第17話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑦

「1年分くらい採血されました……」


 検疫室から出てきたナツコは不満を漏らすが、他の面々もだいたい同じような検査を受けてぐったりしていたため、特に何も言い返すこともなかった。

 それから若干の間、ツバキ小隊の隊員達は隔離された部屋で大人しく待機し、やがて部屋の扉が開かれて、ゴーグルを外したスーゾと衛生局の職員服に着替えたタマキが入ってきた。


「皆さん検疫お疲れ様。ひとまず統合軍規定に抵触するような病原菌の保持は確認されませんでしたので、これから予防接種と健康診断を受けていただきます」


 スーゾの予防接種という言葉にナツコは拒否感を示したものの、軍の決まりで受けることが決まっている以上、拒否権などあるはずもなかった。


「それってどうしても受けないと駄目?」

「駄目です」


 イスラが尋ねるとスーゾは即答した。


「長くはかかりませんから、素直に受けたほうが幸せだと思いますよ」


 イスラは顔をしかめながらも渋々受診を了承する。他の隊員もスーゾに促されて各々健康診断を受けていく。

 ナツコは直ぐに受けられる検診を受けていき、予防接種を済ませた後内科検診に通された。

 カーテンで仕切られた検診所に入ると、中ではスーゾが待っていた。


「ナツコ・ハツキさんですね」

「はい。よろしくおねがいします。スーゾさんも、検診するんですね」

「人手不足ですからね。なので、手早く済ませましょう」

「お願いします」


 スーゾは慣れた手つきで検診を進めていく。ナツコの目が赤いことに気がつくと、タマキが記録していた隊員所感を見返して、『睡眠不足の傾向あり』の一文を見つけた。


「昨日はよく眠れました?」

「昨日は、あまり」

「今日は? 1日移動でしたよね」

「今日も、あまり眠れなかったです」

「眠れないのは昔からですか? それとも最近から?」

「ええと、そうですね。前から、気になることがあると眠れないことはよくありました」


 ナツコはスーゾに対して素直に受け答えをする。スーゾも目の前の歳の割りには小柄なナツコに親近感を覚えて、ナツコの言葉を1つ1つ記録に残していく。


「念のため簡易的ですが脳波診断を受けた方が良いかもしれませんね。睡眠導入剤をニシ少尉に渡しておきますので、必要な場合は受け取って下さい」

「そんなに大事にするようなことでもないと思いますけど……」

「駄目ですよ。大抵本人はそう言うものなんです。納得いかないなら言い換えます。これから簡易脳波診断を受診して頂きます。これは命令です。よろしいですね」


 命令と言われては断ることも出来ず、ナツコは首を縦に振った。


「はい、分かりました」

「睡眠導入剤も、必要な時は直ぐニシ少尉から受け取るように。いいですね」

「はい」


 渋々ながらもスーゾの言葉に頷いたナツコは、そのまま仮設の脳波診断室に案内された。

 ナツコの健康診断が終わるとツバキ小隊の健康診断もほぼ終了し、スーゾは小さな診察室で健康診断用に集めた隊員達の採血管にデータ入力処理をすすめていく。隊員の健康診断終了まで付き合うと宣言したタマキも居合わせ、スーゾの作業が終わるのを待つ。


「健康診断も無事に終わり。血液検査の結果はタマのと合わせて明日の朝には出るから、そこで問題なければ兵舎に移ってもらうけど――まだツバキ小隊って正式に認可されていない仮設部隊だったよね」

「そうです。統合軍規定に基づいて義勇軍の申請を出していますが、決裁者がいないので仮設部隊の扱いです」

「ふーん」


 スーゾはタマキの言葉を聞いて、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて意味深に笑う。


「どうして義勇軍なの? もしかして実家への当てつけ?」

「まあ、半分くらいは、そうです」


 見事に言い当てられたタマキは不満げに頷いた。


「あの家族だもんね。偉大すぎる家庭に産まれて、外に飛び出したくなる気持ちも理解できなくはないけど――」

「ツバキ小隊所属フィーリュシカです。中尉殿。お時間よろしいでしょうか」


 唐突に診察室の扉が叩かれた。声の主はフィーリュシカだ。スーゾは直ぐに入室を許可した。


「どうぞ」

「失礼します。――少尉殿もご一緒でしたか」


 入室したフィーリュシカは居合わせたタマキに気がつくとそちらに視線を向け、それからスーゾの方を見やった。

 それで空気を察したタマキは椅子から立ち上がる。


「レーヴィ中尉にお話ですか? わたしは退室した方が良さそうですね」

「申し訳ありません」


 タマキを追い出してしまう形になったフィーリュシカは頭を下げるが、タマキは気にもせず診察室を後にした。

 健康診断の内容に関わる相談事であれば衛生部のスーゾの方が適任であったし、もし隊長であるタマキに対して報告の必要があればスーゾから話があるだろう。それに、隊長だからといってあまりに隊員の個人的事情に踏み込みすぎるのも褒められた行為とはいえない。だからタマキは診察室の外に出て、フィーリュシカの用が終わるのを待った。

 話は直ぐに終わったらしく、フィーリュシカとスーゾが診察室から出てくる。


「話はもう終わり?」

「はい。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

「別に、気にしなくてもいいのよ。レーヴィ中尉は作業の方はもう終わりですか?」

「はい。これで一通りおしまいです。隊員を集めてきて頂いてよろしいですか、ニシ少尉?」

「分かりました」


 タマキは隊員達が休憩しているスペースまで足を運ぶと、集合するように命じた。

 健康診断でも採血をされた隊員達はぐったりしていたが、タマキの命令とあって直ぐに反応しスーゾの前に整列した。


「長い時間健康診断ご苦労様です。結果は明日の朝に出ますので、今日は衛生局の宿舎に泊まって下さい。ひとまず、その格好では寒いでしょうから更衣室まで案内します。ついてきて下さい」


 隊員達は返事をして、歩き出すスーゾの後ろについて更衣室に向かった。

 来る時に着用していた衣服は消毒と洗濯に回されていたので、衛生部から貸し出された職員服に着替えてそのまま宿舎へ通された。

 宿舎は女性と男性で分けられており、ツバキ小隊は女性用宿舎の大部屋前まで案内される。


「血液検査で問題なければ、明日は適正試験を受けて頂きます。明朝は6:00起床です。よろしいですね」

「「「はい!」」」


 一同の返事を確認して、スーゾはその後をタマキへと引き継いだ。


「明朝は私が迎えに来ます。今日はこの大部屋で寝て下さい。建物の外へ出ることは禁止しますが、建物内であれば消灯時間まで出歩いて構いません。夕飯は手配してありますので食堂室へどうぞ。何か質問はありますか?」

「いえ、問題ありません」

「では明朝、よろしくお願いします」


 タマキが敬礼をすると、スーゾも敬礼を返す。それからスーゾは一同に視線を送った後、その場から歩き去った。


「先に食事を済ませましょうか」

「賛成です!」


 すっかり採血で体力を失っていたナツコは元気よく返事をした。他の隊員も異論は無く、揃って食堂室へと向かう。

 衛生局宿舎の食堂室は簡素なものであったが、それでも暖かい食事が提供された。


「久しぶりの暖かい食事ですね!」


 ナツコは1人喜ぶが、隣に座ったリルは表情が冴えない。


「なんて言うんだっけ。健康食? 違う、病院食か。この味のない食事じゃ、保存食と大差ないわね」


 愚痴りながらもリルは食事を口へと運ぶ。確かに暖かい食事ではあるが、半固形状の主食と主菜はどちらも味がなかった。


「食べるものがあるだけありがたいこった。たくさん食べないと大きくなれないぞリルちゃん」

「あんたは黙ってなさいよ」


 イスラにからかわれたがリルはそちらには目もくれず、口だけ返してそのまま食事を続けた。そんな態度にカリラが「姉様になんて口を!」などと怒りを露わにしたが、それこそリルは完全無視を決め込んだ。


「そういえば隊長さん。義勇軍の許可はどうなりましたか?」


 荒んだ空気を察して、サネルマが話題を切り替えようとタマキに尋ねる。しかしタマキはかぶりを振った。


「残念ながら、まだトトミ星系総司令官の後任は決定していないようです」

「それ、ニシ少佐もまだ分からないのか?」

「いちいち人の親族をあてにしないで下さい。恐らくですが、決定はされているけれど発表はまだと言ったところでしょう。早ければ明日にも、発表されるかも知れません」


 少しばかりは明るいニュースにイスラは手を打って喜んだ。だが、サネルマは今だ見通しのつかないツバキ小隊の立場を嘆く。


「でも、総司令官が決まっても、その総司令官が義勇軍を認めるかどうかは別の話なんですよねー」

「ええ、その通りです。こればかりはどうにもなりません。少しでも義勇軍結成に理解のある方が総司令官に任命されることを期待するほかありませんね」

「でも元枢軸側の人間なら、隊長殿のお知り合いから口添えしてくれるんだろう?」


 イスラの口ぶりにタマキはうんざりしてため息をついた。


「仮にそうだとしても公の場でそのような話をしないで下さい。旧枢軸軍出身の将官がトトミ星総司令官になれば多少は有利なのは事実ですが、わたしの知り合いから口添えがされるなどと言うのは全くの妄言です」


 タマキの言葉にイスラは形だけ「悪かったよ」などと謝罪した。


「とにかく、決定するのは次期トトミ星総司令官ですから、どのような決定がなされてもわたしたちにとやかく言う権利はありません。このことは忘れて明日の適性試験に集中して下さい。そちらで適正無し判定を受けたら、例え義勇軍が結成されたとしても避難民として後送されますからね」


 その一言でイスラは口をつぐんで、黙々と食事を続けた。

 しかししばらくして、タマキの言葉を理解してしまったナツコが声を上げる。


「えっ!? 適性試験で駄目だったら、義勇軍になれないんですか!?」


 随分間を置いての声にタマキは驚いたが、落ち着いて返す。


「そのための適性試験です」

「そ、それって、私、通りますかね……?」


 沈黙。

 タマキはもちろん、他の隊員も何も言わなかった。


「え、え!? もしかして、通らない可能性が……? あの、タマキ隊長、率直な意見を聞かせて頂きたいのですけど」


 尋ねられたタマキはどう答えてよいものかと思案したが、何も言わないわけにもいかず口を開く。


「婦女挺身隊の入隊課程を履修しているのであれば問題は無いはずです。――ですが、今の実力がそれに満たない場合は……」

「場合は……?」


 それきりタマキは何も答えなかった。

 ナツコは自分でも、お情けで合格判定を貰ったことを分かっていた。

 1ヶ月の訓練課程を2ヶ月半かけてようやっと合格と言うことにしてもらえたのだ。その直後に宙族の襲来があり、なんやかんやでここまで来てしまったのである。


「もしかして私、適性試験に落ちるのでは……?」


 不安に苛まれるナツコだが、その肩をぽんと、イスラが叩いた。


「落ち着けよナツコ。仮に駄目だったとしても、義勇軍が結成された暁には義勇軍結成を言いだしたが適性試験に落ちたナツコ・ハツキ名誉隊長として語り継いでやるから」

「そんな嫌味に満ちた語り継ぎ方しなくていいです!」


 ナツコが顔を真っ赤にして抗議してもイスラはへらへらと涼しい顔だ。

 しかしそのイスラに対してタマキは冷めた口調で告げる。


「倫理試験や筆記試験もありますから、イスラさんも人ごとではないですよ」


 タマキの言葉からイスラは逃避して、明後日の方向を見て自分に言い聞かせる。


「婦女挺身隊の試験通ってるわけだからなんとかなるって」

「明日の皆さん次第ですね。問題無いとは思いますが、ふざけた態度で臨めば相応の結果が待っていることをお忘れ無く」


 イスラはもちろん、そのほかの隊員達にも適性試験で悪ふざけしないように釘を刺したタマキは、1人食事を再開して冷めかけのスープを口に運ぶ。されども少し脅しが過ぎたのかナツコが不安そうな表情をしているのを見て、早速スーゾから渡された睡眠導入薬を使わなければならないだろうとため息をついた。

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