第4話 ハツキ島婦女挺身隊 その③

 臨時基地とはよく言ったもので、元は機関銃の生産工場だった場所を借り上げて、無理矢理に対面だけ基地化しただけであった。

 それでもそこには統合軍の正規軍が既に配備されており、少なくとも市街地よりはずっと安全であることは確かだ。


 慌ただしい臨時基地の中にはとても入れないと判断し、タマキ率いるハツキ島婦女挺身隊の面々は臨時基地横の空き地に整列する。

 その面々の前にタマキは立ってヘルメットを外すと、一同にも外すように催促する。一同はヘルメットを外すとタマキに習って脇に抱える。しかしいつまでたっても敬礼しなかったので、タマキは一同の敬礼を待たずに話を始めた。


「無事に辿り着けましたね。皆さんお疲れ様。突然の宙族の襲来で見ての通りどこもかしこも慌ただしいですが、とりあえず自己紹介からしていただいていいかしら?」


 一同はタマキの言葉に返事を返したり頷いたりして了承を返す。誰から始めるかと目配せすると、タマキは一番左端に立っていたリルを指名する。


 飛行偵察機の機体の小ささを鑑みても、ここに集まった面々の中では一番小柄なリルは一歩前に出ると、タマキと他のメンバーとに向けて小さく会釈した。

 栗色の短い髪を横で一つ結んだサイドテールと、きっとした鋭い目つきが印象的な快活そうな少女だった。


「学徒挺身隊所属、リルです。大学生で、〈R3〉の飛行狙撃競技の選抜選手です」

「あら、選抜選手。道理で動きがいいはずね。狙撃銃は競技用の特注品かしら」

「はい。ですが弾薬は統合軍の12.7ミリです」

「統合軍規格の弾薬が使えるのは喜ばしいわ。ではそのまま順番にお願いします」


 タマキが告げると、リルの隣に立っていた〈ヘッダーン3・アローズ〉搭乗者が丁寧に頭を下げた。その頭に皆が注目を集めていたが、本人は気にせず自己紹介をする。


「ハツキ島中央東二区婦女挺身隊所属、サネルマ・ベリクヴィスト、26歳。婦女挺身隊では副隊長をしていました。本職はヘッダーン社ハツキ開発局の受付事務です。どうぞ、よろしくおねがいします」


 もう一度サネルマが丁寧に頭を下げると、一同はやはりその頭を目で追ってしまう。

 触れてはいけない空気を感じながらも、タマキは一同の期待に応えるようにして、サネルマに問いかけた。


「サネルマさん、一つききたいのだけれど、その――その頭は?」


 問いかけるとサネルマは、そのつるつるの、見事としか言いようのないほどに光り輝く頭を自分で撫でて、自慢げに答えた。


「はいー、所属している宗教の教えです」

「宗教ですか、なるほど。確かダーマ教? だったかしら。宗教は自由ですが軍隊内での宗教勧誘はトラブルの元ですから控えてくださいね」

「分かっています。ご安心くださいー」


 サネルマのふわっとした口調にタマキは若干の不安を覚えたものの、ひとまずその言葉を信じることにして次の隊員へと視線を向けた。


「ハツキ島中央一区婦女挺身隊所属、フィーリュシカ・フィルストレーム。中央区区役所職員。予備防衛官課程取得済み」


 無感情のまま必要な情報のみ淡々と述べたフィーリュシカは機械的にお辞儀をした。

 見るものの目を奪う美しい容姿と、透き通った銀色の長い髪の持ち主であったが、瞳はどこか無機質で、機械か人形のようであった。


「よろしくお願いしますね。フィーさん」


 それ以上本人が何も言う様子も無かったのでタマキが引き継ぐ。しかしそんなどこか様子のおかしな隊員は、イスラの興味を引いた。


「フィーリュシカ? だっけ? その装備はどうしたんだ?」

「出撃時支給された」


 それだけ答えたフィーリュシカに、イスラは含み笑いを見せる。


「どんな説明をしたら、市街地に出るのにそんな装備を渡されたんだ?」

「何でもいいと言った」


 イスラはその答えに声を出して笑った。何がおかしいのか分からなかったナツコは、隣に立つカリラに尋ねる。


「何がおかしいのです?」

「それはほら、〈アルデルト〉は高い機動力を持つ重砲装備可能な機体として開発されたのですけれど、重砲を装備可能にするために基礎フレームが大きく重くなって、それでも機動力を稼ぐために装甲をそぎ落とした結果として出来上がったのが、重砲装備可能だけれどそこまで機動力の無い上に装甲はフレーム部分以外皆無な機体で、市街地に出ると棺桶扱いされるものですから……」


 機体の話を振られて饒舌に語るカリラのおかげで、そういった知識のないナツコも何となく状況が飲み込めた。


「しかも88ミリ砲は〈アルデルト〉が装備可能な最大サイズの武装ですから、当然限界ぎりぎりの装備を積めば更に機動力も低下しますし……。よく見れば他の装備もどうかしてますわね」


 フィーリュシカの装備は88ミリ砲と、その同軸に25ミリ狙撃砲。自己防衛装備を搭載せず、代わりに積めるだけ88ミリ砲弾を積み込み、何故か近接戦闘用の振動ブレードを釣り下げていた。一応腰に短機関銃を装備していたが、誘導弾迎撃に用いるにはどう考えても火力不足だ。


「装備はこれが最適」


 カリラの言葉に反論するようにフィーリュシカは小さくつぶやく。本人はこの装備をいたく気に入っているようであった。


「装備変更の必要があればわたしが指示します。今は換えの機体を用意できる状況でも無いので、しばらくはその装備でお願いします。それでは次」


 タマキに視線を送られて、イスラは一歩前へと出ると優雅に一礼して見せた。白い肌に灰色の上質な髪、そして容姿端麗と、フィーリュシカと比べても遜色ない美人であったが、表情はどこかへらへらと笑っていて、口を開くとおっさんのような口調でしゃべるのであった。


「どーも、ハツキ島で〈R3〉の修理工場を営むイスラ・アスケーグだ。所属はハツキ島東十六区婦女挺身隊。短い間かもしれんがよろしく頼む」


 自己紹介を終えたイスラはやりきったと言わんばかりに満足げな表情を浮かべていたが、タマキはそんなイスラに対してため息をつく。


「イスラさん、一つ確認したいのだけど、その機体は何?」


 その問いに、イスラは待ってましたとばかりに答える。


「よくぞ聞いてくれた。こいつは〈空風からかぜ〉。宇宙で最も速い高機動機を目標に設計され、実際に最高速の機体として完成した、最強の機体だ」


 イスラは自慢げに答え、そんな姉の態度に妹のカリラはさすがお姉様だと瞳を輝かせたが、タマキの表情は暗く冴えない。

 それもそのはずで見るからに装甲と呼べる部分の存在しない速度のみを重視した機体は、火器管制装置すら搭載されていなかった。代わりに搭載されたのは重装機クラスを駆動するほどの大型のコアユニットとブースターで、それ以外は徹底的に軽量化がなされていた。かろうじて左腕部に爆発反応装甲が追加装備されていたものの、一度使えばそれきりだし、使ったとして無事で済む保証も無いような機体の作りだ。


「統合軍のデータベースに機体情報が登録されていません」


 タマキは手元の士官用端末で〈空風〉の機体情報へアクセスしようと試みるも、該当データなしとして類似したスポーツモデルの高機動型〈R3〉がいくつかリストアップされただけだった。


「ああ、統合政府の認可を受けてないからな」

「はい?」

「さっき言ったとおり、〈空風〉は宇宙で最も速い高機動機を目標に設計がなされた。そしてそれに応える設計が完成したが、速度のために他のほぼ全てを犠牲にした結果、統合政府の定める工業規格と安全規格と〈R3〉の製造規格に通るはずも無く認可がとれなかった。

 でもこんな素晴らしい設計の機体を完成させず終わってはいけないと、設計者たちは統合政府から隠れて密かに12機だけ〈空風〉を製造した訳さ。こいつはそのうちの1機で、設計に携わった父親のつてで手に入れた。製造番号は12番だ」


 イスラは自慢げに機体の肩に刻印された12の製造番号を示して見せたが、タマキはげんなりするばかりだった。


「認可を受けていないなら運用はおろか所持も違法です」

「非常時なんだ、大目に見てくれよ」

「そもそもそんな機体、拳銃弾すら防げませんよ」

「その点は問題ない。〈空風〉は宇宙最速の機体だ」

「流石ですわお姉様!」


 全くもって論理的でないイスラの言葉にタマキは思わず機体を変更せよと命令しようかと悩んだが、この簡易的に設営された臨時基地に余っている真っ当な機体などないだろうと判断して、頭を抱えながら隣のカリラへ自己紹介するよう告げた。


「はい、お姉様の修理工場で一緒に働いています、妹のカリラ・アスケーグです」


 重装機を装備しているため非常に大柄のように見えるが、実際は長身のイスラより頭一つ小さい妹のイスラは、肌の色こそイスラと似通っていたが、髪は赤みのかかったくすんだ灰色で、そばかすの混じった顔はどこか垢抜けていない子供っぽさを残していた。


「装備は〈サリッサMk.Ⅱ〉ですね」


 イスラと打って変わって真っ当な装備をしているカリラにタマキは一安心する。サリッサはコアユニット出力と機体重量、装甲、積載量、火器運用能力のバランスがよく使い勝手のいい名機で、現行機のMk.Ⅱはそのバランスを崩さずに機動力と燃費を改良した評判の高い機体であった。


「はい! わたくしは変態機体については収集専門ですので!」

「変態機体? いえ説明はいいです。それより武装がないようですが」

「先ほどの戦闘時に全て投棄しましたわ」

「分かりました。後で受領可能な武装が無いか掛け合ってみます」


 余っている武装ならば、余っている稼働可能な〈R3〉よりかは随分現実味がある。都合のいいことに、この臨時基地は元は機関銃の工場だ。


「では最後、お願いします」


 タマキが視線を向けたので、端っこにいたナツコは一歩前に出て自己紹介を始めた。


「ハツキ島東八区婦女挺身隊所属、ナツコ・ハツキ、19歳です。中華料理店で働いていました」


 くりんとした丸い瞳に、後ろでふたつ結んだ黒い髪。見るからに鈍くさそうで、歳の割りに幼く見える、少女と呼んでも相違なさそうなナツコ。それでもやる気に満ちあふれた表情から真面目そうな雰囲気を感じたタマキは、少なくともイスラよりかは好意的に感じていた。


「装備は〈ヘッダーン1・アサルト〉ですね。だいぶ古い機体ですが問題は無いでしょう。主武装だけは替えた方が良さそうですので、こちらも受領可能な武装がないか掛け合っておきます」

「あ、やっぱり駄目だったんですね」


 先ほどリルに指摘されたことをタマキにも指摘をされ、自分がやらかしたことを再認識したナツコは恥ずかしさから頬を赤く染めた。


「6.5ミリなんて生身の暴徒鎮圧用の装備ですわ。それでも小回りがききますからほぼ装甲の無い高速機相手なら有用な装備となりますけれど、突撃機が相手にするのは同じ突撃機から偵察機、重装機まで幅広いですから」

「装備にもいろいろあるんですね」


 カリラの解説を受けて何も知らなかったナツコは素直に頷く。


「一通り自己紹介終わりですね。念のため確認しておきますが、皆さん所属が異なりましたが、所属先の他の隊員はどうしました?」


 一同は顔を見合わせて、各々「逃げた」「邪魔だから返した」「避難しました」と答える。それでだいたいの事情を察したタマキは頷く。


「婦女挺身隊は戦争への参加をほとんど考慮していないとききますから仕方ないかもしれないですね。ではわたしはここの司令官に報告をしてきますので、皆さんはその場で待機をお願いします」


 言い残してその場を去ろうとするタマキの背中に、リルが声をかける。


「あなたの自己紹介は?」

「わたしですか?」


 タマキは立ち止まると、一同の方へと振り返る。


「先ほど言ったとおり、統合軍少尉タマキです。所属はまだ決まっていませんが、この非常事態に居合わせた以上、こちらのどこかの部隊に仮配属されることになると思います」

「あんたがうちらの指揮をとってくれるんじゃないのか?」


 今度はイスラが尋ねると、タマキはうっすら微笑んで返す。


「さあどうでしょう。婦女挺身隊と統合軍では命令系統が異なりますから、恐らくそちらはそちらで部隊を編成することになると思います」


 ようやっと指揮官が決まって命令をもられると思っていたカリラやリルは落胆した様子を見せたが、実際タマキの言うとおりなのでそれで納得するほか無かった。


「機会があったらまた会いましょう。では、失礼します」


 今度こそタマキはその場を去って、臨時基地の中へと入っていった。

 残された婦女挺身隊の6人はその場で姿勢を崩してくつろぎ始める。


「ま、正規軍のお偉い少尉様が、こんな寄せ集め集団の指揮をとるこたないさ」

「お偉いって、少尉でしょ。士官学校出たてのぺーぺーじゃない」

「あいつの兄さん少佐だった。そんなに歳いった風にも見えなかったし、恐らくタマキ少尉殿もすぐに出世するようになってるのさ」

「何よそれ、家系ってこと?」

「そこまでは分からん」


 リルがすごい剣幕で問いかけたが、イスラは手をひらひらと振って適当にあしらった。リルはイスラを相手にしても無駄だと察して、その場に座り込んでバックパックから水筒を取り出す。

 イスラも自分の水筒を取り出し、自分で水筒を取り出せない重装機装備のカリラのためにバックパックから水筒を出すのを手伝った。


「あれ、皆さん水筒持っているのですね」


 サネルマもフィーリュシカも水筒を取り出して水を飲み始め、1人水筒を積んでこなかったナツコはその場でただ立ちすくむしか無かった。


「お前なあ、どんな場合だって水筒積まずに〈R3〉出撃させたらいけないって習わなかったのか?」

「え、どうでしたっけ。習ったような、習わなかったような……」


 首をかしげるナツコに対して、イスラは手にしていた水筒を投げつけた。ナツコは慌てたが〈R3〉の方が勝手に飛来した水筒を受け取る。


「カリラの機体に余分に積んであるからそれやるよ。イスラ姉さんに感謝しろよ」

「は、はい! ありがとうございます、イスラさん!」

「本当に感謝しなさいよ、お姉様のお慈悲に。何処までも鈍くさい娘ですわ」

「そう言うなって。ほら、腹減っただろ。次の命令が来るまでに食べとけって」


 水を飲み終わったナツコに対して、イスラは包装された非常食を投げて渡す。ナツコは今度は自分で受け取って、再びイスラに礼を言った。


「何から何までありがとうございます」


 慣れない〈R3〉で走り回り疲労困憊していたナツコは直ぐに受け取った非常食の包装をはがしたが、出てきた茶色い棒状の物体に困惑する。


「あの、これは……?」


 臭いをかいでみるとなんだか肉っぽくあるのだが、〈ヘッダーン1・アサルト〉の指先で弾いてみてもコンコンと音を立てる明らかに硬度の高いそれを、本当に食べて大丈夫なのかと目で訴える。


「干した合成肉? だったよ、たぶん」

「え? だった? たぶん? え、ええと、これ本当に大丈夫ですかね?」

「大丈夫大丈夫」


 ナツコはしばらくその物体を睨み付けていたが、イスラが大丈夫だと言うので思い切ってかじってみた。

 その物体は食料と言うにはあまりに硬く前歯が欠けそうになり、仕方なく奥歯で噛んでみるとじんわりとしょっぱい味を感じた。ナツコはしばらくそうして噛みついていたが、顎が痛くなったのでそれを口から出して控えめにイスラに対して抗議した。


「あ、あの、これ食べるのものすごい疲れるんですけど……。こんなこと言うのはわがままなのかもしれないですけどあまり美味しくないですし」

「そうか? 近所の野良犬は喜んで食べてたぞ?」

「い、犬用じゃないですか!」


 声を上げるナツコをイスラはけらけらと笑った。釣られるようにカリラとサネルマにも笑われたナツコは顔を真っ赤に染めたが、律儀にその非常食を包装紙にくるんでバックパックに放り込んだ。


「一応人間用なんだが、確かに人間が食べてるところは初めて見た気がするな」

「酷いですよイスラさん! 私をからかって遊んでましたね!」

「怒るなよ。これやるからさ」


 イスラはまたしても包装された非常食のパッケージをナツコへと投げて渡した。ナツコはそれを受け取りながらも、今度は警戒して包装紙の内容を読もうとするが、印刷がすれていて読めなかった。


「これは、犬用では……?」

「気になるなら食べなきゃいいさ」


 そう言うとイスラは取り出した固形食料の一欠片をこれ見よがしに口へと放り込んだ。


「むむ……」


 警戒しながらも包装をはがし、出てきた茶色い固形食料を、ナツコは念入りに臭いを確かめ、それから一口かじった。


「甘い!」

「イスラ姉さんに感謝したくなっただろう」

「素直に感謝しづらいです――いえ、ありがとうございます」

「ナツコちゃんは素直でよろしい。高カロリーだから一気に食べるなよ」

「はーい」


 ナツコは固形食料を丁寧に包装し直して、それもバックパックへしまい込んだ。


「リルちゃんも食べるか?」

「いらないわよ、そんな期限切れたやつ」

「ばれてたか」

「イスラさん!?」


 怒って顔を真っ赤に染めたナツコを見て、イスラたちはまた大きく笑い声を上げた。

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