第6話 ハツキ島婦女挺身隊 その⑤

「ナツコさん、路地に索敵機を設置して下さい」

「はい、真ん中でいいですか?」

「ええ。目立つところでかまいません」


 中央区を抜け旧市街地の目前までたどり着いた一同。路地に索敵機を設置すると、警戒体勢をとったまま旧市街地へと入った。


「背の低い建物が多いですね――サネルマさん、それからリルさん。あの民宿の上から周囲を警戒して下さい」


 サネルマとリルは三階建ての、このあたりでは一番背の高い建物へと外壁を蹴って上っていく。すぐに屋根の上にたどり着き、サネルマは対空レーダーを起動して周囲に敵機がいないか探索。リルは目視で警戒にあたった。


『敵機反応ありません』

『こっちも同じ。見えないわ』

「分かりました。ではそのまま警戒を。こちらは先へ進みます。ナツコさん先頭を」

「は、はい! 進みます!」


 ナツコは返事をして、装備した機関銃を構えたまま旧市街地の道路を進んだ。

 上からサネルマとリルが見てくれていることは分かっているが、幅の狭い道路の続く旧市街地では、いつどこから敵が出てくるか分からずナツコは震える。

 それでも、婦女挺身隊としての使命を胸に、慎重に道路を進んだ。


「慎重すぎないか? 宙族が来てないなら急いだ方が良い」

「来ていた場合不意打ちを受ける可能性があります」

「わたくしはお姉様に一票ですわ」

「多数決では決めません。指揮官はわたしです」


 きっぱりとタマキは言い切ったものの、イスラは自分の工場まであと少しだというのに慎重に進みすぎるナツコの姿に苛立ちを隠せず、別の提案をする。


「何なら〈空風〉で行って安全確認してこようか。こいつなら敵が居ようが関係ない」

「あまりに無謀です。高機動機は奇襲のための機体であって強行偵察に用いるべき機体ではありません。ともかく――」

「自分が先頭を進みます」


 ぽつりと呟くように発言したのは、最後尾を進んでいたフィーリュシカだった。


「〈アルデルト〉でですか?」

「ナツコよりマシ」


 フィーリュシカにきっぱりそう言い切られてナツコは小さく声を漏らした。

 タマキはそんなナツコとフィーリュシカの二人を交互に見て、直ぐに決断を下した。


「フィーさんお願いします。ナツコさんはフィーさんの後ろについて」

「承知した」

「ナツコさん?」

「あ、はい! 分かりました!」


 返事を忘れていたナツコは慌てて了解を返すと、加速してナツコを追い抜いたフィーリュシカに声をかける。


「ごめんなさい、私が頼りないばっかりに。ええと、フィーシュリ――」

「フィーリュシカ。長いからフィーで良い。気にする必要はない。あなたにはあなたの使命がある」

「あり、ますかね?」

「今は生き延びること。あなたにはそれだけで価値がある」


 恐る恐る尋ねたナツコだがフィーリュシカにそう答えられて、少しばかり元気を取り戻した。


「そう、ですね。生き延びないと。それで、取り残されたみんなを助けるんです!」

「遅れないようついてきて」

「はい!」


 フィーリュシカが更に速度を上げて進み始めると、ナツコもその後ろに取り残されぬようぴったりとついて走り始めた。

 フィーリュシカの進む速度は一番遅いカリラの〈サリッサMk.Ⅱ〉に合わせられ、屋根の上を進むサネルマとリルも問題なくついてこれた。

 そのまま何事もなくイスラ達の営む修理工場にたどり着く。


「宙族が来た形跡はなさそうですね。イスラさん、トレーラーは何処ですか?」

「裏の駐車場に置いてある。運転はカリラがやるさ。ところで少尉殿。この際だから仕事道具も持ち出したいんだがいいか?」

「〈R3〉の修理道具ですね。住民避難の邪魔にならない範囲でなら許可します」

「感謝するよ。宙族なんかに好き勝手使われたらたまったもんじゃないからな。一人人手をもらっても?」

「ナツコさん、イスラさんを手伝ってあげて」

「は、はい! 頑張ります!」


 ナツコはようやっと誰かの役に立てるのが嬉しくて、張り切って返事をするとイスラの後へと続き、修理工場設備の運び出しを手伝った。

 イスラ達の持つ〈R3〉運搬用の大型トレーラーへと一通り必要な工具類が積み込み終わると、いよいよトレーラーはハツキ島北区病院へ向けて出発した。

 運転席には〈R3〉の装備を解除したカリラが座り、隣には同じく装備解除したタマキが座った。

 サネルマとリルはトレーラーの屋根に乗って周囲の警戒を行い、残ったナツコ、イスラ、フィーリュシカは荷室の整理を行う。


「こいつとこいつは奥の方に詰めといてくれ」

「この機体、使わないんですか?」


 綺麗に磨かれたぴかぴかの〈R3〉が積まれた格納容器を運ぶよう言われ、ナツコが尋ねるとイスラは肩をすくめて答える。


「そいつはカリラの個人コレクションだ。装甲騎兵用の重砲を積めるように設計された超重装機で、実用性は皆無」

「こっちの小さいのは?」

「ヘッダーン社が〈ヘッダーン1〉を作る前に試作機として作られた通称〈ヘッダーン0〉。武装は手持ち前提で火器管制も積まれてない、動作確認のための機体だ」

「カリラさんはなんでこんなもの集めてたんです?」

「趣味だよ趣味。趣味に理由を求めるもんじゃない」

「う、うん、まあでもそうですよね。とりあえず運んで――う、重い! これ運べませんよ!」

「問題ない」


 超重装機の積まれた格納容器とナツコが格闘していると、88ミリ砲を下ろして身軽になったフィーリュシカが反対側について格納容器を押してくれる。


「あ、ありがとうございますフィーさん。よっと」


 格納容器を荷室の奥へと運び終わると、フィーリュシカは何も言わずに次の格納容器へと向かう。ナツコはそんな無口なフィーリュシカが気になって追いかけるとフィーリュシカが運ぼうとする格納容器の反対側について、一緒に押していった。


「あの、フィーさん。フィーさんはどうして婦女挺身隊に?」

「市民の義務」


 なるほど、市民の義務。

 考えたこともなかったけれど、確かに言う通りかもしれない。ナツコは何となく頷いてそういうものだと納得した。


「フィーさんはその、宙族との戦いは怖かったりしないんですか?」

「どうして?」


 うん?

 どうしてと尋ねられ、ナツコはぽかんと間抜けに口を開けて何も言い返せなかった。

 怖いのが当たり前だと思っていたのに、そうでもない人もいるらしい。


「馬鹿だなナツコ。フィーリュシカ様には恐怖心なんてものは存在しないのさ。宙族との戦闘もお役所仕事と一緒さ」

「イスラさん、それ馬鹿にしてませんかね……? そういえばイスラさんはどうして婦女挺身隊に入ったんです?」


 ナツコの問いにイスラはにかっと笑って答える。


「そら〈R3〉を動かしたいからさ。婦女挺身隊に入ってさえいれば動かすだけなら自由だからな」

「言われてみるとイスラさんはそんな気がします」

「で、お前は?」

「え?」

「お前はどうして婦女挺身隊に入ったんだ?」


 逆に問いかけられてナツコは一瞬答えに詰まったが、やがてゆっくりと答え始める。


「私は――。お世話になったハツキ島の人たちに恩返しが出来たらと思ったんです。でも……難しそうですね」

「ま、そうだろうな」

「きっぱり言ってくれますね……」

「ど素人が突然前線に出たって役に立てっこないだろ。婦女挺身隊の役目は人命救助なんだから、そっちで役に立てば良いのさ。病院に到着してからが本番だろうよ」

「そう、ですね。そうでした。きっと私、ハツキ島の皆さんを無事に救助して見せますよ!」

「張り切りすぎてへましない程度にな――」


 イスラが軽口を返していると唐突に無線機に通信が入る。


『敵機確認。飛行偵察機2。こちらも発見されてます!』


 サネルマの声に、イスラは肩をすくめてみせる。


「こりゃ病院まで辿り着けるか怪しくなってきたな」

「縁起でも無いことを言わないで下さい」

「そりゃそうだろうがこのトレーラーに防弾能力なんてほとんど無いぞ」

『カリラさん速度を上げて。サネルマさん、リルさん迎撃を。リルさんは必要なら飛行を許可します』

『分かった、離陸するわ』

「迎撃する気か。まあそうなるだろうけど。ナツコ、ヘルメットかぶっとけ」

「は、はい」


 イスラに促され、ナツコは外していたヘルメットをかぶり直す。


『フィーさん、カリラさんが装備していた4砲身ガトリングを装備して迎撃準備を』

「了解。ですが25ミリ狙撃砲だけでも迎撃は可能」

『いいえ、ガトリングを装備して迎撃に上がって下さい』

「承知した」


 フィーリュシカはタマキに意見したものの却下されると素直に受け入れた。


『イスラさん。武装の装備を手伝ってあげて』

「あいよ。ナツコの手も借りて良いか?」

『任せます』


 その瞬間銃声が響き、トレーラーの荷室に穴が開いた。上からも対空機銃の発砲音が響く。咄嗟に伏せたイスラだが、穴から漏れる光を見て肩をすくめて立ち上がった。


「急いだ方が良さそうだ。ナツコ、格納庫からガトリングの弾持ってきてくれ。フィーはこっちに――狙撃砲が邪魔だな。ちょっと腕出せ、5秒で何とかする」


 イスラはフィーリュシカの装備していた25ミリ狙撃砲をものの数秒で外して床に置くと、カリラが機体をしまった格納容器から4砲身ガトリングガンを1挺だけ取り出す。弾を持ってきたナツコがイスラの指示を受けて重量のあるガトリングガンを支えると、イスラはガトリングガンを〈アルデルト〉右腕部へと装着し火器管制装置も接続する。


「接続完了」

「よっし。ナツコ、弾を」

「あ、あのこれどうしたら――」

「こうしてこうしてこう」


 イスラは口で言うと同時に手を動かし、あっという間にガトリングガンに弾丸を装填した。


「すごいです!」

「慣れたもんさ。こちらイスラ。フィーを上げるが大丈夫か?」

『敵機誘導弾発射、迎撃中!』

『急いで上げて! 誘導弾を優先!』

「だそうだ。頼むぜ」


 イスラは荷室のリフトを操作して、天井を一部開けると同時にフィーリュシカの乗ったリフトを上昇させる。フィーリュシカはリフトが完全に上昇するのを待たず、屋根が開くと同時に飛び上がりトレーラーの屋根に足をつくとガトリングガンを斉射して飛来してきた誘導弾を全て撃ち落とした。

 フィーリュシカが外へ出たのを確認するとイスラは屋根を閉じ、リフトを下へと降ろした。


「私はどうしたら――」

「やることやったんだ。待機だろう」

「でも――」

「言ったろ。お前の仕事は戦うことじゃない」

「――そうですね」

「敵がいなくなったらそこの壁の穴、その辺のもんで塞いどいてくれ」

「はい! 頑張ります!」




『1機撃破確認』

『こっちも後ろをとった――主翼貫通、サネルマ追撃』

『っ――。追撃不能、フィーさんお願いします』

『撃破確認――敵機殲滅完了――』


 敵飛行偵察機との戦闘は無事に終わったようで、フィーリュシカが淡々と報告を述べると、壁の穴を詰めるようにと石膏をこねていたナツコも安心してほっと一息ついた。


『サネルマ被弾しましたー』


 本当に被弾したのかと言うほどに気の抜けた声色でサネルマが報告した。タマキはサネルマを引き続き警戒に当たらせる計画を取りやめて指示を出す。


『フィーさんとリルさんは警戒を続けて下さい。サネルマさんは荷室におりて。イスラさん、サネルマさんを見てあげて』

「あいよ。ま、あの調子じゃたいしたことないだろうけど」


 屋根を開けてリフトを上げると、フィーリュシカに体を支えられたサネルマがリフトに乗り込んだ。イスラはリフトをゆっくり下げると、ナツコにサネルマの体を支えるように言う。


「大丈夫ですか? サネルマさん?」

「多分大丈夫だとは思うんだけど。あ、左足のふくらはぎのあたり」


 リフトから降りたサネルマの機体をイスラは検査する。サネルマの言うとおり、左足のふくらはぎのあたりに銃弾が命中した痕跡があった。


「12.7ミリだな。かすっただけみたいだが」

「そうみたいなんですけどねえ」


 なんともはっきりしない物言いのサネルマに対してため息ついて、イスラは工具で被弾箇所を軽く叩いて反響音を聞き取る。


「装甲はへこんじゃいるがフレームまでいってない。一応外してみるか。ナツコ、整備用のハンガーを持ってきてくれ。そこの奴だ」

「はい、分かりました」


 ナツコが言われたとおりに整備用ハンガーを運んでくると、イスラはそこにサネルマの機体を吊り下げるように固定した。


「何だか大事になってしまいましたね」

「撃たれたんだから大事だろうよ。右足に体重かけて」


 サネルマが吊り下げられながら右足だけで姿勢を保つと、イスラはサネルマの装備した〈ヘッダーン3・アローズ〉の左脚部装備を外していく。全てのパーツが取り外されると紺色をした〈R3〉の下に着る機能性衣類が見えた。


「服カットするぞ」

「ええー、それ私物なので切っちゃうのは――」

「もう切った」

「はい」


 有無を言わさず下着にはさみを入れると、被弾箇所付近のサネルマの素足が顔を出した。白く透き通ったふくらはぎの一カ所だけ、赤っぽく変色した箇所を見つけ、イスラは躊躇無く指でぎゅっと押しつける。

 途端にサネルマはのほほんとした表情から打って変わって、歯をきつく噛みしめ体を強ばらせた。イスラが押すのをやめると表情は元に戻ったが、額には玉のような汗が浮いている。


 イスラがそんなサネルマの顔を見つつ再びふくらはぎをぎゅっと押しつけると、またしてもサネルマは歯を食いしばった。

 押すのをやめると同時に緊張を緩めて「ふぅー」と大きく息を吐き出したサネルマ。


「サネルマさーん。痛いなら痛いって言ってもらわないともっかい押すことになるけど」

「あー、痛い痛かったです」


 素直にサネルマが白状するとイスラは意地悪をやめて、ナツコのバックパックに入っていた救急箱から冷却剤を取り出して患部にあてがい包帯で固定する。


「機体は問題ないが衝撃で内出血してるな。しばらく冷やした方が良い――って、聞こえたかい少尉殿?」

『聞こえました。サネルマさんはしばらく休んでいて下さい。病院に薬があれば分けてもらいましょう』

「はーい、分かりましたー」


 サネルマはタマキの指示に了承を返し、通信を切ると大きくため息をついた。


「大丈夫だと思ったんですけどねえ」

「そういや戦闘中、リルちゃんが追撃しろって言ったときあんたしなかっただろ? あのとき痛かったんじゃないのか?」

「あー、そうなんですよ。移動しようと思って踏み込んだら結構痛くて」

「じゃあ大丈夫じゃなかったじゃねえか。大丈夫だと思って放置してたら全然駄目で切除することになりましたー、なんてよくある話だぜ」

「そうですね。肝に銘じておきます」

「おいナツコ、〈R3〉のパーツ外してくから、そこの空の格納容器にしまっていってくれ。しまい方くらい分かるだろ」

「全く分からないです」

「分かった。外したパーツそっちに持って行ってくれ」

「分かりました!」


 返事だけは立派だな、なんて独りごちてイスラは吊り下げられたサネルマの〈ヘッダーン3・アローズ〉からパーツを1つ1つ外していく。装着装置を使えば早いが、一応怪我人なので配慮したのだった。


「優しいですね、イスラさん」


 パーツを運ぶ途中でナツコが声をかけるとイスラは鼻で笑って返す。


「滅茶苦茶なしまい方されるよか、自分でやった方がましだからな」

「いえ、そうじゃなくて――そっちもですけど――サネルマさんのことですよ」


 それでもイスラは鼻で笑って返す。


「そりゃ〈R3〉の修理なら喜んでやるが、足の切除なんてやりたかないって話さ。義足の修理くらいなら手を貸してやったっていいけどな」

「あー、そうですねえ。切除は辛いですねえ」


 人ごとのように笑うサネルマに釣られるようにしてケラケラ笑うイスラを見て、ナツコはため息をついた。


「イスラさん、素直じゃないです」

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