第22話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑪

 タマキが休憩室の扉を叩くと中に居たツバキ小隊の隊員達は整列して出迎えた。

 隊員はすっかりタマキのノックを覚えていて、その音が聞こえると立ち上がって整列する癖がついていた。


「大変よろしい。今後もわたしが入室したら整列するようお願いします」


 既に休憩時間を過ぎていたので、タマキはリルにも整列するよう促す。

 早速イスラがリルに「何の話だったんだ」などと声をかけたが、タマキは咳払いしてイスラを黙らせた。


「さて、午後の予定ですが、衛生部に預けていたトレーラーと皆さんの衣類を受け取りにいきます。――少し待って、体勢は崩して楽にしていて構いません」


 話している最中だが士官用端末が通信を受けたので話を遮り、タマキは休憩室から出た。


「お兄ちゃん? 仕事中なんだけど」


 折角士官らしく話していたというのに途中で遮られたタマキは不機嫌になって、早速電話先のカサネに悪態をつく。


『悪かった。気を悪くしないでくれ。それよりこっちの用件いいか?』

「聞きましょう」


 タマキはすっかりカサネの上官気分でそう返す。


『トトミ星総司令官だがコゼット・ムニエ大将に決定したと一部の士官に正式に通達があった』

「コゼット・ムニエ大将ね。やっぱり昇進してきたわね」

『権威付けは必要だろう。トトミ現地の統合軍士官はムニエ大将の着任に概ね好意的だ。それで、ハツキ島義勇軍の件だが――』

「どうなったの?」


 タマキは今最も気になっている件についての話題に、思わず食い気味に尋ねた。対してカサネは冷めた調子で答える。


『残念ながら承認された。タマキに正式なハツキ島義勇軍ツバキ小隊付統合軍監察官兼ツバキ小隊隊長の辞令も下りた。おめでと、全くお前の思い通りだ』

「ありがと。お兄ちゃんのおかげよ」


 タマキの嫌味混じりの返答に、電話先でカサネはため息を吐いた。


『そりゃどうも。――と、それだけじゃない。何を思ったがムニエ閣下は全義勇軍を一時的に総司令官直轄にして、指揮系統を整理し直すつもりらしい。本当はシオネに来て欲しかったが、次の司令はムニエ閣下から下される。それまでに装備を整えておいてくれ』

「総司令官直轄ね。義勇軍も増えすぎたもの、今やる必要があるかはともかく、いつかはやらないといけなかったでしょうね」

『そういうこと。夕方には総司令官着任放送があるが――これは後でそっちにも通達があるだろうが、全士官改め可能な限り全兵士参加のこと、だそうだ。義勇軍の隊員も参加させてくれ』

「全兵士――。それってつまり……」

『……まあそういうことだろう』


 全ての兵士に対して着任報告を行うということは、トトミ大陸で宙族と戦うことを決定したということに他ならない。

 コゼットはトトミを防衛するつもりだ。となれば、カサネが宙族との戦闘にかり出されることは間違いない。そして、タマキももしかしたら――


「方針が決定したのは良いことだわ。それでその話、どこまであの子達に話して良いの?」

『お前はもとより、あの子達の作った義勇軍だ。認可が下りたことは早く伝えてやってくれ。ただし、総司令官の名前は正式な発表まで伏せてくれ――リル・ムニエはどうした?』

「あの子には先に伝えてあります。頭の良い子よ、言いふらしたりしないわ」

『分かった。今のところムニエ閣下は義勇軍の構成員について何も言ってきてない。何かあったら直接そっちに連絡がいくだろう』

「総司令官様からわたしに? 恐れ多いことだわ」


 タマキがふざけて返すとカサネは「何を馬鹿なことを」と呆れる。


『隊員を待たせてるんだろう。話はこれまでだ。何か聞いておきたいことはあるか?』

「今のところ特に。何かあったら連絡する。――あ、この通信って録音されてる?」

『当然だ』


 この際だからアイノ・テラーについて確認をとっておきたかったタマキだが、録音されているとなってはそうもいかずに諦めるほか無かった。


「ならまた今度。直接会えたときに」

『会えたらな』

「縁起でも無いこと言わないで。きっと会えるわ。じゃあね、お兄ちゃん。愛してるわ」

『そりゃどうも』



 タマキは士官用端末の通信を切って、一息整えてから休憩室の扉を開く。

 すると、扉に耳をくっつけていたイスラが休憩室の外に飛び出してきた。

 その後ろにくっついていた他の隊員達は誤魔化すように笑う。


「あのねえあなたたち。他人の会話を盗み聞きするような真似はやめなさい。イスラ・アスケーグ、分かりましたか?」

「もちろんですニシ少尉殿」


 イスラは姿勢を正して敬礼するとそう答える。


「全く、口だけじゃないことを祈ってるわ。整列して下さい」


 タマキが命じると隊員達は整列する。しかしその表情はどこか浮かれているようで、笑っているようにも見えた。


「イスラさん、先ほどの会話、聞こえてましたか?」

「いえまったく」


 イスラが答えると他の隊員がくすくすと笑う。本当に困った隊員だ。早めにきつく叱りつけておく必要を感じながらも、折角良いニュースが入ってきたのだ。今日ばかりは浮かれさせといてやろうと、タマキは「ならばよろしい」とイスラ達を放免した。


「今し方ニシ少佐から連絡がありました。義勇軍は総司令官に認可されました。これより皆さんは、正式にハツキ島義勇軍ツバキ小隊として統合軍隷下でハツキ島政府奪還を主目的として活動していくことになります」


 タマキの口から報告された義勇軍結成の知らせに、隊員達はフィーリュシカを除いては、タマキの前だというのに声を上げて喜んだ。


「静かに。嬉しいのは分かりますが、大切なのは義勇軍を作ることでは無く義勇軍としてハツキ島奪還のために何を成すかです」


 隊員達は大人しくなったが、その表情は興奮冷めやらぬといった様子だった。


「はい! 私、ハツキ島のために頑張ります!」

「大変元気でよろしいですけど、ナツコさん勝手に喋らない。発言したい場合は挙手してわたしの許可を得てからにして下さい」


 ナツコは返事をせず、代わりにすっと右手を高く掲げた。その様に呆れたタマキは、ため息を飲み込んで注意する。


「返事はして下さい」

「はい!」


 それでナツコは手を下げた。

 素直なのは大変良いことだが、素直すぎるのはどうだろう。タマキは頭を痛めながらも、話を進める。


「義勇軍結成に伴い、わたしが正式にツバキ小隊の隊長に任命されました。もうご存じでしょうけど一応挨拶しておきます。統合軍タマキ・ニシ少尉です。よろしくお願いします」


 隊員達はタマキの隊長就任に拍手で応じた。正規軍では見れない光景だろうと思いながらも、特に注意することもせず続けた。


「この規模なので必要ないかも知れませんが、念のため副隊長を決めておきます。――サネルマ・ベリクヴィストさん。副隊長をお願いします」


 サネルマは一瞬きょとんとしていたが、自分が指名されたことに気がつくと一歩前に出て敬礼して答えた。


「不肖サネルマ、副隊長の任承りました!」

「よろしくお願いします」


 またしてもサネルマの副隊長就任を祝って隊員達は拍手を送った。

 リルは隣に立つフィーリュシカを見て、それからタマキへと視線を送る。

 フィーリュシカは予備防衛官課程をとっている。サネルマよりも扱いは上のはずである。それが副隊長として指名されたのはサネルマだから、不思議がって説明を求めたのである。

 視線に気がついたタマキは、咳払いして皆を静かにさせて口を開く。


「サネルマさんは婦女挺身隊の副隊長の経験がありますし、部隊内では最年長です。皆さんも相談事はサネルマさん相手の方がしやすいでしょう」


 自分の疑問に対して欲していた答えが返ってこなかったリルは小さく手を上げる。


「何でしょうリルさん」


 リルは指名されると手を下ろし、タマキに尋ねる。


「戦闘中に隊長が戦死した場合は誰が指揮をとるの」


 問いに、ナツコが「そんな縁起でも無い」などと小さな声で発したが、タマキは顔色1つ変えることなく答えた。


「もし戦闘に参加するようなことがあれば何が起こるか分かりません。わたしが戦死することも起こり得るでしょう。わたしが死亡した場合、それを確認した人が部隊に撤退指示を出して下さい。隊長が死ぬような状況で作戦継続は不可能です。撤退後、義勇軍として活動可能ならば統合軍に次の監察官を派遣するよう要請を。必要ならニシ少佐に連絡をとって構いません」


 タマキの言葉にナツコは握った手を震わせる。

 そうだ、これから始まるのは戦争だ。ナツコ自身とっくに覚悟はしていた。

 ハツキ島婦女挺身隊として、降下してきた宙族と戦う決意をして飛び出したあの時から。

 ここまで育ててくれたハツキ島に恩を返すため、これからはハツキ島義勇軍ツバキ小隊の一員として、命を賭けて宙族と戦うのだ。


「他に質問はありませんか?」


 タマキは問いかけ、返事が無いのを確かめる。

 それから士官用端末に義勇軍規定を表示させ、その一部をちらと見る。

 説明すべきか悩んでいた。しかし、説明せず後から聞いていなかったと言われるより、先に言っておいたほうが良いだろう。


「では義勇軍として活動する前に、指揮系統について確認しておきます。皆さんの直属上官はわたしです。わたしの命令以外には従わなくて結構。例え相手がわたしより位が上の士官でもです。わたしからあなたたちの指揮権について事前に説明の無い限りは、他の誰にもあなたたちに命令することは出来ません。よろしいですね?」


 タマキの言葉に隊員は返事をする。ここまでは他の統合軍部隊と同じだ。この先は、義勇軍独自の特別な決まりだ。


「基本的にわたしの命令には絶対に従って貰います。ですが、義勇軍に所属する皆さんには1つだけ特別な権利があります。義勇軍――この場合ハツキ島義勇軍ツバキ小隊のことを指しますが、この設立目的は説明するまでもありませんね?」


 タマキが尋ねるように言うと、ナツコが手を上げる。直ぐにタマキに名前を呼ばれて、ナツコは堂々と答える。


「ハツキ島を取り返すことです!」

「そうです。正確にはハツキ島政府の奪還です。皆さんはハツキ島政府を取り戻すことを主目的として設立された義勇軍です。ですから義勇軍規定に基づいて、わたしの命令が明確に主目的から外れる場合は、その命令を撤回し、わたしを解任することが可能です」


 説明にイスラがすっと手を上げる。


「はいイスラさん」

「明確に主目的から外れる命令って例えばどんな?」

「難しい質問ですね。先に言っておきますけど、わたしはそういった命令を出すつもりはありません。例えば、トトミでの戦いが続いている状態にも関わらず他星系へ移動しろだとか、ハツキ島に化学汚染物質を投棄しろとか、そういった場合です」

「なるほどね。もう1ついい?」

「どうぞ」

「命令を撤回するときは個人が勝手に撤回させて構わないのか?」

「状況によりますが、隊員同士で相談してからのほうが望ましいです。――そこまでわたしが信用出来ませんか」

「そんなことあるわけ無いじゃないですか少尉殿。信用してますって」


 「どうだか」と小さく口にしてタマキは、他の隊員に質問が無いか視線を送る。

 ひとまず無かったので、次の命令を出そうとしたが、1つだけ思い出したことがあって付け加えた。


「念のため付け加えておきます。義勇軍は主目的が達成されたら解散されます。つまり、ハツキ島政府が再建されたら自動的に解散となります」


 解散、という言葉にナツコは一瞬悲しそうな表情を見せたが、イスラが「その時はまた婦女挺身隊だ」と小さく口にして笑うとナツコも笑った。


「以上です、質問はありますか? ……ではツバキ小隊としての最初の任務です。これより衛生部に預けていたトレーラーと衣服の受領に向かいます」


 ツバキ小隊の隊員達は「了解」と声を張り上げ敬礼した。


「大変よろしい。では着いてきて下さい」

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