ハツキ島義勇軍ツバキ小隊

第10話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その①

 トトミ中央大陸東岸にあるシオネ港は大陸最東端であり、付近に浮かぶ大小様々な島の姿を望めることで有名な観光名所だ。

 島々や、海流の浸食によってできた洞窟をめぐる遊覧船などもあり、観光シーズンには賑わいを見せる場所だった。


 しかし戦時の今そんなものは過去の話であって、いつ宙族が上陸作戦を敢行してきてもおかしくない立地のため住民はトトミ中央大陸中心部へと待避し、埠頭付近は基地化が進められていた。

 今はただ色とりどりに飾られた観光案内の看板のみが残るだけである。


 そんなシオネ港の出口に近い位置にある大型観光バスの発着場では、大型バスや軍用輸送車がひっきりなしに訪れて、ハツキ島からやってきた人たちを大陸各地へと運び出していく。

 その一角、新たにやってきた観光バスの下で、ハツキ島婦女挺身隊のナツコ・ハツキは、自らが助け出したハツキ島避難民の見送りをしていた。


 今年で19歳になるはずだが歳の割りには幼く見えるナツコは、特段美人でも美形でもないものの、その朗らかな顔にいつも笑顔を絶やさなかったため、短い輸送船生活の間にすっかりハツキ島住民達に気に入られていた。

 ナツコ本人も孤児院出身であり他者とのコミュニケーションに対して臆さない性格であったため、突然の宙族襲来によって故郷を追われた人々、特に心に傷を負った子供達にとっては、共に避難していた医師よりも頼りになる存在であり、心を閉ざしていた子供とすら打ち解けていた。

 当初命令違反で言いつけられた船内の掃除当番も、シオネ港に着く頃には避難民達が率先してナツコを手伝う程であった。


 そんなナツコだったから避難民達は別れを惜しみ、それを分かっていたタマキは、無事にシオネ港を出立するまでが救助任務だからと理由をつけてナツコに見送りを命じたのであった。


 避難民達はバスへ乗り込む間際に、一声ずつナツコへと言葉をかけていく。ナツコの両手は既に、避難民から受け取ったお礼の品でいっぱいになっていた。


「この度は本当にありがとうございました」

「いえいえ、えーっと、どちらさまですかね?」


 深々と頭を下げて礼を述べる夫婦に、ナツコは自分が助けた覚えがなかったので困惑して目を泳がせる。

 すると、その夫婦の元によく見覚えのある子供が2人やってきた。


「あれ、コクミちゃん、タツミ君……。ということはもしかして……」

「はい、2人の親です。先の船で避難していたのですが、2人とも無事だときいて到着を待っていたのです」

「わあ、コクミちゃんたちのご両親でしたか! よかったです、無事に再会できて!」

「本当に、あなたのおかげです! タツミが見つかったと聞いた時にはうれしくてもう――。いまはこんな状況で何も渡すこともできませんが、せめてお礼だけでも言えてよかったです」

「いえ、そんな。私はハツキ島婦女挺身隊として務めを果たしただけですから」


 ナツコにとってはこうして家族全員が無事に再会できたことが何よりだった。ハツキ島の人々の役に立ちたい一心で命令を無視してまで助けに行ったのだ。こうして家族全員無事に揃った姿を見ることが出来たのは感無量だった。

 両親に続いてお礼を言うコクミとタツミの姿を見て、ナツコはコクミに話しかける。


「コクミちゃん、もう1人で歩いて大丈夫なの?」

「うん、ホントは昨日退院だったの」

「それはよかった。これからもお兄ちゃんと仲良くね。タツミ君も、コクミちゃんのことちゃんと見てあげるんだよ」

「当たり前だろ。あ、そうだ、あの犬、母ちゃんが飼ってもいいっていうから連れてくことにしたんだ」

「そうなんだ。大切にしてあげてね」


 ナツコはハツキ島で出会った、あの老犬のことを思い出す。確かに飼い犬ではなさそうだが、かなりの老犬でもある。よく飼育許可が取れたなあと思いもしたが、タツミを見つける際には手助けしてもらったこともあり、保健所送りにするのも忍びないところであったので、飼い主が見つかったことは素直に喜ばしかった。


「名前はナツコにしたんだ。あいつオスだったけど、まあいいだろ」

「え、ちょっと待って、なんで私の名前付けたの、あんまり嬉しくない――」

「じゃあなナツコ、またヘマして隊長さんに怒られんなよ!」

「え、うん。気を付けるよ」


 犬の名前について意見を申し立てようとしたナツコだが、バスが発車時刻を告げるブザーを鳴らしたのでそれ以上タツミを引き留めるわけにもいかず、その場から下がってバスの出発を見送った。


「なんだか納得いかない気もするけど……。まあいいか……」


 バスが過ぎ去っていくのをその後ろ姿が見えなくなるまで手を振って見送ったのち、ナツコは徒歩でハツキ島婦女挺身隊の仮拠点となっている建物へ向かった。丁度建物から、ハツキ島婦女挺身隊を臨時で指揮しているタマキ・ニシが出てきた。タマキは短い黒髪のよく似合う生真面目そうな顔をした、士官学校を卒業したばかりの若い女性少尉だ。


「ナツコさん、ちょうどよかった。これから埠頭に軍の高速艇の出迎えに向かいます。同行しますか?」

「はい、行きます!」


 ナツコは二つ返事で答え、そのまま合流したハツキ島婦女挺身隊のメンバーと埠頭へと向かう。


 ハツキ島婦女挺身隊は、元々は働く女性が仕事の合間に機動装甲骨格――通称〈R3〉――の訓練を受け、災害や事故があった場合にハツキ島政府指示の元、住民の救助活動や防災対策を行うための部隊であったが、先日ズナン帝国を自称する宙族がハツキ島へと強襲を仕掛けたため、戦時動員され今はタマキの元で統合軍の補助部隊として活動していた。


 メンバーは隊長のタマキ、市役所職員で予備防衛官資格を持つフィーリュシカ、〈R3〉の大手メーカーヘッダーン社のハツキ島開発局で受け付け事務をしていたサネルマ、〈R3〉の修理工場を営むイスラとその妹のカリラ、ハツキ大学に通い〈R3〉の飛行狙撃競技の選抜選手でもあるリル、それに中華料理店勤務のナツコを加えた7人。

 ハツキ島では病院に取り残された患者と医療関係者の救出を行ったが、こうしてトトミ中央大陸に渡ってからは、次の指示を貰うまでの間シオネ港基地化の手伝いをしていた。


 一同が埠頭に到着する頃には統合軍の高速艇は埠頭に横付けし投錨していて、タラップが下ろされると乗組員が続々と降りてきた。


「あの、タマキ隊長、出迎えって、誰のです?」

「一応、わたしにハツキ島婦女挺身隊の指揮を執るように命令した人」

「へえ、どんな人なんです?」

「シスコンのダメ人間」

「え?」

「冗談です。会えばわかりますよ」


 タマキはすました顔でそれきり何も言わなかったので、ナツコは先ほどの発言について追及することもなく、タマキに習ってタラップから降りてくる統合軍の軍人たちを見届けた。

 やがて降りてくる人がまばらになると、若い女性士官を連れた、これまた若い青年士官が下りてきた。青年といってもよい風貌をしていながら、肩につけた階級章は少佐のものである。


「ご無事で何よりですニシ少佐」

「そちらこそ無事でよかった。そっちの方たちは?」

「ハツキ島婦女挺身隊の隊員です」


 少佐の問いかけにタマキは丁寧に答え、ハツキ島婦女挺身隊の面々を示して見せた。


「そうか、君たちが。いや、タマキの手助けをしてくれてありがとう。よくやってくれた」

「部下の前でその呼び方はやめてくれませんか少佐」

「悪かったよ。それではニシ少尉、私の部屋まで案内して貰っても?」

「構いませんが、隊員たちはどうしますか?」

「積み荷の運び出しを手伝ってもらってもいいか? 指揮はルビニ少尉に任せる」

「かしこまりました。では皆さん、これよりルビニ少尉に従って、統合軍高速艇の積み荷運び出しをやってもらいます。よろしいですね」

「はい!」


 タマキの問いかけに、一同は即座に返事を返す。船旅の間ですっかり命じられたら返事をする癖がついていた。


「いい返事だ。ではよろしく頼むよ」


 返事を確認すると、少佐とタマキは二人でその場を後にした。

 残された小柄で丸顔の、物腰の柔らかな女性士官――統合軍少尉ルビニ・テレーズ――は、ハツキ島婦女挺身隊の前に立つと1人1人の表情を確認してから、丁寧に頭を下げて自己紹介を始めた。


「初めまして皆さん。私は統合軍ハツキ島陸軍所属、ルビニ・テレーズ少尉です。よろしくお願いしますね」


 再びルビニが頭を下げて顔を上げると、一番端に立っていたイスラが自己紹介をし、そのあと順々に名前を述べていった。


「ハツキ島婦女挺身隊のイスラ・アスケーグだ。よろしく」

「同じくカリラ・アスケーグですわ」

「サネルマ・ベリクヴィストです。よろしくお願いします」

「学徒挺身隊のリルよ」

「婦女挺身隊、予備防衛官フィーリュシカ・フィルストレーム」

「婦女挺身隊のナツコ・ハツキです。よろしくお願いしますね」


 全員の自己紹介が終わるとルビニは軽く会釈して話を始める。


「皆さん自己紹介ありがとうございます。これから高速艇貨物室に積まれた〈R3〉を運び出してほしいのですが、この中に整備士免許を持っている人とかは、いらっしゃったりとかなんとか……」


 ルビニが期待する眼差しを送ると、イスラとカリラの2人が手を挙げた。2人はハツキ島で〈R3〉の修理工場を営んでいるので、当然整備士免許も取得している。


「まあお2人も! よかった、助かりました。整備士の数が不足していたんです。では皆さん、〈R3〉はありますよね? はい、では装備した状態でここに集合をお願いします。武装は必要ないので機体のみで結構ですよ」


 一同はルビニの指示にも即座に返答を返し、そのまま〈R3〉を装備するため、仮拠点の外に停められたトレーラーへと向かった。


「あの少尉さんも新人さんっぽいね」

「少尉なんてみんな新人でしょ」


 イスラの言葉に、リルが当然でしょとばかりに息巻く。


「まあそうなんだけどさ」

「でも、タマキ隊長よりもお若い感じがしましたね」


 ナツコがそう言うと、イスラとリルも確かにと小さく呟いた。


「エリートって感じではなかったな。人をまとめるのはうまそうだったけど」

「そうですね。優しそうな人です」

「それでも軍人には変わりないからな。油断してると、また罰を言い渡される」

「あんたがいつもいつもさぼってばっかだからでしょ。わかってるならさっさと行くわよ」


 リルに急かされ一同はトレーラーへと小走りで向かうと、イスラとカリラは汎用機と呼ばれる基礎骨格のみの〈R3〉を、他の隊員はそれぞれの〈R3〉を装備し、来た道を戻って埠頭に集合した。

 到着すると既に〈ヘッダーン3・アサルト〉を装備したルビニが待っていて、全員の到着確認すると柔和な笑みを浮かべる。


「早いですね。さすがニシ少尉殿の部隊です」

「それはどうも。にしてもニシ少尉殿って、同じ少尉なのに向こうのほうが偉いのか?」


 イスラの問いかけにリルは「やめなさいよ」と肘で軽くイスラを小突いたが、ルビニは全く気にせず微笑んで回答する。


「ニシ少尉は本星の大学校卒業で、私はトトミの兵学校卒業ですからね。同じ階級でも中身が違います。それに、ニシ少尉殿は隊長の妹さんですから」

「え!? じゃあさっきの男の人ってタマキ隊長のお兄さんだったんですか!?」


 驚くナツコに、イスラとカリラの2人は呆れながらも言葉をかける。


「どう考えてもそうだったでしょうよ」

「ホント、時折脳みそ入っているのか不安になりますわね、この小娘は」

「ちゃんと入ってますよー! 酷いじゃないですかカリラさん!」

「まあまあ。ともかく、皆さんには貨物室から〈R3〉搬出と、搬出した〈R3〉の整備をお願いします。とりあえず貨物室へ向かいましょうか」


 ルビニによって会話は打ち切られ、上官命令に従わないわけにはいかないのでナツコ含めハツキ島婦女挺身隊の面々は返事をして貨物室へと向かった。


「ここが貨物室です」

「あらま、酷いなこりゃ」


 貨物室の中は、雑多に詰め込まれた〈R3〉や武装であふれ足の踏み場もなかった。輸送用コンテナや大型要塞砲のせいで奥まで見通すことは出来なかったが、恐らくとんでもないことになっているだろうと予想するのは容易だった。


「ハツキ島を出るとき、慌てて積めるものをとにかく積んで来たので……。コンテナはもちろん格納容器にすら入れずにそのまま〈R3〉を積み込んだり、係留も中途半端でして、しかもそんな無茶な積み方をしてしまったので航行中に整理するのにも限界が……。というわけで出来上がったのがこれです。〈R3〉は一式揃いきっていないのも少なくないと思いますが、使える物は使わないと、宙族の上陸阻止作戦も行えないような状況なので……」


 ルビニが言葉を句切ると、うんざりしながらもイスラは間近にあった〈ヘッダーン3・アサルト〉のものと思われる右腕を拾い上げた。


「まあ手をつけられそうなものから手をつけるしかないっすね。コンテナと要塞砲の搬出は?」

「これから直ぐにクレーンで。それが終われば貨物室内もなんとか移動できるようになるでしょうから、手早く作業のほうお願いします。〈R3〉の格納容器が埠頭に用意されているので、直ぐに使用可能な物と、修理が必要な物とに分けていただければ良いです。では、わたしはこれで。少ししたらまた様子を見に来ますね」


 それだけ言って、ルビニは貨物室を後にした。

 残されたハツキ島婦女挺身隊は、互いに顔を見合ってため息をつく。


「やれと言われたらやるしかないんだろうけどなあ」

「分かってんならさっさと片付けるわよ。どれから運び出したらいいのか教えなさいよ」

「またこの小娘はお姉様にそんな口をきいて!」

「落ち着けよカリラ。リルちゃんの言うとおりさ。とりあえず整備用ハンガーとってくるから、動きそうな奴から優先して外に出してくれ。重装機は後でいい」


 イスラにたしなめられカリラはリルに対して愚痴りながらも作業に入り、手近にあった〈R3〉の状態を確かめながら、比較的程度の良さそうな機体を運び出すように指示を出していった。

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