第2話 ハツキ島婦女挺身隊 その①

 ハツキ島中央部から東側へすこし外れた、古くからの町並みの残る旧市街地に一台の軍用車両が入っていく。車両が近づくと、旧市街の一角にある年季の入った〈R3〉修理工場から美しい灰色の髪をした若い女性、店主のイスラ・アスケーグが出迎えた。イスラは長身でスタイルも良く、顔立ちも文句のつけようもないほど整った絶世の美人だった。


 そんなイスラだが油で汚れた作業服のまま、日の落ちる前だというのに片手にウイスキーの瓶をぶら下げているから折角の美貌も台無しで、挙げ句の果てに運転席に座る男へと一瞬視線を送ると、助手席から出てきた女性ににやにやと品のない笑みを浮かべて声をかけた。


「時間通りだな。お久しぶり、新任の少尉さん。今日は彼氏と一緒かい?」

「わざわざ出迎えありがとう。残念ながらあれは兄よ。それより機体の修理はどうかしら?」


 助手席から出てきた、短い黒髪をしたきりっとした目つきの女性。士官学校を卒業したばかりの新任少尉タマキ・ニシはイスラの冷やかしに一切動じることなく応じる。

 タマキはイスラとは正反対の性格で、生真面目そうで真新しい軍服を一切の乱れなく身につけ常に姿勢も正したままであった。


「もちろん終わってるよ。確認していってくれ。カリラ、お客さんだ」


 イスラが声をかけると工場の奥の方から「はい、お姉様!」と声が響く。直ぐに小型の牽引車にひかれて〈R3〉の整備用ハンガーが運ばれてきた。

 牽引車は停まっている軍用車両の近くへと整備用ハンガーを降ろし、運転席から赤みのかかったくすんだ灰色の髪をした女性、イスラの妹であるカリラ・アスケーグが出てくる。

 カリラはイスラより頭一つ分小柄であり、スタイルもいいとは言えず、くすんだ髪色も美しいとは形容しがたかった。顔立ちも姉のイスラと比較するとどうしても劣ってしまう。


「妹さん?」


 そんな姉とは似ても似つかぬカリラを見て、思わずタマキはイスラと見比べてしまう。


「ああ、自慢の妹だよ。整備の腕は一流だ。安心してくれ」


 姉の事を心から尊敬しているカリラは「自慢の妹」と言われたことに大いに満足して、タマキが不思議そうにカリラとイスラの顔を見比べていたことなど気にもせず、上機嫌で機体の説明を始めた。


「修理の依頼をされた機体はこちらですわね。確認をお願いしますわ。装着してテストします?」

「いえ、信用してるわ。修理箇所だけ確認させて」

「どうぞ。こちら、両脚部のサスペンションは完全に取り替えました。右脚部は基礎骨格までダメージが入っていたので念のため一式全交換しましたわ」


 タマキは修理が施されピカピカに輝く脚部装備を一通り確認して、それから全交換された右脚部を指先で軽く撫でてため息をつく。


「やっぱり駄目だったみたいね」

「一体どんな使い方したんだ?」


 問いかけるイスラに、タマキは肩をすくめて答える。


「たぶん初期不良だったのよ」

「なるほど、初期不良ね」


 イスラは同じように肩をすくめて修理が完了したばかりのタマキの〈R3〉、最新鋭指揮官機〈C19〉を眺める。〈C19〉の、しかも最近マイナーチェンジしたばかりの文字通り最新鋭機である。修理を行ったイスラもカリラもそれが初期不良によるものではないと分かっていたが、タマキが初期不良だと言い張るので深く追求することはしなかった。


「機体の整備も済ませてありますから直ぐに動かせますわ。確認が終わったら、受取書にサインを」

「良かったわ。指揮官機の、しかも最新鋭機なんて扱える修理工場は限られていますから、ハツキ島まで出向いた甲斐がありました」


 タマキはカリラから受け取った電子書類にサインをしてそのまま返す。続いて発行された請求書を受信して、金額をちらと見るとそのまま端末を閉じた。


「うちは最新鋭機から超マイナーな〈R3〉まで何でも扱ってるよ。修理が必要になったら是非うちに来てくれ」

「ええ。そうさせて貰うわ。積み込みをお願い」

「お任せ下さい、少尉殿」


 イスラとカリラは軍用車両に搭載されていた装着装置へと、タマキの〈R3〉を積み込む。作業には手慣れていて、ものの数分で積み込みが終わった。


「ご苦労様。良い仕事ぶりだったわ。軍の整備士にも見習って欲しいくらい」

「それはどうも。ああ、折角ハツキ島まで来てくれたんだ、おまけで新品の武装積み込んでおいたよ。好きに使ってくれ」

「ありがたく受け取らせて貰うわ。世話になったわね」

「いやいやこちらこそ。振り込みは今月中に頼むよ」


 イスラの言葉に頷くと、タマキは車両の助手席に乗り込む。軽く手を振ったイスラとカリラにタマキは小さく手を上げて返し、軍用車両は旧市街地を後にした。




「なーにが初期不良ですか。一体どのような無茶な使い方をしたら〈C19〉の基礎骨格痛めるのかご教授頂きたいものですわ! 〈R3〉を何だと思っているのかしら!」


 軍用車両が見えなくなると息を荒げてタマキの操縦を非難するカリラ。イスラは手にしていたウイスキーを一口飲んでから、そんなカリラをなだめるように返す。


「まあまあ良いじゃないか。死なない程度に機体を壊してくれたらうちとしては良い商売だ」

「ですがお姉様! あんな使われ方をしたら〈R3〉が可哀想です!」


 尚も息巻くカリラの肩に、イスラは優しく手を置く。


「そうかも知れんが、お前だって〈C19〉をいじれて喜んでたじゃないか」

「それは……そうですが……」

「それにあの少尉さんは上客だよ。普通、士官学校出たばかりのド新人に〈C19〉なんて配備されない。相当優秀か、特別な家系か――。運転席に座ってた兄を見たか? あっちは少佐の階級章をしてた。軍人のエリート家系なのさ。媚びを売っといて損はない」

「流石お姉様。そこまで見ていたのですね」


 短期間でそこまで見抜いていた姉に対してカリラは感嘆の声を上げるが、それも束の間イスラがおまけと称して積み込んだ武装を思い出して表情を歪めた。


「ですがお姉様、でしたらあのおまけはまずかったのでは……?」

「かもな。だが案外気に入ってくれるかも知れん。やんちゃな少尉さんにはぴったりさ」




 トトミ惑星トトミ中央大陸へと戻るためハツキ港を目指す軍用車両の中で、士官学校を卒業したばかりの新任少尉タマキ・ニシは手元の端末を操作して〈C19〉の修理請求書を眺めていた。


「どうした? 請求額が不満だったか?」


 運転席に座るタマキの兄、カサネが声をかけると、じとっとした目で請求書を睨んでいたタマキが応じる。


「いいえ、請求額は妥当よ。むしろ短期間で完全に修理して貰えて追加で支払いたいくらい」

「ならどうしてそんなむくれているんだ?」


 兄の言葉にいらだちを隠せず、タマキは端末を乱暴にダッシュボードへ投げる。


「信じられる? あの修理屋、おまけでレーザーブレードつけたのよ。一体何処の世界に士官に近接戦闘装備おまけする修理屋がいるのよ! おかしいでしょ!」


 タマキは怒りを露わにするが、そんな不機嫌な妹をみてカサネは笑い声をあげる。


「何がおかしいの」

「そりゃお前、確かに士官にレーザーブレードなんて不似合いだろうけど、慣し運転で新品の〈R3〉大破させたお転婆にはお似合いじゃないか」

「誰がお転婆ですって?」

「おい、運転中だ」


 タマキがカサネへ肘撃ちしたせいで軍用車両は一瞬中央車線を踏み越えたが、直ぐに元の車線へ戻る。しかし車両のスピーカーからはけたたましい警報音が響いた。


「なにこれ、どうしたの?」


 突然警報音を発した車両に、自分のせいではないと信じながらも不安そうにメインコンソールを確認するタマキ。


「非常警報か? にしたって休暇中の、しかもトトミ星の所属でもない俺たちにまで何の用だ?」


 運転中の兄に変わり警報の内容を確かめるタマキ。ハツキ島指令部が発信元のその警報について表示させると、その内容に息を呑んだ。


「宙族がトトミ星に強行着陸しようとしてるみたい。降下予想地点は――ハツキ島東岸部」

「本当か? よりによってどうしてハツキ島に――」

「宙族の考えることなんか分かりっこないでしょ。よっと」

「おいタマキ、何処へ行く」


 シートベルトを外して助手席から荷室へと移動しようとするタマキをカサネは呼び止める。


「お兄ちゃんはハツキ島指令部でしょ? わたしは現地所属の自治組織に避難指示を出してくるわ。使いっ走りは新人の仕事でしょ」

「おいおい待てって。お前修理終わった〈C19〉乗り回したいだけだろ」

「分かってるなら好きにさせてよ。正式な命令が下ったらそっちに従うわ。いいでしょ、お兄ちゃん?」


 少佐と少尉で階級上はカサネの方が圧倒的に上の立場であったが、兄と妹の関係において、この二人の場合命令するのはいつも妹の仕事であった。


「退去命令が出たら帰ってこいよ。それと無茶しないように」

「分かってる。ありがとうお兄ちゃん、大好きよ。それじゃあ行ってくるわ」


 テンプレ以上の価値はない礼を述べるとタマキは軍用車両の後部荷室へ転がり込み、装着装置に飛び乗った。

 士官用端末をかざして個人認証をすると〈C19〉を装着する。指揮能力に特化し、各種電子装備の充実した指揮官機。同世代の突撃機10機分以上の製造コストがかかるものの分隊・小隊指揮にはなくてはならない機体だ。最新鋭ということもあり流線形のフォルムで生物的なデザインであった。


 タマキは軍用車両に積んであった装備の中から、敵の先行偵察部隊との戦闘を考慮して取り回しのきく武装を選択していく。偵察機はもちろん高速の突撃機や高機動機との戦闘の可能性があったため主武装は突撃機相手でも通用する12.7ミリ機銃を選択。その他汎用投射機に滞空偵察機、カートリッジ式の煙幕弾、対装甲ロケット、小型迎撃ミサイル、個人防衛火器として短機関銃を装備。

 全ての装備が整い出撃待機状態になったところで、タマキは装備一覧の一番下にあった見慣れぬ武装に目をとめた。


「――せっかくだし、持って行こうかな」


 指揮官機に搭載されることはまずないレーザーブレードを後部のハードポイントへと装備させて、後はバックパックに詰めるだけのエネルギーパックと食料・飲料水を積み込んだ。


「タマキ・ニシ出撃します」


 後部ハッチが開くとタマキは装着装置から勢いよく飛び出し片足で道路を蹴って飛び上がり、両足で着地。そのまま機動走行状態でハツキ島メインストリートを駆け抜けた。

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