冷やし中華お待たせしました!
来宮 奉
ハツキ島婦女挺身隊
第1話 冷やし中華お待たせしました!
遠くの方から大きな爆発音が響く。南の空を一条の光の柱が薙いだ。
しばらくすると振動が伝わり建物が揺れた。ナツコは体を縮める。
惑星最大の島、ハツキ島の中央市街地。そのはずれにある小さなブティック店の傍らで、ナツコは座り込み、震えていた。
恐怖と緊張で心臓は今にも張り裂けそうなのに、ナツコの体を覆う機動装甲骨格――通称〈
膝の間に抱え込んでいた顔を上げると、今度は二つ、大きな爆発音が響いて、ブティックのガラスが音を立てて揺れた。
(どうして、こんなことになってしまったのでしょうか……)
「冷やし中華お待たせしました!」
ハツキ島の孤児院出身のナツコは、孤児院のつてで地元の中華料理店に雇い入れられた。
できる限りのことはしたいと、前時代の文献調査を行い、あやふやに言い伝えられていた『冷やし中華』の本当のレシピを再発見。以降、ナツコの働く中華料理店『モンゴル帝国』では、前時代そのままの『冷やし中華』を提供する唯一の店として、『冷やし中華お待たせしました!(4000年ぶりの再発見!)』と銘打って、本来の冷やし中華の食べられる店として売り上げを大きく伸ばしていた。
これまで冷やし中華だと言い伝えられていた物を一度否定し、文献を元に再現された『冷やし中華』は、そば粉と玉子を練り込んだ細麺をゆであげた後に氷水で冷やし、金平ごぼう、ほうれん草のごま和え、蒸かした芋、焼きナス、冷やしレタス、モールブーチのペーストをトッピングし、さっぱりした冷たい鶏ガラスープをかけて食す。最も肝心なのは傍らに添えられたメロンで、この組み合わせを発見するのにナツコは二月を要していた。
しかし発売当初から1年以上は大繁盛が続いた冷やし中華も、次第に客に飽きられたのか、すっかり夏も終わった9月中頃になって売り上げは大幅に減少していた。
「すまんなナツコちゃん。うちの他のメニューがぱっとしないばっかりに」
「いえ、そんなことはないですよ! 大将の作る中華料理はどれもとっても美味しいです! パエリアもスパゲッティも、皆さん喜んでくれていますよ!」
ナツコは励ますが、大将の顔はぱっとしない。
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。最近戦争も負けが続いてこの辺もめっきり景気が悪くなっちまった。実を言うとな、ナツコちゃんの給料も、満足に支払えないかも知れないんだ」
「そ、そんなにお店の財務は困窮していたのですか!?」
ナツコは驚くが、無理も無いことだった。
全宇宙を巻き込んで行われた戦争が終結し、統合人類政府が樹立されたのが20年前。
100年以上続けられた戦争によって両陣営共に疲弊しており、戦後のどさくさに軍艦を奪い、通商破壊を繰り返す宙族に対してまともな対策も打てなかった。
統合人類政府が拠点惑星の防衛に注力している間に宙族勢力は力を蓄え、かつての小国ズナン帝国皇帝の子孫を名乗るズナン6世を担ぎ上げて、独立国家ズナン帝国の樹立を宣言。即座に統合人類政府に対して宣戦を布告した。
当初こそ統合人類政府は善戦していたが、終戦後の長きにわたる軍縮によって軍事力は大幅に低下していた。既にどちらの陣営も軍艦の新規建造を行う生産能力を失っていたため、前大戦の際には主戦場だった宇宙空間はすっかり静かになり、初戦で両陣営とも華々しく宇宙戦艦や巡洋艦をスペースデブリに変えた後は、わずかな工業生産能力と惑星の産み出すエネルギー資源を巡っての地上戦が主となっていた。
軍縮を続けていた統合人類政府はこの主戦場の変遷に対応できず、強襲艇で宇宙空間から地上部隊を惑星に降下させていくズナン帝国軍に、次々と外縁地域の星系を奪われていた。
そんな政府存亡の危機に遭って景気が良いのは軍需企業だけで、その軍需企業ですらようやく重い腰を上げた政府の要望に応えるべく多忙の日々を過ごしていたため、地方惑星の小さな飲食店の売り上げが良くなる訳も無かった。むしろナツコの『冷やし中華』の再発明によって、奇跡的にここまで持ちこたえていたのだ。
「ああ、実を言うとな。昼飯時だってのにこの状態だから、当然っちゃあ当然かもな」
冷やし中華を食べ終わり勘定を済ませた男性が店を後にすると、店内には大将とナツコの2人きりとなってしまった。
「で、でも――お店は、つぶれませんよね?」
「つぶしたくは無いが、どうなるかは分からん――そんな顔しないでくれ。俺だって、この店を失うのは嫌だ」
ナツコは2年近く世話になった店に愛着がわいていたし、大将とは孤児院時代からの知り合いで、小さい頃からよく遊び相手になって貰っていた。だから、どうしても、この店にはなくなって欲しくはなかった。
――もし、自分がいることで、お店がつぶれてしまうなら――
「やめてくれなんて言わないよ。ただ、勤務時間はどうしても少なくなっちまう。この不景気じゃあ新しく仕事を見つけようったって難しいだろう。そこで、丁度いいもんがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
そう言って大将が差し出した冊子をナツコはのぞき込む。
「ハツキ島婦女挺身隊? ですか」
「ああ。挺身隊っつったって軍人になるって訳じゃ無い。ただ一通り機動装甲骨格――〈R3〉だったか――の訓練を受けて、あとは定期的に軽い講習を受けるだけで、毎月俸給が支払われるらしい」
「わあ! それは素敵ですね! で、でも、もし何かあったときは――」
「そりゃあ災害や事故があったときは動員されるが、本職が来るまでの短い間さ。主任をやってるばあさんの話じゃあ、去年なんか台風の時に土嚢積みにかり出されただけだったそうだ」
「それなら私でも――あれ、でも待ってください。今って戦争中ですよね――もしズナン帝国がハツキに攻めてきたら……」
「それこそ心配は無い。何しろこの惑星は、統合人類政府の定めた防衛ラインの内側にあるんだ。ここまで敵が攻めてくるなんてことは絶対に無いぞ!」
「わあ! 確かにそうでした!」
「本当は身元のしっかりした、教育レベルの高い人間しか資格がないそうなんだが、うまいことナツコちゃんが入隊できるように話を合わせておいた。後は、ナツコちゃんのやる気次第だ」
「大将、何から何までありがとうございます! 私、このお店を守るためにも、婦女挺身隊に入隊します!」
「ナツコちゃんならそう言ってくれると思ってたぜ。何、店の方はこっちでうまいことやってやるさ。早速明日からだが、ナツコちゃんは訓練に集中してくれ」
「はい、任せてください!」
ナツコは元気いっぱいに返事をして、大将から婦女挺身隊の冊子を受け取った。
きっと皆が幸せになれる。このときのナツコは、そう信じていた。
古びた――と言うのには古すぎるハツキ島婦女挺身隊の詰め所で、ナツコは先任の隊員から機動装甲骨格〈R3〉の説明を受ける。
先の大戦の終盤に登場したこの新型の装甲服は、艦船同士が宇宙空間でミサイルやレーザーを撃ち合う戦いにおいては全く出番が無かったが、地上戦が主となったズナン帝国との戦争では主戦力となっている。
着用者の運動能力を強化し、不整地だろうと軍用車並みの速度で走ることが出来るのはもちろん、地上20メートルから降下したとしても脚部パーツはその衝撃を吸収し着用者はかすり傷一つ負わない。
重機関銃はもちろん、機種によっては機関砲、更に重装備が可能な物では対装甲砲を搭載可能で、歩兵1人が戦場で果たす役割を大幅に上昇させ、対空戦闘に特化した型が一機でも存在すると、その空域に敵はヘリや低速な飛行機を飛ばせなくなった。
元々は宇宙艦船の建造を行う作業員の効率上昇のために作られたもので、兵器としてだけではなく、災害時や大きな事故の際にも重宝される。
ハツキ島の婦女挺身隊では、主に災害時や事故対応のためにこの〈R3〉を使用していた。成人男性が2人がかりで運んでいた土嚢を片手で悠々と運べ、火災現場や大型車両の事故現場でも、着用者の身を守りながら安全に要救助者を救助可能であるからだ。
説明を受け終わると
身長・体重・各種必要な箇所の採寸を行い、翌日、ナツコ向けに調整の施された〈R3〉〈ヘッダーン1・アサルト〉を受け取った。
元々大手軍需産業の下請けメーカーだったヘッダーン社が独自開発を行い、〈R3〉のデファクトスタンダードとしての地位を築き上げた名機である。〈ヘッダーン4〉が運用されている現在では型落ちも型落ちだが、大量に生産され正規軍を初め各地自治軍に配給がなされたため、その放出品が今でも多数市場に流れている。
装着は専用の装着装置があれば十数秒で完了する。
初日は歩き方から初め、走り方、ジャンプ及び着地の方法、機動ホイールを使った機動走行の方法、と段々難易度が上がっていき、最終的には旧式の機銃に練習弾を詰めての射撃訓練も行われた。
訓練の間に座学もはさみ、婦女挺身隊の命令系統や組織の運営状況などの説明を受けたり、各種武装についても知識だけは教え込まれた。
そんなこんなで通常1ヶ月で終わる訓練を2ヶ月かけて無事終了させたナツコは、先任の隊員からハツキ島婦女挺身隊の隊員証を授与された。
ハツキ島の象徴であるツバキの花をモチーフにした隊員証を受け取って、ナツコは自分を育ててくれたハツキ島のために働けると心から喜んだ。
受領したその足でナツコは大将の元へと向かう。
引き戸を開けると、夕食時とあって店には3組の客が居た。
しかし大将は入ってきたナツコに気がつくと、厨房から飛び出した。
「きいたよナツコちゃん! 無事訓練を終えたそうじゃないか。いやあ、普通は1ヶ月で終わるってきいてたんだが、2ヶ月経っても終わってない様子だったから駄目なんじゃ無いかとも思ったが、大丈夫だったようだな。良かった良かった!」
「えへへ。〈R3〉の教官の方に、ナツコちゃんは教え甲斐があって良いって褒められちゃいました」
「そうかそうか。そうだよなあ。ナツコちゃん。ここに来たときも、最初は包丁すら持てなかったもんなあ。おお、それが隊員証か。かっこいいじゃないか」
「はい! ハツキ島の象徴、ツバキの花です! 私、ハツキ島を守るために精一杯頑張ります!」
「そうか、これからはナツコちゃんがハツキ島を守っていくんだな。よろしく頼むぞ」
「はい、任せてください! 台風が来ても地震が起こっても、もしズナン帝国が攻めてきたとしても、私が皆を守って見せます!」
ナツコは胸を張って、ぴっと敬礼の姿勢を決めた。
大将が「いよっ!」と声をかけると、料理を待っていた客達もナツコの婦女挺身隊入隊を祝って手を叩き声をかける。
ナツコはハツキ島のために働くことが出来ることが嬉しくて、その後も知り合いの元を尋ねて回って隊員証を見せびらかした。
翌日、早速ナツコの口座に準備金として俸給が振り込まれた。
装備は既に用意されているので、準備金とは名ばかりで訓練期間中の俸給がまとめて支払われただけであったが、通常より長い期間訓練を受けていたナツコには多額の準備金が振り込まれていた。
想像していたよりも多いその金額に驚いたが、ナツコは直ぐに全額を引き落とし、市街地中心部にある洋菓子屋に向かう。
ほんわかとした雰囲気の女店主にナツコは俸給を全て渡し、自分を育ててくれた孤児院にケーキを届けるように頼む。
女店主は快くナツコの申し出を受け入れて、店を閉めてケーキを作り始めた。
ナツコはその日は休日のためしばらく町を散策していたが、ケーキを届けるよう指定した時間に近づくと、郊外にある孤児院へ向かった。
植え込みから頭だけ出して、こっそりと孤児院の様子を観察する。孤児院には4歳から17歳までの子供達が20人ほどいて、院長先生とその奥さんの二人に育てられていた。
ナツコの視界の向こうは食堂で、子供達がおやつの時間になるとここに集まってくる。
小さな焼き菓子だったり、チョコレート一欠片だったり、あまり裕福とは言えない孤児院のためおやつはいつも質素だったが、それでも毎日楽しみにしていたのを覚えている。
子供達が集まった食堂に大きなケーキが運ばれてくると、小さな子供達は大きな声を上げて喜んだ。卒院の近い子供達も笑顔を浮かべて、大きい子供同士でなにやら話し合っている。
ナツコは昔を思い出す。
小さい頃は、おやつの時間に突然やってくる大きなケーキにただただ喜んでいた。
でも大きくなると、こんなケーキが突然どこからか沸いて出てくるはずはないと分かって、となると誰が送ってくれたのだろうかと考えてしまう。
院長先生も奥さんも、毎日の子供達の世話に手一杯で、孤児院の経営もギリギリだからケーキを買う余裕なんて無いはずだ。だとしたら外の誰か。――誰かと言っても、こんなへんぴな場所にある孤児院に、わざわざ贈り物をする人なんて限られている。孤児院の卒院生に違いなかった。
15を数える頃にはそのことに気づいていて、今回は一体誰が贈ってくれたのだろうと、大きい子同士で話し合っていた。
こうして自分が贈る側になれたことが、ナツコは嬉しかった。
子供達の笑顔を見ることが出来て満足すると同時に、これから中華料理店の店員としてだけではなく、婦女挺身隊の一員としてもできる限り頑張っていこうと固い決意を抱く。
「一緒に食べたら良かったじゃないか」
「大将、いたんですか――あれ、お店は?」
「細かいこたあいいじゃねえか」
いつの間にか背後にいた大将にナツコは驚きながらも、今頃放り出されているだろう店の心配をする。
「ナツコちゃんが来てくれたら皆喜ぶぞ。こそこそする必要なんてないだろう」
「そうかもしれないですけど、なんだか恥ずかしいです」
「全く、大きくなっても相変わらず照れ屋だなあ。こんな時くらい、堂々としていたって罰は当たらねえもんさ」
大将は大きく口を開けて笑う。ナツコはそんな大将の顔を見つめて、小さく呟く。
「私、大将が私の17の誕生日にケーキを買ってくれたこと知ってますよ」
その言葉で大将は耳まで真っ赤に染めて視線を逸らした。
「誰だ――一体誰が喋りやがった――」
「それは秘密です。それよりお店戻りましょう。お客さんが少ないからって、夕食時くらいは開けておかないと――」
しかしそのとき、聞き慣れないサイレンがけたたましく鳴り響いた。
街頭に設置されているデジタルサイネージも表示を切り替えて、緊急事態を告知している。
「な、なんでしょう、一体」
「わからん。長いことハツキに住んでるが、こんなのは初めてだ」
やがて、サイレンが小さくなったかと思うと、公共放送から慌てた女性の声が響いた。
『こちらは、ハツキ島、区役所――区役所よりお知らせします。緊急放送です。ただいま、ハツキ島上空の、宙域にズナン帝国の強襲揚陸艇が多数出現しています――軍が応戦していますが、ハツキ島への強襲上陸が予想されます。ハツキ島全域に緊急避難勧告が発令されました。島民の皆さんは、定められた避難所へ直ちに移動してください。各自治組織の組合員は、直ちにクラスAの行動をとってください。繰り返します、これは緊急放送です――――』
繰り返される緊急放送に、ナツコと大将は顔を見合わせた。
「ズナン帝国の強襲揚陸艇って……」
「まさか、こんなとこまで来るとは……」
一瞬言葉を失ったが、直ぐにナツコは決意した。
「私、行かないと! クラスAの緊急事態です。直ぐに詰め所へ向かいます!」
走り出そうとするナツコの手を、大将は思わず掴む。
「待てナツコちゃん。昨日はああ言ったが、これから始まるのは戦争だ。巻き込まれたら、ただじゃすまないぞ。こんな事態、誰も想定しちゃいなかった。ナツコちゃんが逃げたって誰もとがめたりするもんか。一緒に避難しよう」
大将はナツコの目を真っ直ぐに見据えて説得するが、ナツコは首を横に振った。
「いえ、大将。私、初めて頂いた俸給で皆の笑顔が見られて、とても嬉しかったんです。それに、身寄りの無い私がここまで大きくなれたのは、ハツキ島の皆のおかげです。だから、今度は私が、ハツキ島の皆に恩返しする番なんです! どうしても行かないと駄目なんです!」
「ナツコちゃん……」
大将は再び声をかけようとしたが、ナツコの決意のこもった真っ直ぐな瞳を見て、覚悟を決めた。
「分かった。行ってやってくれ。ただし、無茶はするなよ」
「はい、任せてください!」
ナツコは姿勢を正してぴっと敬礼した。
「ああ、任せた。俺は孤児院の連中の避難を手助けするよ。じゃあ、また会おうな」
「はいきっと――いえ、絶対また会いましょう」
ナツコは大将に別れを告げると、全力で走り始めた。目指す場所は婦女挺身隊の詰め所。
孤児院から市街地にある詰め所まで辿り着く頃にはナツコの息は上がっていたが、それでも勢いよく詰め所の扉を開ける。
「ナツコ・ハツキ、ただいま出頭しました!」
元気よく声を張り上げて詰め所に入るが、そこには誰もいなかった。この地区だけでも婦女挺身隊には12名所属していたはずだ。未だ誰も招集に応じていないのはどこか違和感があった。
しかし、部屋の中央に置かれたチラシの紙に書かれた文字を見て、ナツコは納得する。
「『すいません、家族と避難するので後は任せます』――ってこれ隊長……」
隊長だけでは無く、そのチラシには他の隊員も名前を連ねていて、未だ名前を書いていないのはナツコだけであった。
「皆さん、何故――――い、いえ、それでも、それでも私は逃げません! 皆のために戦うって決めたんです!」
ナツコの覚悟は固かった。
個人認識票をかざして奥の部屋へ移動すると、〈R3〉の装着装置に飛び乗る。
個人認証を済ませ装備の確認をすると、装着装置が次々とナツコの体へと〈ヘッダーン1・アサルト〉を装着していった。
銃弾を跳ね返す強力な装甲。不整地だろうが力強く走り抜ける脚部パーツ。強力な武装を装備できる腕部パーツ。初期に開発された〈R3〉らしい角張ったフォルムながら、無駄の少ない実用的なデザインを兼ね備えた機体である。
腰の位置にあるカートリッジにエネルギーパックが差し込まれると〈ヘッダーン1・アサルト〉が起動状態となり、装着したヘルメットのディスプレイにセルフチェックの情報が表示される。
セルフチェックを終えると、追加装備の選択を促す表示がされた。
いつもなら訓練用の装備を選択するところだが、これから始まるのは戦争だ。出来ることなら戦いたくは無いが戦場に非武装で突入するわけにも行かない。
ナツコは射撃訓練こそ受けていたが装備を自分で選んだことは無かった。一応形だけ受けた講習の記憶を頼りに、主武装として6.5ミリ機銃を選択し、左腕部に汎用射出機。バックパックにカートリッジ式の煙幕弾とグレネード、更に滞空偵察機と予備のエネルギーパックを二つ積み込んだ。
そして背中には負傷者を搭乗させられる個人用担架を装備。人員救助を主目的とする婦女挺身隊にとっては、機体と同じくらい大切な装備だ。
「ハツキ島婦女挺身隊、ナツコ・ハツキ、出撃します!」
武装のチェックが終えると、つま先に力を入れる。
装着装置のカタパルトが作動し、ナツコは勢いよく射出された。
「あ、まっず――」
裏門を開けないでそのまま発進したため、射出された機体はそのままの勢いで木の壁を突き破り表へ飛び出す。
ディスプレイには損傷無し・作戦続行可能の文字が表示されるが、問題はそこでは無い。
「あ、で、でも、皆逃げちゃったみたいだし、大丈夫、だよね……うん、大丈夫! 今はともかく――」
視線を動かし、ディスプレイにハツキ島中心市街地の地図を表示させる。
緊急時の行動は、定められた集合地点に集まり上官の指示に従うこと――だが上官が根こそぎ逃げてしまったのでそれは出来ない。
直属上官の指示が仰げない場合は、更に上の指示を仰ぐことになっている。
生憎自分の地域の隊員はいなくなってしまったが、ハツキ島中心地区には他にも婦女挺身隊が存在している。そちらに出頭すればきっと指示が貰えるはずだ。
そう信じて、ナツコは市街地中心部にある別の婦女挺身隊詰め所へ向けて走り出す。
両足をつきホイール走行へ切り替えると、機動走行状態になった〈ヘッダーン1・アサルト〉は時速80キロを越えるスピードでハツキ島のメインストリートを駆け抜けた。
ハツキ島の中央市街地。そのはずれにある小さなブティック店の傍らで、ナツコは座り込み、震えていた。
ディスプレイに表示される地図情報と現在位置を幾度か重ね合わせ、ようやく今自分が置かれている状況が理解出来た。
「迷い、ました……」
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