第9話 ハツキ島婦女挺身隊 その⑧

 挨拶を済ませたタマキが大型船の貨物室に向かうと、既に患者達は医務室へと全員移動完了していて、トレーラーの外で隊員達が思い思いにくつろいでいた。


「みなさん積み込み作業ご苦労様。艦長から甲板上での待機許可と、甲板への直接乗り込みの許可を貰ってきました。全員〈R3〉を装備して下さい。甲板上で待機します。――サネルマさんは装備しなくて結構。フィーさん、サネルマさんを医務室へ」


 医務室行きを命じられたサネルマだが、フィーリュシカに担がれる前に手を上げて、タマキへと意見を申し出た。


「あの! 大人しくしてるので、自分も甲板で待たせて下さい! 短い間ですけどナツコちゃんは仲間だったんです。見届けさせて下さい!」


 珍しくはきはきとした口調で主張したサネルマに、タマキは一瞬だけ考えを巡らせる。そして一つため息をついてから答えた。


「大人しくしている――約束ですよ?」

「もちろんです!」

「良いでしょう。フィーさん、車いすをお願いします」

「いやー、車いすは大げさでないですかね? 歩くくらいなら全く問題ないですし……」

「嫌なら医務室です」

「分かりました。車いすでお願いします」


 サネルマはフィーリュシカがトレーラーから運び出してきた車いすに乗せられて、そこにベルトで固定された。流石にやりすぎではと声を上げたものの、フィーリュシカは一切容赦をしなかった。


 タマキ率いるハツキ島婦女挺身隊の面々は甲板上に出ると、船尾に集まって待機する。時刻は17:50を過ぎ、出港準備を進める大型船には埠頭に残っていた統合軍兵士も乗り込みを始める。


「あの馬鹿、大丈夫でしょうね」

「何だリルちゃん、ナツコが心配か?」

「別に。早く来ないからイライラするってだけよ」


 リルはへらへらと笑うイスラからぷいっと視線を逸らしたが、いつまでもイスラがにやにやとした表情を崩さないので、タマキの許可を取ってその場から離れた。


「甲板上に乗り込む許可を貰えたのは幸運でしたね」


 ついに乗り込み用のハッチが閉じられ、船はいつでも出航できる準備が整った。

 埠頭から甲板へは〈ヘッダーン1・アサルト〉の機動力なら問題なく乗り込み可能だったが、それは船が埠頭を離れていなければの話であり、出航した後ではどうしようもない。


 時刻が18:00を回るとついに出航命令が下されて、船の碇が上げられた。船は出航の汽笛を鳴らし、いよいよ埠頭を離れるのも時間の問題となる。

 タマキは時計と埠頭の入り口を交互に見ながら、なかなか現れないナツコに苛立ちを感じる。


「少尉殿、よろしいですか?」

「何ですかフィーさん」


 フィーリュシカがタマキに一つ提案すると、タマキは思案したが直ぐに結論を出す。


「駄目元で掛け合ってみましょうか。すいません皆さん、わたしとフィーさんはこの場を離れます。ナツコさんが来たら、甲板上へ乗り込むよう伝えて下さい」

「分かった。ま、間に合ったらの話だが」


 イスラがそう返すと、タマキはため息をつきながらもフィーリュシカと共に船内へと向かった。

 残された一同は汽笛を聞きながら、埠頭の入り口を見つめる。

 しかし船は長らくその場に留まっていたものの、いよいよ18:05を回るとゆっくりと、埠頭から離れ始めた。


「間に合いませんでしたわね――」

「いや待て。来たぞ!」


 埠頭の入り口となる門を抜けて、1機の〈R3〉、ナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉が船に向かって真っ直ぐに、全速力で駆け抜けてきた。


「間に合うか? いや、何とかなるか」


 まだ船は埠頭を離れきっていない。埠頭の先端から飛べば甲板上に乗り移れる。

 甲板上の一同はこちらに向かってくるナツコへと向かって声を上げる。


「急げナツコ! 埠頭から船に乗り移れ!」

「間に合いますわよ! 全速力で駆け抜けなさい!」

「ナツコちゃーん、頑張ってー!」


 ナツコは汽笛の音に混じって声をかけてくれる隊員達の言葉を聞いて、後ろのタツミへと一言駆けると疲労でふらつき始めた足をしっかりと踏みしめて、最大速度で船へと向かう。


「タツミ君、ちょっと揺れるけど我慢してね」


 足に力を入れ、〈ヘッダーン1・アサルト〉を最高速度で走らせ続ける。ゲートを飛び越え、埠頭に入ると埠頭先端へと向けてかっ飛ばした。


「ナツコ! 迷わず飛び込め! こっちでカリラが受け止める!」

「お任せ下さいな!」


 〈サリッサMk.Ⅱ〉を装備したカリラが船尾の先に立ち両腕を広げる。


「分かりました! 行きます!」


 ナツコはそれだけ叫ぶと、足を踏み込んで機体を真っ直ぐ走らせる。

 既に船は埠頭を離れていた。それでもナツコは諦めず走り抜け、埠頭の先端に足をかけた。


「いっけええええええ!」


 埠頭の先端を蹴りつけ、ナツコは船へと向かって飛んだ。〈R3〉によって跳躍力が大幅に上がっているナツコの体が宙に舞い上がり、真っ直ぐに船尾へ。

 ナツコは船尾から乗り出して両手を差し出すカリラへと手を伸ばすが、届かない。


「カリラ、足持ってろ」

「はい! お姉様!」


 迷うことなく船尾から身を投げたイスラの足をカリラが支える。

 そこから手を伸ばしたイスラ。ナツコもその手を掴もうと懸命に手を伸ばした。しかし届かない。二人の指先は一瞬触れあったが掴むことが出来なかった。


「ワイヤー射出! カリラを撃て!」

「は、はい!」


 イスラに叫ばれ、ナツコは急いでワイヤーを射出しようとカリラに標的を定める。しかし味方を攻撃する危険性があると警告表示され、ワイヤーは射出されなかった。


「味方は撃てませんって!」

「ワイヤーのセーフティくらい解除しとけ!」


 そんなイスラの嘆きを聞きながらナツコの体は緩やかに落下し始めた。直ぐそこだった船尾が遠ざかっていく――。


「嘘――間に合わなかっ――」

「ホントあんた、足を引っ張ることに関しては一人前ね」


 落ち始めたナツコの体が、再び浮上し始める。


「リルさん!」


 ナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉の背中、個人用担架を抱えて、リルの〈DM1000TypeE〉がブースターを全開にして飛行していた。全力で噴出するブースターの音にかき消されないようにナツコは大きな声を上げる。


「よかった、助かりました――」

「助かってない! 重量オーバーよ! いらない物全部捨てて!」

「わ、分かりました!」


 リルに叫ばれて、ナツコは慌てながらも装備を投棄していく。主武装の機関銃に汎用投射機。弾倉や煙幕弾のカートリッジ、偵察機、ハンドアクスにヘルメットまで捨てられる物は全部捨てた。


「機体が重すぎる――届けええええええ!」


 上昇力を最大限得られるように飛行翼を調整し、ブースターを全開で炊き続ける。機体は上昇を続け、船尾で手を伸ばすイスラの元へ辿り着けるかと思ったその瞬間、ブースト燃料が尽きて推力が弱まると、機体は急激に失速し降下を始めた。


「あと少しだったのに!」

「リルさん、タツミ君をお願いします」

「あんた何言ってんのよ――」


 ナツコはそれだけリルに言い残すと機体制御画面を開き、個人用担架を機体からパージさせた。

 リルが抱えた荷物の中で最も重いのはナツコの装備する〈ヘッダーン1・アサルト〉だ。これが無くなれば、リルは問題なく空を飛べる。


「馬鹿、あんた――」


 個人用担架がパージされると〈ヘッダーン1・アサルト〉の重量から解放されたリルは担架だけ抱えて上昇を始める。リルは直ぐにイスラとカリラに受け止められて甲板上へ引き上げられた。

 それを確認したナツコは、ほっと一息ついた。


「よかった助けられて――。私も誰かの役に立てました――」


 最後にやっとハツキ島婦女挺身隊として活躍できたナツコはそれだけで満足して、海面へと真っ直ぐに落下していく。


 ――そして、胸から勢いよく叩き付けられた。


「ふごっ――」


 勢い余って顎まで打ち付けたナツコは、あまりの痛さにその場で転げ回る。

 そんなナツコを無機質な瞳で確認したフィーリュシカは、無線機に向けて静かに報告を行った。


「こちらフィー。ナツコを回収。洋上収容をお願いします」


 転げ回っていたナツコは痛みが和らぐとようやく自分が助かったことに気がついて、起き上がって周りを見渡した。


「あれ、ここって――」


 ナツコは大型船を追いかけるように海上を走る小型艇の上に居た。後ろではフィーリュシカが、小型艇の操縦桿を握っている。


「助けてくれたんですね。ありがとうございます、フィーさん」

「あなたは生き延びなければいけない」


 ナツコが礼を述べると、フィーリュシカはそれだけ言葉を返す。


「――そうでしたね」


 小型艇が大型船クレーン横につけられると洋上収容のためクレーンが降ろされる。

 ナツコが見上げると、ハツキ島婦女挺身隊の隊員達と、リルに抱きかかえられたタツミが手を振っていた。


「でも助けられてよかったです」

「この船は投棄する。早く上に」


 感慨にふけっていたナツコはフィーリュシカに急かされて、慌ててクレーンの先を掴む。

 フィーリュシカも小型艇のエンジンを停止すると同時にクレーンへと向かって飛び上がった。二人を乗せたクレーンは無事に甲板上に引き上げられる。


「収容完了しました。ご協力感謝します。艦長、この度は小型艇出撃許可とクレーンの使用許可をいただきありがとうございます」


 タマキはクレーンの操縦者に礼を言って、それから艦長へと礼を言う。艦長からの返礼を聞き終えると通信を切って、クレーンから降りたばかりのナツコの元へ歩み寄る。


「ナツコさん、あなたはわたしの命令を無視し勝手に出撃しました。命令無視には厳罰を下さなくてはなりません」


 タマキの言葉にナツコは言い返そうとしたものの、命令無視したのは事実であり、自分が悪いことをしたという自覚もあったため口をつぐんで静かに頷く。

 そんなナツコを見て、タマキはため息をつくと表情を和らげて続きを話した。


「――ですが、あなたは軍属ではなくハツキ島婦女挺身隊です。軍規で裁くことは出来ません。とはいえ罰無しともいきませんので、これからトトミ大陸到着までの間、船内の掃除係を命じます。よろしいですね?」

「タマキ隊長!」


 ぱあっと表情を明るくさせたナツコが顔を上げると、タマキはその目の前に指を突き出して言葉を遮る。


「分かったら返事」

「はい! ナツコ・ハツキ、掃除係頑張ります!」


 タマキはナツコが元気よく返事したのを確認すると、「よろしい」と口にして満足げに頷いた。


「それとナツコさん、住民の救助ご苦労様。よくやってくれました」

「いえ、これが私の役目ですから」


 胸を張って答えるナツコの元に、タツミが駆け寄る。タツミはにかっと笑ってナツコの顔を見上げた。


「ありがとな、姉ちゃん」

「どういたしまして。でもお礼なら、タツミ君のことを教えてくれたコクミちゃんに言ってあげて」

「コクミに? しょうがねえなあ」


 タツミは照れながらも、ナツコの言葉に了承を返した。

 ひとまず全員無事に乗船できたことにタマキは一息ついて、それから残った罪人2人に罰を言い渡す。


「イスラさんとリルさんも、ナツコさんと一緒に掃除係です。サボらないように」


 しかし罰を言い渡された2人は抗議の声を上げた。


「待て待て、なんでだよ」

「そうよ。イスラの馬鹿はともかくなんであたしまで掃除係なのよ!」


 素直に納得しない2人に対してタマキは顔をしかめると、睨み付けて説明する。


「イスラさんは命令無視なのでナツコさんと同罪です。リルさんについては艦長より無許可で甲板上から飛行したことについて説明を求められています。それとも、わたしの代わりに艦長に釈明しに行きますか?」

「でもフィーだって小型艇出したじゃない」

「フィーさんはわたしにも艦長にも許可を取った上で小型艇を出しています。他に言い分はありますか?」


 厳しく詰め寄られたリルは舌打ちして、渋りながらも了承する。


「分かったわよ。掃除すりゃいいんでしょ」

「そうですすればいいんです。イスラさんも分かりましたね?」

「分かったよ超分かった。掃除くらい、つきあってやるさ」




 ハツキ島を出航した大型船はトトミ大陸シオネ港へと向かう航路に乗った。順調にいけば2日後には到着する予定だ。朝日を受けて、大型船は巡航速度で進んでいく。


「ハツキ島、見えなくなっちゃいましたね」


 昨日まで遠くに見えていたハツキ島の姿が水平線の向こう側に消えてしまっていた。

 ナツコはハツキ島の方向へと手を伸ばし、これまで暮らしてきた故郷との別れを惜しむ。


「なーに、また帰ってくればいいさ」


 イスラはナツコとは対照的に楽天的に笑う。


「帰って来られますかね?」

「来れるさ。ハツキ島は絶対に取り返す。宙族なんかの好きにさせるか」

「取り返す――そうですね。私たちはハツキ島婦女挺身隊です! 絶対、ハツキ島を取り返しましょう!」


 イスラの言葉に希望を得たナツコは瞳を輝かせるが、その背後に立った人物がナツコの肩を叩くと、希望は絶望に変わった。


「ナツコさん、手を抜くとはどういう了見ですか」

「ち、違うんですタマキ隊長! ちょっとしゃべっていただけで――」

「それを手を抜くと言うのです。いいですか、正式に辞令が下りるまではあなたたちの指揮官はわたしです。わたしに迷惑をかけないように」

「は、はい! 頑張ります!」


 ナツコはデッキブラシを持ち直すと、懸命に甲板掃除を続ける。仕方なく、イスラもデッキブラシを構えた。


「これ到着まで続くんだよなあ……。とんだことになっちまった」

「ホント、めんどくさいったら無いわ」


 イスラとその傍らにいたリルが苦言を口にすると、ナツコは申し訳なさそうに謝る。


「すいません、私のせいで2人まで……」

「最初から無許可で行かせりゃよかったんだ。しくったのは自分の責任さ」

「別に助けなきゃよかったとは思ってないし。許可とっておけばよかったってだけよ」


 2人の言葉にナツコは瞳を潤ませる。


「優しいです、イスラさんも、リルさんも。ありがとうございます」

「そういうのいいから手を動かしてよ。あんただけ遅いのよ。全く鈍くさいわね」

「はい! 頑張ります! えへへ、リルさん、掃除係頑張りましょうね!」


 微笑むナツコにうんざりしながらも、リルは黙々と手を動かして掃除を進めていく。

 3人が掃除を再開したのを見たタマキは甲板から去ろうとしたが、去り際に伝えることがあったのを思い出し声をかけた。


「それが終わったら倉庫の掃除です。手早く終わらせて下さい」

「はい、頑張ります!」


 元気よく返事をしたのはナツコだけで、イスラとリルはため息をついた。


「どうしました、イスラさんリルさん。分かったら返事をお願いします。分からなかったのであれば――」

「分かった分かった」「分かったってば」


 2人が返事をするとタマキは細めた目で睨み付けて説教を続ける。


「なら最初から返事をして下さい。今後ともわたしに余計な手間をかけさせないように。良いですね?」


 イスラとリルは顔を見合わせて、それから力なく声を発した。


「分かったよ」「分かったわよ」


 返事に満足したタマキは今度こそ甲板から船室へと下りていった。

 タマキが居なくなったのを確認すると、イスラとリルは小声で話す。


「思っていた以上に面倒くさそうだ」

「絶対あいつ性格悪いでしょ」

「まあそれが少尉殿の仕事なんだろ。目つけられないようにさっさと終わらせようぜ」

「あんたはもう目つけられてるから手遅れよ」

「そうじゃないことを祈りたいね」

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