第8話 ハツキ島婦女挺身隊 その⑦

 トレーラーを飛び出したナツコは本来の〈ヘッダーン1・アサルト〉の最高速度でハイウェイを駆け抜ける。

 慣れぬ速度に体は揺れ、真っ直ぐ走るだけでやっとな状態であったが、それでもただ前だけを見て走り抜けた。

 全速力で駆け抜けるとエネルギーの減りが早く、あっという間にエネルギーパックが空になっていく。腰の左右後部に一つずつ装備されたエネルギーパックを交互に交換しながら、ナツコは四〇分でハツキ島北区総合病院までたどり着いた。


 あたりは不気味なほどに静まり返り、人の気配はまるで無かった。それでもナツコは意を決して病院内へと足を踏み入れると、二階への階段を上る。


「確かコクミちゃんの病室は――20、6か」


 コクミの居た病室の扉を開ける。しかし室内には誰も居なかった。開けっ放しの窓から入った風に揺れるカーテンの他に動くものはない。


「タツミくーん。どこー。迎えに来たから出ておいでー」


 声を響かせるが、ただただ誰も居ない病院内に木霊のように染み渡っていくだけで返事はない。


「中庭で見たって言ってたよね――」


 病室を後にしたナツコは階段を降りるのが面倒になり、二階の窓から中庭へと飛び降りた。リハビリ患者のためだろうか、手すりつきの遊歩道が整備された中庭は、やはり人の気配が全くない――。


「タツミくーん。いたら返事してー」


 ナツコは精一杯声を張り上げるが、やはり返事はない。

 声を上げながら中庭を周りついに一周というところで、突然、草むらが揺れた。


「誰っ! ――タツミ君?」


 咄嗟に主武装の安全装置に指をかけてしまったが直ぐに離して、しゃがみ込むと音のした草むらをのぞき込んだ。


「怖くないよ。出ておいで。コクミちゃんも待ってるから――って、あら」


 草むらから出てきたのは、年老いたハツキ島原産のくすんだ灰色をした犬だった。


「ええ、君かあ……。あのブティックからここまで結構距離あると思うけど、よく歩いて来れたね……」


 見覚えのあるその老犬の姿を見て、ナツコはほっと胸をなで下ろした。

 しかしナツコが手招きしてもその犬は決してその場から動こうとせず、ナツコを一瞥するとつまらなそうにその場に痰を吐きだして、草むらへと戻ろうとした。


「あ、待って待って。そうだった。君に丁度良い物があるよ。私の食べかけで申し訳ないけど――」


 ナツコはバックパックにしまってあった、イスラから受け取った干し肉らしき保存食を取り出して老犬の鼻の前へと差し出した。


「ヲゥッ!!」


 老犬は差し出された干し肉にむしゃぶりついて、跳ね回りながら肉をかじる。


「気に入ってもらえたようでよかったよ。じゃあ私、人を探さないといけないからもう行くね」


 ナツコは立ち上がりその場を離れようとした。


「ンンッ! ンンンッ!」


 しかし離れようとしたナツコの目の前に、干し肉を口にくわえたままの老犬が回り込みくぐもった声を上げる。


「ごめんね。遊んであげられる時間が無いの」

「ンンッ! ンッンッ!」


 老犬はナツコの前で片足を上げ、手招きするような素振りを見せる。


「もしかして、ついて来いって言ってる?」

「ウォン」


 ご丁寧に頷いて見せた老犬はかけだして少し進んだところで止まる。ナツコがその後に追いつくとまた先を進んでいく。


「本当に、ついて行って大丈夫だろうね?」


 疑心暗鬼になったものだがそれでもナツコは他に頼れる相手も居ないので老犬の後についていくと、病院裏に設置された、古びた焼却炉の元へたどり着いた。

 老犬はその焼却炉の影に向かって飛び回りながら吠える。


「ヲゥンッ! ヲゥンッ!」

「あ、おい大きな声出すなって!」


 聞こえた男の子の声に、ナツコは駆けだした。

 〈R3〉を装備したナツコの姿にタツミは一瞬驚いたが、ナツコがヘルメットを外して素顔を見せると表情は和らいだ。


「なんだよ、あんた」

「私はハツキ島婦女挺身隊のナツコ。コクミちゃんに頼まれてタツミ君を迎えに来たの」

「なんだよ、コクミの奴、居なくなったと思ったら一人で先に逃げてたのかよ。探し回って損したぜ」

「さ、コクミちゃんが待ってるよ。私と一緒に避難しよう」

「しょうがねえな。あいつ、兄ちゃんが居ないと何にも出来ないからな」


 ナツコは個人用担架を展開して、そこにタツミを乗り込ませる。ベルトで固定しようとすると、一緒にいた老犬も個人用担架に乗り込んできた。


「ごめんね、タツミ君。その子も一緒に行きたいみたいだから、抱っこしててくれる?」

「いいよ。オレ、犬とか嫌いじゃないし」


 タツミの了承も得られたのでナツコは老犬ごとタツミをベルトで固定して立ち上がる。丁度そのとき、サネルマから受け取った腕時計がアラームを鳴らす。


「コクミちゃんの元へ向かおう。大丈夫、きっと間に合うよ」

「そうか? 姉ちゃん、鈍くさそうで弱っちそうだから当てになんねえな」


 背中に固定されたタツミがそんな風に言ってのけるが、ナツコは嫌な気はしなかった。むしろ全くその通りだと内心笑って、元気いっぱいに答える。


「うん、その通り。私あんまり強くないんだ。でも逃げるのだけは得意だから安心して。絶対無事に送り届けるよ!」




 先行していたハツキ島婦女挺身隊の乗るトレーラーはハツキ島北西部第二埠頭に無事到着し、慌ただしく積み込み作業を行う大型船の搬入路にて統合軍士官に出迎えられた。


「ハツキ島婦女挺身隊、臨時隊長のニシ少尉です。統合軍ニシ少佐の命令でハツキ島北区総合病院より患者および医療関係者を救助してきました」

「ニシ少佐から話は伺っています。重篤患者を含むそうですが、車両ごと積み込みますか? 艦長から既に許可は出ています」

「どうしようかしら――」

「トレーラーごと積み込むべきですわ!」


 荷室にコレクションが積み込まれているカリラはここぞとばかりに運転席から主張する。いつ帰ってくるか分からないナツコを待つ意味では時間のかかる積み替え作業を行うべきだったが、重篤患者が乗っている以上トレーラーごと積み込んで良いのならばそうするべきだった。


「分かりました。車両ごと積み込みます。こちらが医療関係者と患者のリスト、こちらがハツキ島婦女挺身隊の隊員リストです。実は隊員が1人と住民が1名遅れているのですが、そちらを待っていただいてもよろしいですか?」

「待つのは構いませんが船の出航時刻は18:00です。どうします? 外で全員揃うのを待ちますか?」

「いえ、先にここに居るだけ積み込みます。艦長に到着の挨拶がしたいのですが、よろしいですか?」

「構いません。艦長も多忙なためあまり時間はとれないかもしれませんが、挨拶程度なら出来るでしょう」

「分かりました。カリラさん、トレーラーの搬入は任せました。わたしは艦長のところに向かいます。搬入がすんだら患者を船内の医務室に移動させてもらえるよう、統合軍に頼んで下さい」

「かしこまりましたわ」


 カリラが2つ返事で了承を返すと、タマキは1人トレーラーを降りて、別の統合軍士官に案内されて船長室へ向かった。統合軍に接収されたため船長室の表記は艦長室に書き換えられていて、扉の前で警護に当たっていた下士官が艦長室の扉を叩いた。


「艦長、ハツキ島婦女挺身隊のニシ少尉がご挨拶申し上げたいようです」

「通してくれ」


 くぐもった、老人の低い声が返ってくると、下士官は扉を開けてタマキを中へと通した。

 白髪の多い年老いた小柄な中佐はその体に似合わぬ大きな軍服を羽織っていて、一目で退役軍人だと見て取れた。

 扉が閉められると艦長は手にしていたパイプを机の上に置いて、立ち上がる。


「ようこそニシ少尉。ニシ元帥の孫娘だそうだね」

「はい。艦長は祖父をご存じで?」

「枢軸軍時代に世話になった。まあ当時ニシ元帥に世話にならなかった士官の方が珍しいだろう。ニシ元帥の孫娘の役に立てるのならば、わしもこうして老骨にむち打って引っ張り出された甲斐があるというものだ。安心してくれ、この船はわしの命にかけて全員無事でトトミ大陸まで送り届けることを約束しよう」

「お心遣い感謝します艦長。1つ相談したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「言ってみなさい」


 タマキは一瞬だけなんと説明したらよいか悩んでから口を開く。


「ハツキ島に取り残された住民がいることが判明したため、隊員が1名救助に向かい、到着が遅れています。18:00には戻るように告げてはいますが間に合わない可能性があります」


 タマキの説明に艦長は深く相づちを打って見せたが、厳しい声色で返した。


「状況は分かった。だが出航時間の変更はない。君も軍人ならば理解できるだろう」

「はい、理解はしているつもりです。しかしハツキ島強襲は予期せぬ事態であり、救助に向かっているのは軍人ではない婦女挺身隊の隊員です」

「だとしてもだ。既にハツキ島南部の対宙砲陣地部隊は撤退を開始しているし、ハツキ島北部砂丘地帯には宙族の装甲騎兵部隊が進出している。

 居合わせたトトミ大陸の装甲騎兵部隊が侵攻を防いではいるが突破されるのは時間の問題だろう。出航時刻を遅らせることには危険が伴うし、個人事情での変更をよしとしてしまったら際限なく変更が繰り返されてしまう。

 だから変更はあり得ない。分かったね」


 艦長の言い分はもっともであり反論の余地はなかった。それでもタマキは艦長が出航時刻変更に応じるとは考えていなかったので、すんなりとそれを受け入れた。


「はい、分かりました。それでは別の提案なのですが、婦女挺身隊の隊員を甲板上に武装状態で待機させてもよろしいですか?」


 艦長は次の提案には少しばかり思案を巡らせて、ゆっくりと頷いてから答える。


「よかろう。隊員の埠頭から甲板上への乗り込みも特例として許可を出そう」

「ありがとうございます。それだけ許可を頂けたのなら十分です。ではわたしはこれにて失礼します」


 タマキは丁寧に頭を下げると、そのまま身を翻して艦長室の扉を開けた。

 扉から出て行こうとするとき、艦長はわざとらしく一つ咳払いをして、タマキに聞こえるよう大きな声でしゃべり始める。


「あー、これは独り言だが、出航は18:00。これは変更しない。つまり18:00には船の碇を上げると言うことだ。しかしわしも長いこと船に乗っていないし、元は宙間輸送艦の艦長で海上船なんて扱うのは士官学校以来だ。それに民間船と軍艦では扱いがまるで違う。碇を上げてから実際に船が港を出るまでには、時間がかかってしまうかもしれないな」


 タマキは振り返ったが艦長はパイプを手にぷかぷかとふかしてくつろぎ始めたので、タマキはただ丁寧に頭を下げて「失礼しました」とだけ口にして艦長室を後にした。

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