第6話
週末のあたし達は庭でお茶をする事にしている。今日はテーブルを二つ出して、慧天が持ってくるのは一キロ缶のクッキーが二つと茶葉、あたしが用意するのはシナモン抜きのアップルパイを二つとレモンにミルク、お砂糖だ。お互い独特の匂いが苦手なのよね、シナモンって。まああたしの場合、お母さんが入れない主義だった所為だと思うんだけど。
準備が済んでクッキーを並べて温かい内にパイを切り分けて、取り皿に移す。それからあたしは訊ねた。二年間、訊けなかったこと。今なら、教えてくれるかもしれないこと。
「あのさ、慧天」
「なに? 静紅」
「あの時『先生』に、なんて言われたの?」
飛び降りて、でも即死ではなかったと言う『先生』。
いつもの席について紅茶を一口飲んでから、やっぱりポットで入れるお茶が一番だよね、と笑う。
それから眼を伏せて、呟く。
「『この人殺し』って」
「慧天それは」
「僕はね、静紅の『ヒーロー』になりたかったんだ。だから謎解きもしたし先生も糾弾した。でも待っていたのは血まみれで笑う『先生』だった。自分が人殺しなのか考えると怖くてたまらなかった。みんな僕の事を人殺しだと言ってるんじゃないか。思うとヘッドホンが外せなかった。でも」
「でも?」
「今は、ちょっと、違う」
パイをフォークでぐしぐし潰しながら、あたしは慧天の言葉を待つ。
「人の言葉を、聞いてみようと思う。静紅みたいに僕を気遣ってくれる言葉、保志先生みたいに喝を入れてくれる言葉、警部さんみたいに心配してくれる言葉。色んな言葉を、聴けたから。でもまだ暫くは、これが手放せないかな」
慧天は膝の上のヘッドホンを撫でて、苦く笑う。
「サスペンスドラマはまだ見られないしね」
くすくす笑う慧天は、ぐちゃぐちゃのアップルパイが乗ったあたしのお皿と自分のお皿を取り替える。うまくフォークに乗せて食べるのなんか、器用だな、っと思った。『名探偵』の浮名はまた付きまとうことになったけれど、ヘッドホンもまだ離さないなら、あたしももう少し『ヒーロー』でいよう。マイクも新しく買わなきゃな。もっと範囲の広いものにしよう。その前に、もっと強くならなきゃいけない。まだ三段の空手も、免許皆伝を目指して。『名探偵』の頭脳労働を守る、『ヒーロー』になるんだ。慧天をずっと、ずっと守るんだ。あたしの助けが要らなくなるまでは、ずっと。笑えるようになるまでは。あの時からあたしの『ヒーロー』は慧天だったって、思い出してくれるまでは。
それまでは、『手を取り合って、このまま行こう』だ。
「お、出揃ってるなー」
「保志先生」
「お、お邪魔します」
「えーと……真野君、池谷君、小泉君!」
「池谷は俺! 名前と顔覚えてくれよ、同じクラスなんだぞ一応! 先生からも何か言ってやってくださいよ!」
「俺名前が名前だから生徒に覚えられやすくって、モブの気持ちは解らないんだわー」
「モブ言うな! 墜落してしまえ!」
「良いから冷める前にパイ食べなさいよ。毒は入ってないわよ、毒は。好みでアイスも乗せられるけど」
「毒以外はッ!?」
「友愛と息災かな。あとバターたっぷり」
「うわサクサクうまっ! でもすげえ太りそう! しかし本条にこんな特技があったなんて知らなかった……って言うか料理出来たんだな。なんか出来ないイメージだったわ。むしろ西園が作ってる感じ?」
「アップルパイだけなら世界アップルパイ選手権に出られると自負してるわ」
「……他はさっぱりだからね、静紅」
「慧天! 余計なこと言わない!」
「喋った! 西園が喋った! やっべ録音しとけば良かった! ファンの女子に売れたのに!」
「え、そんなのいるの?」
「いるいる、下級生中心に髪型がミステリアスで格好良いって評判」
「複雑……」
「やきもちか? 本条」
「いやそれはどうだろう……」
その髪切ってるのがあたしだって知れたら、色々面倒くさいことになりそうだなあ。
思いながらあたしはミルクティーを飲む。
うん、やっぱり、茶葉は踊るべきだ。
「ところで今流れてるこの曲誰? って言うか誰の趣味?」
「慧天の趣味。慧天はQUEEN好きだからね。これはTeo Torriatte――『手を取りあって』って言う、日本語が使われてる曲」
「へー! そんなのあるのか、なんか誇らしいな!」
「なんでお前が誇らしいんだよ小泉」
「だから俺は池谷!」
慧天は笑う。ヘッドホンを外したまま。
二年前の事件は、やっと終わったのかもしれなかった。
手を取りあって ぜろ @illness24
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