第7話 ハツキ島婦女挺身隊 その⑥
一行を乗せたトレーラーはその後何事もなくハイウェイを走り抜け、目的地であるハツキ島北区総合病院にたどり着いた。
正面玄関前にトレーラーが停められると、赤十字の旗を掲げながら病院関係者と思われる白衣を着た中年の男性が外へ出てきた。タマキは一同に待機するように命じて、1人外へ出て病院関係者の元へと向かう。
「統合軍――いえ、ハツキ島婦女挺身隊です。病院に取り残された人の救助に来ました。旗は降ろして大丈夫ですよ」
タマキの言葉に中年男性は緊張した表情を和らげ、安堵した様子で手にした旗を降ろす。
「ああよかった! 調達できた車両だけでは全員を搬送出来なくてね。患者達は直ぐ搬出できるようにしてある。手伝ってもらえるか?」
「もちろんです。そのために来ました。こちらは医療に関しては素人ですので、搬出のサポートをお願いします。それと、隊員に軽傷者が1名居るので後で診察をお願いします」
「分かった。職員を対応させる。直ぐ準備にとりかかるよ」
中年男性が病院へ戻っていくとタマキは無線で指示を告げる。
「フィーさんはその場で警戒を続けて下さい。リルさんは病院屋上で警戒を。イスラさんは患者受け入れの準備を。ナツコさん、カリラさんはわたしと搬出の手伝いです」
各員はばらばらに返答するが、指示をされなかったサネルマが尋ねる。
『はい隊長。サネルマ指示されませんでした』
「サネルマさんは怪我人なので待機です。後で医者に診てもらうのでじっとしていて下さい」
『少しくらいなら――』
「駄目です。あ、カリラさん〈R3〉の装備は不要です。心配なら個人防衛火器のみ携帯を」
『不要だと信じてますわ』
「分かりました。では手早く搬出を済ませましょう」
タマキとカリラ、そして〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備したナツコは病院へと入る。中年男性の指示を受けた職員によって、既に玄関まで患者が移動させられていた。
「重篤患者からお願いします。揺らさないようにゆっくり」
「分かりました。カリラさん、お願いします」
「了解ですわ」
カリラは職員と共に、重篤患者が固定された移動式ベッドを運び出す。その間にもタマキは職員から残されている人たちのリストを受け取り、運び出された患者の名前にチェックを入れる。
「ナツコさんは1人で歩けない人をトレーラーまで連れて行ってあげて下さい」
「分かりました! 頑張ります!」
ナツコは元気よく返事をして、車いすに座る右足にギブスをつけた男性の元へ向かう。
「もう大丈夫ですよ。さあ行きましょう」
男性に優しく声をかけ、ナツコは車いすをトレーラーへと押していく。
後部ハッチは既に開いていて、そこから車いすごと男性を運び入れると、中にいたイスラが受け取って荷室の奥へと運んでいく。
「ありがとう、お嬢さん」
ナツコが病院へと戻ろうとした去り際に男性が微笑んでナツコへと声をかけた。
それに対してナツコは胸を張って答える。
「いえ、婦女挺身隊の役目ですから!」
患者達の搬出は問題なく進み、医薬品や食料などを積み込み始めたとき、まだ搬出されていない患者が居ることにタマキが気づいた。
「すいません、このコクミさんはどちらに?」
「あ! 伝え忘れていましたすいません。コクミちゃんは206号室です。ぐっすり寝ていたので起こさないでおいたのでした」
「そうでしたか。ナツコさん、206号室からコクミさんを連れてきて下さい。寝ていたら無理に起こす必要はありません」
「はい、分かりました! 206号ですね!」
ナツコは部屋番号を確認すると、2階へと続く階段を昇っていった。
「201、2、4、6。ここですね」
〈R3〉の指先で軽く扉を叩く。少ししても反応がなかったので、ナツコはそっと扉を開けて室内へ入った。
部屋の一番手前のベッドに小さな女の子が横たわり、すやすやと寝息を立てていた。
女の子を起こさぬよう、ナツコは背中に装備した個人用担架を展開すると、講習で習ったとおりに女の子を乗せてしっかりとベルトで固定。女の子の点滴をバックパック脇のアタッチメントに固定して、ナツコはゆっくりと部屋を出て玄関へと向かう。
「タマキ隊長。コクミさんを連れてきました」
「ご苦労様。トレーラーに簡易ベッドを準備しているのでそちらにお願いします。終わったら医薬品の積み込みを手伝って下さい」
「はい、分かりました! 直ぐ向かいます!」
ナツコは背中で未だ寝息を立てているコクミを起こさぬよう小さく返事をして、トレーラへと向かった。
全ての医薬品を積み込み、リストに載っている患者・職員が全て乗り込んだことを確認すると、タマキはハツキ島北西部第二埠頭への出発指示を出した。
引き続きリルとフィーリュシカがトレーラーの屋根に乗り警戒を続け、運転席にカリラ、助手席にはタマキが乗り込んでいた。
ナツコとイスラは住民達が不安にならないよう努めて欲しいと指示されたが、イスラはそういったことは苦手らしく、隅っこで病院から持ち出した食料品を物色していた。
「内出血です。早いうちに患部を冷却したのは正解でしたね。塗り薬があるので持ってきます」
「ありがとうございます、先生」
サネルマは負傷箇所を医者に見てもらい塗り薬を処方された。しばらくは歩き回らない方がいいとの診断結果にサネルマは不満そうではあったが、医者に厳しく言われると素直に従った。
「大丈夫ですよ。埠頭についたら、トトミ大陸へ避難できますから。トトミ大陸にはちゃんとした軍人さんがたくさん居ますから、宙族なんて怖くないです!」
ナツコは病院職員や患者の元を訪れては励ましの声をかけていく。孤児院出身で人付き合いに関して物怖じしない性格のナツコは、集まった出自様々な人たちに分け隔て無く接することが出来た。
そんな風にしてトレーラーはハツキ島北西部第二埠頭へと順調に向かっていた。時刻は16:00を迎えていたが、2時間もあれば積み込みの時間を考えても十分であった。
「あれ? ここどこ?」
ナツコが運び込んだ女の子、コクミが目を覚まし、点滴の針の刺さっていない方の手で眠そうに目をこすった。
「おはよう、コクミちゃん。ここは車の中だよ。これからおっきな船に乗って別の病院に移動するの」
ナツコが優しく声をかけるとコクミはぼんやりとした様子で返事をした。
それから周りを見渡して、コクミはナツコに尋ねる。
「お姉さん、お兄ちゃんはどこにいるの?」
「お兄ちゃん? コクミちゃん、お兄さんがいたんだ。多分家族の人と一緒に他の車に乗っていると思うけど……」
「ううん。お兄ちゃんね、今日コクミのお見舞いに来てくれるって言ってたの。病院にいたはずだけど……」
「ごめんコクミちゃん。ちょっと待っててね」
ナツコはコクミの側を離れると、病院職員の管理職らしい中年男性の元へ向かいコクミの兄のことを尋ねる。
「コクミちゃんはお兄さんが病院に来てるはずだと言っていますが」
「コクミちゃんのお兄さん? 確かにお見舞いに来るときは家族に内緒でこっそり来てたみたいだけど……。今日姿を見た人はいますか?」
職員が集まったところで全員に問いかけられると、メガネをかけた看護師の女性がおずおずと手を上げた。
「あ、あの、後ろ姿だけですが、病院の中庭から入ってくるのを見ました――。でもそのあと警報も出たし、避難したものだと」
「院内放送でも出てこなかったし、家に帰って家族と一緒に避難したかもしれません」
「それって確認できますかね?」
「そちらの少尉さんと連絡をとっても?」
「はい、是非お願いします」
ナツコが無線機を手渡すと、管理職の中年男性はタマキにコクミの兄、タツミについて捜索願が出されていないか尋ねる。
『確かに家族から捜索願が出されています。地域の避難車両が出る時間になっても家に戻ってこなかったと。家族は帰宅を待ったものの、隣の地区の避難車両に乗って避難したようです』
タマキは情報の信憑性について、突然の宙族の襲来で錯綜しているため最新の情報とは限らないと付け加えたが、ナツコはそこまできくこともなかった。
「迎えに行かないと!」
トレーラーの後部ハッチへと一歩踏み出したナツコの目の前に、イスラが立ちふさがる。
「待て待て、ストップストップ。そう熱くなるなって。もしかしたらもう避難してるかもしれないだろ」
「でも捜索願が出てます! このまま取り残されたら、コクミちゃんのお兄さんは――」
「だからっつっても、無許可で飛び出すわけにもいかないだろうよ。隊長の許可を貰ってからにしろって」
ナツコは頷いて、無線機に向かって尋ねる。
「こちらナツコです。コクミちゃんのお兄さんを病院まで迎えに行きます!」
『許可できません』
「どうしてですか!」
きっぱりと断られたナツコは声を荒げたが、タマキは冷静に返答する。
『まず病院にタツミさんが残っている可能性は低いです。院内放送で出てこなかった以上、ナツコさんが向かったところで発見できる保証は全くありません。
次に、ハツキ島から避難する船は18:00に出航予定です。この予定が変更になることはありません。現在時刻は16:08。今からナツコさんの〈ヘッダーン1・アサルト〉で向かったとして18:00に埠頭へ到着できる可能性は限りなく低いです。
最後に、宙族が既に侵攻を始めている可能性があります。ナツコさん単独では勝ち目はありません。以上の理由から出撃許可は出せません』
「でも、いるかもしれないじゃないですか! 間に合うかもしれないじゃないですか!」
「ナツコさんこれは命令です。軍人は命令に従うものです」
再び突きつけられた拒絶に、ナツコは俯き、ぎゅっと機械の拳を握りしめた。
ナツコの視線の先、〈ヘッダーン1・アサルト〉の隙間からのぞいた襟元に輝くのは、ハツキ島の象徴であるツバキの花をモチーフにした隊員証。その隊員証のある首元に〈R3〉の機械の指をそっと当てて、ナツコは無線機を持ち上げると叫んだ。
「私は、軍人じゃありません! ハツキ島婦女挺身隊です! 私たちの役目はハツキ島の住人を守ることです! だから私は、助けに行きます! それが私の使命です!」
ナツコは無線機を投げ捨て、後部ハッチへ向かう。
『イスラさん、止めて』
「あいよ。ほらナツコ、落ち着け。頭を冷やせって」
「どうして止めるんですか! イスラさんは、コクミちゃんのお兄さんを助けたくないんですか!」
「助けたいさ。だからいったん落ち着けって言ってんだ。ほら、ここに座れ」
「座ったら助けられるって言うんですか?」
「そりゃ知らん。だがそのまま行ったら確実に助からん。だから座れ」
そこまで言われてナツコは渋りながら、イスラの用意した金属製の箱に腰掛ける。
イスラは工具を使って〈ヘッダーン1・アサルト〉のメインコンソールを開け、それから脚部パーツの装甲を外す。
「いいか。婦女挺身隊ってのはあくまで自治組織の持つ小部隊に過ぎない。当然軍隊との戦闘なんてのは想定されてないし、そもそも自治組織が軍隊と同等の装備を持つことは禁じられている。だから婦女挺身隊は装備できる武器に制限があるし、機体にも本来の性能を発揮できないよう制限がかけられる。コアユニットの出力制限と最高速度制限なんかだ」
「そうだったんですか。全然知りませんでした」
イスラはメインプログラムをハッキングして違法な制限解除コードを書き込むと、脚部パーツに組み込まれた速度制限チップを取り外し、別のチップに付け替える。
「これで制限は解除された。コアユニット出力が3割上がって最高速度も2割増しだ。まあ燃費が悪くなるが、その分エネルギーパックを積み込んでいけ」
イスラはナツコのバックパックに自分のバックパックに入っていたエネルギーパックを積み込み、それから背中を強く押した。
「ほら、行ってこい」
後部ハッチが開かれたが、ナツコは踏みとどまり、振り返ってイスラに尋ねる。
「止めなくていいんですか?」
「さっきと言ってることが違うぞ」
「だって、私が出て行ったらイスラさん、タマキ隊長に怒られますよね」
「怒られるのは慣れてるからな。隊長殿にはこっちからうまく言っとくさ。だからお前はさっさと行って、さっさと帰ってこい。生憎〈空風〉じゃあ燃費が悪すぎるし子供すら背負えないから、お前しか頼れる相手がいないのさ」
イスラの言葉にナツコは涙しそうになったが何とか堪えて、頷いて返事をした。
「あ、ナツコちゃん、これ持っていって」
「歩くなサネルマ。投げてよこせ」
ナツコの元へ駆け寄ろうとしたサネルマは、イスラに制止されると手に持っていたものをイスラへと向かって放った。
それを受け取ったイスラは、ナツコへと手渡す。
ナツコが手にしたそれを改めると、電子式の腕時計だった。
「アラームセットしておいたから、それが鳴ったら何があっても埠頭に向かってね。そしたらきっと間に合うから」
「はい。ありがとうございます、サネルマさん。では、行ってきますね!」
「ああ、精々急げよ」
「はい!」
ナツコはトレーラーの後部ハッチから飛び出すと、三歩だけ地面を蹴り、そこからホイールを駆動させて機動走行状態に入った。今までに感じたことのない急加速と最高速度に転びそうになったが何とか踏みとどまり、真っ直ぐに病院への道を走り出した。
『ちょっと何? ナツコの馬鹿が飛び出していったけど』
『こちらフィー。ナツコが外へ出た』
屋根の上で警戒に当たっていたリルとフィーリュシカは突然外へと飛び出したナツコを見て、即座にタマキへと報告を入れる。
「イスラさん、説明を」
『止めようとはしたんだが、途中からナツコは行った方が良いんじゃないかと思って』
「全く揃いも揃って命令無視ですか?」
『駄目だったときは責任くらいとるさ』
「イスラさんがどうやって責任をとるというのですか」
『駄目だったときに考える』
「話になりません」
タマキは通信を切るとため息をついて頭を抱えた。
「あ、あのー、隊長? お姉様はあれでしっかり反省していますから、あまり怒らないでいただけると嬉しいですわ」
「命令無視に対して怒らなかったら規律が乱れます。全く面倒くさい。わたしだって怒りたくなんてないのよ」
「でしたら怒らなければいいのでは?」
「それが出来ないから面倒くさいの。それよりカリラさん。この先に統合軍の設定した防衛ラインがあります。そこを越えたら速度を落として下さい。時刻ぎりぎりに埠頭に着くようにお願いします」
「隊長もナツコのことが心配ですのね」
「まさか。最初に受け持った部隊で行方不明者が出て経歴に傷がつくのが嫌なだけよ。それより分かったら返事」
「分かっていますわ。運転はお任せ下さいな」
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