第3話 ハツキ島婦女挺身隊 その②
銃声が響き、ブティック店のガラスが震える。段々と銃声が近づいているような気がしてナツコは〈R3〉に包まれた体をぎゅっと抱きしめた。
でもこんな場所に居続ける訳にもいかず、視線を操作してヘルメット内のディスプレイに市街地の地図を表示させて、現在位置からなんとか市街地の中央にある婦女挺身隊の詰め所までたどり着けないか考えを巡らせる。
しかし地図の読み方がいまいちわかっていないナツコは経路探索に頭を沸騰させ、ついに考えるのを諦めてしまった。
「もっと地図の読み方を隊長さんに教えてもらっておけばよかった……。どうしよう、誰か助けに来てくれたり――」
そこまで口にして、〈R3〉に搭載されている救難信号発信機能を思い出した。ナツコは視線をあっちこっちへ移動させて慌ただしく〈R3〉の機能画面を探し回ったが、面倒くさくなって声を出す。
「救難信号発信、大至急」
音声認識で救難信号発信画面が立ち上がるが、同時に目の前のディスプレイに救難信号は緊急事態以外での発信は禁じられている旨が表示され、本当に緊急事態なのか確認をとってきた。ナツコは2つ返事で緊急事態だと答えて、無事に救難信号の発信に成功した。
「これで、きっと誰かが助けに来てくれる……ひっ!!」
ようやっと心が落ち着いたのもつかの間、ブティックの奥から物音がして、ナツコは身を縮める。
「もう助けが? それとも……」
ディスプレイ上には付近に味方のいる情報は表示されていない。かといって、敵機の反応もない。
ナツコは主武装の安全装置を解除して、慎重に音のした方へと銃口を向けた。
「誰かいるの?」
声をかけると、またしても物音が響く。
陳列された衣類の向こうから聞こえる物音は段々と大きくなり、いよいよその正体が姿を現す。
「ヲゥンッ!!」
「わっ、あっ、ああ、犬か。よかった」
出てきた野良犬らしき、年老いたハツキ島原産のくすんだ灰色の犬を見てナツコは胸をなで下ろす。すぐに主武装の安全装置をかけ直して、銃を装備していない左手を犬の方へと伸ばした。
「君も迷子? 大丈夫だよ。こっちにおいで」
〈R3〉の機械の指で手招いて見せるが、犬は警戒しているのか姿を現した場所から一歩も動かない。それどころかその場で上半身を伏せて、まぶたに半分埋もれた目でナツコの様子を舐め回すように観察する。
「え、ええと、大丈夫だよ。怖くないよ」
両手を開いて何も持っていないことを見せると、犬はあからさまにつまらなそうにため息を吐いて、ナツコにそっぽを向けてブティックの入り口へと歩いて行った。
「あ、ああ待って待って! って言っても食べ物は何も持ってないけど、外は危ないって!」
器用に鼻先で扉を開けてブティックから出て行ってしまった犬を追いかけて、ナツコは立ち上がり、アイドリング状態だった〈R3〉を稼働状態へ移行させる。
「すぐに助けが来るから、一緒に居た方が安全だよ!」
〈R3〉に強化されたナツコはブティックの扉をダンパの反発をものともせず開ききって、犬を追いかけて外へと飛び出した。
『敵機確認』
「えっ!?」
突然目の前に真っ赤な文字で表示されたアラートに驚いて、ナツコは思わずアラートの指し示す先へと視線を向ける。
道路の遙か向こう側だが、確かに数機の〈R3〉が存在した。ナツコの視界に重ねるようにして、敵機の情報が表示される。
偵察機〈コロナA型〉が3機、指揮官機〈ヘリオス12〉が1機。
敵機も突然予期せぬ場所から飛び出したナツコに驚き武器を構えていなかったが、指揮官機が後ろへ下がると同時に3機の〈コロナA型〉が主武装を構えて一斉に加速した。
「はっ! 逃げなきゃ!」
一瞬遅れてナツコは我に返り、両側に建物の建つ市街区域の二車線道路を敵機と反対方向へと全速力で駆け出す。
路面の凹凸に足を取られて姿勢を崩すと、その瞬間にナツコのそれまで居た位置へと銃弾が通過する。
「助かった! いや助かってない!」
偵察を目的として設計されている偵察機と比べて、中近距離での戦闘を想定して作られている突撃機の方が戦闘能力は高い。されど3対1。しかも敵には指揮官機がついているとなれば機体の性能差などあってないようなものだった。
そもそも訓練をお情けで終了扱いにしてもらったばかりで、戦闘経験の全くないナツコが単独で戦闘することなど甚だ無理な話で、ナツコの選択は逃げる以外には無い。
足先にぐっと力を込めて最大加速で道路を爆走するが、機体が軽い分偵察機のほうが俊敏である。距離は段々と縮められていた。
「そうだ、煙幕弾!」
慌ててナツコはカートリッジ式の煙幕弾を取り出し、慌てすぎたあまり取り落とす。
それでもめげることなく次のカートリッジを取り出して、左腕部の汎用投射機に差し込んだ。
ディスプレイに武装の装備完了が表示されると同時に、ナツコは自分の目の前に向かって煙幕弾を立て続けに2発発射。地面に着弾した煙幕弾は即座に濃い煙を展開し、ナツコは真っ直ぐに煙幕の中へと突っ込んだ。
煙幕には視界を遮るのはもちろん、敵のレーダーから姿をくらます役目もある。ナツコは残っていた煙幕弾を少しづつ間隔をあけて前方へと撃っていき、空になったカートリッジを投棄する。
「これでなんとかなった、かな?」
速度をなるべく落とさないようにしながらも、自分の撒いた煙幕で足下の状態が目視できず、ふらふらしながら前進を続ける。やがて煙幕から外に出て、急いでどちらへ向かえばいいのか周辺地図を立ち上げたところで、飛来した銃弾が〈R3〉の肩部装甲に命中して甲高い音を上げた。
「撃たれた!?」
ディスプレイには即座に被弾情報が表示され損傷は無いと告げるが、同時に敵機のレーダーの捉えられていることを警告する。
「え、でも煙幕が――」
続いて誘導弾の接近警報。ディスプレイ上に背後の様子が映し出され、煙幕の壁を飛び越えるようにして誘導弾がナツコへと向かってきていた。
「そ、そんな、どうしたら――」
『オートでもなんでもいいから迎撃しなさい! 早く!』
「え? 誰?」
『誰でもいい! 安全装置外して迎撃! 急げ!』
「そうだ、迎撃」
ナツコは主武装の安全装置を外して適当に後ろ上方へと向ける。
「自動迎撃」
音声認識で照準をオートモードに設定すると、引き金を引ききってフルオート連射する。
6.5ミリ機銃の反動は旧式といえど突撃機の〈ヘッダーン1・アサルト〉にとってはないようなもので、正確無比に飛来した誘導弾を即座に全弾撃ち落としたが、ナツコはそうとも知らずに一弾倉丸々打ち切った。
打ち切ってから誘導弾接近の警告が消えたことに気がついたナツコはほっとして一息つこうとするが、甲高い音が響いて息をつくまもなく最大速度まで加速する。
「あ、あの! 聞こえてますか!」
『そんな大声で叫ばなくたって聞こえてるわよ』
無線機に向かって大声で呼びかけると、鈴のように綺麗な声でありながら、とげとげしい言葉が返ってくる。そんな言葉にもナツコは味方が近くに居ることを喜んだ。
「助かりました、あの、さっきから撃たれてて」
『助かってないから撃たれてんのよ! 敵の滞空偵察機に捉えられてるわ』
「え、何処」
尋ねるとディスプレイに、後方に浮かぶ滞空偵察機の姿が映し出される。器用に建物の陰から半分だけ姿を出したままの滞空偵察機を見て、ナツコはそちらへと主武装を向ける。しかしその瞬間に滞空偵察機は建物の陰へと完全に姿を隠した。
「隠れられるんですけど、どうしたら」
『あんたはそのまま走ってなさい。――いくわよ、馬鹿姉妹』
瞬間、ナツコの真上から大きな音が響いた。
建物のガラスを突き破って飛び出して来た、極限まで軽量化が施され装備したブースターと飛行翼によって飛行する〈R3〉――飛行偵察機〈DM1000TypeE〉――は手にした狙撃銃で滞空偵察機のコアユニットを撃ち抜いた。
更にナツコの目の前の路地から大型の、重装甲と重武装を施された〈R3〉――重装機〈サリッサMk.Ⅱ〉――が飛び出した。
「囮役ご苦労様ですわ。さあ、わたくしの後ろに隠れて」
「は、はい!」
ナツコは慌てて現れた重装機の後ろへ自分の体を押し込んだ。
重装機はナツコが隠れたのを確認すると、両足に装備されたアンカースパイクを地面に打ち込んで機体を固定し、姿勢を低くして両手に装備した4砲身12.7ミリガトリングガンを構え煙幕から飛び出した敵偵察機へと向けて斉射した。
ガトリングの爆音にナツコは思わず耳を塞ぐが、直ぐに防音機能が作動して、代わりに無線からの罵声が響く。
『何耳塞いでんの! あんたも援護射撃!』
「は、はい!」
ナツコは急いで主武装を構えて重装機の横から顔を出し、敵の偵察機をロック。射撃しようとしたが、弾を撃ち尽くしていたため撃てなかった。慌てて予備の弾倉をバックパックから引っ張り出して装填するも、敵は既に煙幕の中へと後退。
「う、撃てません!」
『見えなくたって撃つの! 相手は偵察機よ! 12.7ミリでも当てさえすれば――ってなんであんたそんなしょぼい銃持ってきたのよ!』
「でも訓練ではいつもこれで――」
『今やってんのは訓練じゃないのよ! いい、こっちで拾う。あんたは引っ込んでて』
味方の飛行偵察機は地面すれすれの高度を飛行しながら煙幕の中へとグレネードをばらまく。たまらず飛び出した偵察機を即座に狙撃銃で狙い撃ち、正確に頭部を打ち抜いた。
それを見てナツコは自分もカートリッジ式のグレネードを持っていることを思い出し、直ぐに取り出すと慣れない手つきで汎用投射機に差し込み、煙幕の方向へと向けた。
「私も援護します!」
「えぇ!? ちょっとお待ちなさい!」
重装機が制止に入る間もなく、ナツコはカートリッジ式グレネード弾をフルオートで全弾投射した。
グレネードが着弾する直前、煙幕の切れ間へと突入して敵偵察機を狙撃していた飛行偵察機は突然の後方からの攻撃警告に、間一髪ブースターを点火して上空へ逃れた。爆発したグレネードの破片を限られた機体の装甲で何とか受け、身を捻って危機を脱すると、無線機へ向かって叫ぶ。
『信じられない! 何であたしを撃つのよ!』
「ごめんなさい! そ、そんなつもりは無かったんです! 援護しようと思って、でも――」
『もういい! 手を出さないで!』
飛行偵察機は崩れた体勢のまま建物すれすれを飛行し、先ほど仕留め損ねた偵察機の頭部を打ち抜く。
最後の偵察機は煙幕から飛び出し退却するが、緊急回避にブースト燃料を消費し、追撃態勢をとれない飛行偵察機はそれを見逃すしかなかった。
『ちっ、逃げられた』
『そんなにぴりぴりするなってリルちゃん。ここは頼りになるお姉さんに任せとけって』
路地裏から超高速で飛び出したほぼフレームながら大きなブースターとコアユニットを持つ〈R3〉――高機動機だが機体名は不明――は、後方に下がっていた指揮官機が反応するよりも早くその間合いへと入り込み、単分子カッターで機体の腹部を深く切り裂く。
更に速度を落とすこと無く、後退し向かってくる偵察機の方へと方向転換し、ブースターをいっぱいに開いて閃光の如き速度で距離を詰め手にした散弾銃を乱射。偵察機が回避のため左右へ機体を振るも、動きを予想したかのように回避方向へと突撃した高機動機は散弾銃を投げ捨て、右腕部に装着されたパイルバンカーを偵察機の腹部へ押しつけ、撃ち放った。
電磁レールで加速された槍が偵察機の腹部を打ち抜き、あまりの衝撃の大きさに機体ごとばらばらになって宙を舞った。
『あんたそれ偵察機相手に使っていい武装じゃ無いわよ』
『いいんだよリルちゃん。だってかっこいいだろ』
『意味わかんないし、その呼び方やめてもらえる?』
飛行偵察機は後方へと滞空偵察機を投射すると緩やかに速度を落として道路へと着地して、高機動機とともにナツコと重装機の方へと向かってきた。
「あ、あの。さっきはごめんなさい。撃ってしまって」
ナツコが飛行偵察機に頭を下げると、相手は鳶色の釣り上がった目でナツコを一瞥して答えた。
「ごめんなさいですまないわよ、この足手まとい。助けに来て損したわ。あんたみたいの、殺されてたほうがよかった」
「そんな――」
その言葉にナツコは深いショックを受けて反論もできずにうつむいたが、そんなナツコの肩を高機動機が叩いた。
「なーに、素人なんだ、ミスの一つや二つあっても仕方ないさ。それに数は多い方がいい。お嬢ちゃん、名前は?」
「あ、はい。ハツキ島婦女挺身隊所属、ナツコ・ハツキです」
自己紹介すると、高機動機の女性は微笑んで返す。
「ナツコね。修理工をしてるイスラ・アスケーグだ。こっちは妹のカリラ」
「どうも、よろしくお願いしますわ」
重装機に身を包まれていたカリラは重々しくナツコへと小さく会釈して見せた。
「あっちの騒いでるおちびちゃんがリルちゃんだ」
「誰が騒いでるって? それにちびって言った?」
「まあまあ、怒るなって」
「誰が怒らせてんのよ」
リルは不機嫌になりながらも、鳶色の瞳でナツコを刺すように睨み付け、小さな声で自己紹介した。
「学徒挺身隊所属のリルよ」
「リルさん、よろしくお願いします」
ナツコは恐る恐る握手しようと手を差し出したが、リルはぷいっとそっぽを向いてそれを無視した。
「ま、何にせよ無事に合流できたんだ。さっさとハツキ島の司令部へ向かおう。敵さんがさっきみたいな素人ばっかとも限らないし」
「そうね。そうすればこの足手まといともお別れだわ」
「まだ根に持っていますの? 全く、お子ちゃまね」
「あんたもよ、足手まとい」
「はぁ!? なんでわたくしが足手まとい扱いされないといけませんの!」
カリラはリルの言葉に顔を真っ赤にして抗議の声をあげる。
「当たり前でしょ。さっきあんた1発も命中弾なかったじゃない。1500発も撃って、どうして1発も当たらないのよ。あんな距離、目を瞑ってたって当てられるはずよ」
「こんの小娘! 言わせておけば!」
「まあまあ落ち着けよカリラ」
「ですがお姉様!」
カリラはリルへ掴みかからんばかりの剣幕であったが、突然目の前に現れたアラートに我を取り戻した。
「敵機接近――まずい」
先ほどリルの投射していた滞空偵察機が接近中の敵機をいち早く捉えていた。
「立ち話なんてしてる場合じゃ無かったな。敵の構成は?」
瞬間、爆音が響いて後方の建物の外壁が吹き飛んだ。付近を飛んでいたリルの滞空偵察機も吹き飛ばされ、索敵情報が表示されなくなる。
「逃げるわよ、全速力! 敵機、四脚装甲騎兵1機、偵察機4機」
「四脚装甲騎兵? って、なんです?」
振り返ったナツコの視界に、建物の外壁を蜘蛛のように器用に歩く巨大な金属の塊が現れた。対装甲砲や多連装誘導弾で武装した楕円形の本体に、四本の足が生えた動く機械。
着用者の体を包み込む〈R3〉とは異なる、搭乗者が乗り込む現代の戦車。市街地を自由自在に駆け回り、強力な武装で敵の〈R3〉を駆逐する、対抗する手段を持たない歩兵にとっては恐怖の対象であった。
「あれが装甲騎兵――」
「さっさと逃げるぞ! ナツコ走れ!」
「は、はい!」
我に返ったナツコは〈R3〉を機動走行状態にして道路を走り始める。
「で、でも、あんなの放っておいていいんですか!? 誰かが倒さないと――」
「んなこと言ったって、このメンツじゃあどうしょうもない。誰もあれに通用する武装を積んでないだろ」
「グレネードとかは……?」
「40ミリじゃ撃つだけ無駄。カリラも対歩兵装備で装甲騎兵に対して無力。リルちゃんも役にはたたん。逃げるしか無い」
イスラは逃げつつ後方をミラーで確認。敵装甲騎兵の主砲が光ったのを確認すると叫ぶ。
「散開! 左右に避けろ!」
ナツコは左足に力を込めて、横っ飛びした。その瞬間に砲弾が着弾し、目の前の地面で弾ける。
爆風と金属片に襲われたナツコは体勢を崩し、つんのめって地面に手をついたが損傷はなく直ぐに立ち上がった。
「貫通弾は無いな。よし全力で逃げるぞ! 機体を左右に振って狙いをつけさせるな!」
「な、なんとかやってみます!」
一同は速度を上げて敵の装甲騎兵から逃げ始めるが、どうしても足の遅いカリラと、操縦に不慣れなナツコが遅れ始めた。
「お姉様、武装投棄します!」
「ああ捨てろ。捨てていいもんは全部捨てとけ」
重量のある主武装を真っ先に投棄し、肩に積んでいた地対地誘導弾を後方に向けて全弾発射するとこれも投棄、更に3連装グレネード砲も予備弾倉もあらかた投棄した。
それでも最高速度は突撃機のナツコに遠く及ばず、敵装甲騎兵に距離を詰められる。
「敵、誘導弾発射」
「迎撃――できません!」
武装を投棄していたカリラは迎撃する術を持たず、レーダーを攪乱する煙幕を放射したが立ち止まれない状態においては焼け石に水であった。誘導弾は煙幕によって一瞬標的を見失ったが、即座にカリラの姿を再び捉えて真っ直ぐに飛来する。
「ナツコ頼む」
「はい!」
ナツコは後方へと主武装を向けてオート照準で撃ちまくった。誘導弾は次々に撃墜できたが、あまりに数が多かったため全弾打ち落とす前に弾が切れる。リルが狙撃銃で誘導弾を撃ち落とすも、単発式のセミオート狙撃銃ではそれ以上撃ち落とせなかった。
「ごめんなさい弾がもう――」
「カリラ、なんとか避けろ!」
「はいお姉様!」
カリラは動きの遅い重装機を巧みに操って、何とか被弾数を少なく抑えようとする。しかし何の迎撃手段も持たない状態で誘導弾をやり過ごせるはずも無く足の速かった一発が目前に迫る。
同時に敵の装甲騎兵の主砲が光った。
「撃ったぞ! 回避! ナツコ、お前だ!」
「え、こっち!?」
カリラとともに遅れていたナツコは、なんとか誘導弾を迎撃しようと弾倉を取り替えていたため反応が一瞬遅れた。
その一瞬は、戦場においてはあってはならない一瞬だった。
ナツコの見開いた目に、75ミリ徹甲弾の砲弾が大きく映る。砲弾はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。じわりじわりと接近してくる砲弾に、ナツコの体は固まってしまい、そして全てを諦めて目をきつく瞑った。
――爆音。
金属の拉げる気味の悪い音とともに、耳を劈く爆音が響いた。
思わず目を瞑り頭を抱え込んだナツコの鼻を、火薬の焦げ臭い香りが刺激した。
「――ああ、私、結局誰の役にも立てなかった――」
「何やってんだナツコ! さっさと後退しろ!」
投げかけられたイスラの声に、ナツコは我に返る。
頭を抱えていた手をほどいて目の前に持ってくる。指を動かしてみると、確かにしっかりと感覚があった。
「あれ、私生きてます?」
「生きてるよ、だから下がれ」
「は、はい!」
イスラの言葉に急いで後退するナツコ。その視線の先、道路の向こう側のT字路正面にそびえるホテルの屋上が光った。続いて爆音。何かがナツコの頭上を超高速で走り抜け、後方でまた爆音。
『四脚装甲騎兵〈バブーン〉、撃破確認』
無線機からは無感情な、事実だけを伝える抑揚の無い声が聞こえてきた。報告通り敵の四脚装甲騎兵は正面装甲を打ち抜かれ、赤黒い煙を上げて大破炎上していた。
『見事です。では残りを仕留められるだけ仕留めましょう。各機、敵の反撃に注意しつつ攻撃』
無線機からいくつか「了解」の声が返り、迫ってきていた敵偵察機に向けて銃弾が放たれる。カリラを守るように前面に出ていた〈ヘッダーン1・アサルト〉とよく似ているが、大きな対空レーダーを装備する〈R3〉――対空能力に特化した突撃機改修型の軽対空機〈ヘッダーン3・アローズ〉――は高い機動能力を活かして近くの建物の外壁へと張り付くと、右手に装備した14.5ミリ機銃と左手に装備した二連装7.7ミリ機銃を敵偵察機へ向けて撃ちまくった。
リルはそれに併せてワイヤを射出して建物へとりつき、そこから急加速して飛行状態へ入ると後退を始めた敵偵察機の脚部を狙撃。転倒した機体へと向けて〈ヘッダーン3・アローズ〉の14.5ミリ機銃が掃射されると重量の軽い偵察機は宙に舞った。
残りの敵偵察機もどこからか飛来した銃弾にコアユニットを打ち抜かれて機能停止。敵機がいなくなったかのように見えたが、後方のホテル屋上から再び爆音。通りの向こう側の建物が爆発すると、またしても無感情な報告が無線機に流れた。
『指揮官機〈ヘリオス12〉撃破確認』
『あら、指揮官機もいたの。ま、この編成ならいてもおかしくないわね。ご苦労様フィーさん。いったん合流しましょう。各機、ホテル前へ来てもらえるかしら』
イスラとリルが了解を返したので、ナツコとカリラも無線機に了解を返した。
ホテル前へ向かう途中、カリラは近くにいた〈ヘッダーン3・アローズ〉を装備した女性に声をかける。
「先ほどは助けていただいてありがとう。感謝しますわ」
「いえいえ、お構いなく。助けられてよかったです」
「もしかして、私を助けてくれたのもお姉さんですか?」
ナツコはそのおっとりとした口調で話す女性が自分を助けてくれたのかと尋ねたが、女性は首を横に振った。
「いいえ」
「あれ? でも、確かに敵の砲弾が私に向かって飛んできたのを見たんです」
ナツコが首をかしげてあたりを見渡すと、イスラが半笑いで答える。
「飛んでくる敵の砲弾が見えるわけないだろう。寝ぼけてたのさ」
「ええ!? でも確かに砲弾が私に向かってきて――」
「だが、お前の目の前で爆発があったのは見えた。信管が誤動作したのか、それとも――」
「それとも?」
イスラは空を見上げて少し何か考えた様子だったが、直ぐにナツコへ向き直って答える。
「誰かが撃ち落としたのかもな」
「寝ぼけたこと言ってんじゃ無いわよ。対装甲砲を空中で撃ち落とせる訳ないでしょ」
イスラの言葉にリルが反応するも、イスラもそりゃそうだと口にして笑った。
「ええと、じゃあ結局私はどうして助かったのでしょう」
「運がよかったのさ」
イスラがへらへらと笑いながらそう言うと、ナツコは納得いかないながらもそれ以上何も言い返すことはできなかった。
一同がホテル前へと集まると、2機の〈R3〉――高い機動力を有しながら対装甲騎兵用の重砲を運用可能な機体として開発された重装機〈アルデルト〉と、統合軍の最新鋭主力指揮官機〈C19〉――が上階からホテル外壁を足がかりにしながら降りてきた。
指揮官機は一同の目の前に立つとその数を指折り数えてから声をかける。
「無事に合流できて幸いです。まず最初に尋ねますが、あなたたちの指揮官は誰ですか?」
問いかけに、イスラとリルは顔を見合わせて、互いに頷くとイスラが答えた。
「特に決めてない。婦女挺身隊と学徒挺身隊の寄せ集めだ」
「分かりました。ではこれからわたしの指揮下に入っていただきます」
その言葉にリルだけが了解を返すと、指揮官機は一つ咳払いして再び命じた。
「これからわたしの指揮下に入っていただきます。分かったら返事をお願いします」
今度は各々がそれぞれ了解を返し、それに満足した指揮官機はヘルメットを外した。
黒い髪を短く切りそろえた、生真面目そうなきりっとした目つきが印象深い、若い女性が一同を順々に見ていく。
「統合軍所属のタマキです。階級は一応少尉です。短い間かもしれませんがよろしくお願いします」
「あれ、あんた」
タマキの顔を見て、イスラもヘルメットを外す。その顔を見てタマキは目を見開き、そして小さく笑った。
「あら、修理工場の」
「あんた知り合いだったの? っていうか一応少尉ってどういうことよ。しかも指揮官機なのにレーザーブレード装備してるし」
どうにも怪しいタマキの様子にリルは怪訝そうな表情で尋ねたが、タマキは意地悪そうに微笑んでイスラへと視線を向ける。
「さて何故かしら」
「何故だろうね。でも気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
イスラが肩をすくめて答えると、タマキは微笑むのをやめて、姿勢を正して一同の方へと向き直る。
「ではひとまず統合軍の中継基地へ向かいま――」
言葉の途中で、突然タマキの機体を〈アルデルト〉が突き飛ばした。
直後地面に銃弾が跳ね、タマキを突き飛ばした勢いで飛び上がった〈アルデルト〉が右腕部に装備した88ミリ砲の砲身を折りたたんだ状態から展開し、左足で着地すると同時に引き金を引いた。
爆発音とともに紅蓮の炎が砲口から吹き出し、88ミリ砲弾が撃ち出される。砲弾は2キロ先にあった高層マンションの最上階外壁に着弾し爆発する。
「敵偵察機、行動不能。突然押し出して申し訳ありませんでした」
〈アルデルト〉搭乗者が事後報告をすると、タマキは地面に残った銃弾の後を確認してから言葉を返す。
「30ミリ砲みたい。当たらなくて助かったわ。それよりフィーさん、かなり無理な体勢で主砲撃ったようだけれど、腕の損傷は?」
重装機とはいえ、反動の大きい88ミリ砲を撃つとなればそれなりの準備が必要なはずだった。それを片足の先だけ地面についた状態で撃っていたのだから、当然機体にも損傷があっただろうと尋ねたのだが、〈アルデルト〉の搭乗者、フィーは否定した。
「損傷はありません。行動可能です」
報告にタマキは一瞬ぽかんとしたものの、直ぐにヘルメットをかぶり直して、一同に指示を出す。
「わかりました。ここに留まるのは危険なようです。近くに統合軍の臨時基地が設営されていますからそちらへ向かいましょう。陣形は――特に指定しません。とにかく遅れないようについてきてください」
装備も所属もばらばらの面々に正確な指示を与えるのは不可能だと判断してタマキはそれだけ命じて、先頭を進むことになったリルへと基地の位置を伝え、後は走りながらそれぞれに少しずつ指示を出していった。
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