第24話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑬

 会議室は中央に置いてあった大机が衛生部所属兵によって廊下へと運び出されると、おおよそ30人程度が入れる空間が出来上がった。

 下士官や兵は当日参加が決まったため場所の確保に苦慮していた。外の練兵場でハイゼ・ミーアにいる全ての統合軍兵を集める案もあったが、準備時間も十分とは言えず、拡張工事の続くハイゼ・ミーアは兵士の誘導経路にも問題があったことから、各科・各部で場所を用意して別々に聴講することとなった。

 ツバキ小隊は時間より少し早めに到着していたが、正規の統合軍所属では無いため他の将兵が集まるのを廊下で待つ。


「あら、どうぞどうぞ。入っちゃって。ここがいっぱいになったら隣の会議室も開放するから構わずどうぞ」


 数人の部下を連れてやってきたスーゾがタマキに先に入るよう指示をすると、タマキは敬礼して答えた。


「ご配慮感謝します、レーヴィ中尉」

「隊員も気にせずどうぞ。整列しなくても構わないよ。いっぱいになるまで詰めるからね。ただし、聴講中は私語厳禁だからよろしく」

「かしこまりました。皆さん、聞こえましたね?」


 隊員達はタマキが確認をとると応答する。

 直属上官以外の指示には従わなくてもいいのだから、スーゾの言葉に応答しなかったのは正解だ。スーゾは寂しそうな顔を一瞬だけ浮かべたが、ツバキ小隊がタマキの部下としてきちんと教育されていることを喜んで直ぐに笑顔を見せる。


「では先にどうぞ」


 スーゾに促されツバキ小隊は会議室へと入った。

 会議室の投影型ディスプレイが駆動すると奥の壁が真っ白に光る。

 先頭がその画面の見える位置まで下がると、次から次に入室する統合軍兵は士官も兵も関係なくその後ろへと並んでいく。

 ツバキ小隊もそれに習って会議室のちょうど中央辺りにそれぞれ自分の場所を確保する。椅子も外に出されていたため立ちっぱなしだが、立ったままでいるのにはそこそこ慣れてきていた。


「さて、どんなご挨拶をするおつもりかな?」

「レーヴィ中尉、私語は厳禁では?」

「まだ始まってないからセーフ。堅いなあ、ニシ少尉は」


 スーゾは琥珀色の瞳を輝かせて笑って見せたが、投影型ディスプレイの映像が切り替わると、口を結び姿勢を正した。

 切り替わった映像では、正装を身につけたコゼット・ムニエ大将が壇上に上がる。胸につけた輝かしい勲章の数々と、中身の無い右袖が目を引いた。


 コゼット・ムニエが姿を見せたことで、居合わせた衛生部の兵士達は小さく声を漏らす。トトミ星出身者でコゼットの姿を知らぬものはいなかった。

 既に42歳を数えるコゼットは多忙もあり老け始めていたものの、ナツコがかつて教科書で見た姿の面影をそのままに残していた。


 広報担当官がマイクをとり、これからトトミ星総司令官の着任挨拶が行われることを告げる。紹介がされたコゼットは壇上で統合軍の慣習に従って一礼すると、マイクへ顔を寄せて挨拶を始めた。


『この度、統合人類政府統合軍トトミ星系総司令官に就任することとなったコゼット・ムニエです。恐らく、トトミの多くの方が私を知っていることでしょう。私はかつてこのトトミの地で、かの誇り高きニシ元帥と共に、人類同士の争いの恒久的な停止と、統合人類政府の樹立を宣言しました。


 前置きはこの程度にしましょう。お集まり頂いた統合軍の勇敢なる兵士の皆は、トトミ星の現状を良く理解していることでしょう。ならず者達に侵略され、既にその一部が占領下に置かれています。そしてなお、ならず者はトトミの地へ迫らんとしています。

 かつての大戦で私は戦争の愚かさを知りました。されど、相手が武器を持って襲いかかってくる以上、こちらも武器を手に戦うほか道はありません。全ては、自分勝手な言い分で侵略行為を続けるならず者から、奪われた平和と秩序を取り戻すため。


 我々統合軍は一丸となり、トトミ星のあらゆる場所で戦うでしょう。いかなる犠牲を払おうとも、我らの領土を守るため、海岸で、水際で。彼らが大陸に上陸したのなら、野で、丘で、街で、いかなる場所でも戦い続ける。戦い、勝利し、トトミを守り抜き、ならず者達を駆逐し尽くす。そして彼らが不法に占拠したハツキ島をこの手に取り戻す。

 私がトトミ星系総司令官に就任した理由は以上です。


 ならず者達――我々が宇宙族と呼ぶ彼らは、かつて滅んだズナン帝国の末裔を自称し戦争を望んでいる。既に消え去った国家の名を語り戦争行為を行うなど愚かな行為だ。しかし彼らが我々の故郷を土足で荒らし、踏みにじるのなら、そのお望みに答えて差し上げようではありませんか。

 私、トトミ星系総司令官コゼット・ムニエの名の下に、ズナン帝国へと宣戦を布告します。統合人類政府に所属する全ての将兵は、全力を奮って交戦に従事し、この戦争の目的を達成せよ』


 コゼットの挨拶が終わると、広報担当官は総司令官挨拶が終わったことを告げ、放送はそこで終了した。

 衛生部の施設監督者が放送は終了したので持ち場に戻るよう命じると、会議室に集まっていた統合軍将兵はどこか高揚したような表情のまま会議室を後にしていく。


 スーゾも琥珀色の瞳を輝かせて、「大きく出たね新しい総司令官様は」と微笑み、部下を連れて会議室から出て行った。

 ツバキ小隊もそれに続いて外に出ると、廊下の開いている空間に整列する。


「ハツキ島をこの手に取り戻す! ですって。ムニエ中将はやっぱりハツキ島のことを大切に思ってくれていたんですね!」


 ナツコも他の統合軍将兵と同じようにどこか高揚したような表情で、コゼットの挨拶について語る。


「ムニエ大将な。義勇軍の承認といい、ハツキ島には思い入れがあるようだ」


 イスラもコゼットの挨拶に満足なようで上機嫌だった。

 対して、タマキとリルは表情がどこか冴えない。


「まさか宣戦布告とはね」

「何考えてんのよあいつ」


 そんな2人の言葉にナツコは首をかしげる。


「え、でも、ずっと戦争してたんですよね?」

「それは――宇宙の治安を乱す暴徒を鎮圧していたに過ぎません。これまで統合人類政府はズナン帝国の存在を認めていなかったのです。だから宙族や宇宙族という呼び方をしてきた。それが国家を認め、宣戦布告したわけですから、統合人類政府にとっても統合軍にとっても大きな転換点でしょう。これまで通りで良かったものを……面倒くさい」


 最後の「面倒くさい」がタマキの本音のようで、今までで一番深いため息をついた。


「な、なんだかよく分かりません!」

「ナツコちゃんが気にする必要はないさ。いろいろ考えないといけないのは少尉殿みたいなお偉いさん達さ」

「その通りです。前線の兵士が知っておかないといけない最低限の戦争法については時間がとれ次第講義します。それよりも――次の配属先が決定しました」


 タマキは士官用端末が受信した、ツバキ小隊に対する新たな辞令を確認した。

 指揮系統の再編のため総司令官であるコゼット・ムニエ大将の名で出されたその辞令には、次のツバキ小隊の所属基地が記されている。


「これよりハツキ島義勇軍ツバキ小隊は、来るズナン帝国のトトミ中央大陸上陸作戦阻止のため、ハイゼ・ブルーネ基地へ移動します」

「「はい!」」


 一同は姿勢を正し敬礼して返答した。

 タマキは士官用端末を操作して、ハイゼ・ブルーネへ移動完了するまではツバキ小隊が総司令官直轄のままであることを確認すると、すかさず装甲輸送車両と〈R3〉の貸与申請を出す。

 申請は出して数秒で承認され、ハイゼ・ミーア輜重科より装甲輸送車両を受領するよう指示が出される。〈R3〉についても貸与許可は出たが、機体についてはハイゼ・ブルーネと相談のことと注釈が加えられていた。


「仕事が早い総司令官様だわ」


 恐らく副官が決済処理をしているだろうとは知りつつもタマキは手早い承認に微笑む。


「これより輜重科で装甲輸送車両を受領します。カリラさん、輜重科まで同行して下さい。他の隊員はトレーラーの荷物を運び出す準備を」

「「はい!」」


 隊員達は返事をすると、カリラを除いた面々は即座にトレーラーの元へと向かって歩き始めた。

 タマキもカリラに再度ついてくるよう言って、輜重科の車両基地へと向かった。

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