第19話 コゼット・ムニエ その②

 首都星系宇宙港を発った将官用の輸送船は、超宙間航法を使って、2隻の宙防艦に護衛されながら一路トトミ星系へと向かっていた。

 兎にも角にも総司令官不在とあっては何も始まらないので、積み荷は最小限に、本営を設立する資材と総司令官を護衛する近衛兵の装備する〈R3〉と装甲騎兵。そして本営維持のための資金と備品。

 乗り込んだのも輸送船乗組員の他にはコゼット・ムニエ大将と副官、本営設立に最低限必要な士官と、近衛兵1個小隊、それに将官の身の回りの世話をする雑務係だけだ。


「司令、トトミ星より司令の決裁を求めるデータが届いています」


 コゼットの執務室に入ってきた副官のロジーヌ・ルークレア少佐は、椅子に腰掛けてうたた寝していたコゼットへと声をかける。

 ロジーヌは燃えるような赤い髪をしていたが、反面、肌は透き通るように白い女性だ。年齢的には30歳手前で有り、少佐の中ではかなり出世が早いほうである。将官付きの副官ながら訓練は欠かさず行っているため、女性らしくメリハリの効いた体はほどよく引き締まっていた。


 ロジーヌはコゼットがトトミ星に居た頃より副官を務める、コゼットが最も信頼している側近の1人だった。内務に精通し、将官の補佐として申し分ない事務処理能力を有している上、有事の際には前線の作戦指揮官としても非凡な才を発揮した。

 本人は学生時代から〈R3〉飛行狙撃競技に取り組み統合人類政府主催の大会で優勝した経験もあることから最前線の偵察任務を望んでいたが、補佐官として優秀すぎたばかりにコゼットにもらい受けられ、以来前線への出撃は禁止されている。


 コゼットは目を覚ますと、ロジーヌが示した士官用端末を見て気怠そうにしながらも体を起こす。


「分かっているでしょうが、私が確認するまでもないようなことはそちらで決裁してくれて構いません」

「分かっています。その結果残ったものを、こうして司令に確認して頂きに参ったのです」


 コゼットはロジーヌの言葉に「随分多いのね」などと返しながら、左手で自分の士官用端末を引き寄せ、机の上に立てかけた。


「前総司令官を更迭するにしても、副司令に決裁権を引き継いでからでいいでしょうに」

「今更文句を言っても仕方がありません。この船がトトミ星に着くまで時間はありますから、決裁をお願いします」


 コゼットとは10年近いつきあいになるロジーヌは、大将に昇進したばかりの直属の上司に対しても物言いに容赦が無い。

 だからこそコゼットはロジーヌを信頼し決して手放さなかったのだが、前総司令官更迭時の事務処理の不手際を押しつけられる身となっては、少しばかりの愚痴も言いたいところだった。


「良いでしょう。直ぐに片付けます」


 それでも将官として、トトミ星総司令官としての責務を果たすべく、コゼットは決済データを処理していく。

 既に一通りロジーヌが目を通し注釈が加えられていたためコゼットがあれこれ資料を求める必要も無く、決裁は粛々と済まされていく。


「しかしどうしてトトミ星総司令官を引き受ける気になったのです? 首都星系が攻められるまで動かないものだとばかり思っていましたわ」


 ロジーヌの言葉に、コゼットは決裁処理を進めながら応える。


「出世のためよ。誰も引き受けたがらないトトミ星総司令官はまたとない機会でした」

「本当にそれだけです?」

「ええ。あなたは私がどういう人間かよく分かっているでしょう」

「そのつもりですが、自分の知っているコゼット・ムニエ閣下でしたら頼まれても断っていましたわ」


 その言葉にはコゼットも決裁の手を止めて、視線をロジーヌへと向ける。


「トトミ星は私にとって第二の故郷のようなものですから。見捨てたとなっては出世に響きます。それに、宙族は〈ニューアース〉を保有している」

「確かアマネ・ニシ元帥からの暗号電文が届いたとか」

「ええ。あなたには見せてなかったわね。一応、ニシ元帥の電文は将官のみ閲覧可能な形式で送信されていたから規則に従わせて頂いたわ。不満だったかしら?」

「別に、規則に従ったことに対して不満はありません。しかしトトミ星総司令官を引き受けるのでしたら、事前に相談して頂きたかったですわ」


 ロジーヌの言葉にコゼットは苦笑する。


「それはそうね。何分、暗号電文の受信にトトミ星の奇襲にと、立て続けにことが起こってあなたに相談している時間もなかったのです。次からはどんなに忙しくても一言くらい声をかけるわ」

「そうして頂けると幸いです」


 会話を終えると、コゼットは次の決裁項目を開く。

 見慣れない決裁事項に、ロジーヌの注釈に目を通して内容を改める。


「義勇軍の結成ですか。ハツキ島、懐かしい名前です」

「それですか。ハツキ島はトトミ星内の一自治区域でして、取り扱いが分からなかったものですから。申請元はカサネ・ニシ少佐。ニシ大将の息子です。義勇軍付の統合軍監察官にもニシ大将の娘の名前が記入されていたところから見て、ニシ家の肝いりかと」

「ニシ大将にはトトミ星総司令官に任命して頂いた恩がありますが――」


 申請内容を読み進めていたコゼットは、構成員名簿の中に懐かしい名前を見てそこで目をとめる。


 ――なるほど、そういうことですか。


 コゼットは内心で呟くと、総司令官の電子認可印を押した。


「恩には報いなければいけません。好きなようにさせましょう。義勇軍の指揮系統はどうなっていますか?」

「――義勇軍ごとに異なっています。設立時に近しい位置に居た統合軍部隊に編入されている場合が多いようです」

「宙族に占領された区域も増え義勇軍も多くなってきました。とりまとめが必要でしょう。一度全ての義勇軍を総司令官直轄に。指揮系統を整理し直します」

「仕事が増えますね」


 先ほど決裁を渋ったにも関わらず自ら面倒ごとを増やすコゼットに、ロジーヌは半ば呆れて嫌味を言った。


「良いことではないですか。私も戦場に立つのは20年ぶりですから、働きたくてうずうずしています。あなたは違いますか?」


 年甲斐もなくはしゃぐコゼットに、ロジーヌは口元を緩めて久方ぶりに笑みを見せた。


「ええ、そうですね。一度前線に出して頂けたらなお良いです」

「却下です。あなたに離れられてしまっては困ります。――さて、おふざけはここまで。決裁は済ませておきます。あなたはトトミ星向け着任報告の原稿を用意しておいて下さい。本番までに練習もしておきたいわ」


 ロジーヌは「それは残念」と冗談を口にしてから、表情を引き締め敬礼した。


「取りかかります。では失礼します」


 ロジーヌが退室した後もコゼットは決裁処理を進める。


「副司令は決めさせて貰えないのね」


 トトミ星副司令官はニシ大将によって決定されていた。コゼットに副司令を選出する機会は与えられず、決定したものを承認する以外に無かった。

 人選は旧枢軸軍出身のテオドール・ドルマン中将。総司令官を旧連合軍出身のコゼットが務めるため、バランスをとった形だ。


 テオドールはニシ大将と親しい齢60近い老練の将軍だ。前大戦時代から陸軍士官だった珍しい将軍で、戦後登場した〈R3〉を積極採用し、自身も高齢ながら〈R3〉に搭乗する趣味を持つ。他星系で宙族相手に作戦指揮を執った経験もあり、ここしばらく実戦経験のないコゼットの補佐官としては申し分ない。ニシ大将の人選はほぼ完璧といえた。

 ただ唯一問題があるとすれば、テオドールがコゼットのことを毛嫌いしていることだろう。コゼットにしてみれば頭の痛い話だが、トトミ星防衛作戦のためには彼の知識・経験は不可欠だ。


 コゼットは副司令官の決定について承認印を押し、一通り決裁を終えて士官用端末の電源を落として机の端に置いた。

 夕刻にはトトミ星に総司令官着任の放送が行われる。

 コゼットの乗る輸送船も、明日にはトトミ星宇宙港に到着するだろう。

 実際に司令部を立ち上げ防衛作戦を展開するにはもう少しばかり時間がかかるだろうが、部屋に誰も居なくなったコゼットの表情は暗い。

 参謀室では大見得を張ってああ言ったが、コゼット自身もトトミ星防衛作戦の無謀さはよく理解していた。

 だがもう戻るつもりもない。

 コゼットはトトミ星を守り切り、宙族戦力を完膚なきまでに叩き潰す決意を固めていた。


「――さあ、20年前つけられなかった決着をつけましょう」

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