第21話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑩

 全ての適性試験を終えたツバキ小隊は遅めの昼食をとり、タマキから30分の休憩時間を与えられた。

 そうはいっても仮設部隊であるツバキ小隊が自由に行動できる範囲は少なく、士官室へと顔を出しに行ったタマキと、遊びに行くと言い残して外へ出ていったイスラとそれについていったカリラを除いては、食堂の近くの休憩室で適性試験結果を見ながら適当に時間をつぶしていた。

 休憩時間が残り10分といったころ、ツバキ小隊が集まる休憩室にイスラとカリラが帰ってきた。


「よ、おつかれさん。ちょうどいいや、他の部隊の人間はいないのか」


 イスラは休憩室にツバキ小隊の隊員しかいないのを確認すると、扉を閉めてにやりと笑う。


「あんた、どこ行ってたのよ」

「なんだリルちゃん。イスラ姉さんがいなくて寂しかったか」


 イスラがからかうとリルは眉間にしわを寄せて答えた。


「バカ言ってないで。あんたがふざけて進入禁止区域に立ち入ったらあたしたちまで責任とらされるから文句言ってるのよ」

「素直じゃないなあ、リルちゃんは。せっかくいい情報を仕入れて来たってのに」

「いい情報って何です?」


 リルがイスラのことを完全に無視したので、代わりにナツコが問いかけた。するとイスラは誇らしげに胸を張って答える。


「よくぞ聞いてくれた。なんと、トトミ星次期総司令官の情報だ」

「それって義勇軍の結成を認可してくれる人ですよね!」

「認可してくれない人かもしれないわよ」


 その話題にはリルも興味を持ったようでナツコの発言に対してそう言い返すが、ナツコはそんなことまるで聞こえなかった風でイスラへ問いかける。


「確か、前の戦争の連合軍側か枢軸軍側のどっちかだったら認可してくれる可能性が高いんですよね!」

「枢軸軍側な。タマちゃんのじいさんが枢軸軍側の英雄だったから。……で、肝心の次期総司令官がどちらかと言うと……」

「言うと……?」


 イスラはわざと間を持たせ、ナツコたちの興味を引き付ける。


「何と……」

「何と……?」


 ナツコはごくりとつばを飲み込んだ。

 緊張が張り詰めると、イスラはにかっと笑って、それから肩を落としてため息ついて見せた。


「残念ながら連合軍出身だ」

「えぇー!? そんな! じゃあ、ハツキ島義勇軍は……」

「総司令官様次第だろうな。ま、リルちゃんの好きな連合軍側の人間でよかったじゃないか」

「別に好きじゃない。いちいちからまないでよ鬱陶しい」


 リルは度々ちょっかいをかけてくるイスラに嫌気がさして、ぷいと視線を逸らす。


「ちなみに誰なんです?」


 今度はリルをなだめるナツコに代わって、サネルマがイスラに問いかけた。


「ハツキ島――というよりトトミ星とは縁のある人だよ。まあそれ以上のこともないんだが……。コゼット・ムニエ中将だそうだ」


 その名前に、その場にいた全員がはっとする。流石にコゼットの名は統合軍とは関係の無い婦女挺身隊出身の面々でも知っていた。


「ムニエ中将って、昔トトミ星にいた人ですよね! 学校の教科書にも載ってました!」

「あら、ナツコちゃん世代だとそうなるんだ。子供のころはムニエ司令がトトミ星在任だったから、よくニュースにもなってたよ。そうそう、子供が生まれた時なんて、トトミ星の学生に子供の名前の募集かけてたっけ。応募したのが懐かしいですねー」


 最年長のサネルマが当時の思い出を語ると、リルはわなわなと手を握り締め、吐き捨てるように言葉を口にした。


「あのクソ女」


 その言葉が耳に届いたイスラはへらへらと笑う。


「ま、ムニエ中将については好き嫌いもあるだろうな。今でも成り上がりだのなんだの言われるくらいだし。とは言えトトミ星じゃそこそこ評判もいいだろうけど――」


 イスラが話している途中で、休憩室の扉がこんこんとノックされた。


「楽しそうなお話ですね。わたしも聞かせてもらっていいですか?」


 聞きなれたその声にイスラは応じる。


「もちろんですよニシ少尉殿」


 扉を開けて休憩室に入ってきたタマキは後ろ手に扉を閉め、近くにいたイスラへと詰め寄った。


「いいですかイスラさん。ここは統合軍の基地内部です。どこに耳があるかわかりません。信憑性のない噂話は控えてください」

「もちろん、今後は気を付けます」


 タマキに詰め寄られたイスラはその剣幕に押されて素直に忠告を受け入れた。


「全く、酷い噂話です。出所はどこですか?」

「衛生部のレーヴィ中尉です」

「レーヴィ中尉? どうして衛生部の中尉がそんな情報を?」

「なんでもハイゼ・ミーアの受け入れ予定兵士の一覧に、アイレーン星系出身者が大量にのっていたそうで」

「では憶測にすぎないではないですか。首都星系より後方にあるアイレーンから前線への兵員輸送は誰が司令官であろうと起こりえます。今後は衛生部のふざけた中尉の口車に乗せられたりしないように。いいですね?」

「もちろんですとも」


 イスラは頷いて見せたが、その態度が本心からのものではないことはタマキも分かっていた。

 それでも忠告をしたという既成事実を作ったタマキはそれで満足して、予定より早くなってしまったが、するべき話をしておこうと隊員の1人に声をかける。


「まだ休憩時間は残っていますね。リルさん、少し話があります。ついてきてください」


 呼び出されたリルは小声で「なんであたしが」と愚痴りもしたが、指示通りタマキの後に続いた。

 退室してミーティングルームへ向かおうとしたタマキだが、イスラが尾行しようとしていたのを察して、1度休憩室に戻り指示があるまで部屋から決して出ないように言い渡す。それからリルを連れて空いていた近くのミーティングルームへと入った。

 リルへと椅子に座るよう促して、対面に座ったタマキは話し始める。


「先ほどの話ですが、トトミ星の次期総司令官はコゼット・ムニエ中将で間違いないようです」


 その話を聞いて、リルは眉をひそめる。


「どうしてそんな話をあたしにするのよ。関係ない話だわ」


 タマキは士官用端末に先ほど受信したばかりのリルの戸籍情報を表示して見せた。


「確認させて下さい。リル・ムニエさん。あなたは統合軍コゼット・ムニエ中将の娘で間違いないですね」


 リルはため息ついて、タマキが示した士官用端末から目を逸らし答える。


「――間違いないわよ。それは事実。でもそれだけよ。あいつは自分が出世するためにあたしを産んだ。で、出世して用済みになったから放り出した。そこで終わり。あたしはあいつのことを親とも思ってないし、向こうだってそう。政治の道具としか見てないわ」


 親子の冷めた関係を告白するリルはいつも以上に苛立っているのがタマキからも見て取れた。それでも事前に告げておかねばならないので、タマキは口を開く。


「既に義勇軍の結成申請届にはあなたの名前を記載していますし、正式にムニエ中将がトトミ星総司令官になった暁にはあなたの所在を報告する義務があります。その結果、ムニエ中将があなたの所属について意見した場合、わたしにはどうしようもありません。そこだけ理解して下さい」


 リルはふてくされたように唇を噛みながらも、目の前のタマキに罪はないことを分かっていたので、不機嫌なのを隠しながら答える。


「分かってる。でもどうせあいつは何も言ってこない。もうあたしの名前だって覚えちゃいないわよ。あいつが考えてるのは昔っから自分の出世のことだけだわ」


 リルの物言いに、娘にここまで嫌われる母親の何と不憫なことかとコゼットを哀れんだタマキであったが、コゼットが出世のために奔走し、その結果として家庭を顧みる余裕が無かったのは容易に想像できた。


「恐らくトトミ星総司令官着任と同時に大将への昇進もなされるでしょうね。42歳で大将となるとイハラ提督に次いで2番目のスピード出世です。統合軍ではトップ記録ですね」

「あたしには関係ない。どうせあいつのことだから元帥になるまで馬鹿な出世争いはやめないわよ」

「元帥ですか。頼もしいではないですか。ようやく統合軍に在任元帥が誕生するとなれば、兵の士気も上がるでしょう」

「あんたのじいさんがいるでしょ」

「おじいさまは行方不明ですから」


 タマキの言葉に、リルは「そうだったわね」と小さく呟いて返す。


「それにしても不思議な縁ですね。20年前、トトミ星で講和条約に調印した2人の娘と孫が、こうしてトトミ星で同じ部隊に所属しているとは」

「ふざけた縁だわ。偽りの平和よ」


 リルはやはり不機嫌そうに返した。偽りの平和という言葉に、タマキは反応する。


「かも知れません。ですが、エネルギー資源不足に端を発した戦争が、全宇宙を連合軍と枢軸軍に塗り分けて100年以上も続けられたのです。資源も底をつき人類が生きながらえるためには講和しかなかった」

「だとしても、その結果が今のありさまよ。辺境星系が独立して宙族が誕生して、形だけまとめただけの統合軍は宙族相手に連戦連敗で風前の灯火。中途半端な講和なんかしたせいだわ」


 リルの言葉も一理ある。統合軍の中にも、前大戦で講和では無くどちらかが無条件降伏していれば宙族の出現は防げたという人間も少なくない。


 しかし当時、そこまで考えられる人間はいなかっただろう。エネルギー資源は底をつき、解決の見通しも無い。これ以上戦争を続けることなど出来なかった。

 講和してもそれが解決するはずもない。しかし講和しなければ人類は確実に滅ぶ。

 だから講和するしか無かった。両陣営の最新鋭戦艦同士が戦い、引き分けとなったトトミ外縁部での決戦は講和の最後のチャンスだった。


 講和し統合人類政府が樹立すると、エネルギー資源問題は解決した。

 全く馬鹿馬鹿しい話だった。

 敵軍を殲滅するために開発された最新鋭戦艦。その主エネルギー生成機関で用いた技術によってエネルギー資源の問題は解決してしまった。それは連合軍側の持つ技術と枢軸軍側の持つ技術とを組み合わせた結果の産物で有り、どちらかが欠けていては産み出されなかった。


「もしかしたらムニエ中将は、20年前の講和の責任をとろうとしているのかも知れませんね」

「あいつが? あり得ないわ。あいつは自分のことしか考えてない人間よ」


 リルの率直な物言いにタマキは可笑しくなって笑いそうになったが、こうなると別件についての話は絶望的だろうとため息をつく。


「その様子ですと、義勇軍の認可についてリルさんからムニエ中将に進言するのは無理でしょうね」

「無理ね。あいつとの連絡方法すら分からないわ」


 唯一の希望が絶たれたタマキは項垂れる。後はコゼットが気まぐれを起こして義勇軍の認可を出してくれることを祈るのみだ。

 しかしコゼット・ムニエの娘であるリルと出会えたことはタマキにとって幸運だった。タマキが知りたいことを、リルならばコゼットから聞いたことがあるかも知れない。

 タマキは士官用端末を操作してミーティングルームの監視体制を確認する。ここは衛生部管理だ。管理者は――スーゾ・レーヴィ中尉。


「リルさん、1つだけ聞きたいことがあるのだけれど、この件については他言無用でお願いしたいわ」

「何? 構わないけど、代わりにあたしの戸籍情報、あの馬鹿隊員共に流さないでもらっていい?」

「良いでしょう。交渉成立です」


 タマキはスーゾへとショートメッセージを送り、ミーティングルームの監視装置を一時的に使えない状態にして貰う。流石は初等部時代名をはせた悪ガキである。統合軍の監視装置すらスーゾの手にかかればおもちゃみたいなものだった。

 監視装置停止の連絡を受けたタマキは、リルの近くに顔をよせ、尋ねる。


「アイノ・テラーについて、ムニエ中将から何か聞いたことは無い?」

「アイノ・テラー? 確か、前大戦時代に人体実験を繰り返した頭のおかしい科学者でしょ? 何でそんな奴について知りたいのよ」


 リルの認識は正しい。

 アイノ・テラーと言えば名の知れた脳科学者で、かつては宙間輸送船の強奪を繰り返し、乗組員を使って非人道的な人体実験を行った。その人体実験の残骸が余りにもむごい形で報道されたものだから、戦中からアイノ・テラーについての噂は絶えず、悪さをする子供はアイノ・テラーに連れて行かれて脳みそを取り出されると、おとぎ話めいて語られた。

 枢軸軍側の星系で生まれ育ったアイノ・テラーは指名手配され軍隊からも追われていたが、いつからかその全記録を抹消され、表の世界に一切名前が出てこなくなった。


「アイノ・テラーはどうやらおじいさまの企画した枢軸軍の新鋭宇宙機動戦艦の設計に携わっていたようなの」

「はい? 脳科学者でしょ? 何で戦艦設計にかり出されてるのよ」


 タマキはリルの問いにかぶりを振る。


「分かりませんが、どうもアイノ・テラーはただの脳科学者では無かったようです。おじいさまの残したデータに、アイノ・テラーが拠点としていた惑星にユイ・イハラ少尉と共に赴いた記録がありました。アイノ・テラーの指名手配が解除され、彼女の悪行が流布されなくなったのもその日からです」

「まさか戦艦設計と引き替えにアイノ・テラーの罪をもみ消したの?」

「わたしはそう考えています。そしてどうも、アイノ・テラーは戦艦完成後もおじいさまと行動を共にしていたらしい。つまり、枢軸軍新鋭宇宙戦艦に乗り込んで〈ニューアース〉と戦っていたようです」

「なるほど。それであいつが出てきたの」


 枢軸軍と連合軍の新鋭戦艦同士の戦いは、あまりに新鋭戦艦の能力が突出して高すぎる余り他の旧式軍艦は補助戦力としてしか使用できなかった。

 そのため枢軸軍新鋭戦艦と直接戦闘を行えたのは〈ニューアース〉だけである。

 そしてリルの母コゼット・ムニエは〈ニューアース〉竣工時以来の乗組員で有り、最終的には〈ニューアース〉臨時艦長になっている。戦中・戦後のどこかでアイノ・テラーと接触している可能性があった。


「残念だけど、あいつはアイノ・テラーの話なんかしてなかった。でもなんでアイノ・テラーなのよ。枢軸軍とアイノ・テラーが関係あるのは分かったけど、あんたはどうしてアイノ・テラーについて知りたい訳?」


 タマキは一息ついてから、言葉を選びながら話す。タマキ自身、確証のつかめていない情報も多い。憶測ばかりで決めつけてものを言っても、リルの身を危険にさらすだけだ。


「アイノ・テラーは、おじいさまの失踪と関係があるらしいの。そして、これはわたしの予想に過ぎないけれど、恐らく宙族ともなんらかの繋がりがあると考えています」

「アマネの失踪と宙族ねえ。よくわかんないけど、機会があったら調べてみるわ。トトミのあいつの家、昔のまま放置されてるからもしかしたら何か残ってるかも」

「是非お願いしたいけれど、最初に言ったとおり、この話は他言無用でお願いします。アイノ・テラーについての調査は拘留対象になるようなので、くれぐれも公の場では発言に気をつけて」

「何それ、もしかしてあたしのこと罠にはめようとしてる?」


 タマキはかぶりを振って、それからにやりと笑う。


「そんなことはありません」

「どうだか」


 リルが顔をしかめると、タマキは時計を確認して立ち上がる。


「さて、休憩時間を過ぎてしまいました。話はこれまでにしましょう。ツバキ小隊ではリルさんの扱いはこれまでと同じようにします」

「それで頼むわ」


 タマキは後始末でスーゾへと監視装置を元に戻すようショートメッセージを送って、ミーティングルームを退室した。

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