚えたら1人で整備できるようになりますよ! そしたらイスラさんの仕事だって減ります!」

「どうかなあ。ま、タマちゃんの命令じゃ仕方ない。ゆっくり手順見せてくから、しっかり覚えてくれよ」

「はい、頑張ります!」


 言葉通りナツコは頑張ったのだが、イスラが手早く〈ウォーカー4〉のパーツを分解していくのについて行けず、結局分解されたパーツを整備用ハンガーに引っかけていくだけの作業となった。

 整備が終わり〈ウォーカー4〉が元の格納容器に収納され装甲輸送車両に積まれた装着装置に接続される頃には、遠くにハイゼ・ブルーネ基地の前線基地Aサイト、アントン基地が見えてきた。


『目的地が見えました。各員、下りる準備を』


 タマキが指示を出すと、イスラが車内通信機を手にして問いかける。


「はい質問。大隊司令部への挨拶はあたしらもいくのか?」

『いいえ、挨拶はわたしが済ませてきます。その後直ぐ命令を出すことになるので外で整列して待っていて下さい。他に質問は?』


 質問が無かったためタマキが再度車両から降りる準備をするよう指示すると、隊員は返事をした。

 監視塔に登っていた2人も兵員室に下り、装備していた〈R3〉を解除する。


「私達が配属されるアントン基地ってどんな場所なんでしょうね! ハイゼ・ブルーネ基地みたいに温かいご飯とシャワーがあると良いんですけど」


 新しい配属先に心を躍らせるナツコだったが、それ以外の隊員達はそんなナツコへと哀れみの視線を向ける。


「ナツコちゃん……あまり大きな期待はしないほうが……」


 あまりにナツコが可愛そうになったサネルマがぽんと肩を叩く。


「え、でも、大きな部隊の基地なんです、よね……?」


 それきりサネルマは何も答えなかった。

 装甲輸送車両はアントン基地の駐車場に到着し、タマキは全員に車両から降りるよう命じる。

 アントン基地は海岸から1500メートルほど内陸側に入った所に仮設された前線基地だった。

 外に出て、タマキとカリラが〈R3〉を解除するのを待つため車両の前に整列したナツコの目に飛び込んできたのは、防風林を切り開いた土地に建てられた木造2階建て。

 ハイゼ・ブルーネ基地で見た連隊司令部とはとても比較にならず、一晩過ごした仮設宿舎と同程度の施設だった。


「あの、これって、宿舎ですかね?」

「違うよ。司令部だよ」


 ナツコの問いかけに対して、無慈悲にカリラが答える。


「ですがその、とても小さいです」

「大隊司令部なんてこんなもんだよ。テントじゃないだけマシ」

「え、ええ……。司令部がこれって、宿舎は……」


 今度の問いかけに、宿舎らしきものを見つけていたサネルマが指さす。


「あれでは?」

「あれ? あ……」


 示された先には防風林の間を縫うように細長い1階建ての簡素な建物が、いくつも連なって建てられていた。それは見るからに狭そうで、ハイゼ・ブルーネ基地の仮設宿舎が天国のようにすら思えた。


「でもシャワーとかはあるんですよね」

「ううん……。トイレすら仮設だからなんとも。あ、あれシャワー室では?」


 今度サネルマが指さした先には、仮設トイレのような箱形の置物が6つほど並んでいて、扉にはシャワーのピクトグラムが描かれていた。その下には1人5分厳守と赤い大きな字で書き殴られている。


「う、うう……。せめて、せめてご飯だけでも……」

「諦めろ。宿舎があれなんだ。野外食堂で間違いない」

「暖かいご飯が出るだけありがたく思う事ね」


 イスラとリルに冷たく返されたナツコは項垂れてしまう。

 ちょうどそんなところに、タマキとカリラがやってくる。


「お待たせ――ナツコさん、どうかしましたか?」


 項垂れたナツコを見てタマキが声をかける。


「い、いえ、ここはハイゼ・ブルーネ基地と比べると、施設がその……」

「そうですね。ここはあくまで臨時の基地ですから」

「ですよね。分かりました。こういうものなんですね……」


 ナツコは未だ未練はあったものの、ないものは仕方が無いと割り切ることにした。


「では大隊司令部に挨拶に行きます。皆さんはここで大人しく待機していて下さい」


 一同が返事をすると、タマキは大隊司令部へ向かう。

 残されたツバキ小隊は装甲輸送車両の前で立ったままタマキが戻ってくるのを待つ。


「宿舎って、また何人かでベッド共有ですかね?」

「さー、どうでしょう。準備のために滞在したハイゼ・ブルーネ基地と違ってここに配属されることになるので、もしかしたら全員分ベッドが用意されるかも知れないですけど……」

「けど……?」


 サネルマが意味深に言葉を句切り目を逸らしたので、ナツコは不安がこみ上げる。


「けど、なんですか、サネルマさん!」


 黙っているのが辛くなったナツコが問いかけると、サネルマは遠くに見えるテントを指さした。


「ナツコちゃん、あれがなんだか分かるかな?」

「あれ? テントですか? それが何か……まさか」

「まさかとは思うけどね……。隊長さん、哨戒任務だって言ってたし、ここじゃなくてもっと海沿いの方に行くことになるかも」

「う、うぅ……ということは布団も……」


 全ての望みが絶たれたナツコは目を潤ませたが、そんなナツコに対してリルは容赦なく言い捨てた。


「観光に来たなら場違いだから帰りなさいよ。あたしたちはクソ宙族と戦うために来たのよ」

「そう、ですよね。そうですけど……いえ、リルさんの言うとおりです」


 自分が何のためにここまで来たのか再確認したナツコは、前線基地の環境を受け入れる。


「まあ過ごしやすい場所の方が守る気にもなるってのは同感だけどな。今の統合軍に多くを求めるのは酷ってもんだ」

「そうですわ。雨風がしのげるだけでも感謝しませんと」

「はい。感謝することにします。ここを守り切れなかったら、もっと酷いことになってしまうんですよね」

「そういうこと」


 会話が一段落ついたところにちょうど司令所からタマキが出てきて、隊員はそちらへ視線を向ける。

 タマキがツバキ小隊の前に立つと一同は敬礼した。返礼したタマキは早速報告を始める。


「これよりハツキ島義勇軍ツバキ小隊はハイゼ・ブルーネ基地Aサイト、通称アントン基地アントン大隊に配属されることになりました。

 大隊長よりアントン基地前線にて監視塔の建設と前線哨戒の任を受けています。これより輜重科で任務に必要な物資を受領後、アントン基地周辺を確認し、哨戒地域へ向かいます」

「「「はい!」」」


 一同は返事をして再度敬礼する。

 それから、サネルマが申し訳なさそうに手を上げた。


「はいサネルマさん」

「はい、つかぬ事を伺いますが、もしかしてツバキ小隊の宿舎は……テントとかでは?」

「テントです。他に何かありますか」

「いえ、ありません」


 希望を断ち切られたサネルマは残念そうに「テントだそうで」とナツコに小声で話しかける。ナツコも頬を緩めて「そうみたいですね」と応じた。


「他はないですね。では車両に乗り込んで下さい。運転は――イスラさんやる気があって結構。ではお願いします」


 挙手したイスラを指名して、タマキは指揮官席に乗り込む。

 ツバキ小隊はアントン基地の輜重科へ赴き、輜重科天幕の外に積まれていた物資の中から監視塔の建設資材と分隊用テントを受領し、食料と水の補給を受ける。

 輜重科内の武器科で弾薬の補充を済ませるとそのままアントン基地内を装甲輸送車両で一周した。


『各員、基地内の地図をしっかり把握しておくように』


 タマキは指示をして、兵員室の後部以外のハッチの開閉許可と、監視塔への搭乗許可を出す。

 ナツコはサネルマ、カリラと共に監視塔に登る。サネルマは地図と現在地を見比べながら軍の施設を示していく。


「あそこも宿舎ですね。こっちも広さはあんまり……。あそこが堡塁。まあ、防御拠点ですね。配備されてるのは〈アルデルト〉ですか」

「あれ? 〈アルデルト〉ってフィーさんが装備している奴ですよね。確か前線に出ると棺桶扱いされるって……」


 ナツコが不安そうに尋ねると、カリラが〈R3〉の話を振られたことで雄弁に語り出す。


「〈アルデルト〉が棺桶扱いされるのは市街地戦でのことですわ。拠点防衛においては〈アルデルト〉の装甲の薄さもそこまで気になりませんし、微妙な機動力も他の重装機と比べればマシですから、強力な火砲を装備可能でそこそこ動ける〈アルデルト〉は拠点防衛の主戦力となり得ますわ。

 そもそも機体の構造が簡単で整備もしやすく故障も少ないですし、製造コストが圧倒的に安いですから、それだけでも十分価値がありますわ。搭乗者の訓練も短くて済みますし。

 要するにフィーリュシカさんの使い方がおかしいというだけで、機体そのものは優等生ということ」

「へえ、なるほど」


 長々と話したカリラの言葉にもナツコは相づちを打って、そういうものなのかと納得した。


「あそこは掩体壕ですね。中に〈R3〉とか装甲騎兵をしまっておいて、敵の砲撃から守るんです」

「へえー。大きなトンネルですね」

「あっちも堡塁。この辺りがアントン基地の防衛線かな。堡塁と堡塁を結ぶように壁とか堀とかが整備されてて、塹壕も造られてるね」

「全く、つい20年前まで宇宙で戦艦や巡洋艦を戦わせていたというのに、人類も戻るところまで戻ってしまいましたわね」


 整備された泥臭い防衛陣地にカリラが口元を引きつらせながら感想を述べると、サネルマは「それもそうだね」と可笑しそうに笑った。


「でも石と棍棒じゃないからまだまだ戻りしろはありそうだねー」

「本当にそこまで戻りそうでしゃれになりませんわ」


 2人の冗談にナツコも引きつった笑みを浮かべ、石と棍棒で戦うような戦争だったら自分の居場所はなかっただろうなとつまらないことを考える。

 車両は一度大隊司令所方向へと引き返す。

 給水所や野外食堂、野戦病院の場所を確認し、大隊砲や装甲騎兵基地を一通り見て回る。


『アントン基地についての確認は終わりです。これよりツバキ小隊の野営地へ向かいます。不要なハッチを閉じて下さい。フィーさん、〈アルデルト〉を装備して監視塔へ。88ミリ砲は装備しなくて結構』


 タマキの指示に返事をすると、ナツコ達は監視塔から兵員室へと下りた。

 ツバキ小隊を乗せた装甲輸送車両は、進路を変更しアントン基地を後にして、野営地となる海岸線付近へ向けて走り始めた。

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