第30話 アントン基地最前線哨戒任務
防風林の間を縫うようにしてしつらえられた仮設道路を進むこと10分。複雑に入り組んだ海岸からおおよそ200メートルほどの位置にツバキ小隊の装甲輸送車両は停車した。
辺りは針葉樹が並ぶ防風林であり、黒褐色をした火山性土壌と細かく砕かれた小石との組み合わせからなる土質だった。
「ここを野営地とします。テントの設営を、全員でやります」
停車すると同時にタマキは設営を命じる。
2人も居れば十分設営可能なテントだが、これから先のことを考え最初は全員で設営方法を確認しながら設営することにした。
タマキは士官用端末にテント設営手順書を表示させ、1つ1つ手順を確かめながら隊員全員に指示を出していく。
十数分でテントは設営され、その隣に給水塔と簡易トイレが設置された。
「このテントで7人生活するのか。少尉殿も一緒で良かったんですかね?」
イスラの問いにタマキは呆れながらも答える。
「名前は小隊ですが実質分隊規模ですからね。分隊の宿営なんてこんなものです」
テントの中には寝袋と無線中継機を運び込み、早速タマキはアントン基地へ設営完了の報告を入れる。
「ではこれより、海岸線周辺の地形確認と、監視塔の建設に向かいます。全員〈R3〉を装備して下さい。今回は訓練ではありません、武装も装備すること」
返事をしたツバキ小隊隊員は装甲輸送車両内に設置された装着装置の後ろに並ぶ。
タマキはイスラに〈ウォーカー4〉、カリラに〈アザレアⅢ〉を装備するよう命じる。反論の余地もなく2人は頷いて返す。
タマキは指揮官機〈C19〉を装着すると、指揮官用装備を搭載する。戦術レーダー、無線傍受装置、ステルス機構に誘導弾錯乱機構。攻撃能力は無いが、どれも部隊が前線で活動するのに役立つ装備だ。
主武装は12.7ミリ機関銃を装備し、右肩に8連装小型迎撃誘導弾を担ぐ。左手には指揮官用電子端末と小型の投射機を装備。バックパックにカートリッジ式の煙幕弾と発炎筒、信号弾、滞空偵察機、エネルギーパックを詰め込む。
補助武装として5.7ミリ弾を使用する小型個人防衛火器を右太股のハードポイントに装着し、腰にレーザーブレードとショートアクスを装備。普段携行している9ミリ自動拳銃を左脇のホルスターに格納した。
「ツバキ1出撃します。ツバキ各機、わたしの指示通り装備選択を」
隊員は返事をしてそれぞれ〈R3〉を装着していく。
小型の装着装置1機で6人分の装着を行うため途中格納容器の付け替えを行う必要があり時間がかかったのには、タマキも『装着装置の追加配備必要あり』として輜重科に掛け合う装備リストに小型装着装置を書き加えた。
最後のリルが〈DM1000TypeE〉の装備を完了すると装甲輸送車両の前に隊員は整列した。
「各機セルフチェックを」
タマキの指示に、サネルマから順に「問題ありません」と答えていく。ナツコも再度セルフチェックをかけて問題は見つからなかったので、カリラの後に「問題ありません」と答えた。
全員のセルフチェック結果を確認するとタマキが集合をかけ、円陣を組んだツバキ小隊は左手を前に出す。
「戦術データリンク確立、確認。出撃コード発行、確認。これよりツバキ、作戦行動に移ります。サネルマさん、隊員に1日分の食料と水の配布を。カリラさん、ナツコさん、監視塔の建設資材を積み込みますので装甲輸送車両前に」
「サネルマ了解です」
「了解しましたわ」
「分かりました、頑張ります!!」
「頑張るのは当然なので分かったかどうかだけ意思表示をお願いします。ではこちらに」
「はい!」
ナツコが装甲輸送車両の前に移動すると、タマキは分割された監視塔建設資材をナツコとカリラの機体バックパックに積み込み、入りきらない分は外側に積んで固定する。
監視塔に設置するレーダーと警報装置をフィーリュシカの機体から88ミリ砲弾をいくつか降ろして積載し終わる頃には、サネルマによる食料と水の配布も完了していた。
「では地形を確認しながら監視塔建設予定地へと向かいます。海岸沿いは風が強いので走行には注意をお願いします。遅れないよう着いてきて下さい」
隊員達は返事をして、移動を始めるタマキの後ろに続く。
特に指示が無ければ1列に並んで移動する決まりだった。順番は基本的に出撃コード順。カリラが重装機の〈サリッサMk.Ⅱ〉から突撃機の〈アザレアⅢ〉に乗り換えたことで部隊内で最も遅い機体はフィーリュシカの〈アルデルト〉となり、タマキは〈アルデルト〉の巡航速度に合わせて機体を走らせる。
『防風林を抜けます』
1列に並ぶと最後尾まで声が届かないのでタマキは無線機を使う。隊員も無線機を使って返答した。
ナツコの機体が防風林を抜けると、強烈な風が吹き付けた。機体の外側に固定された監視塔建設資材が風を受けて、ナツコは大きくのけぞる。
「ちょっと、急減速しないでよ」
「ごめんなさいリルさん! 風が、風が強くて!」
ナツコは何とか踏ん張ると、機動ホイールの出力を上げて風に逆らって進む。
『風速17メートル以上あります。各機足下に細心の注意を。危ないので先に監視塔の建設に向かいます』
タマキは計画変更を告げると、進路変更して監視塔建設予定地へ向かう。
『ツバキ、隊列を2列に。機体を密集させて』
横風を受けながら進むため、1列縦隊から2列縦隊に変更。機体を密集させて一塊になって進む。
ナツコは強風にあおられては体勢を崩すが、前を行くフィーリュシカと、隣のリルに支えられては立ち直って前へと進む。
ようやく海岸沿いにある、海へと突出した小さな岬に辿り着くと、タマキはここで監視塔を建設すると告げた。
「この風の中でまじか」
「わたしが建てると言ったら、暴風だろうが大雨だろうが、砲弾が降っていようが建てます。まずは主柱を埋める穴を掘ります。イスラさん掘って下さい」
有無を言わさずタマキはイスラへとスコップを押しつけ、イスラは「こんなことならパイルバンカー持ってくるんだった」と愚痴りながらも固い岩盤に穴を掘り始める。
強風の中、固い岩盤地帯に建設するため手惑いもしたが、〈R3〉7機がかりで作業を進めたため30分後には高さ1メートル程の監視塔が完成した。
「監視塔、と言うか、百葉箱みたいだな」
「百葉箱ってなんです?」
「今の子は知らないのか……」
ナツコの素朴な疑問にイスラは時の流れを感じて、サネルマに「知ってるよな」と問いかけるとサネルマは大きく頷いた。
「作戦行動中にふざけない。フィーさん、レーダーと警報装置を」
「承知した」
出来上がった監視塔の最上部にフィーリュシカはレーダーと警報装置を固定する。風が強いので建設マニュアルに指定されているよりもきつめに固定処理を施し終わると、タマキがエネルギーパックを監視塔へと接続した。
「起動確認。システム正常」
監視塔に設置されたレーダーは正常に動作を開始した。これで周囲に敵機が現れればレーダーが反応し、警報装置が作動する。
「ツバキよりアントンへ。応答願います」
タマキはアントン基地大隊司令部へと無線連絡を入れる。アントン基地から応答が来ると、監視塔の建設完了を報告した。
「ツバキ、監視塔の建設完了。レーダー、警報装置共に正常稼働中。確認をお願いします」
直ぐにアントン基地から返答があり、レーダーの作動を確認したと連絡があった。
「確認感謝します。これよりツバキは哨戒活動に移ります」
アントン基地との通信を終えると、タマキは先送りにしていた現地の地形確認を再開すると隊員に告げる。
「はい質問。地形確認って具体的に何やるんだ?」
イスラが挙手して問うとタマキは答える。
「文字通り地形の確認です。帝国軍がこのあたりに上陸するとしたらどういったルートをとるのか、対してわたしたちはどう防衛するべきなのか。実際の地形を見て考えます」
「なるほど。そういうことね。回答どうも」
「では海岸沿いに進みます。先ほどと同じ2列縦隊密集隊形です」
ツバキ小隊は再び陣形を組み、海岸線沿いに移動する。風は依然強かったがナツコは監視塔建設資材を降ろしたことで横風でバランスを崩すことも無くなり、密集隊形のおかげで安定して進めた。
ツバキ小隊が監視塔を建てた岬から400メートルほど移動すると、タマキは〈R3〉の停止信号を点滅させて小隊をその場に停止させる。
「全員きこえますか? きこえていますね。ここがツバキ小隊の受け持つ海岸線の中で最も崖が低い地点です」
言ってタマキは切り立った崖を示す。サネルマが恐る恐る身を乗り出して崖下を見ると、高さは20メートル以上あった。
「結構高いですね」
「〈R3〉なら軽々上れる高さです」
タマキはそう答えたが、サネルマに次いで崖下をのぞき込んだナツコはあまりの高さに身震いした。崖下には鋭い岩がいくつも並び、この高さから岩に叩き付けられたら〈R3〉といえど無事では済まなそうだった。
「可能かも知れないけど本当にやるかね? 宙族だってこんな無茶な崖登りしたくはないだろうよ。そもそも〈R3〉だけでハイゼ・ブルーネ基地の攻略は可能なのか?」
「基地を攻略するとなれば重砲か装甲騎兵が必要でしょうが、〈R3〉の飽和攻撃で基地を陥落させることも不可能ではありませんし、この高さなら軽量な装甲騎兵も上がってこれるでしょう。崖上にクレーンを設置されたら重砲や重装甲騎兵も上げられます」
「机上の空論だと思うけど。そもそもこの強風の中、完全武装した〈R3〉は本当に軽々上がれるのか?」
イスラの重ねての問いにタマキは面倒くさそうにため息ついたが、良い機会だからと手を叩いて崖下を示す。
「では試してみましょうか」
「え? ああ、はい」
まさかタマキがそんなことを言うとは予想していなかったイスラはぽかんとしたが、タマキがやると言った以上やるのだろうと諦めて頷く。
一度野営地に戻り装甲輸送車両を移動させると先ほどの崖上に設置する。車両をしっかりと固定し、監視塔に〈R3〉吊り下げ用の小型クレーンを上げた。
これで崖下に下りる準備は完了。
「誰が試しますか?」
タマキは隊員達を前に問いかける。
するとイスラが手を上げた。
「よろしい」
「待った、立候補じゃなく。偵察機で登れたって試したことにはならんだろう。
それより我らがツバキ小隊にはうってつけの人材がいるじゃないか。こいつが登れるのなら、誰でも登れることを証明できる素晴らしい人材が」
「なるほどね」
頷いたタマキを含め、当人以外の隊員はその素晴らしい人材へと視線を向ける。
1人分かっていなかったナツコは、集まる視線におどおどと視線を泳がせる。
「ではナツコさん、クレーンで崖下へ。フィーさん、フォローをお願いします」
指名されたナツコは全力で首を横に振ってみせる。
「ま、ま、ま、待って下さいよ! 私!? 私は無理ですよ、死にますって!」
「無理かどうかを試すための試験です」
「え、でも、落ちたら海ですよ――あ、フィーさんクレーンを取り付けないで、今交渉中なので」
しかし有無を言わさずフィーリュシカはナツコの機体をクレーンに吊り下げた。そんなナツコに、イスラは黒い帯状の装備を巻き付ける。
「これフロートシステム。これ巻いとけば浮くから」
「え、そういう問題、ですかね……?」
「命綱も繋ぎますから問題ありません。ともかくこの崖を登れるか試してみて下さい。全力でお願いします」
ナツコは最後までなんとかこの役目から逃れられないかと画策したが、いよいよクレーンが動き始めると「頑張ってきます」と言い残して崖下へと下ろされていった。
「フロートシステムなんてあったのね」
「いや、あれ生身の人間用の救命胴衣だから多分〈R3〉は浮かない」
「え?」
タマキはイスラの答えにきょとんとするが、イスラは「問題ないだろう」と涼しい顔だ。
「命綱つけるなら大丈夫だろ」
「いえ、命綱も生身の人間用なので〈R3〉は……」
2人は顔を見合わせて、それから「頑張ります」と泣き叫びながら崖下へと下ろされていくナツコを見下ろした。
「言った方が良いと思う?」
「言わない方が良いと思う」
「同感だわ。ナツコさんならきっとやってくれるもの」
「だろうね。フィー様が一緒だから問題ないよ」
2人はそう信じて、ナツコの無事を祈った。
崖下までクレーンが下りきると、ナツコの機体はフィーリュシカによってクレーンから解放され、崖下にほんの少しだけ顔を出していた岩の上に立つ。
「ひぃっ、波が――風強いですっ、落ちる落ちる!」
騒ぐナツコの機体をフィーリュシカはしっかりと支えて、「じっとしていれば落ちない」と言って聞かせる。
命綱が結ばれ、クレーンが上へ戻っていくと後が無くなったナツコはフィーリュシカから最大限のアドバイスを貰おうとレクチャーを願い出た。
「お願いしますフィーさん。私でもこの崖を登り切れる方法を伝授して頂けませんか」
「ワイヤーを撃ち込んで、巻き上げながら登れば良い」
「はい」
ナツコは返事をすると続きを期待するがフィーリュシカはそれきりだった。
「あ、あの。もう少し具体的に……」
「撃ち込む先を良く見て。巻き上げる前に軽く引いて抜けないか確認して」
「はい」
ナツコは返事をして、やはり続きを期待したのだがフィーリュシカは口をつぐんで何も話してくれなかった。
「あ、あの……これ、落ちたら私、どうなりますかね」
「自分が受け止めるから問題ない」
「ええ……。でもそう言われるとちょっと安心かもしれません」
ナツコはフィーリュシカのことを、軽く引いただけで切れそうな命綱と、おもちゃみたいな浮き袋よりかは信頼していた。いよいよクレーンが上がりきって、タマキから崖を登るように指示があるとナツコは意を決して崖上を睨む。
「ワイヤーを撃ち込む先をよく見て……」
「2メートル下げて」
「はい。2メートル下」
メインコンソールからワイヤーの射出制御を開くと、ワイヤーの照準を注視点とリンクさせる。最初に見ていた場所から目測で2メートルほど下げた場所を注視すると、両肩に装備されたワイヤー射出機が照準を定める。
「撃ちます!」
ナツコはそう宣言してから、仮想トリガを引いた。射出の瞬間機体が揺れたが、フィーリュシカが支え、ワイヤーは目標地点に正確に突き刺さった。
「軽く引いて抜けないか確認――大丈夫。そしたら、巻き上げながら、登る……?」
「問題ない。巻き上げながらゆっくり崖へ足を」
「はい!」
フィーリュシカのレクチャー通り、ワイヤーをゆるゆると巻き上げながらゆっくり崖へと片足をかける。そのまま更にワイヤーを巻き上げつつ、反対側の足を一歩先へ。
「これで、大丈夫、ですか?」
「問題ない。ワイヤーの半分まで進んだら片方抜いて、撃ち直せばいい」
「なるほど……ちょっと不安ですけど、頑張ります!」
波しぶきと強風にあおられながらも、ナツコは〈ヘッダーン1・アサルト〉を崖に45度の急角度で立たせて、慎重にワイヤーを巻き上げつつ崖を登る。
ワイヤーの半分まで来たところで、コンソールからワイヤーの固定解除を呼び出そうとする。
『両方抜くと落ちる』
無線機に飛び込んできたフィーリュシカの声を聞いてナツコは固定解除を思いとどまった。
当たり前だ、片方だけ抜かなければ。
設定を変更。右側だけ解除するように操作しようとしたが、ワイヤー1本で機体を支えることが出来るか不安で実行キーが押せない。
『不安ならアンカースパイクを刺せばいい』
「あ、その手があった」
ナツコはフィーリュシカのアドバイス通り、かかとを強く踏み込んでその場にアンカースパイクを突き刺した。固い岩盤に杭が突き刺さり機体が固定される。
それで安心してワイヤーを片方抜いて引き戻すと、更に上の方へと照準を向けて再度撃ち込んだ。
ワイヤーが抜けないことを確認すると、アンカースパイクを解除してワイヤーを巻き上げながらゆっくり登る。片方のワイヤーの端まで迫ると再びアンカースパイクで機体を固定し、ワイヤーを片方抜いて撃ち直す。
撃ち直した先はもう崖の際で、もう1度ワイヤーを撃ち直して登っていくと、機体が崖の一番上まで到達した。
ナツコは崖の端をしっかり手で掴むとワイヤーを両方解除して、崖上へと這い上がる。
懸命に這い上がろうとするナツコを、カリラとサネルマが引き上げた。
「ご苦労様。よく頑張りました」
「はい~、頑張りました」
主に精神面が疲れ果てたナツコは崖上に上がるとその場でへたり込んだ。
タマキはメインモニターのタイマーを確認する。
「登り始めてから5分ですね。結構かかりましたね」
「これ登って侵攻するの、非現実的じゃないか?」
イスラの言葉に、タマキは崖下で待機するフィーリュシカへ無線機で声をかけた。
「ツバキ1よりツバキ3へ。全速力で崖上まで来て下さい」
『ツバキ3、承知した』
フィーリュシカは返答するやいなや跳躍して崖を蹴ると、ワイヤーを片方だけ射出して崖に引っかけ、即座に全速力で引き戻して急上昇。その勢いで飛び上がるとワイヤーを解除して巻き戻し、崖上の端に手をかけて機体を持ち上げた。
タマキがタイマーを確認するまでもなかった。
「慣れた人なら88ミリ砲装備の重装機でも3秒です」
「人選が間違ってる」
フィーリュシカの人間離れした動きにはさしものイスラも肩をすくめて呆れて見せた。
それでも現実的には〈サリッサMk.Ⅱ〉を装備したカリラでも30秒以内に登りきるだろうと予想したイスラは、タマキの意見を聞き入れるしかなかった。
「でも宙族なら、こういう馬鹿げたこと平気でやってきそうだ」
「宙族では無く帝国軍――。ともかく分かって頂けたようで結構。ツバキ各機、これより一度野営地へ戻ります。ナツコさんいつまでも座り込んでいないで」
「は、はい! 直ぐ移動します!」
慌てて立ち上がったナツコは、体に巻き付けられていたフロートシステムを回収すると、移動準備に取りかかった。
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