第14話 コゼット・ムニエ その①

 ズナン帝国を自称する宙族によるトトミ星ハツキ島占領の翌日、統合人類政府の首都星系にある大本営参謀室では更迭されたトトミ星総司令官の後任を決める会議が開かれていた。

 しかし選出は難航し、招集された将官や政府高官たちは長く続く会議に疲労の色を見せる。


 彼らは前大戦からの熟練将校ではあったが、彼らの目から見てもトトミ星防衛はあまりに無謀であり、トトミ星は放棄し次の防衛ラインを構築するのが真っ当な戦略と判断された。


 しかしそうなるとトトミ星系はもちろん、トトミ星系よりも宙族占領宙域に近い星系は見捨てられることになってしまう。成立からわずか20年の統合人類政府は構成される各星系を完全に掌握出来ている訳ではなく、そのような状況になれば辺境星系の離反はもちろん、第2、第3のズナン帝国を産み出しかねない。統合人類政府の大崩壊に繋がるトリガーとなる可能性があるトトミ星防衛など自ら引き受けたい人間などいるはずもなかった。


 今現在、統合人類政府の最高階級は大将である。名目上はその上に元帥の位も用意されているが、既に元帥号を持つ人物はほぼ全て天寿を全うしており、唯一生き残っていた前大戦の大英雄アマネ・ニシ元帥も、戦後のどさくさで盗み出された旧枢軸軍及び旧連合軍の新鋭機動宇宙戦艦奪還のため出撃したきり、行方が分かっていない。


 そういった事情もあって、この場を納めていたのは大将であり統合軍及び首都星系総司令官でもあるタモツ・ニシ大将であった。タモツはいざとなれば自分自身がトトミ星に赴く覚悟を決めていた。そしてこの会議が長引けば長引くほど、トトミ星の状況は悪くなる。

 遂にタモツが決意を固め発言しようとしたところで、参謀室の扉が叩かれた。


「コゼット・ムニエ中将が入室許可を求めております」


 参謀室につけられた若い情報将校の中尉が、来客のあったことを告げる。参謀室に満ちていた緊張した空気は一瞬緩んだが、来客の名前にその場に居た半数は眉をひそめた。


「成り上がりの女狐が何のようだ――」


 中将の1人が小さくそう呟く。

 しかしタモツはそんな声など聞こえなかった風で、コゼットの入室を許可した。場の空気を少しでも変えられるならとの判断だった。


 情報将校が扉の外に出て少し後、齢42となる中将としては群を抜いて若い女性将官が入室する。

 くすんだ金髪と鋭い眼光、半身を覆うように纏った外套。中将ながら現場主義者であり各所を動き回るコゼットは、この場に居る執務室に籠もりがちな将官とは対照的に細い体つきをしていた。それはコゼットを実年齢以上に若く見せ、将官服を着ていなければ誰も彼女を統合軍中将だとは思いもしないだろう。


 コゼットは前大戦では連合軍側に所属しており、連合軍が秘密裏に建造した新鋭機動宇宙戦艦の乗組員であった。

 連合軍と枢軸軍の新鋭機動宇宙戦艦がトトミ星系外縁部にて最終決戦を行った際には臨時副艦長を務めており、戦闘中に艦長が死亡したことからそのまま艦長に就任。

 決戦後、枢軸軍側の代表であるアマネ・ニシ元帥と共にトトミ星にて講和条約と統合人類政府樹立の調印を行った、連合軍側にとっては平和の象徴とされる大英雄である。


 旧連合軍側から英雄的に扱われるコゼットに対して旧枢軸軍側の将官はいい顔をせず、外套を纏ったまま入室した彼女を咎めた。


「ムニエ中将、参謀室だぞ。外套を脱いだらどうか」

「これは失礼。急用でしたものですから」


 コゼットは短く謝ると左手で外套を脱いだ。

 外套によって隠されていた右半身が露わになると、中身のない将官服の右袖が揺れる。

 コゼットは前大戦最終決戦における枢軸軍との戦闘で右腕を失っていた。

 外套を傍らに立つ情報将校へと預けたコゼットはその場に招集された将官達へ優雅に一礼して見せ口を開く。


「この様子ですとトトミ星防衛の総司令官はまだ決定していないようですね」


 少しも場の重々しい空気を考慮しないコゼットの言葉には連合軍側の将官も苛立ち、統合軍宙軍大将が低い声で発言を咎める。


「トトミ星を防衛するかどうかもまだ決まっておらぬ。不用意な発言は控えたまえ」


 しかしコゼットは臆することなく不敵に微笑んで続けた。


「それはズナン帝国が〈ニューアース〉を保有していると知ってもですか?」


 その言葉に場の空気は完全に凍り付いた。

 旧枢軸軍のある中将は〈ニューアース〉の名を聞いただけで縮み上がり、呼吸することすら忘れるほどだった。


「機動宇宙戦艦〈ニューアース〉。ここにいる皆様の中に知らぬ人は居ないでしょう。かつてこの私が艦長を務めた、あの〈ニューアース〉です」


 前大戦で連合軍が建造した新鋭機動宇宙戦艦〈ニューアース〉。100年近い戦争の末に産み出された枢軸軍宇宙艦隊を殲滅するための決戦兵器。

 旧連合軍首都星系ニューアースの名をつけられたその戦艦は建造目的を遺憾なく発揮した。

 戦争末期、数も練度も上回っていた枢軸軍を相手に単艦で数多の艦隊を、宇宙基地を、時には惑星すら塵に変えた。


 〈ニューアース〉によって戦況は一転。連合軍は枢軸軍の防衛ラインを突破し、遂にはアマネ・ニシ元帥率いる枢軸軍主力艦隊に壊滅的打撃を与えた。

 誰もが連合軍の勝利を確信した。――ただ1人、アマネ・ニシ元帥を除いては。


「馬鹿を言うなっ! あれはアイノ・テラーが持ち出したはず――!」


 先ほどコゼットを咎めた宙軍大将が言葉を荒げる。その宙軍大将にコゼットは詰問した。


「〈ニューアース〉が奪われた際、警備艦隊を指揮していたのはあなたでしたね? 確認したいのですが、本当に〈ニューアース〉を奪ったのは彼女なのですか?」

「あの状況で戦艦を強奪するなど、あやつ以外の誰に出来るか!」

「なるほど。アイノ・テラーが〈ニューアース〉を持ち出した証拠はないと」

「無礼な! 貴官こそ〈ニューアース〉を宙族が保有している証拠があるのか!!」


 問われたコゼットは将官服の胸ポケットからデータカードを取り出して見せた。


「先月、アイレーン星系の衛星基地が拾った暗号電文です。遙か彼方から特殊なルートを使って発信されたもので解読に時間がかかりましたが、宙族根拠地ズナン星系の偵察情報をまとめたデータでした。ここに確かに、ズナン帝国が〈ニューアース〉を保有していると記されています」


 コゼットは大真面目に語ったが将官達は鼻で笑った。


「そんな怪しげな暗号電文を信じると?」「全く、これだから成り上がりの小娘は――」


 将官達がコゼットを蔑む発言をするとタモツが咳払いをして周りを黙らせる。タモツはデータカードをちらと見てから尋ねた。


「それは信頼できる情報なのかね?」

「はい。使われていた暗号は、統合軍の中でもごく一部の人間のみしか知らないものです」

「なるほど。発信元は?」


 タモツのその問いかけに、コゼットは姿勢を正し、良く通る声で報告した。


「発信元は統合軍宇宙巡洋艦〈ノーバート・ウィーナー〉。発信者はアマネ・ニシ元帥です」


 コゼットの言葉に将官達は目を丸くしタモツすら息をのんだ。それほどまでにアマネ・ニシの名はこの場にいる全員にとって無視できないものだった。


「父上が、生きていると?」

「それは定かではありません。特殊なルートを介したもので、発信から数ヶ月――いえ、数年が経過している可能性もあります」

「そうか。――そうだろうな」


 タモツは父親であり最も尊敬する軍人であるアマネの行方に関わる情報に思わず身を乗り出したが、コゼットの意見をきいて椅子に座り直す。


「大戦後の処理で全てのワームホールが閉じられた今、星系間移動には超宙間航行しかありません。トトミ星の宇宙港にて補給を行った〈ニューアース〉は、超宙間航行で戦闘能力を保持したままこの首都星系まで到達可能です」

「確かに――何故宙族がわざわざトトミ星系へ攻め込んだか謎だったが、彼らが〈ニューアース〉を保有しているとなれば納得いく。狙いは最初からこの首都星系であったと」

「そう考えるのが妥当でしょう。そして、〈ニューアース〉に対抗できる手段を我々は有しておりません。何としてもトトミ星を防衛するほかないのです。問題は、誰がトトミ星防衛総司令官となるかですが――」


 コゼットは周りを見渡し、将官達の顔を確認していく。将官達は視線を向けられると目を逸らし、あるものは俯いた。

 1周し終えて視線をタモツへと向けたコゼットは肩をすくめて控えめに微笑む。


「まだ決定していなかったのでしたね。ニシ閣下。閣下のお気持ちを伺っても?」


 ふむ。と1つ大きく頷くと、タモツは目を伏せたまま答える。


「いざとなれば、この私自らがトトミ星に赴く覚悟であった。しかし、逆に尋ねたいムニエ君。君はトトミ星防衛の勝算はあるのかね?」


 誰しもトトミ星防衛など無謀であると内心思っていた。だというのに、将官達の視線が集まる中でコゼットは頷いて見せた。


「もちろんです閣下。私は長らくトトミ中央大陸で過ごし現地の土地勘があります。トトミ中央大陸は起伏に富んだ天然の要害。防衛作戦には適しているといえるでしょう」


 タモツは「ふむ」と相づちを打ち、思案を巡らす。

 コゼットの言うとおりトトミ中央大陸は起伏に富んだ防衛には適した地形だ。そしてこの場にいる誰よりも、コゼットはトトミで過ごした時間が長い。

 終戦後からしばらくコゼットはトトミで過ごし、大陸各地を転々としていた。彼女を信奉するものも現地には多いであろう。

 既にタモツの意志は固まっていた。彼女以上にトトミ防衛にふさわしい人間はこの場にも、余所にもいるとは思えなかったからだ。


「宙族は狡猾な連中だ。トトミを攻めると見せかけ他星系へと攻め寄せる可能性は十分にある。君が望むような増援を送ることは出来ないかも知れない」

「理解しております。ですが私の持つアイレーン星系の軍団だけでも自由にさせていただきたい」

「アイレーンか……。いいだろう。君の思うとおりにしたまえ」

「ご配慮感謝いたします」


 合意がとれるとタモツは立ち上がり、会議に参加した全員に問うた。


「自分は、トトミ星次期総司令官は、コゼット・ムニエ中将をおいて他にはいないと考える。皆はどうか?」


 将官達は静まりかえった。沈黙は肯定と同義だ。意見を口にしようとしたものもいたが、声には出せず仕舞いであった。


「異論は無いようだな。では統合軍としてはトトミ星総司令官にコゼット・ムニエ中将を推薦したい。お役人方、どうでしょうか」


 建前だけタモツは会議に出席していた政府高官達に尋ねる。この差し迫った戦時において、彼らが軍部に意見することなど出来るはずがなかった。


「よろしい。では統合軍総司令官として、コゼット・ムニエ中将をトトミ星総司令官に任命する。彼の地に赴き、トトミ星を宙族の侵略から防衛せよ!」

「コゼット・ムニエ、トトミ星総司令官の任、謹んで拝命いたします」


 コゼットはその場にいる皆へ向けて優雅に一礼して見せた。


「側近のみを連れ直ぐ宇宙港ヘ向かいたまえ。輸送船の準備はまもなく完了する。君の大将への昇進手続きは進めておこう」

「承りました。では、私はこれにて失礼させていただきます」


 コゼットは情報将校から外套を受け取ると失った右腕を隠すように羽織り、早足で参謀室を後にした。

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