第13話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その④

 88ミリ砲の運搬を終えると、ナツコはフィーと合流し、高速艇貨物室内にばらばらに積まれた〈R3〉の運び出しを再開した。機体の部品は航海中に揺られたせいかまとまりがなく1台分組み合わせるのに苦労を要したが、フィーやサネルマが手際よく部品を集めていったため運び出しは夕方には終わった。


 機体の点検と整備も日が落ちるころには完了し、無事にすべての〈R3〉の分別が終わるとルビニ少尉へと報告を済ませ任務はそれで完了となった。

 一同は〈R3〉の装備を解除し、仮設食堂で保存食料と合成肉を煮込んだスープの簡素な夕食をとった。

 タマキの隣の席になったナツコは食事中、機を見て話しかけた。


「あの、タマキ隊長、これからのことなんですけど」

「え? ああ、これから」


 話しかけられたことに驚いたタマキの表情を見て、ナツコは本題のことなど忘れて尋ねる。


「タマキ隊長、何か悩み事ですか?」


 タマキは照れくさそうに小さく微笑む。


「ま、そうね。そんなところ。これからどうしようかって」

「これからって、少尉じゃ悩む必要もないんじゃねえのか?」


 向かいにいたイスラにからかうように言われ、タマキは机に肘をついて答える。


「普通ならね。でも今のシオネ港の指揮官はあの人だから」

「ああ、お兄さんだったな」

「そういうこと。全く面倒くさい話。というわけだからわたしはニシ少佐の部屋に行ってます。サネルマさん、電話の使用許可はとっておいたので消灯時間までに受付に行ってください。皆さんは明朝6時起床です。出てくるときに宿舎の布団を畳んでおくように。よろしいですね」


 タマキは指示に返事が返されたことを確認すると、食事の済んだトレイを持って立ち上がった。


「では失礼します」


 食堂を後にするタマキの背中にナツコは一瞬声をかけようかと口を開いたが、結局呼び止められなかった。


「おいおいナツコ。最後のチャンスだったぜ今」

「え、でも、タマキ隊長忙しそうだったので」

「そりゃ忙しいだろうけどさ――。どうすんだ、このあと」

「そう、ですよね。どうしましょう」


 結局ナツコはタマキの後を追いかけることもできず、タマキの部屋の前で待ってみたものの消灯時間を過ぎても帰ってこなかったので、あきらめて皆のいる宿舎に戻り布団に入った。

 仮設宿舎のプラ板むき出しの天井を眺めて、ナツコは眠れぬ夜を過ごす。

 タマキに相談しておけばよかったと後悔する気持ちと、自分の先のことを決められず不安な気持ちで半分ずつ。

 結局、ナツコは明け方近くなるまで眠りにつくことは出来なかった。





「ニシ少尉です。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 中に人が居ては大変なので、タマキは入るときだけは体裁を繕って、丁寧にノックしてから入室許可を取った上でカサネの執務室の扉を開けた。

 雑務に追われているらしいカサネは机の上の情報端末とにらみ合っていたが、タマキが入ると表情を和らげて顔を上げた。


「どうした、タマキ」

「まあたいしたことじゃないんだけど。これからのこと、どうしようかなーって」

「何だ、まだ決めてなかったのか?」

「お兄ちゃんが明日で良いって言ったでしょ」

「そう、だったか? そうだったな。――にしてもお前らしくない。自分のやりたいことはいつも自分で決めてきたじゃないか」

「そう? 父様の言うとおり士官学校に通った聞き分けの良い娘だと自負してるけど」

「あの人はお前に宇宙軍の士官になるよう言っていたはずだが?」

「だって艦橋で指揮を出すだけなんてつまらないじゃない」

「ほら、そういうところ」

「何。文句あるの?」


 タマキが凄むと、カサネは「いや別に」と言葉を濁した。


「体動かしたいなら前線に来てくれ。いくらでも動けるぞ」

「そうなんだけど、お兄ちゃんの下ってのは癪じゃない」

「別に他の部隊に入ってくれても構わない」

「それはそれで面倒くさそう」


 我が儘ばかりのタマキに、流石のカサネも頭を抱えた。


「あのなあタマキ。そんなこと言ってたら決まるもんも決まらないぞ。少なくともお前はこのご時世に本星の士官学校を出ているわけだから、今更やっぱり軍人になるのは嫌ですなんてのは通用しないぞ――厳密に言えば親父が無理を言えば通用するが」

「そんな無茶言うつもりはないけどさ」

「前にも言った通り、悩むくらいなら前線に残ってくれると嬉しい」


 タマキはどっちともとれない返事をしてぼんやりと宙を見つめた。

 どうにも決心のつかないタマキを見て、カサネは話題を切り舞える。


「そういえば、あの子たちはどうしたんだ?」

「あの子たちって?」

「お前の部下だよ。明日までに今後の進路について決めて貰うよう頼んだだろう」

「ああ、あの子たちね。それならちゃんと伝えたわ」

「そりゃよかった。ちゃんと相談にのってやったか?」

「え?」


 きょとんとした表情を浮かべたタマキを見て、カサネはため息をついた。


「あのなあ。突然軍の任務に駆り出されて、故郷を奪われ帰る場所を失った子たちだぞ。表面上はどう見えてるか知らないが、そんな状況で平静を保っていられる人間なんかいやしないぞ。そういった精神面も含めて管理するのが上官の務めじゃないのか?」


 カサネの厳しい言葉にタマキは唖然として、俯いたままうなづく。


「そう……。そうよね、そうだった。どうしてしっかり時間を作ってあげられなかったのかしら」


 時計を見やると、すでに一般兵の消灯時間を過ぎていた。

 呆然とするタマキに対してカサネは優しく声をかける。


「こっちにも責任がある。あの子たちがお前が初めて受け持った部下だってことをすっかり失念していた。一言添えるべきだったよ。すまない」

「いえ、わたしも自分が人をまとめる立場にいることをすっかり忘れてたわ。答えは明朝だったよね? それ、少し待ってもらってもいい?」

「明日は沿岸防衛のための統合軍部隊受け入れがあるが、おそらく到着は10時くらいだろう。それまでに決めてくれればいい」

「分かった。わたしのと含めて、それまでには」


 ちょうどその時、士官室の扉が叩かれルビニ少尉が入室許可を求めて外から声をかけた。


「お邪魔したわね。それじゃわたしはこれで」


 一礼してタマキは扉へ向かう。その背中へと、カサネは声を投げかける。


「後悔しない選択をしろよ。お前も、あの子たちも」

「そうなるように努力するわ。ありがとうお兄ちゃん、大好きよ」


 ほんの少しばかりは社交辞令以上の意味も含んだ言葉を口にして、タマキは執務室を後にした。




 翌朝、6時まであと10分というところで、ナツコは体を揺すられてようやく眠りに落ちたばかりだというのに目を覚ました。


「起床時刻です」


 淡々とそう告げたのはフィーであった。昨日タマキは明朝6時起床といった。タマキが6時と言ったら、6時には着替えて布団を片付けて外に整列していなくてはいけない。

 寝坊したりするとタマキに起こされて、明日はきちんと早く起きるようにと厳しく言われるのだった。


「おはようございます、フィーさん。ふわぁ」


 小さくあくびをして、ナツコは布団から起き上がる。ほかの隊員たちもフィーに体を揺すられては仕方なしに起床していく。

 ナツコは布団をたたむと船旅中に支給された避難民向けの作業着へと着替える。他の隊員も同じように着替えると、畳んだ布団を一か所に集めて宿舎の外へと整列した。

 一同の前にタマキがやってくると6時を示す鐘の音が響く。皆がそろってタマキに敬礼すると、タマキは1人1人の顔を見渡していった。


「下ろしていいです。各自健康状態を報告してください」


 右端に立つサネルマから順に「問題ありません」と発生する。隊員の状態を確かめる儀式のようなものだ。

 最後のナツコは寝不足のせいか言葉の途中で噛んでしまった。


「眠そうですねナツコさん。昨日はよく眠れました?」

「はい――いえ、あまり」


 一度は「はい」と言ったものの、嘘をついても仕方がないので正直に告白した。


「そうですか。睡眠不足は何より恐ろしい大敵です。しっかり睡眠をとるように。必要ならば睡眠障害の検査も受けられます。結果次第では睡眠導入剤の処方もカウンセラーの受診も可能です」

「は、はい。でもあの、大丈夫です」


 タマキはもう一度ナツコの様子を確認して、手元の端末で隊員の健康状態のデータベースを呼び出すと、ナツコの欄に睡眠不足の傾向ありと注釈を書き加えた。


「よろしい。では皆さん、昨日ハツキ島婦女挺身隊が解隊されたので、今後皆さんがどうするのか考えてくださいと指示を出しましたが――」


 言葉を区切って、タマキは隊員たちの表情を確認していく。やはりどうにも、まだ決めきれていない人が数人いるようだった。


「その前に1つ謝らせてください。昨日この件について、皆さんから相談を受ける十分な時間を確保できませんでした。申し訳ありません」


 タマキは謝罪の言葉を口にすると同時に深く頭を下げた。ゆっくりと顔を上げたタマキは皆の顔をもう1度見渡して提案する。


「つきましては、今これから皆さんの今後の進路についての相談を受け付ける時間をとりたいと思います。皆さんの前で言いづらいことがあれば別に場所を用意します。何かある方はいますか?」


 問いかけに一同は顔を見合わせて、それからナツコのほうを見た。ナツコは真っ直ぐに手を挙げる。


「はい!」

「はい、ナツコさん。場所を変えましょうか?」

「いえ、ここで大丈夫です。あのですね――」


 ナツコは呼吸を整えて、今一度頭の中で自分の言いたいことを整理した。それから意を決して口を開く。


「昨日、1日悩んだのですけど、結局答えは出せなかったんです。でも、私はハツキ島婦女挺身隊として、ハツキ島の役に立ちたいんです。だから、ハツキ島婦女挺身隊をもう1度作ってハツキ島を取り返す力になれたらいいなって思います。あの、相談なんですけど、ハツキ島婦女挺身隊をもう一度作ることってできますか?」


 ナツコの問いかけにタマキは手元の情報端末を少し操作してから、ゆっくりと答えた。


「ハツキ島婦女挺身隊はハツキ島政府の公式な部隊です。ハツキ島政府以外に再結成することはできず、ハツキ島が占領された今ではハツキ島政府も存在しません。よって、ハツキ島婦女挺身隊を今この段階で作り直すことは不可能です」

「……そう、ですよね」


 不可能、ときっぱり言い切られたナツコは表情暗く、静かにうつむいて地面を見つめた。

 タマキは手元の端末の情報を読み取って、そんなナツコに語り掛ける。


「――ですが、統合軍規則に義勇軍規定があります。これは、何らかの理由によって所属する政府を失った政府公式の組織が、政府奪還を主目的として統合軍隷下で義勇軍を組織することを認める規定です。

 ハツキ島はトトミ星とは別に自治権が認められ独立した政府を所有しており、ハツキ島婦女挺身隊はこの政府の公式の部隊として登録されていたためこの規定を満たします。つまり、ハツキ島婦女挺身隊を再結成することはできませんが、規定上はあなたたちにはハツキ島義勇軍を結成する権利があるわけです」


 タマキの説明にナツコはぱぁっと表情を明るくし、タマキが話し終わると同時に勢いよく手を挙げた。


「はいっ! ナツコ・ハツキ、ハツキ島婦女挺身隊元隊員としてハツキ島義勇軍の結成を希望します!」

「あのねえナツコさん。規定にはありますが、これが本当に認可されるとは限りません」

「ニシ少尉殿から頼んでも?」

「わたしが頼んでもです」


 イスラが口を挟むと、タマキはため息ついて答える。

 でもイスラは続けた。


「それはニシ少佐でも?」

「あのねえイスラさん……」

「なんならニシ大将でもいい」

「あなたは上官の親族をなんだと思っているの」


 タマキがあきれ半分で叱って見せると、イスラは品のない笑みを浮かべた。


「ハツキ島婦女挺身隊がなくなった今、あんたはもう上官じゃない。あたしら友達だろ? タマちゃん」


 今度こそあきれきったタマキは深くため息をついて「馬鹿馬鹿しい」と口にする。それから全員を見渡した。


「念のため確認しておきますが、ナツコさんのほかにハツキ島義勇軍の結成を希望する方はいますか?」


 問われるとすぐにイスラが手を挙げた。


「約束だからな」


 続いてカリラが手を挙げる。


「わたくしはどこまでもお姉さまについていきますわ」


 続いてリルがそっと手を挙げる。


「こっちのほうが面白そうだわ」


 便乗してサネルマも手を挙げた。


「ハツキ島奪還はハツキ島民の悲願ですから」


 最後に、フィーリュシカが小さく手を挙げた。


「自分も参加を希望する」


 結局6人全員の手が上がったのを見て、ナツコは歓喜し、タマキはうんざりして口元を引きつらせた。


「はあ……。6人全員ね。一応わたしから頼んでみるけど、必ずしも認可が下りるという保証はありません。それでもいいですか?」

「はい! でもタマキ隊長を信じてます!」

「信じられてもねえ」


 タマキも初めて受け持った部下たちの最後の頼みだからなるべくなら叶えてあげたいという気持ちはある。実際、多少の無茶を言われても自分のできる範囲でなら――拡大解釈するのなら思い通りに動かせる兄の権限の及ぶ範囲でなら――どんなことでもしてあげるつもりであった。

 しかし義勇軍結成の認可を通すとなればその権限を越えてしまう。それはタマキの想定していた以上に面倒なことで、タマキは面倒なことが嫌いであった。


「駄目でもわたしを恨まないでくださいね。一応希望をきいておくけれど、部隊名はどうしますか?」

「部隊名?」

「義勇軍を結成するとなれば部隊名が必要です。大枠としてはハツキ島義勇軍でいいと思いますが、他の誰かがハツキ島義勇軍を結成する可能性もありますから、区別のつく名称をお願いします」

「なるほど。――どうしましょう」


 ナツコは隊員たちに目配せしたが、反応は冷たいものだった。


「ナツコが言い出したんだ。ナツコが決めたらいい」

「あたしは別になんだってかまわないわよ」

「いえ、あの、折角ですから、皆さんで考えましょうよ」


 それでも隊員たちは乗り気にならず、サネルマに至っては「頑張ってナツコちゃん」とナツコの応援を始めていた。

 突然のことで頭が働いていないナツコは、うーんうーんとあれこれ考えを巡らせる。


「そうだ! 冷やし中華小隊はどうでしょう! ハツキ島で再発見された歴史ある料理です!」

「考え直せ」

「却下よ却下」


 イスラとリルに真っ向から否定され、ナツコは縮こまって「リルさんさっきなんでもいいって言ったじゃないですか」などとひとりごちた。

 ナツコがうなり声を上げるばかりでなかなか決定しない部隊名に、タマキは仕方なく助け舟を出す。


「そういえば、皆さんつけているそのバッチ、ハツキ島婦女挺身隊のもの?」

「これですか? これはハツキ島婦女挺身隊の隊員証です。ハツキ島の象徴のツバキの花をデザインしていて――」


 ナツコははっとして、胸元につけたツバキをあしらった隊員証を見やる。顔を挙げると、皆のほうへ向けて声をかけた。


「ツバキ小隊はどうでしょう!」

「なんか縁起悪そうですわね」

「あたしらにとっちゃ縁起がいいさ」

「ま、いいんじゃない」

「いい名前だと思いますよ」


 隊員全員の了承が得られたナツコは、満面の笑みでタマキへと報告した。


「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊でお願いします!」

「小隊というよりは分隊ですけど、まだ人が増える可能性もありますからそれでいいでしょう。では、ツバキ小隊で申請を出します。通るかどうかは保証しませんけど」

「はい、お願いします!」


 面倒くさい宿題を抱えたものの、ひとまずハツキ島婦女挺身隊解体後の皆の進路についてはひと段落したのでタマキはほっと胸をなでおろし、再び皆に確認をとった。


「では皆さんの進路希望については義勇軍結成ということで進めさせていただきますけど、他に相談のある方はいますか? いなければ報告に行きますが」


 しばらく誰も手を挙げなかったが、タマキが終了を告げる間際に、ナツコがぴっと手を挙げた。


「はい、ナツコさん。なんでしょう?」


 今度はナツコハはきはきとはしゃべらず、タマキの顔色を窺うようにして尋ねる。


「あの、タマキ隊長は、これからどうするか決めましたか?」

「私ですか?」

「はい。昨日、悩んでいたようなので」


 ナツコの言葉に、タマキは思わず小さく笑ってしまう。本来ならば自分が隊員の悩み事を解決しなければならない立場なのに、その隊員に心配されてしまうとは。


「あ、あの、ごめんなさい。私なんかよりタマキ隊長のほうがしっかり考えてますよね」


 おずおずと声を弱めるナツコにたまきは優しく微笑んだ。


「いえ、かまいませんよ。実をいうとわたしも、決めきれていなかったのです。ですが、1つやりたいことを見つけました」


 ナツコは最初喜んで、それからしゅんと小さくなって、消え入りそうな声を発する。


「そうですか。やりたいことが見つかったのはとてもいいことだと思います。でも、その――できたらですね――」


 言いかけたナツコだが、隣に立つリルに小突かれて口をつぐんだ。


「あんまり無茶言うもんじゃないわ」

「そうですね。はい、ごめんなさいタマキ隊長、何でもありません」


 ナツコが口をつぐんだのでタマキは「わかりました」とだけ口にしてナツコの話を打ち切った。


「ほかに、何かあるかたはいますか? ……いませんね。では、これから報告に行ってきますので、皆さんは荷物をまとめてシオネ港を出発する準備をお願いします」

「「「はい!」」」


 一同が返事をすると、タマキは珍しくにっこりと笑った。


「よい返事です。これから先も、今の返事を忘れないように」


 再び元気のいい返事がなされると、タマキは満足してカサネの元へ向かった。




「ニシ少尉です。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 タマキがカサネの執務室の扉を叩き入室許可を求めると、直ぐに返事が返ってきた。

 タマキが部屋へ入ると、カサネは事務処理のため操作していた情報端末を机の端に寄せた。


「早かったな。もう結論は出たのか?」

「まあ、一応ね。お兄ちゃん、早速だけど、統合軍の義勇軍規定って知ってる?」

「義勇軍? ああ、聞いたことはある。たしか宙族に占領された星の部隊もいくつか義勇軍として参加してたはずだ。ちょっと待てよ――」


 カサネは先ほど机の端に寄せた情報端末を手元に持ってくると、軍規を呼び出してそこから義勇軍規定を検索する。


「なるほど――。もしかしてハツキ島出身者で義勇軍を結成するつもりか?」

「そういうことなんだけど、何とかならない? ちなみに参加希望者は6人全員」

「全会一致で義勇軍か。しかし星単位で占領されたならともかく、自治権を持っていたとはいえまだ完全に占領されてないトトミ星に所属するハツキ島の政府だからな。認可が下りるかどうかは何ともいえないな」

「そこを含めて何とかして欲しいんだけど」

「相変わらず無茶言って。親父に一言頼んでみるくらいは出来るが、最終決定を行うのは今は空席のトトミ星総司令官になるぞ」

「誰が成りそうとか、情報きてないの?」

「さっぱりだ。数日中には決まると思う、というより決めないとまずいことになるから決めるだろうが。誰になるかは本当に分からん」


 カサネはお手上げのポーズをとって、本当に知らないことをアピールする。


「まあそれでも父様から一言あれば良い方向に動きそうね」

「親父に近しい人間がトトミ星総司令官になったらな」


 確率としては五分五分だろうとタマキは予測する。先の大戦での枢軸軍側の英雄の息子という立場は、先の大戦で連合軍側についていた人間には大いに嫌われた。特に軍上層部には、先の大戦を生き抜いた古参将校が多い。連合軍側出身者がトトミ星総司令官になった場合には、何も言わずに成り行きに任せる他ないだろう。


「トトミ星総司令官が決定するまでは結論はお預けだろうな。――義勇軍規定では義勇軍に統合軍から監察役をつける必要があるのか。手放すには惜しいが、ルビニ少尉をつけよう。ハツキ島出身だし歳も近い。女性の方が彼女たちも安心できるだろう」

「ねえお兄ちゃん」


 タマキは声をかけてカサネの気を引くと、自分の顔を指で示した。


「ん? どうした? ――ああ、そうだった。お前はどうするんだ?」


 カサネが尋ねると勘の悪い兄に痺れを切らしたタマキは少し怒った振りをして声を上げた。


「そうじゃなくて、わたし。義勇軍には監察役が必要でしょ?」

「そうだが――待て。お前が監察役になるっていうのか? 何を言ってるんだ、本星の大学校を出たんだぞ!」


 カサネは声を荒げたが、タマキはそんなこと気にした風もなく言い返す。


「ルビニ少尉だって士官学校を出てる」

「彼女はトトミの兵学校卒だ」

「本来区別はないはずだわ」

「そんなことはない。教育にかかってるコストが違うんだ。だいたい親父がそんなこと許すわけ無いだろ! お前が義勇軍の監察役になると知れたら義勇軍結成の話もパアだぞ!」

「父様は反対するでしょうけど、母様は?」

「そりゃ、あの人は――生まれはハツキ島だしハツキ島婦女挺身隊の前身部隊を立ち上げたのもあの人だ。ハツキ島婦女挺身隊が義勇軍を結成すると聞けば賛成するだろうし、下手すりゃ自分も参加すると言いかねない……」

「母様が賛成するとして、それに父様が反対すると思う?」


 その一言でカサネは完全に沈黙し、頭を抱えて机に突っ伏した。


「――全く、どうしてこうなるんだ。だいたいニシ家の男はどうして誰も彼も女に弱いのか……」

「わたしは素晴らしいことだと思うわ」

「そうだろうね。しかし今回のは少し考えたほうが良いぞ。確かにあの子達はお前を必要としているのかも知れないが――」

「違うわ」


 カサネの言葉を遮って、タマキは告げた。


「あの子達がわたしを必要としてるんじゃない。わたしがあの子達を必要としているの。――だからお願い、お兄ちゃん」


 ニシ家の男は女に弱い。父が母に逆らえないのと同じように、カサネはタマキに逆らうことは出来なかった。タマキがこうして頭を下げた以上、カサネにとれる行動なんてのはタマキが望むもの以外あり得ないのだ。カサネは全てを諦めて、情報端末から義勇軍結成の申請手続きを進める。


「部隊名は決めているのか?」

「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊」

「小隊? 7人でか?」

「増えるかも知れないじゃない」

「増えないことを祈るよ」


 それでもカサネは言われたままに入力し申請手続きを行い、現地司令官印として自分の電子印を押した。

 タマキは立ち上がって姿勢を正すと押印された申請画面をタマキに見せて、かろうじて残っていたほんのわずかな威厳を持ってタマキに命じる。


「現時刻をもってタマキ・ニシ少尉をハツキ島義勇軍ツバキ小隊臨時隊長に任命する。義勇軍結成可否が判明するまで部隊を率い、ハイゼ・ミーア基地にて入隊にかかる所定の手続きを進めよ」

「了解。タマキ・ニシ、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊臨時隊長の任、謹んで拝命します!」


 ぴしっと見事な敬礼を決めて、タマキは揚々と答えた。

 対してカサネは精神的に疲れ果て、そのまま椅子にどっぷりと腰を下ろす。


「ニシ家の男はどうしてこうも女に弱いのか……」

「わたしは素晴らしいことだと思うわ」

「そうだろうね」


 反論する元気も失せたカサネは意気消沈して退室するタマキを見送った。

 タマキは扉を開けて去る間際、振り返って、いつもの台詞を口にする。


「ありがとうお兄ちゃん。愛してるわ」

「そりゃどうも」


 手をひらひらと振ってタマキに応えるカサネの瞳からは光が失せていたが、扉が閉まる寸前に、タマキへと声を投げかけた。


「後悔しないようにな」


 分かってる。心の中でそう呟いたタマキは意気揚々と、ツバキ小隊の待つトレーラーへと歩き出した。




「作業中の所すいません、整列をお願いします」


 タマキが告げると、荷物整理を進めていたツバキ小隊の面々は複雑な面持ちで整列した。

 全員揃ったところでタマキへ向かって敬礼し、タマキもそれに応える。


「降ろして結構。まず、皆さんが気になっているでしょうハツキ島義勇軍結成についてです。単刀直入に言いましょう。現地司令官の認可を得て、正式に申請がなされました。最終決定はトトミ星総司令官が任命された後になりますが、皆さんはそれまでの間、仮設部隊ツバキ小隊として行動していただくことになります」


 申請がなされたことにナツコを初め、サネルマやカリラも笑顔を見せてタマキへと礼を言う。しかしイスラが神妙な面持ちで手を上げた。


「はい、イスラさん。何でしょう」

「申請がされたのは喜ばしいことだが、その後は実際の所どうなんだ? 結局は次のトトミ星の総司令官が「うん」と言わない限り義勇軍は認められないんだろ?」


 少し間を置いて、タマキが答える。


「その通りです。希望的観測を述べても仕方ないので事実を述べますと、申請が通るかどうかは次期トトミ星総司令官次第です。こちらから働きかけもしますが、最終判断を下すのは他の誰でもありません」


 イスラは「まあそうだろうな」などと軽口を叩いてみせる。


「でも次のトトミ星の偉い人が良いって言ってくれたら認められるんですよね!」

「まあそうだけどさ――いや、いいさ。ナツコの言うとおりに違いない」


 脳天気なその言葉に、イスラも、タマキも小さく笑って見せた。


「そうですね。申請を出した以上、わたしたちに出来ることは待つことだけです」


 タマキもナツコの言葉に賛同を示したが、その言葉に対して疑問を持ったリルが軽口を叩く。


「あたしたちはね。あんたにはもう関係ないことでしょ」

「そうかしら」


 タマキはその言葉を待っていましたと言わんばかりに不敵に微笑んでリルを見つめた。


「どういうこと?」


 問いかけたリルに――ではなくその場に居たツバキ小隊の全員に向かってタマキは一礼して報告した。


「この度、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊の結成可否が判明するまでの間、臨時隊長に任命されたタマキ・ニシ少尉です。義勇軍の認可が下り次第正式な隊長として着任する予定ですので、若輩者ですが皆さんよろしくお願いします」


 タマキの報告に、ナツコは顔を輝かせた。


「わあ! タマキ隊長、私たちと一緒に来てくれるんですね!」

「そういうことになります」

「あんた正気? 大学校出ておいて出世の道を捨てるつもりなの?」

「出世なら後でいくらでも出来ますから。それともリルさんはわたしに今すぐ出世して欲しかったですか?」

「別にそんなこと言ってない」


 リルはタマキの返答に拗ねたように答える。リルはそれ以上タマキと口をきこうともしなかったので、タマキはツバキ小隊へ向かって指示を飛ばす。


「ではツバキ小隊に最初の命令を伝えます。これよりツバキ小隊は、ハイゼ・ミーア基地へ向かい入隊手続きを進めます。各員、出発準備を!」

「「「はい!」」」


 一同の返事にタマキは満足してカリラへと運転するよう指示を出す。

 トレーラーへと向かう途中、イスラはタマキの元へ早足で駆けつけて隣に並んで歩く。そしてにやりと笑うと、タマキへと語りかけた。


「これからもよろしく頼むぜ、タマちゃん」

「そうでした。皆さんに1つ言い忘れていたことがありました。止まって下さい」


 ツバキ小隊の隊員達は、イスラを含めて立ち止まりタマキの方向へ注目した。

 タマキは咳払いして、感情を表にしない声で告げる。


「義勇軍規定に基づき統合軍隷下で行動する以上、皆さんには統合軍の軍規に従う義務があります。これまではハツキ島婦女挺身隊所属ということで多めに見てきましたが、今後は厳しくいきますのでその点だけ忘れないようにお願いします」


 隊員達はタマキの言葉に不安を覚えながらも返事をした。

 タマキは「よろしい」と口にしてから、隣に立つイスラへと鋭い視線を向ける。


「特にイスラさん。罰が欲しいのでなければ、上官に対してふざけた口をきかないように。よろしいですね?」

「もちろんですよ、少尉殿」


 イスラはからかうようににやけて答えたが、タマキは意に介さず「よろしい」とだけ返した。


「話は以上です。ハイゼ・ミーア基地への移動準備に戻って下さい」


 出立準備が完了していたツバキ小隊は、トレーラーに乗り込むとそのままシオネ港に別れを告げ、海岸沿いに500キロほど南西方向へ進んだ場所にある統合軍ハイゼ・ミーア基地へと向かった。

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