第18話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑧

 翌朝、大部屋で他の統合軍兵士や新兵候補生たちと共に宿泊したツバキ小隊は、同じように大部屋で寝ていたタマキによって起床時刻10分前に起こされ、大部屋前に整列してスーゾの到着を待った。

 スーゾは起床時刻ぴったりに衛生部の士官服を着てツバキ小隊の前にやってきた。

 一同はスーゾに敬礼し、スーゾも返礼し皆に手を下ろすよう告げた。


「おはようございます。皆さん、朝礼は済んでますか?」

「完了しています。ツバキ小隊7名、全員健康です」

「それはよかった。ナツコさん、昨日はよく眠れましたか?」

「はい! おかげさまで!」


 昨晩タマキに渡された睡眠導入剤を服用したナツコは布団に入った瞬間に眠りにつき、十分な睡眠が得られていた。肌もいつも以上につやつやとしていて、赤かった目もすっかり元通りだ。


「私今、ものすごい目が冴えています! 毎晩これでもいいくらいです!」

「毎晩使うと効き目薄れるからやめてね。――さて、昨日の血液検査の結果ですが……」


 スーゾは琥珀色の瞳を細め、隊員達を見渡す。

 意味ありげに間を持たせているが、何か問題があったのなら朝一番にタマキへと連絡が行くはずで、当然そんな連絡を受けていないタマキはさっさとしろと視線で示す。


「――はい。問題ありませんでした。これから皆さんに個人用情報端末を配布します。健康診断結果が保存されているので各自時間のあるときに目を通しておいて下さい」


 スーゾは手にしたカゴの中からディスプレイの搭載された統合軍仕様の個人用情報端末を配り始めた。年齢順に、サネルマからイスラ、フィーリュシカ、カリラと名前を呼んで手渡しする。


「皆さんの個人識別にも使用されます。常に携帯し、手放さないように。よろしいですね?」


 タマキが確認をとると隊員達は返事をしたが、イスラだけはその場で挙手をした。


「はいイスラさん。何でしょう」

「常にって、風呂の時もか?」

「脱衣所に鍵のかかる金庫が無い限りはそうです」

「なるほど。分かったよ」


 イスラがその答えに満足すると、タマキは他に質問のある隊員が居ないか見渡して、居ないようなので「ではよろしくお願いします」と告げた。

 スーゾはナツコへと個人用情報端末を手渡すと、最後にリルの名を呼ぶ。


「リル・ムニエさん」


 リルは一瞬目を細めたものの、直ぐにスーゾの元に端末を受け取りにいく。

 全員に端末を配り終えたスーゾは皆の注目を集めるとこほんとわざとらしく咳払いした。


「ではこれから朝食をとって、それから適性試験を受けて頂きます。筆記試験は衛生局の大会議室で行います。そこまでは同行させて頂きますので、よろしくお願いしますね」


 一同は返事をしてスーゾの後に続いた。

 まだ衛生部預かりのツバキ小隊はスーゾと共に衛生部の食堂で簡素な食事をとり、それから筆記試験会場の大会議室へと案内された。

 大会議室は半円状の室内に机が並ぶ、高等教育施設の講堂のような作りをしていた。

 タマキを除く隊員は指定された席に着席し、机に埋め込まれた情報端末に個人情報端末をかざして個人認証を済ませると、試験開始の合図を待つ。

 試験開始が告げられると、大会議室に集まった100人余りの適性試験受験者は一斉に情報端末に電子ペンを走らせ始める。

 それを確認したタマキとスーゾは大会議室の出入り口から離れた。


「とりあえず私の仕事はここまでかな。後はタマが引率してね。ハイゼ・ミーアの地図は取得してるよね?」

「ええ」

「じゃ、次の〈R3〉適性試験は本棟の第4シミュレーションルームだから、筆記試験が終わったらそっちによろしく。仮設部隊は基地内の移動に制限があるからそこだけ気をつけてね」

「ご忠告どうも。確認しておくわ」

「全部の試験が終わったらまた遊びに来るから、またね」

「いや、遊びに来ないでよ。忙しいんじゃなかったの?」


 タマキは顔をしかめたが、スーゾはまるで気にした様子もなく元気に手を振ってその場から離れていった。


「全く、士官になっても相変わらず自由人ね」


 タマキはため息交じりに呟く。それから大会議室横の予備室に入る。室内では数人の士官が書類や情報端末とにらみ合っていた。

 タマキは彼らの邪魔にならぬよう、折りたたみの椅子を引っ張り出して部屋の隅に座ると、士官用端末を取り出してハイゼ・ミーア基地の地図を確かめた。

 道のりはなんてことなく直ぐに確認が終わり、手持ちぶさたになったので筆記試験の途中成績をのぞき見する。


 昨晩脅しつけるようなことを言ったが、実際の所婦女挺身隊の教育課程を終えている以上、余程のことが無い限り落とされることはない。

 後はその余程のことが起こらないことを祈るだけであったが、タマキがぱっと見た限りでは筆記試験の成績は今のところ問題なさそうだ。


 倫理や規則の試験は問題なし。

 今は学力や思考力を測る試験の内、数学分野の試験中だ。こちらも問題なしどころか至って優秀。心配していたナツコとまだ大学生のリルも学力は十分だった。それどころかナツコは難しい数式をすらすらと解いている。


(――となると、残る問題は〈R3〉の適性試験だけ)


 タマキはツバキ小隊の中で最も〈R3〉の操作が不得意なナツコのことを心配するが、こればかりはナツコの方で何とかして貰わないことにはならない。

 タマキの見立てでは、少なくともハツキ島での活動を見る限りナツコの適性は並。後は本番にその実力を出すだけ。


 無駄に緊張してなければ良いけど、とタマキが士官用端末を閉じようとすると、ショートメッセージが届いた。

 差出人は兄のカサネだ。

 少し離れた後方基地に移動しただけだというのにそんなに妹が心配なのか。

 タマキは呆れながらもメッセージを開く。されど受け取ったメッセージは暗号化されていたらしく、解凍に時間がかかった。どうやら少佐権限を使った検閲を回避する特殊な暗号のようだ。


 妹を心配してご機嫌伺いのメッセージを投げるならわざわざこんな暗号化を施したりしない。

 タマキは周りの士官から見られないよう情報端末を立てると、解凍されたメッセージを読む。


『旧連側が内定。後はそちらに任せる。本日夕刻発表』


 タマキはふぅと息を吐いて、ツバキ小隊にとっては残念な報告に眉をひそめる。

 発表は夕刻とわざわざ書いたくらいだから聞いたところで答えてくれないだろうが、念のためタマキは兄へと返信文を書いた。


『詳細な情報を求む』


 タマキの電文は検閲を回避できないので短くそれだけ書いて投げる。

 将軍の名前を知ったところで今のタマキにはどうしようもないが、それでも知っておきたかった。

 返信は思ったよりも早かった。

 これは問答無用で断ってくるパターンだろうなと予想しながらもメッセージを開くと、先ほどと同じ暗号が施されていた。

 解凍が終わりメッセージが表示されると、そこには次期トトミ星総司令官に関する情報が記されていた。


『平和の女神に乾杯』


 直接名前を書いたりしていないが、連合軍側将軍で平和の象徴と言えば1人しか居ない。


(嘘でしょ、コゼット・ムニエ? いくらなんでも若すぎる)


 タマキはこれは事実なのか確認のメッセージを送ろうかとも考えたが、あの兄が自分に嘘の情報を流すことはないだろうという確信があった。


(父様もよく任命したわね……)


 タマキもコゼットが長らくトトミ星で過ごしたことは知っている。

 だがコゼットといえば、成り行きで戦艦の臨時副艦長になり、艦長が戦死したため急遽艦長に就任し、ニシ元帥と共に講和条約と統合人類政府樹立の書類にサインした若き女性士官ということでセンセーショナルな注目を集め、その後も自ら平和の象徴を名乗りトトミ星で人気を集め、枢軸軍側の将官と政略結婚をして子供まで作った。

 結果としてコゼットはあっという間に中将まで昇進したが、そのやり口から旧枢軸軍側将校からは『女狐』や『成り上がり』と呼ばれていた。


 タマキが知っている彼女の人物像はそこまでだ。

 コゼットがこれまでどんな仕事をしてきたのかも知らなかった。少し調べてみようかと、タマキは統合軍データベースのコゼットの項目へとアクセスする。


 コゼットはトトミ星在任期間にはトトミの防衛基地整備や、それまでほとんど考慮されていなかったトトミ星陸軍の組織化を行っていた。トトミ星に統合軍兵学校を立ち上げたのも彼女だ。同時期に立ち上げられたハツキ島婦女挺身隊の前身部隊について、コゼットはタマキの母親に対して設立認可を出している。


 その後、昇進を重ねて首都星系近辺にあるアイレーン星系の司令官となるが、そちらでも兵学校立ち上げや陸軍戦力の強化に手をつけている。

 こうして経歴を見てみると、実戦の指揮経験が前大戦時代にしかないことを除けば、コゼットのトトミ星総司令官就任は悪いニュースでもないかもしれないとタマキは思い始めた。


 1通りコゼットの経歴を眺めたところで、タマキは彼女に子供がいたことを思い出して検索をかける。

 返ってきたのは『閲覧権限無し』の警告文。

 それもそうだ。将軍の子供の情報など、そこいらの新任少尉が勝手に調べていいものではない。

 タマキはしくったと他の士官に気づかれないよう眉をひそめる。閲覧権限のないデータへのアクセス履歴を残してしまった。これだけで咎められるものではないが、褒められた行為でないことは間違いない。


 タマキは接続先のデータベースを統合軍のものから民間のものへと切り替える。出産当時コゼットは人気取りに執心していて、メディアを通して自ら情報発信をしていた。同時期のニュース記事を調べると、直ぐにいくつかの記事が見つかる。

 産まれたのは女の子で、生きていれば今17歳。それ以上の情報は得られなかった。

 少佐の権限を使えばもう少し調べられるだろうが、将軍の家庭事情を探るために兄の力を使うのもよろしくないとタマキは調査をそこで切り上げた。


 ハツキ島義勇軍結成の認可については希望はなんとか繋がったというところだろう。

 タマキとしてもハツキ島義勇軍には結成されて欲しいと望んでいた。

 タマキには宙族について知りたいことがあった。それを調べるには、統合軍の下っ端よりも、規定上は統合軍とは独立した組織である義勇軍のほうが都合がよかった。

 タマキは自分以上にハツキ島義勇軍の結成を望んでいる、あのハツキ島婦女挺身隊の隊員だった少女達の姿を思い浮かべる。


 ――待てよ。


 タマキの脳裏にある隊員の姿がぼんやりと現れる。

 閉じようとしていた士官用端末でツバキ小隊の隊員名簿を開き、その隊員の項目を開く。そこから統合人類政府の管理する戸籍情報にアクセスし、その隊員の両親についてデータを要求した。


『閲覧権限無し』


 やっぱり。

 タマキはそれで自分の推測が当たっていたことを確信したが、念のため兄へと隊員の戸籍にアクセスできない不具合があるとショートメッセージを送った。

 結果は直ぐ分かるだろうが、問題はこの情報をどう使うか。

 警告を2回表示させた分の価値はあるだろうか。


 そのとき、士官用端末にセットしていたアラームが作動した。

 時刻を確認すると丁度筆記試験の終わる時刻だった。

 タマキは立ち上がり、座っていた椅子を元の位置に戻して退室する。

 ハツキ島義勇軍の認可も大切だが、今はともかく適性試験の方をなんとかしなければ。タマキは頭を切り換えて、自身の受け持つ隊員達を出迎えた。

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