第5話 魔導士遭遇
フェスタスール王国領の西南に位置する、ヴァーユの故郷の森を抜けると、しばらくゴツゴツした岩山と濃厚な霧ばかりが存在する。フェスタスール王国は一つの独立した大陸なのだ。この岩山の連なる味気ない風景の先に海が広がる。その先端から飛び石の様に、無人の小島が二つほど続き、隣国であるダーレスク王国領に入る。しかし、ダーレスク王国から、フェスタスール王国には入る事が出来ない。濃厚な霧、渦を巻く海流…上空にはかなり強い向かい風が吹いている事から、よほど飛翔力に自信のある者以外は無理だとされて、かの国の事を幻の王国と、ダーレスクの者たちは言っていた。位置的に一番フェスタスールに近く、ダーレスク王国の首都、メデテルから遠い海洋都市・ハヌーンの近くまでヴァーユの背に乗って海を渡ったつるぎは、人気の無い林に下ろしてもらうと、二人して服を着替えた。着替えた服(つるぎの場合、学校の制服)を奇麗に畳んで編み込みの袋に押し込むと、携帯食料らしい果物を干した物を取り出し、近くの川の水で柔らかくして食べる。
ヴァーユは、人身に変化して自分用の服を身に付けると、つるぎの側で丸くなってウトウトし始めた。ヴァーユの場合、休息が体力回復に繋がるらしい。
「目と鼻の先だわね、ハヌーンって都は」
海を渡る間にヴァーユに聞いた話を思い出す。海洋都市・ハヌーンは、鉄鉱石、石炭などの鉱物資源の貿易と、魚介類などの漁業が盛んだという事だ。
「ダーレスク王国は、魔法大国でもあるんだよ、ツルギ」
欠伸を一つ二つかみ殺しながら、ヴァーユは教えてくれる。
「……魔法? この世界は魔法まであるの」
ヴァーユはうつらうつらしながら、コクンと頷いた。
「うん。魔法とはね、地上の物質を構成する元素、地・水・火・空気の四大エレメンツと天上界や地界を構成する元素、エーテルの力を借りる事を言うんだ。僕たち聖獣が使う力はエレメンツの方の力かなぁ。人間の魔術師もそう。妖精や精霊なども、それぞれが司るエレメンツの力を使う。聖霊や邪霊などはエーテルなんだ」
話しているうちに目が覚めてきたのか、言葉使いがしっかりしてきた。
「それでね、人間の中には力の強い魔力を持っている者もいて、四大エレメンツを掛け合わせ、疑似生命体を作るらしいんだ」
つるぎは、少し考え込む。
「……フラスコの中で、人間の精子と血を使ってつくり出すと言われるホムンクルスの様なモノ? でも、あれは……フラスコの中から出る事は出来ないと何かの本で読んだなぁ」
ヴァーユは小さく笑った。
「錬金術の事を言っているんだね? 確かに肉体を持たせるために精子は使うけれど、僕が言っているのは人間の精子を使うわけじゃない。アレはそんな生易しいモノじゃないよ。人間の肉体ではエレメンツがつくり出した生命が収まりきらないんだ。だから、それらが耐えうる肉体を手に入れるため、聖霊や邪霊と交渉し、カレラから精子を入手するんだ」
つるぎは、自分の世界の本の知識は、全てが嘘ではないなという事実に、半ば呆れながら、納得する。まだ、理解の許容範囲内だと思った。
「聖霊や邪霊にそう簡単に交渉出来るわけ?なんか、交換条件とかあったりして」
ヴァーユはコクンと頷くと、顔を顰めた。
「度胸試しだったり、交渉相手の欲しがるものを手に入れるために旅をしたりするんだけど、時々意地悪なやつもいて、生け贄を要求したりするんだ。だから、よっぽどの事がないかぎりソレを作ろうとはしないんだけど……魔術師とか、魔導師って力自慢するの好きなやつっているし」
「見栄っ張りなんだ」
「そうそう」
つるぎは、フンフンと頷きながら、ちょっと嫌な予感がした。前方からモクモクと黒煙が立ち登っている。
「まさか、とは思うけど、そうやって作り出された生き物って、勿論、人畜無害なんでしょ?」
ヴァーユは深い溜め息をついた。
「疑似とはいえ、命だもの。おまけに個々の意思ってのも持っているし。ホムンクルス程度だったら問題ないんだけど、カレラは媒体自体が魔力を帯びているでしょ? 全ての魔法を操るから、厄介なんだ」
「……人畜災害ってやつね。力に傘着てるやつが多いのかぁ」
つるぎの言いように、苦笑しながら頷いた。
「町一つ破壊した奴もいるって聞いた事があるよ。魔法がそう珍しくない都では、それに付随する事故も頻繁に起こっていると言うし、あの煙がその事故の物かどうか判らないけど、煙に奇妙な配合のエレメンツが含まれているから、魔力のかかった事故とも言えるかもしれない」
つるぎは一つ欠伸をして、背伸びをする。
「すっごい、物騒なんだぁ」
「その割には、あまり怖がっていませんね?」
「そう見える? ……実際そうかも。だって、実感わかないんだもーん!」
そよそよとそよぐ風を心地よく感じながら、ゴロンと寝っ転がった。
「わたしの居た世界ってさ、そういうのは想像上の物だったから、魔法なんて想像出来ないなぁ。魔法って、どういう事が出来て、どういう事が出来ないかも知らないし。だから、気楽に考えられるのかもしれない」
そう言って、ヴァーユを見る。
「まだ、眠い?」
ヴァーユが釣られて頷くと、つるぎはニッと笑って勢い良く起き上がると、ヴァーユに背を見せて屈んだ。
「えっ?」
「ちょっとの間、背負ってあげる」
ちょっと戸惑う様子を見せるヴァーユに、背を向けたまま、手で招いた。
「ほらほらっ! ……なぁに、遠慮しているの? ……大丈夫、ヴァーユって、軽そうだから、わたしでも平気だってっ!」
そういってオンブの恰好で、構えた。その時、赤い光が凄い轟音をたてて横を低空飛行で横切って行った。二人が思わずのけぞった時に、黒い固まりが赤い光を追って、横切っていく。
砂ぼこりが咳き込むほど舞い、突風に煽られて木の葉が散った。
「……い、今の?」
咳き込みながらつるぎが聞くと、ヴァーユは苦笑しながら頷いた。
「はい。多分……製作者である魔術師と、制作物である魔人の追いかけっこでしょう」
再びつるぎは背を見せて屈んだ。ヴァーユは観念してつるぎにおぶさると、つるぎは背負ったまま歩きだす。
「今日はあの町で休んでいこう。……字が読めないから、宿の印を見つけたら教えてね。……あっ…と、それから、お金の使い方もね。ヴァーユの家で貰ったのはいいけど、お金の基準がちょっと判らないから。……ヴァーユ?」
答える代わりに背中から、小さな寝息が聞こえてきた。つるぎは可笑しそうに小さく笑うと、町に付くまで寝かすつもりで、林の果てを目指し、ひたすら真っ直ぐ歩きだす。
つるぎたちは気付かなかったが、二人を見ている者が居た。興味深そうに眺めてほくそえんだ者が一人、枝に腰を掛け座っていたのいだ。
「……見間違えでなければ、あれは“レーニェの石”だ」
黒いズルズルとしたローブに身を包み、手には魔法の媒介である先にこぶしほどの大きさの玉が付いた杖を持っていた。
「しかし、闇に近い漆黒の髪と瞳とは、珍しい」
ククッと笑い、音もなく地へ舞い降りる。
「剣士には見えなかった。かといって同業者とも思えない。……拾い物だ」
さきほど二人の横をすり抜けた魔術師だった。気配を消し、ふと、未練がましそうに背後を振り返る。
「シャイナの奴……。まあ、いい。一時の自由を与えてやる。主人を裏切るとどういう事になるか、思い知らせてやろう」
そう独りごちると、本格的に二人をつけだしたのだ。
「黒髪に黒曜石の瞳の少女と、水色の髪の子供の二人連れだ」
「……どこの国から来たのだろう。黒髪の人間の住む国があるなんて聞いたことがない」
サクサク、ヴァーユを背負って歩いていると、そういう会話が耳に入ってきた。時々、チラチラ視線が向けられる。あまりひどいので、大きめのスカーフを二枚、出店で買い、頭に巻き付けてからは、そういう会話もぐぐっと減った。
(……物騒かも……)
先行きに不安を感じながら、近くの広場に立ち寄り、木の下に腰を下ろした。町に入ってからのすれ違う人々の反応を思い出し、ため息をつく。
そんな時、声をかけられた。白いローブをすっぽりと頭まで被った、まだ若い男だ。
「あのう……。お困りの様ですね」
「…………」
顔を上げると、のほほんとした声が降ってきた。
「わたしでよければ、その理由を話していただけませんか?」
つるぎは少し考えて、腕の中で眠っているヴァーユを見た。ヴァーユはというと、まだ目覚める様子も無く、かといって起こして意見を聞こうにも、なんか可哀相な気がする。
「……うん。この町、初めてだから、勝手が判らないってのもあるかな?」
先程は背負って歩いていたが、今は座って木陰で涼んでいるので、膝枕させているのだ。
「こんな所で話すのも何ですし、ちょっとわたしに付き合いませんか?」
「…………うーん」
にっこりと微笑まれ、つるぎは返答に困って考え込む様に首を傾げて見せる。
「わたしの特製の美味しいお菓子を御馳走しますよ?」
つるぎはお菓子と聞いて、興味を持った。
(この世界のお菓子って、どんなのだろう)
「……本当? お菓子、くれるの?」
警戒心が簡単に崩れる。それを返答と受け取ったのだろうか。嬉しそうに何度も頷くと、つるぎの膝の上で気持ち良さそうに眠っているヴァーユを指さした。
「……その子、弟さんですか?わたしが運びましょうか?」
立ち上がってヴァーユを抱き起こそうとしているつるぎにその男は提案したが、つるぎは首を振って断った。
「すっごく軽いの。だから、大丈夫」
どうにか背負うのを手伝って貰って立ち上がると、思ったより背の高い、その男を見た。
「で、どこいくの?」
「わたしの家へ、まず来て下さい。泊まる所をまだ決めていないのでしょう?」
そう言って、歩きだした。持ってきた荷物は、その男の手の中にある。
「…………あっ」
急に男は一度背後を振り返った。
「どうかしたの?」
つるぎはつられて男が視線を送った自分の背後を振り返る。
「いいえ、なんにも」
一度、言葉を区切り、にっこりと微笑む。
「気のせいだったようですよ。……ただ、そうですねぇ」
つるぎが首を傾げると、軽く肩を叩いて言った。
「ただ……そう。“黒いコウモリ”が、居たくらいで。別に大した事ではありません」
そう言って、近くを走っていた馬車を拾うとそれに乗り込んだ。
「コウモリ?こんなに明るい場所で?」
つるぎが目を丸くすると男は笑う。
「そう。時々出るんですよ。達の悪いコウモリが。……でも、わたしたちには、関係ない事です」
乗り込んで、馬車が走りだしたのを確認すると、ゆったりと座って頭巾を脱いだ。現れた顔は、何処か愛嬌があった。
「おいたをするようなら、お仕置きが必要ですね」
窓の外を見ながらのんびりと呟く男を見ながら、つるぎは自分が名乗っていないのを思い出した。
「わたし、風間つるぎと言います。“カザマ”でも“ツルギ”でも呼びやすい方で結構です。この子は弟のヴァーユ。……えっと、わたしたち、旅行者です。この町は初めてで……ちょっと勝手が判らなくて、戸惑っていたんです」
何処か態度の固かったつるぎが少し軟化したのを子供のように喜んで、何度も頷きながら、男も名乗った。
「わたしは、この町で白魔術を専門に扱う魔導士です。名をデルチェーシュ=サーと申します。デルチェと呼んで下さいね」
つるぎはニコッと笑い返すと元気良く頷いた。
「はいっ!デルチェさん」
馬車が町の中央を通りすぎ、神殿の側を通って路地を左右曲がりくねりながら奥へ進んでいく。その様子をつるぎは面白そうに窓から覗いていた。抱いているヴァーユは、つるぎの鼓動を子守歌代わりにしているのか、目を覚ます様子は無い。
(……思ったより町らしいんだ)
つるぎにとって異世界で初めて遭遇する都であるハヌーンは中央にダ・ハーイ、右上をゼブラ・トーン、左上をザガール、右下をセ・リアセル、左下をミスナムという風に、円形状に五個の町が固まって形成している。町の集大成が総じてハヌーンという名の都となっているのが面白いと思いながら、人々の顔だちを覗けば、つるぎの生まれた世界の何処かにもありそうな町の風景でちょっとホッとする。もっとも、一昔前のという注釈つきであるが。ちなみに、つるぎたちは、セ・リアセル地区から橋を渡り、ダ・ハーイ地区に入ったばかりだったりする。
向かい合う様に座っているデルチェは、こっくりこっくりと居眠りをしていた。つるぎは視線を外から馬車の内部へ移す。
「……ねっ、あの……」
何度目かの左折の時、つるぎは退屈になって、悪いとは思いながらデルチェに声を掛けかけた。と、つるぎたちが乗っている馬車からそう離れていない場所で雷が落ちた。暫く回りの全てが耳鳴りで聞こえなくなるほど凄まじい音である。
「何よ、これっ!」
居眠りしていたデルチェはハッと顔を上げ、今までに無い様な厳しい表情をした。
馬車を引いていた馬に似た動物が嘶いて棒立ちになり、大きく馬車が揺さぶられる。思わず耳を塞いだ時、馬車のドアが乱暴に開いて、燃えるような髪に褐色の肌の女性が顔を覗かせた。
「何ですっ! 乱暴なっ」
デルチェの抗議をものともせず、真っ直ぐその女性はつるぎを見た。
「あんたっ! 早くお逃げっ! 魔術師マーモンがあんたを狙っているよっ!」
「…………えっ?」
理由が判らなくてきょとんと見返すつるぎを女性は苛立たしげに舌打ちする。
「あんたのその額の物! 大方、そこの白魔導士さんも狙っているんじゃない?」
つるぎはギョッとして、デルチェを見た。
「早くお逃げっ! マーモンはひつこくて陰険だよっ!」
デルチェが慌てて止めようとするのをその女性は突き飛ばす。物凄い力だった。その女性は軽く押しただけなのに、デルチェは馬車の内部の天井に頭を強かに打ち、あっさりと気絶する。
その女性は馬車からつるぎの腕を掴んで強引に引きずり出した。紙一重の差で、その馬車に雷が落ちる。
「きゃあっ! デルチェさんっ!」
悲鳴を上げながら、蒼白でつるぎは叫ぶ。
「シャイナっ! きさまっ……」
そう離れていない前方で、憎々しげに怒鳴る声を、つるぎは聞いた。
「きさまっ! 主人を裏切る気かっ!」
つるぎを背後に庇ったまま、その女性、シャイナは憎々しげな視線をそのマーモンへ向けた。
「例え主人だろうと、あんたのする事は、何でも邪魔してやるっ!」
「……よう言うたっ!」
「言ったがどうしたっ! ちっとも怖くないよっ!」
シャイナとマーモンの怒鳴り合いは続く。
その時、ヴァーユはつるぎの腕の中で目を覚ました。眠そうに目を擦っていたが、ふと顔を顰める。
「ツルギ、どうしたの?」
少し顔色の悪いつるぎに気を使いながら、優しく尋ねた。つるぎは素直に頷く。
「……うん、わたしも良くは判らないんだけど、どうやらわたしの額にある輪っかを狙っているようなのよ」
ヴァーユの問いに考え考えつるぎは答える。
「……ツルギ、やっぱり町は避けようよ。……嫌な気が満ちてる。ツルギにとって、とても良くない環境だよ」
「……どうしてそんな事を言うの? 親切な人もいたのよ。……燃えちゃったかもしれないけど」
目を覚ましたと思ったらそんな事を言いだすヴァーユに、つるぎは首を傾げた。
「だって、風の精霊が言っているもん」
頬を膨らませ、真紅の目を細める。
「……ヴァーユのトコで貰った食料、燃えちゃったのよ? さっき、雷が落ちたの」
つるぎが背後を指さした。そこでは勢い良く燃える馬車がある。先程、一緒に乗ってきたデルチェの安否を気づかいながらも、切実な問題をヴァーユに提示した。
「荷物、燃えちゃったから、お金も無いのよ?」
これからどうしようとズンと暗くなる。
と、今まで罵詈雑言の応酬を交わしていたマーモンが手を空に掲げた。シャイナは逃げられないのか、身体を動かそうともしない。 つるぎは何かとっても嫌な事が起こりそうな気がした。
ふと、空を見た。すると、自分たちに向かって、何かが落ちてくる。つるぎは抱いていヴァーユを抱きしめて固く目を閉じた。その時、別な力の介入があった。
「逃げなさいっ! ツルギっ!」
白い巨大な光球がマーモンに向けて放たれる。放たれた方向へ振り返ると、所々焦げたローブを纏ったデルチェが立っていた。
「で、でも……」
「シャイナ、どけっ!」
「やなこったっ!」
おろおろと辺りを見渡すうちに、何故か悲しくなってきた。何故この様な争いが起こったのだろう。……額に嵌めている輪は、今のつるぎにとって必要な物だ。……無かったら、誰とも会話が出来ないし、これからどうしてよいか判らない。だが、この目の前の争いは、この輪を相手に渡せば無くなるのだ。
どうしてよいか判らなくて途方に暮れるつるぎを見ていたヴァーユは、
「ツルギを苛めるなっ! ……人間なんかっ、大嫌いだっ!」
突然癇癪を起こすと、つるぎの腕の中から抜け出して、全ての音を消す様な高い声を上げた。
ギラギラと底光りする真紅の目を周囲に向け、ヴァーユは本来の姿に戻る。巨大な風蛇龍はつるぎをくわえて自身の背に乗せると、突然の事に呆気にとられているマーモンとデルチェ、シャイナを置いて宙に舞い上がった。そのまま凄まじい突風を起こしながら凄い勢いで空を駆け登る。
「…………」
つるぎはそのままヴァーユにしっかりしがみついて、目を閉じた。
(……お菓子はパスかぁ。ちょっと残念かな? でも、デルチェさん、無事で良かった)
呑気な事を考えながら、フワフワのヴァーユの水色の毛皮に顔を埋める。
(デルチェさんには悪いことしたなぁ。ヴァーユが起こした突風で、埃まみれかも)
温厚そうな様子のデルチェの顔を思い浮かべ、心の中で謝った。
『つ、次の……町、ガメスの手前の森まで、一気に飛ぶ、からねっ!』
半ベソ状態のヴァーユの背を軽く叩きながら「わたしは大丈夫だから、泣かないの」と何度も囁く。
「成るべく果物が沢山なっていそうな場所に下りてね。海辺でもいいよ? 貝とか魚取って食べるから」
つるぎの提案にグズグズ鼻を鳴らしながら頷いた。
『うん、イワナ岬に下りる』
「じゃあ、イワナ岬に下りたら、浜辺で一緒に遊ぼうっ! 貝がら拾いしてアクセサリーとか作っても面白いかもね」
つるぎと遊べると聞いて、機嫌を直したのか元気良く頷く。
『うんっ!遊ぶっ!』
「よしよしっ」
その頃、置いてけぼりを食らったマーモンたちは、ヴァーユたちを見送った後、悔しげな声を上げた。
「……側にいた子供が人間じゃなかったとはっ! くそっ!」
シャイナは、主人の注意力が散じたのを見て、その隙に逃げだした。
「あっ、まてっ! シャイナっ、貴様っ!」
砂ぼこりを上げて、再び中断していた追いかけっこをマーモンとシャイナは始めた。
その場にただ一人取り残されたデルチェは深いため息を付いて空を仰ぐ。
「……やっと見つけたというのに、余計な邪魔が入りましたねぇ」
疲れた様子で、ぽつりと呟く。
「しっかし、五大聖獣の内、もっとも気難しくて有名な風蛇龍があの娘の側に居るとは思っていませんでしたが……どうしましょ?」
デルチェの誰とも知れぬ問い掛けに、猫の鳴き声が答えた。デルチェが声の方へ顔を向けると、黒い猫と銀色の猫が二匹歩み寄ってきて、黒い猫の方がデルチェの足元に擦り寄った。デルチェはその黒猫を抱き上げ、頬ずりする。
「全く、なんで弟であるわたしが、こんなに苦労しなくちゃ成らないんでしょうね?」
ふうっとため息を付いて頭を掻いた。
『それは、連体責任という物だからだよ、魔導士デルチェーシュ=サー』
澄んだ声がデルチェの足元から聞こえた。
藤色の瞳の銀の綺麗な猫だ。その銀色の猫は瞳を細めて毛繕いしながらなおも言った。
『そうしないと、ルナンディ=サーの呪いは解けないよ?』
「ええ、ええ、判っていますとも。わたしもあなた方と一緒にツルギを探しに行きますよ」
銀色の猫は満足そうに口許を嘗めて伸びをした。
「……では、あなたに掛かった呪いはどうしたら解けるのですか?」
銀色の猫は耳の後ろを後足で器用に掻きながら一瞬言葉に詰まったが、素直に白状する。
『……自分で掛けた呪いだからね。わたしの願いが叶わない限り解ける事はない』
掻き終えると、デルチェの足に擦り寄った。
デルチェは空いた腕でその猫を抱き上げると、銀色の猫の喉を指で掻いてやる。
『今はわたしの事より、攫われた妖精国の姫君の事を心配してくれ。彼女しか彼に掛けられた呪いは解けないのだから……』
答えた銀色の猫の声には、物憂げな響きが宿っていた。
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