第23話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑫

 ツバキ小隊は衛生部の建屋外に停められていたトレーラーの元へ向かった。

 物資管理を担当する下士官にタマキは個人認識票を見せ、差し出された情報端末にサインを書き込むと手続きは終わった。


「衣類は荷室に積まれています。服装は――どうしますか? 統合軍兵士向けの衣類が必要なら受領申請を出します」


 ツバキ小隊は突然の宙族襲来によって出動を余儀なくされ、着の身着のままトトミ中央大陸まで避難してきたため、私有するトレーラーを持ち出してきたイスラとカリラを除いてはほとんど何も持っていないような状況だった。

 一応服だけはハツキ島避難民向けに配られたものを受け取っていたが、義勇軍とは言え兵士の着用する衣類としてはあまりに簡素なものだ。


「そういえば隊長さん。義勇軍の装備はどういう扱いになるんです?」


 ふとサネルマが問いかける。


「基本的に義勇軍の装備は義勇軍自身で調達することになっていますが、作戦行動に必要だと認められれば統合軍から貸与されます」

「なるほどー。逆に言えば、義勇軍で調達したものは使って良いわけですね! こっちにハツキ島で縫製工場をやっていた知り合いが避難してたはずなので、婦女挺身隊の隊員服の在庫が無いか確認してみてもいいですか?」

「構いません。それが届くようならそちらにしましょうか。それまでは統合軍から借りておきましょう」


 タマキの決定に特に異論は起こらず、後でサネルマからその知り合いへ連絡がされることとなった。


「もしかして〈R3〉も自力調達か?」


 今度はイスラが尋ねる。


「そうなりますね。流石に作戦に必要なら貸与されるでしょうが、統合軍ですら〈R3〉の入手に奔走しているような状況ですから――。ところでイスラさん、あなたのつてで突撃機と偵察機、何機か手に入りませんか? 可能なら〈ヘッダーン4〉系列が良いです」


 タマキの問いにイスラは手をひらひらと振って答える。


「おいおいうちは修理工場だぜ。〈R3〉丸々手に入ったりしないって」

「そうですか。……本当に手に入りません?」


 イスラの〈空風〉、ナツコの初期型〈ヘッダーン1・アサルト〉、フィーリュシカの〈アルデルト〉。替えを用意したい機体は多い。欲を言うならば、リルには飛行偵察機以外に通常の偵察機を装備できるよう備えておきたかった。


「本当だって。――待てよ、こっちにカリラのコレクション倉庫が――」

「お、お姉様!」


 思わずカリラは口を挟んだ。応じるように、イスラは申し訳なさそうに笑う。


「いや、やっぱり無かった」

「カリラさんの倉庫があるんですね? 収容されている機体は?」

「いけません! いくら何でも、あれはわたくしの私物です! コレクションです! 人類の宝なのです!」


 荒々しくまくし立てるカリラを無視して、タマキは重ねてイスラに問いかけた。


「はっきり言ってマニア向けコレクション以上の価値はない」

「使える機体は1つもないと」

「そういうこと」

「残念だわ」

「分かって頂けたようでなによりですわ」


 タマキがコレクションの使用を諦めたのを見てカリラは平らな胸をなで下ろす。


「〈R3〉でしたら、多分難しいとは思いますけど、ヘッダーン社の方に連絡だけしておきましょうか? もしかしたら規格外品とかをこっそり流してくれるかも知れません」

「そうね。お願いしてもいいかしら、サネルマさん」

「はい、お任せ下さい!」


 可能性は低いだろうがコンタクトがとれるのならばとっておくべきだろうとタマキはサネルマの提案を了承した。ヘッダーン社もハツキ島に開発局を置いていたのだから、少しくらいハツキ島奪還に協力してくれるかも知れない。

 今のツバキ小隊の装備を鑑みれば〈ヘッダーン4〉どころか〈ヘッダーン3〉系列でも是が非でも欲しいくらいだ。〈ヘッダーン1〉でも、多目的に運用できる分〈空風〉よりは使い道がある。


「では無事に義勇軍の認可も下りたので〈R3〉を統合軍仕様に改修しましょう。必要なパーツは受領しています。イスラさん、カリラさん、こういった改修の経験は?」

「問題ないよ」「慣れたものですわ」


 2人が答えたので、タマキは早速改修するように指示を出した。


「武装も統合軍仕様のものが使用可能になっています。戦闘に参加するかどうかは不明瞭ですが、受領できる内に可能なだけ受け取っておきましょう」


 カサネの計らいでツバキ小隊はハイゼ・ミーア基地の倉庫にある武装をある程度なら借り受けることが出来た。

 これまでは婦女挺身隊扱いだったため装備することが出来なかった強力な火砲や、ライフル弾を防御可能な外装式シールド。それに制限のかかっていた投射弾量の制限も無くなりガトリングや大口径火砲の運用もしやすくなっていた。


「とりあえず弾薬を統一出来る部分は統一します」


 これからもずっと十分な補給を受けられるとは限らない。

 補給を容易にするために使用弾薬の統一はしておかなければならなかった。

 使用する弾薬の種類をなるべく絞ることで補給を受けやすくなる。主武装としては標準的な12.7ミリ機銃弾を中心に、弾薬を共用できるよう調整していく。


 偵察機や高機動機相手に使い勝手の良い7.7ミリ機銃弾と、低空飛行のヘリコプターや重装甲機に対応するための20ミリ機関砲弾。フィーリュシカは25ミリ狙撃砲からの武装変換を火力の低下を理由に嫌がったが、重量3トンを超える砲身長3メートルの88ミリ砲を装備しておいて火力の低下など気にする必要はないと、タマキに押し切られて変更を承諾した。


 部隊の個人防衛火器については5.7ミリの小口径高速弾に統一する。普段身につける拳銃については弾薬を指定せず、自費調達とした。

 イスラの〈空風〉については火器管制も搭載されていない規格外の機体だったため、主武装はイスラが所持していた散弾銃のままで、個人防衛火器だけ積むようにタマキは指示した。

 ひとまず主武装は決定。その他の装備についてはあるものを受け取りつつ、どのような作戦に参加することになっても対応できるようにと、タマキが改修を始めた〈R3〉の元へ赴き装備について指示を出していく。


 ハツキ島撤退時に全ての装備を投棄していたナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉は主武装については作戦に応じて12.7ミリと7.7ミリから選択するものとして、その他外装式シールドと4連装対軽装甲ロケットを装備して、重装機相手でも最低限戦闘可能なようにした。追加で汎用投射機と近接戦闘用のハンドアクス、5.7ミリ弾を使用する中型の個人防衛火器を積む。


「個人用担架は降ろしましょうか」


 弾倉や索敵機、グレネードに煙幕弾、その他予備エネルギーパックに爆薬と積んでおきたいものはいくらでもある。小隊内ではナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉が唯一の突撃機となるので負担が集中するのも仕方が無かった。個人用担架が必要になることもあるだろうが、優先度はそこまで高いものではない。


「あの! タマキ隊長!」


 しかしナツコはこれまで素直にきいていたタマキの指示に手を上げた。


「なんでしょう、ナツコさん」

「担架は、婦女挺身隊の一番大切な装備です! 困っている人を助けるために、どうしても必要な装備なんです! 何とか降ろさないようには出来ないですか」


 ナツコの意見にタマキは考えを巡らせる。

 元々ハツキ島婦女挺身隊は、災害時の人命救助のための組織だ。

 要救助者を助けるために個人用担架は欠かすことの出来ない大切な装備であろう。ハツキ島の市民を助けたい一心で婦女挺身隊に入隊したというナツコが、個人用担架にこだわる気持ちも分かる。

 だがこれから始まる戦争で、個人用担架はそこまで優先度は高くない。怪我人は最悪引きずって回収すれば良い。前線に出るとなれば、いちいち担架に怪我人を固定している時間はそう与えて貰えないだろう。

 しかしそんなタマキの思案を余所に、イスラが挙手して意見を申し出た。


「何ですか、イスラさん」

「ナツコに迫撃砲でも担がせるつもりじゃないのなら、担架に荷物積み込めばいいんじゃないか? それくらいの改造なら10分かからないぞ」

「積載量が大分落ちますが――まあいいでしょう。ひとまず担架はそのままで、任務に応じて降ろすかどうか決めましょう」

「はい、ありがとうございます! タマキ隊長!」


 ナツコは個人用担架の装備継続に喜び、助け船を出したイスラにも礼を言う。

 当初の想定とは違うが許容範囲内。

 タマキは士官用端末で〈ヘッダーン1・アサルト〉の予備パーツ在庫状況を調べ、表示された画面をイスラへ示す。


「余りこの型の〈ヘッダーン1・アサルト〉に詳しくないのですが、余剰のあるパーツの中でこれに装備できそうな有用なものがありますか?」

「ちょっと待ってくれよ……初期型はアンカースパイク標準装備じゃないから付け足した方がいい。あとはナツコに使いこなせるか分からんけど加速ブースター。現状で問題なければ必要無いがワイヤー射出強化しておけば移動だけじゃ無く攻撃にも使えるようになる」

「なるほど。アンカースパイクはつけましょう。ブースターとワイヤーは……。どれくらい時間かかります?」

「ブースターは取り付けに1時間。搭乗者教習に普通なら1時間だがナツコだから2時間半。ワイヤー射出装置強化は取り付け1時間。教習必要無し。ただナツコには必要かも知れない」

「イスラさん、私のこと凄いよく分かってますね!」

「何か嬉しそうな顔してるけど一切褒めてないぞ」


 微笑むナツコにイスラは突っ込みをいれ、タマキに「どうする?」と確認をとる。


「アンカースパイクだけで。その他のパーツは受領だけして、時間に余裕のあるときつけましょう」

「了解。アンカースパイクだけなら30分で終わる。この辺はカリラの方が慣れてるからあいつにやらせてもいいか?」

「作業の分担は任せます。ただしサボらないように」

「分かってますって。そんなに信用無いですかね?」

「当然です」


 きっぱりと答えたタマキは、言葉を失うイスラを尻目にサネルマの機体へと指示を出しに行った。


「酷いと思わないか、ナツコちゃん」


 残されたイスラはナツコに語りかけるが、ナツコはほんの少しだけ考えてから結論を出す。


「日頃の行いのせいだと思いますけど」

「あら、ナツコちゃんも案外冷たいなあ」

「食べ物の恨みは恐ろしいんです」

「まだ根に持ってたのか」


 ハツキ島で犬の餌を与えたことを引き合いに出されたイスラは頭をかいて見せる。


「冗談ですよ。でも、あんまりタマキ隊長を困らせないであげてくださいね」

「ナツコちゃんはタマちゃんの味方か。あんなに優しくしてあげたのに、悲しいなあ」

「犬の餌とキャラメルだったら比べるまでも無いです」

「あれは実質犬の餌だけど公式には――キャラメル? 何のことだ? もしかしてお前――」

 ナツコは「しまった」とばかりに両手を口に当てた。

 だがそんな行動がイスラに確信を与えてしまう。


「タマちゃーん。ナツコがキャラメル貰ったそうだけど、あたしらの分はー?」


 サネルマの機体へと装備指示を出していたタマキは声を上げたイスラを睨み、それからナツコへと視線を向ける。

 ナツコは必死に首を横に振って自分は言っていないとアピールしたが、タマキは深くため息をついた。


            ◇    ◇    ◇


 カリラは受領した〈ヘッダーン1・アサルト〉用のアンカースパイクを手早く取り付けた。早速ナツコは出撃用の機能性インナーに着替えると、改修された〈ヘッダーン1・アサルト〉を装着する。

 機体が全て装備されると、新しく登録された武装が機体の各所に装着される。

 右腕に装備した7.7ミリ機銃はハツキ島で装備したものと同型のハンドガードがついたものだった。一度も撃たなかったとは言え、装備した経験のある機銃なので使い方はなんとなく分かっていた。


「このロケットはどうしたら撃てますかね?」


 ナツコは左肩に新しく積まれた対軽装甲ロケットを示して尋ねる。


「火器管制装置は接続してありますから、コンソールからアクセスして、トリガー引けば撃てますわ」

「なる……なるほど」


 少し理解が遅れたが、要は主武装と同じ使い方でいいのだと気がついてナツコは頷いた。

 接続された火器は機体の火器管制装置からアクセスすることで使用可能だ。試しにナツコは視線でメインコンソールを開いて、武装一覧から対軽装甲ロケットへアクセスする。

 左肩に積まれたロケット砲が火器管制装置と繋がり、照準がナツコの視線とリンクされる。後はどこかの指にトリガーを設定しておけば、その指を引いた瞬間に発射される。


「ショートカット登録して直ぐ使えるようにしておくことをお勧めしますわ――こっち見ないで下さる?」

「あ、ごめんなさい」


 火器管制装置を繋いだ状態でカリラの方向を見たため、ロケットの砲口がカリラへと向いてしまっていた。安全装置がかかっていようと味方に武器を向けてはいけない、というのは婦女挺身隊の基礎講習でも習ったことだ。


「側面の物理トリガーでも撃てますわ。使う機会はそう無いでしょうけど覚えておいて下さい。対軽装甲ロケットですから装甲騎兵の装甲は相当当たり所が良くない限りは抜けませんので無駄打ちしなように。あくまで〈R3〉の装甲を抜くためのロケットですわ」

「なるほど」

「主な相手は同格の突撃機か重装甲機ですわ。ハツキ島の戦闘で分かったと思いますけれど、ロケットは正面から撃っても迎撃されます」

「そうですよね。私でも迎撃できたくらいですし」


 ハツキ島での戦闘で宙族の偵察機が放った誘導弾を撃ち落としたことを思い出してナツコは頷く。


「撃つ場合は側面か背後から。もしくは味方と協力して複数方向から一斉攻撃がセオリーですわ」

「ふむふむ。もしかして、結構難しいですかね?」

「相当難しいと思いますわ。特にあなたには」

「う、うん。そうですよね」


 暗に腕が未熟であることを指摘したカリラに対してナツコは言い返す言葉も無く頷く。ナツコ自身、酷い有様の適性試験結果を目にしていて自覚はしていた。


「左腕のシールドは12.7ミリ機銃弾を弾くことが可能です。けれどあまり過信しないように。12.7ミリでも強装仕様の狙撃弾には貫通されますわ。当たり前ですけどシールドに自分の身を隠すように。はみ出していたら元も子もありませんから」

「はい、気をつけます!」


 カリラの意見を素直に聞き入れてナツコは左腕のシールドを構え、自分の体を隠すようにしてみる。


「頭出ていますわよ」

「あ、はい。そうですよね。これでどうです?」


 指摘されたナツコは頭を引っ込めて再度確認をとる。


「そんな感じですわね。反撃するときは右腕を余り出し過ぎないよう留意するように」

「気をつけます!」


 ナツコは反撃姿勢を試そうと右腕の機関銃を前へ向けようとしたが、その方向にカリラが立っているので引っ込めた。


「個人防衛火器は、名前の通り身を守るための武器ですわ。相手が非武装か、ほぼ装甲の無い機体なら攻撃も可能ですが、あくまで身を守るためのものですからお忘れ無く。対〈R3〉用のロケットや誘導弾くらいなら迎撃可能です。それは生身の状態でも使えますから、〈R3〉が故障した場合でもそれだけは携帯することをお勧めしますわ」

「なるほど。ところでほぼ装甲の無い機体ってどんなですか?」

「ぱっと見て装甲のなさそうな機体ですから機体の知識が無くてもなんとなく分かると思いますわ。あそこに居るフィーリュシカさんの〈アルデルト〉とか、おチビちゃんの〈DM1000TypeE〉とか、お姉様の〈空風〉とかですわね」

「結構ありますね」

「普通はそう居ないでしょうね。あくまで〈R3〉の主力は突撃機と重装機ですから。ただし速度の速い飛行偵察機や高機動機に絡まれた場合は取り回しの容易な個人防衛火器の方が有効ですから、一応覚えておくと少しは生き延びる可能性が上がるかも知れませんわね」

「なるほど! 覚えておきます!」


 暗に馬鹿にしたのだが素直に受け入れられて、カリラは呆れながらも次の装備の説明に移る。


「ハンドアクスは、説明するまでも無いですわね。これで殴りかかれば突撃機くらいなら対処できます。お勧めはしませんけど。恐らくですが、邪魔な障害物をどかしたり、閉まっている扉をこじ開けたりするのに使用するのが主になると思いますわ」

「そうですよね。これで殴りかかるのは……まるで自信が無いです」

「ええ、止めた方がいいでしょうね。最後に、アンカースパイクですが――」

「新しくつけた奴ですね! どうやって使うんですか!!」


 ナツコは最初から気になっていた、足下に装備された見たことの無いアタッチメントにようやくカリラが触れてくれて、目を輝かせる。


「そんなにはしゃがなくてもよろしいでしょうに。もしかしてこういったの興味ありますの?」

「え? 新しいギミックとか増えると、なんだかわくわくしませんかね?」

「気持ちは凄く分かりますけど、そんなに派手なものではありませんわよ。ホイール展開して、徐行速度でこの辺り走ってみて頂いてよろしいかしら」

「はい! 頑張ります!」


 ナツコはつま先に軽く力を入れて〈ヘッダーン1・アサルト〉をゆっくりと走らせ始める。駐車場の中を弧をかくようにくるくると、停止しない程度の速度で回る。

 カリラは遠くに居たタマキに声をかけて、走っているナツコと駐車場の路面を指さしてアンカースパイクを試し打ちして良いか尋ねる。

 タマキは頷くと同時に駐車場の端っこを指さして、そちらで試すように示した。


「ナツコさん、隅の方へ移動して。そう、その辺りですわ。そこで急ブレーキ」

「はい!」


 言われた通りナツコはつま先にかけていた体重をかかとへと移動させ、〈ヘッダーン1・アサルト〉をその場に停止させる。


「あら? 設定ミス? そんなはずは……」


 停止したナツコの元に駆け寄ったカリラは、〈ヘッダーン1・アサルト〉の脚部を確認する。


「ブレーキが穏やかすぎます。かかとで地面踏み抜くくらいの勢いでお願いしますわ」

「善処します!」

「ではもう一度徐行速度で」


 再び走り始めるナツコ。

 2周程走ったところで、カリラが手を打った。


「そこで急ブレーキ」

「はい! ――おぅっ!」


 ナツコは言われた通りかかとを思い切り踏み込んだ。

 同時に脚部パーツが圧縮空気を吹き出し路面に杭を突き立てた。

 地面に文字通り釘付けにされたナツコは急停止の反動で前のめりに倒れそうになるが、杭が路面に突き刺さっているため倒れることも出来ず、今度は後ろに引き戻される。

 何とかそこで体勢を立て直したナツコ。

 自分の足を確認して、脚部に取り付けられたパーツから突き出した杭を見つけて感嘆の声を上げた。


「なんか刺さってます!」

「それがアンカースパイク。急停止したり姿勢を固定するために地面に杭を打ち込む装備ですわ。試して分かったと思いますけれど、急停止しますので使う際は姿勢に気をつけて。速度が乗っている状態で何も考えずに使ったりしたら、固定が中途半端で止まりきれず投げ出されますから」

「なるほど。そうなりますよね」

「アンカースパイクを直接押し込めば踏み込まなくても作動させられますわ。接近戦でも蹴りつけて作動させてしまえば突撃機くらいなら撃破可能です。重装機を狙う場合は蹴る場所を慎重に選ぶこと」

「え、いや、多分ですけど、蹴りに行くのは難しいかと。ところでどうやって抜いたら良いですかね……?」


 突き刺さったアンカースパイクを引き抜こうと体を伸縮させるナツコを見てカリラは呆れながらも解除の仕方を教えた。


「もう1度踏み込むとストッパーが解除されますから抜けるはずですわ。コンソールからショートカット作っておけば指先の操作でも解除出来ますからそちらの方がお勧めです。使い慣れたら壁を歩いたりも出来ますから」

「あ、それちょっとやってみたいです」

「ナツコさんにはまるでお勧めしませんけれど……少尉さんも壁は駄目だそうです」


 カリラは手を上げてタマキの注意を引くとナツコと衛生部の宿舎壁を交互に示したが、タマキは両手を使って頭の上でばってんを作って見せた。


「ではまた今度ですね」

「無理に歩く必要も無いでしょうに。突撃機なら壁くらい蹴って上れますわ」

「それはそれで自信が無いです」

「それくらい出来ないと話になりませんわよ」


 話にならないという言葉には流石のナツコも堪えたが、直ぐ気を取り直す。


「カリラさん、ありがとうございました。やっぱりカリラさんは〈R3〉に詳しいですね。改造もあっという間でしたし」

「本業が修理工ですし、〈R3〉の改造は趣味でやっていますからね。でもナツコさん、人ごとでは無く、これからはあなたも多少なりとも〈R3〉について知らないといけませんからね。修理や改造はわたくしやお姉様がやるとしても、普段の整備くらいはやって頂かないと」

「そ、そうですよね。今度、教えて貰っても」

「ええ、構いませんわよ。ただし1回できちんと覚えて下さいね」

「善処します」


 はいとも言えずそう返したナツコは、新しく装備の編成を行った〈ヘッダーン1・アサルト〉をカリラの指示通りに慣らし運転し始めた。


            ◇    ◇    ◇


 〈R3〉の統合軍仕様への改修と新装備の登録が一通り完了すると、イスラは自機の動作確認をしていたタマキを訪ねた。


「少尉殿、ちょっといいかい?」

「なんですかイスラさん」

「〈R3〉の部隊認識記号なんだが、こっちで勝手に決めて良いのか?」

「ええ、隊員で決めてくれて構いません。決まったら教えて下さい」

「そう言ってくれると思ってたよ。これなんだが――」


 タマキに確認をとる前に既に部隊認識記号について内輪で決めていたイスラは、整備用の情報端末をタマキに示す。

 事後確認となったがタマキは意に介することもなく、示された部隊認識記号をあらためる。


 幾何学図形を組み合わせてハツキ島の象徴である薄桃色のツバキを表したものだ。意匠としての出来は優れていたし、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊の部隊認識記号としてこれ以上無い程にふさわしいものだ。


「良いじゃない。素敵な部隊マークだと思うわ。イスラさんの案?」

「いやこれはサネルマ案。一応全員書いたんだが、こいつの出来が良かったからこれにしようってことで全会一致で決まった」


 イスラは他の隊員の書いた部隊認識記号案を1画面にまとめて表示させる。文字でハツキ島義勇軍ツバキ小隊と書いただけの恐らくフィーリュシカ案と思われるものを除けば他は皆ツバキの花をイメージしたものだったが、並べてみてもサネルマ案の出来映えは他より抜けていた。


「隊員で話し合って決めたのならわたしが異論を挟む余地はありません。部隊認識記号はこれで構いません」

「了解。塗装の準備しとくよ。少尉殿の機体にも書いていいのかい?」

「ええ、お願いします。わたしもツバキ小隊の一員ですから」


 そのタマキの言葉に、イスラはなんだか申し訳なくなって勝手に部隊認識記号を決めたことを謝る。


「あー、悪かったよ。少尉殿の案もきいてから決めるべきだった」

「何を謝るかと思えばそっちですか。構いませんよ、わたしにはサネルマさんの案より良い案を出せそうに無いですし。それより次からは何か決める際は事前に連絡を下さいね」

「了解。次からは気をつけるよ。少尉殿の案も見てみたかった気がするし」

「だからそっちでは――まあいいです。塗装の準備だけしておいて下さい」


 事前に連絡を入れることについてはイスラも了承したのでタマキはそれでよしとして、塗装準備の指示を出すと自機の調整に戻った。

 

 隊員達の機体調整・慣らし運転が一通り済んだ頃、タマキは全員に〈R3〉の装備解除と整列を命じた。

 整列した隊員を前にタマキは時計を再度確認する。

 新しいトトミ星総司令官の着任挨拶が行われる時間までまだもう少しだけ余裕はある。既にスーゾからもツバキ小隊は衛生部の建屋内にある中規模の会議室に集合するようにと指示を受けていた。


「本日17:00より、新トトミ星総司令官の着任挨拶が行われます。全兵士参加とのことなので、皆さんにも参加して貰います。統合軍の兵士向け衣類を一式受領してきたので、それに着替えて下さい。今から階級章と一緒に渡します」


 タマキは受領したばかりでカゴに入っていた衣類一式と階級章を配り始める。

 衣類は基地で着用する常服と、出撃時着用する機能性インナー。もうすぐ冬なので、常服の上に着るコートも渡された。


「これってどんな階級です?」


 受け取った2本線の階級章をサネルマに見せてナツコは問いかけた。


「1等兵ですね。婦女挺身隊の教練課程を終えていますし、ナツコちゃんも短期間とは言え実務についていましたからね」

「なるほど。1日でも良いんですね!」

「あれ? 1日? それは……良いのかな?」


 まさかナツコが宙族襲来の丁度その日に訓練を終えていたとは知らなかったサネルマは戸惑った。でも階級章がこうして渡されたわけだから問題はなかったのだろうと1人で納得する。


「カリラちゃんはナツコちゃんと一緒の1等兵ですね。イスラちゃんは上等兵。わたしは副隊長の経験があるので兵長です。フィーちゃんは予備防衛官課程をとっているので伍長扱いですね」


 サネルマは説明してから、あくまで統合軍規定の上での扱いなので義勇軍であるツバキ小隊にはそこまで関係のないことを付け足す。

 ナツコはサネルマの説明に出てこなかったリルの階級章を見て、サネルマに尋ねる。


「1本線の階級章はなんです?」

「あー、リルちゃんは2等兵だね。元の所属が学徒挺身隊で、リルちゃんも17歳だから。1等兵になるのは18歳になってからでしょうね」

「なるほど! つまり私にも部下が――」

「馬鹿言ってないで。こんなもの義勇軍じゃ飾りよ」


 ナツコとサネルマの会話を聞きつけたリルが割って入る。

 リルは特に意識していたわけでは無かったが、普段からきつい目つきをしているためそれをナツコは怒っているものだと勘違いして、即座に頭を下げる。


「ごめんなさい」

「別にそんな謝らなくても……。頭上げなさいよ、恥ずかしい奴ね」


 突然謝ったナツコにリルはむしろ驚いて、突然謝罪したナツコをたしなめる。


「どっちが上官か分からないですね」


 2人のやりとりにサネルマはのほほんと微笑む。


「義勇軍の所属章はどうしますか? 新しく作っても構いませんし、ハツキ島婦女挺身隊のものを使っても構いません」


 隊員達は顔を見合わせ頷くと、代表して副隊長のサネルマが手を上げた。


「はい、サネルマさん」

「婦女挺身隊のものを使います!」

「分かりました。襟のよく見えるところにつけておくように。ではトレーラーの中で各自着替えを済ませて下さい。着替え終わったらまたここに整列です」


 ツバキ小隊の隊員は受け取った服を持ってトレーラーの中へと移動し各々統合軍の常服に着替えた。隊員達はハツキ島婦女挺身隊の使用していた、椿の花をあしらった隊員章を早速常服の襟へとつける。

 タマキは正式にツバキ小隊付の統合軍監察官の辞令を受けたことで、これまでつけていた士官候補生章の代わりに、特務監察官章を士官服の襟につけた。

 それから着替え終わり再び整列すると、タマキは有資格者に向けて技能章を配布する。

 イスラとカリラは1等整備士章と火器整備章。加えてカリラは2等装甲騎兵章。フィーリュシカは不発弾処理章と狙撃章。サネルマは服務指導章。リルは飛行偵察章と狙撃章をそれぞれ受け取る。

 1人何も渡されなかったナツコは、胸に技能章をつける他の隊員を羨ましそうに見つめる。


「いいなあ。私も欲しいです」

「ナツコちゃん、何か得意なことはないの?」

「得意ですか? 料理なら得意です!」


 サネルマの問いに、ナツコは胸を張って答えた。


「料理かぁ。調理章が確かあったかなぁ」

「調理章ですか! それなら私でも貰えそうです! 頑張ります!」

「その意気だよ! ナツコちゃん!」


 はしゃぐナツコとサネルマを尻目に、歩兵科扱いの義勇軍では調理章が渡されることはないと知っていたタマキはため息を1つついて、それから咳払いで無駄話を止めさせた。


「静かに。これから衛生部の会議室へ向かいます。他の統合軍兵士も集まりますから間違ってもおしゃべりなどしないように。よろしいですね」


 タマキの問いに、ツバキ小隊の隊員は返事だけはいっちょ前に答える。


「よろしい。では向かいましょう。着いてきて下さい」

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