第16話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その⑥

 ツバキ小隊を乗せたトレーラーはコレン補給基地を出発すると、海岸沿いに南西へと進み続けた。およそ200キロ走ると、ようやくハイゼ・ミーア基地の入り口へとたどり着く。

 ハイゼ・ミーア基地はトトミ中央大陸東岸に位置し、大陸東部と、そこから南に突き出るトトミ大半島との境目にある重要拠点であった。

 侵略を想定されていなかったトトミ大陸の軍事施設の中でも比較的設備の整った拠点であり、更に宙族のハツキ島上陸を受けて、基地外縁部から一般に開放されていた港についても急遽軍事基地として運用するため改修が進められていた。


 ハイゼ・ミーア基地の検問でタマキが所属コードを示すと、トレーラーは増設されたばかりの外縁部新兵舎の一角に通された。

 既に時刻は夕刻を過ぎていたが、トレーラーから下りた隊員達にタマキは次の指示を出す。


「このまま衛生局へ向かいます。ついて下さい」


 隊員達は返事をして、先を歩くタマキに続く。


「衛生局ってなんでしょう?」


 ナツコが尋ねると、前を歩くサネルマが答えた。


「軍の診療所みたいなもの、のはず。恐らくですけど、健康診断とか検疫とかするのでは? 悪い病原菌を基地に持ち込まれたら大変ですから」

「なるほど。言われてみればそうです」


 サネルマの言うとおり、そのまま隊員は基地とは隔離された検疫用の建物に通された。

 シャワー室という名の消毒室で全員服を脱ぎシャワーと消毒薬を浴び、そのまま健康診断用の白衣のみを身につけて、検疫所へと進む。


「な、なんか裸に白衣のみって不安じゃないですか」

「お年頃だなあナツコちゃんは。どれイスラ姉さんが成長具合を確かめてやろう」

「ちょっとイスラさん! やめてっ、やめて下さいって!」


 イスラは指先をわきわきと動かしてナツコの白衣をめくり上げようと試みる。しかし直ぐにその頭をタマキに士官用端末で軽く叩かれた。


「やめなさい。検疫所で怪しい動きをしたら銃殺されても文句は言えませんよ」

「そりゃ銃殺されたら文句は言えないだろうよ――あれ、隊長殿、こうして見ると意外とスタイル良い」

「じろじろ見ない。大人しく出来ないなら拘束具をつけて貰います」


 冷酷に告げるタマキを本気だと察したイスラは直ぐに姿勢を正して平謝りした。


「冗談ですよ。大人しくしてますって」

「よろしい」


 ふん、と鼻を鳴らしてタマキは先へと進み、皆についてくるよう示す。


「こりゃふざけると怒られる奴だな」

「当たり前ですよイスラさん……」

「だってタマちゃんのあれ見てみろよ。普段クソ真面目なタマちゃんがあんなドスケベボディしてたらからかってやらないと失礼だろうよ」

「発言が完璧に酔っ払った中年男性のそれですよ……。というかイスラさんも、人のこと言えなくないですか?」


 ナツコが目の前で揺れるイスラの胸をうらやましそうに見つめながら尋ねると、イスラはそれを手で持ち上げて見せた。


「おっ、気になる? しょうがないなナツコちゃんは。そんなに気になるならちょっとだけ見せてやろう」

「いや、いいですよ遠慮して――何っ、痛い痛い!」


 肩を強い力で掴まれたナツコは思わず振り向いた。そこには怒りに満ちた目をしたカリラの姿があった。


「お姉様にセクハラ行為を働くとはいい度胸ですわね!」

「違っ、違います! イスラさんがセクハラ行為を仕掛けてきたんです!」

「お姉様がそんなことするわけ無いでしょう!」

「えっ、えっ、しますよ! イスラさんですよ!」

「貴方、何と失礼なことを!」


 怒り収まらぬカリラだが、そろそろタマキの視線がきつくなってきたのを見たイスラがなだめに入る。


「まあまあ落ち着けって。隊長殿が話があるみたいだ。静かにしようぜ」


 イスラになだめられたカリラは直ぐに大人しくなり、握りしめていたナツコの肩を放す。

 解放されたナツコは握られて赤くなった肩を見てぞっとしたが、タマキが咳払いをして注目を促したので、直ぐに白衣を着直してタマキへと向き直る。


「これから検疫と健康診断を受けていただきます。皆さん、衛生部の指示に従ってください。くれぐれも騒いだりふざけたりすることのないようお願いします。よろしいですね?」


 隊員はタマキへと返事をしたが、タマキはイスラの方を見て再び問いかけた。


「イスラさん、よろしいですね?」

「分かってます、隊長殿」

「ならばよろしい。ではついてきて下さい」


 タマキが扉を開け先に進むと、隊員達も後に続く。エアシャワーの吹き抜ける通路を抜け、その先の部屋に入ると後ろの扉が自動的に閉まる。

 他とは隔離された小さな部屋の中でタマキは先に進む扉の前に立ち、扉に設置されたカメラへと向かって敬礼した。


「仮設部隊、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊、隊長のタマキ・ニシ少尉です」


 カメラがタマキの方向へ指向し若干の間の後、備え付けられたスピーカーから女性の声が響く。


『確認しました。簡易チェックを行います。横一列に並び、直立姿勢をとって下さい』

「皆さん、整列を」


 タマキの指示に一同は返事をし、直ぐに言われたとおり横一列に並んだ。

 カメラに備え付けられたセンサ類が隊員の体温や肌の色を確認し、異常の無いことを確認すると扉が開く。

 扉の先には白いクリーンスーツに身を固めた女性が待ち構えていた。

 唯一透明なゴーグルを着用した目元だけが確認でき、褐色の肌と、琥珀色に輝く宝石のような瞳だけが見えた。


「ツバキ小隊の皆さんようこそハイゼ・ミーア仮設検疫所へ。それと久しぶり、タマ」


 タマと呼ばれたタマキは目を細め、相手の唯一見える目元を凝視した。生憎、その琥珀色の瞳には見覚えがあり直ぐに思い出す。


「もしかしてスーゾ?」

「大当たり。初等部以来ね」

「そうね。でも今のわたしには身分がありますから、初等部の時のように呼ばれても困ります」

「あら、それは失礼。ではニシ少尉、お言葉ですが私のことも呼び捨てにされては困りますわ。統合軍衛生部スーゾ・レーヴィ中尉です。以後お見知りおきを」


 スーゾが優雅に一礼すると、中尉という階級を聞いたタマキは目を細める。

 スーゾとタマキは初等部時代同級生であったが、在学期間の長い統合軍大学校に通ったタマキは少尉に任官するのが遅く、衛生学校出身のスーゾにすっかり追い抜かれていた。

 スーゾがタマキよりも階級が上だと聞きつけたイスラは、早速取り入ろうと話しかける。


「もしかしてうちの隊長殿とお知り合い? 良ければ初等部時代の話を聞かせて欲しいね」

「それはもちろん喜んで。――ですが、後が詰まってますので先に検疫を受けていただきたいです。タマ――いえ、ニシ少尉も今度時間がとれたら昔話でもどうです?」

「時間がとれたらで良いなら、考えておきます」


 タマキは不機嫌そうに答えたがスーゾは意に介さず、それを了承と受け取って、ツバキ小隊を検疫室へと誘導した。


「ニシ少尉は簡易診断です。他の皆さんは……軍の検疫は初めてですね。一通り受けていただきます。あ、受診中は皆さんの指揮権は私に移譲されますので、そこのところご理解下さい。よろしいですか?」


 スーゾが尋ねると、ツバキ小隊の隊員はいつもタマキにしているように返事をした。


「はい、分かっていただけたらそのまま一列に並んで進んで下さい。ニシ少尉はこちらへ」


 隊員達は示された通り進んでいき、1人ずつ検疫を受診する。

 別室に通されたタマキはスーゾと向かい合って座り、そこで簡易診断を受ける。


「まさかタマが真面目に隊長してるとは思いもよらなかったねー」


 スーゾはタマキの左腕をとって採血のための無痛針を刺しながら語りかける。


「大きなお世話です。あなたこそ衛生部なんて一番合わなそうな所に良く入ったわね」

「あはは。昔の知り合いにはよく言われるんだけどね。まあ昔からそんな運動得意な方じゃなかったし、軍で働くなら経理か法務か衛生かって所だったんだけど、他2つは見事に落とされたね」

「そりゃそうでしょうね。むしろよく衛生部は受かったわね」

「それもよく言われるんだけどね。でも私にはタマが無事に士官学校卒業できたことの方が驚きだね」

「失礼な。わたしは本星大学校首席卒業です」

「成績の方は心配してないって。そうじゃなくてタマは初等部時代は私と一緒に悪ガキしてたじゃない。お偉い士官学校じゃイタズラなんてばれたら即退学じゃないの?」


 ふざけたスーゾの物言いにタマキはため息つきながらも大真面目に答えた。


「お生憎様。わたしは賢いですから、足手まといのスーゾが居なければイタズラくらいばれないように出来ます」

「それを言うのは大人げないなー。あ、採血終わったから一応内科検診するね。前開けて――おおう、こっちは随分大人になって……。触って良い?」

「検診に必要なら」

「もちろん必要」


 有無を言わさずスーゾはタマキの胸を揉み始めたが、タマキはそんなこと意に介さず、じとっとした瞳でスーゾを見つめる。

 されどスーゾもそんなことなど気にもしなかったので、タマキは仕方なしに話題を変えて問いかける。


「で、いつからこっちの配属になったんですか」

「こっち? ああ、ハイゼ・ミーアなら今朝から。元々もう少し西側の基地にいたんだけど、トトミ大陸東岸が前線になりそうだからって急遽移動になったの。そんなこんなで今日は朝から休みがなくて。これが終わったらようやく休めるんだけどね」

「だったらこんなことしてないでさっさと検診を済ませたらどうですか」

「いや、これはこれで癒やしを得てるから……。分かってますよ。真面目に検診すれば良いんでしょ。そんな睨まないでよ」


 不真面目にやったことを認めたスーゾは手早く検診を終え、特に問題も無かったので採血管のデータチップにタマキの識別番号と採血日時だけ書き込んで、それを白衣の胸ポケットにしまった。


「血液検査の結果は明日の朝にはでるよ。タマはワクチン接種の必要も無いし、問題なければそれでおしまい。適性試験も今更受ける必要無いでしょ」

「ええ。わたしのは結構」

「だよね。じゃ、衛生局の宿舎まで案内しようか?」

「いえ。今のわたしはツバキ小隊の隊長ですから。隊員の検疫が終わるまで待ちます」

「本当、真面目に隊長してるんだね。分かった、じゃあ検疫に立ち会って貰おうかな」

「そうさせていただきます。それとスーゾ、分かっているとは思うけど隊員達の前では――」

「分かってる。ニシ少尉でしょ」

「分かっているならそれでよろしい。レーヴィ中尉」


 2人は互いに顔を見合って、それから小さく笑った。


「こんなところで再開するとは思わなかったけど、不思議な縁だね。お互い、頑張ろうね」

「そうね。精々、出来る限りを尽くしましょう」

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