第2話
大通りに面した学校だったからか、パトカーのサイレンは比較的すぐに聞こえた。入ってくる刑事は六人、一人だけ三十前ぐらいの若い人がいたけれど、その人がリーダーらしく、濃い色の繋ぎみたいな制服を着た鑑識の人や他の刑事さんに指示を出していた。いわゆるキャリアって奴なんだろう。立ち竦んでいたあたし達は早々に現場から追い出され、事情聴取すらされなかった。ドアを開けたら死んでいるのを発見した、時間は見ていなかった、それだけ。子供相手だから何も期待していないんだろうことがひしひしと伝わって来たけれど、ここは学校なんだから、子供が圧倒的に多い。その中で差別をするのは無意味だと思うんだけど、証言出来る事がないのは確かに変わらなかった。ちょっと悔しい。偉そうな人は嫌いだ。
大きな声で喋る刑事さんが何だこれはと慧天のヘッドホンを取り上げようとするのに、あたしは咄嗟にその腕を捻る。大人だって筋を違えたら痛いって言うのは、空手部で習ったことだ。本当はこういう暴力に使っちゃいけないんだろうけれど、こんな強面の中にヘッドホン無しの慧天を突っ込んだら途端に発作を起こすに決まってる。悲鳴を上げる刑事さんに他の刑事さん達が気付くまでの数瞬。そのまま慧天の手を引っ張ってあたし達は走り出した。向かったのは生徒玄関。学内で殺人事件が起きたんだから、あとの授業はないだろう。置き勉してるから教室に鞄も取りに行かなくて良い。と、角を曲がったところでぶつかりそうになったのは担任だった。
保体教師の、
「校長先生が殺されたって話聞いたけど、本当?」
いつも手放さないハードカバーのちょっとボロな本で自分の肩を叩く先生に、あたし達は頷いた。慧天は少しだけヘッドホンをずらす。長谷先生と同年代ぐらい、三〇代後半の保志先生の声は、適度に力が入ってない、いい加減な調子だ。ちょっと高めでフレディにも似てるからか、慧天はなんとかその声を聴くことができるらしかった。漏れ聞こえているのはワン・ビジョン。最後のフライドチキンと言う歌詞の意味が実はいまだによく解っていない。イギリスならフィッシュ&チップスじゃないんだろうか。店によっては死ぬほど不味いって聞くけど、一度は美味しいのと不味いのと食べ比べてみたい。好き嫌いは特にないから、多少なら不味くても食べられるだろうけれど。いつか行こうよ、そう慧天と話したのはいつだったっけ。英語の授業が始まったのは小学四年生からだから、大体その頃かな。もう覚えてなんかないだろうけれど。
「そう言えば慧天、なんで殺されてるって解ったの? 病気か何かで意識を失ってたのとは違ったの?」
訊ねると、慧天はぼそぼそ話し出す。保志先生がいるから、その声はちょっと低めだ。学校全体が徐々に騒がしくなっているから、気を付けないと聞こえない。
「目を、突かれてた」
「目?」
「両目。何か刺されたみたいだった。錐とか鋭利なものじゃなく、もっと鈍い何かで」
「それじゃあどう考えても他殺だわなあ」
「あ」
慧天が慌てたような声を上げる。
「あの人達、校長先生の眼鏡の癖を知らない。親しい人の前で外すの」
「訊いてこなかったんだから他の先生からばれるでしょ。それにしても人の話聞く気が無いのがムカつくわ。まあ『今回』はあたし達が疑われてる訳じゃないんだし、良いんじゃないの? 名前すらスルーされたぐらいだしね」
そう、『今回』は。
ま、名札についてる名字ぐらいは控えてたのかもしれないけれど。
「Look what they’ve done to my dream…」
溜息混じりにぽつりと慧天が呟くのは、さっき流れていたワン・ビジョンの一フレーズだ。彼らは僕の夢に何て事をしてくれたんだ。釣られて覚えてしまったあたしと、笑う保志先生。
「dreamはないだろ、dreamは」
保志先生はゆっくりと歩き出す。教室棟の方向だ。あたし達が玄関に向かって、つまりサボタージュしようとしていることは、見逃してくれるらしい。そりゃそうか、これから多分全校集会だ。五百人の生徒の中で二人ぐらい居なくたって気にならない。重宝されない第一発見者なんだし、いてもいなくてもどうでも良いだろう。警察は子供には解らないことをやっているそうだから。まずは指紋取のアルミ粉吹きかな。でも生徒も教師の出入りも多い校長室で、そんなもの役には立たないだろう。血痕の採取? 眼ってどのぐらい血が出るのかな。充血したりするから血は流れてるんだろうけれど、白いわよねえ。うーん。謎だわ。
「そうそう、面白いこと教えてやるよ」
立ち止まって振り向いた保志先生に、あたし達は首を傾げる。
「音楽の河原崎先生な。赴任してきた時からずっと校長と不倫してた。職員室では公然の秘密なんだけど、流石に生徒には知られてないだろ。少しは謎に近付くか? 『名探偵』に『ヒーロー』」
嫌な浮名で呼ばれた慧天は、ヘッドホンを直してからあたしの手を引っ張って玄関に向かう。両親は仕事でいないから、多分あたしの家に行くつもりなんだろう。慧天の家はお母さんが専業主婦なんだけど、慧天は自分の親ともうまく話せないから。そして『通訳』のあたしは、おばさんにあまりよく思われていない。仕方ないことだとは思うけれどちょっとは悲しい。まあ、ケ・セラ・セラだ。
それにしても不倫。不倫かあ。教師も人間なんだろうけれど、河原崎先生はどうして親子ほども年の離れた校長先生を選んだんだろう。愛ってそういうものなのかな? 解んないや、あたしまだ十四歳だもん。友情すらもよく解ってない。慧天をいじめてた三人組。共犯者を置いて逃げた二人。愛情も面倒からは逃げる程度のものなのかな。十六歳ぐらいになって解れば良い。その時は結婚もできる歳だ。一度くらい誰かに死ぬほど焦がれてるかもしれない。
今の庇護対象は慧天で、慧天以外の男子なんてクラスメートでも顔と名前が一致してないけれど。慧天があたしに付いて来てくれるかの方が問題だ。進学とか受験とか。こいつ理数系は地味に頭が良いのよね。あたしは空手の一芸入試を勧められているけれど、慧天と離れるのは、嫌だなあ。いくら家が、隣同士でも。慧天があたし以外の通訳を探すなんて、考えただけでもちょっと腹が立つ。使い捨てみたいじゃない、そんなの。
予想通りあたしの部屋でアイスティーを受け取ってからふぃーっと息を吐いた慧天は、あたしのCDラックからQUEENのシアー・ハート・アタックのCDを取り出してプレーヤーに入れた。殺人現場を見てきた後のタイトルじゃないな、なんて思う。ちょっとボリュームを上げてからようやくヘッドホンを外すと、そろそろ長くなって来た髪はぱらぱらと乱れていた。慧天はヘッドホンを外せないから、美容室や床屋さんに行けない。半年に一度ぐらいの頻度であたしが切ってるけれど、我ながらギリギリだと思う。毎回毎回、任されるのには慣れない。だけどあたしは慧天のヒーローだから、頑張るのだ。どうせヘッドホンで隠れるし左右非対称でも良いでしょ、うん。
手櫛で髪を直してあげると、ありがとう、と笑われる。二人っきりの時の慧天は昔と同じ顔をする。二年前と同じ顔をする。男の子だからそろそろ成長期があるはずなのに、変わらない様に見えるのは毎日その顔を見ているからだろうか。あたしの髪みたいに目立つ変化がないのは、まるで時が止まってるみたいでぞっとしない。だからあたしは慧天の髪をちょっとトンチキに切ってしまう。そう、何と言うか、前衛的に。美容師さんになるって言うのも良いなあ。慧天の髪は細くて切りやすいから、ついついやり過ぎちゃうんだけど。ま、坊主にされるよりいいでしょ。校則違反の長さになると強制バリカンだからね、うちの学校。近い将来傷害で訴えられると思う。このご時世だし。慧天をいじめてたあの金髪君は良く逃げてるな。
ベッドに座ってレモンを少しグラスに絞ってからストローでグラスを掻き混ぜた慧天は、床に座ってミルクとガムシロップを追加しているあたしに、ちょっと眉を顰めて見せた。紅茶はダージリンに始まってダージリンに終わる、を座右の銘としている慧天は、紅茶に不純物を入れるのをあまり好まない。レモンは仕方ないらしい。夏場のレモンティーは確かに、至福だ。でもそのレモンティーも発売当初はイギリスから散々難癖付けられたらしいよ、と教えてくれた。ちなみにアイスコーヒーは日本で作られたらしい。その時はアメリカがアイスで飲むなんて、と難色を示したらしいけど。古今東西食の拘りとは恐ろしい。
「それじゃ紅茶の味が解らなくなっちゃうよ、静紅」
「夏はこれが好きなの。どうせインスタントだもん、どう飲んじゃっても良いでしょ。ポットで入れると洗い物が面倒だし」
「茶葉が舞わない紅茶は紅茶じゃない」
「世界中のインスタント業者に謝りなさい」
くすくすと意味のないドーナツ・トークのBGMはブライトン・ロックだった。でも一番好きなアルバムはメイド・イン・ヘヴンなんだよなー、なんて今更言えない事を考える。死体を見た後のタイトルじゃないのは同じだ。あたしはグラスの中身を混ぜる。一口飲むとミルクのまろやかさが喉にしみた。水分足りてなかったんだな、やっぱり。夏だからきちんと摂るようにしないと。牛乳を飲むと背が高くなると言われて育ったけれど、やっぱり男の子には勝てなくて、ミルクティーぐらいしか飲まない慧天よりあたしの身長は低い。しかも入れるのはコンデンスミルクだ。イギリスの軍隊か。しかし、けっしてチビではないんだけれど。昔は同じぐらいだったのにな。もしかして意外と地味に成長期来てる? でもクラスでは目立たないぐらいだしなあ。学ランの男子は黒いからみんな一塊になると同じに見えてしまう。よっぽど背が高かったり低かったりない限り。そう言えば慧天をいじめてた奴にも一人背の高い男子がいたな。えーと……小泉君、だっけ。身長は慧天より頭一つ分ぐらい大きいから、一八〇センチ前後だろう。中学生にしては背が高くて印象に残っていただけだけど、駄目だ、あとの二人は思い出せない。金髪とピアスとノッポ。名前まで覚えるのは女子までが限界だ。女の子は名前を覚えないと面倒くさい。ハブにしたりいじめてきたり。経験則だ、これは。二年前の。
「何考えてるの? 静紅」
「練乳と牛乳について」
「気楽だなあ……」
「だって知ったこっちゃないもん、殺人事件なんて。大方不倫の事実を知った校長先生の奥さんが、乗り込んできて殺したりしたんでしょ」
「それじゃ眼鏡の謎が解けないよ。犯人はあくまで学校内で親しい相手だと思う。それに、昼の学校は意外と不審者に厳しいよ。ついでに凶器も解らない」
それは確かにそうだ。うろうろしている教師に見付からずピンポイントで校長室を見つけ逃げるのは難しいだろう。夫の職場なんて行ったことがない人の方が多いだろうし。慧天だって武道館にあたしの空手を覗きに来たのは一回きりだ。そして逃げた。顔が怖いとは失礼な。真剣にやっていると言って欲しい。確かに目付きはあんまりよくない方だけれど、逃げられるほどじゃない。と思いたい。大会とかでやたら怯えた顔されるのは気のせいだ。こんなに可愛い中学生が、怖い筈がない。でも怖い方が良いのかな?
だってあたしは『ヒーロー』なんだから。
結論の出ないままあれこれ話すのは事件の事ばかりだ。直接死体を見ていないあたしにはまだ実感が沸かない。優しそうな先生が一人減った、ぐらいの感覚だ。思いながら次の日も学校に行く。休校にならなかった事にちょっとだけ舌打ちしていると、手ぶらのあたしと慧天は遅刻点検係に訝った顔をされた。でもあたしと慧天だし、と言う事で軽くスルーされる。咽喉マイクとヘッドホンの方がよっぽど奇矯だ。学校では校長先生の話題で持ち切りだったけれど、どこか浮かない顔をしている女生徒が何人かいて、それがちょっと気になった。思い詰めたような様子。迷ってるような様子。首につけた咽喉マイクをいじりながら、あたしは考える。内部の犯行。不倫していた河原崎先生。もしかして何か狙いでもあったんだろうか。お金とか? でも公務員ってそんなに莫大な給料もらってるのかな。校長先生にもなると違ったりする? でもでも河原崎先生が貧乏だとは聞いたことのない話だ。いつも清潔な服を着ているし、ナチュラルメイクだからコスメにつぎ込んでる節もない。しいて言うなら、最近はワンピースに凝ってるみたいだ、ってぐらい。それも淡色系じゃなく濃色系。汚れが目立たなくて良いと思う。でも見たことがあるのは四着ぐらいで、やっぱり財布を圧迫しているとは思えない。
お金じゃなかったら何だろう。そもそも、校長先生に離婚する気はあったのだろうか。若いお嫁さんが欲しい年頃だった? 介護要員が欲しかった? でも特別そう言うのに追われていた、なんて噂も聞いたことがない。古巣のソフトボール部を時々見学しているのは見たことがあった。宿題忘れて居残りした時とかに、グラウンドでの練習が終わろうとしている生徒達に声を掛けて、元気づけていた。ちなみに体育にソフトボールはないので、あたしはいまだにそれが野球とどう違う競技なのかよく解ってない。なんか……下から投げるんだっけ? そのぐらいのと知識だ。
それにしても終わるまで見てるなんて熱心だな。赤いユニフォームの選手達を思い出す。うちのクラスにも何人かいるけれど、文化部の方が似合うような大人し気で可愛い子が汗水垂らして土の上を這いずり回っているのにはちょっと迫力を感じた。好きなんだろうな。好きな事が出来るのは良いことだ。あたしは、慧天の通訳をしているのが結構楽しいし。でも肝心な時にだんまりになられたりするのは困るんだよね。いじめられてるとか、そういう事は早めに言ってほしい。でないと『ヒーロー』の出番がない。偶然で見付けるのなんて、情けない。
あー駄目だ、あたしまで事件のことばっか考えてる。慧天はヘッドホンを直して黙々と次の授業の準備をしているけれど、きっとあいつの頭の中も事件のことでいっぱいなんだろう。鈍い凶器。ふっと思い出したのはエラリィ・クィーンだ。またQUEENか。Yの悲劇、鈍い楽器。それは推理の切っ掛けになった。じゃあ校長先生を殺した鈍い武器って、なんだったんだろう。死ぬのが確実な心臓は突けないような、鈍い武器。
あたしは『名探偵』じゃない。『ヒーロー』だ、推理にはきっと向いてない。でも慧天ならもしかして、なんて考えてしまう。『名探偵』。本人は嫌がっているけれど、あたしにとって慧天は名探偵であり救世主だ。二年前、あの時あたしを助けてくれた時から。代償に慧天は声と音を失った。だからあたしは慧天を守る『ヒーロー』でいなきゃならない。守って、助けて、そうしなきゃいけない。慧天はいつか、失ったものを取り戻せるだろうか。あたしが守らなくても良いぐらい、強くなれるだろうか。今は想像ができない。だけど、いつかは、と思う。いつか慧天がまたどこでも笑えるようになったら。
昼休み、煌々と教室に入る太陽の光。窓を開けているとカーテンが揺れた。
そして。
落ちていく影が、見えた。
「――ッ!?」
見ていたのはぼんやりしていたあたしだけじゃなく、慧天もそうだった。あたしを見た慧天に、こくりと頷いて、手を取って走り出す。どさりと何かが落ちる音。二年の教室は二階、一階の一年の教室に勝手にずかずか入り込むと、キョトンとした下級生達ががあたしと慧天を見た。生徒は殆ど学食か購買にでも行っているんだろう、教室に残っている人数は少ない。でもそんなのは関係ない、開いていた窓から上履きのまま飛び出した慧天が見付けたものは、あたしが見付けたものは、
……長谷先生の転がっている姿だった。
手首に触れて脈をとった慧天はあたしの方を振り向いて、ふるふる、と首を振る。
それからやって来たのは、空き教室を仮捜査本部にしていた刑事さん達だった。あたし達が第一発見者だと知ると、一番偉いんだろう警部さん――刑事さん達がそう呼んでるのを聞いた――にあからさまに嫌そうな顔をされる。またお前らか、とでも言いたいんだろう。あたし達ですよ。救急車が呼ばれて死体が運び出されていくまで、あたし達はやっぱり何も聞かれなかった。ただ、刑事さん達が言っていることを纏めると、長谷先生は屋上から落ちたらしい。そして恐らく全身を強く打っての死亡。長谷先生は背も高く筋肉質な人だった。屋上から、は無理じゃないだろうかとあたしと慧天は顔を見合わせる。十何年か前のいじめ自殺ブームの際に、うちの学校の屋上の柵は返しが付いているし高いのだ。勿論施錠もがっちりさせられて、鍵は職員室の棚を一つ増やしてそこに厳重に保管されている。無断使用禁止の札付きで。
よしんば鍵を開けられたとしても、中学生の力じゃ長谷先生を持ち上げるのは無理だろう。女の人なんてもっと想定外。思い付いたのは小泉君みたいな背の高い生徒だけど、あの筋肉は重くて持ち上げるのは困難だろう。教師の中で長谷先生の次に体格が良いのは保志先生だけれど、あの保体教師は自分では動かないから筋力は皆無だ。じゃあ別の階から飛び降りた? 教室棟は五階建てだ。これも何かの本で読んだ事があるのだけれど、飛び降りで死ぬ時その境目は五階であるらしい。五階に何があるかというと、児童減少で使われなくなった空き教室だ。でもそこは鍵が掛かってる。長谷先生の持ち物に、鍵はあったのだろうか。
「それは無かったみたいだねえ」
ペットボトルの緑茶を飲みながら誰もいない職員室で答えたのは、保志先生だった。
「それに屋上からってのも一応根拠があるんだよ。河原崎先生が慌てて職員室に入って来てね、中庭のベンチで弁当食ってたら人が屋上から落ちるのが見えたって。そんで慌てて鍵を取りに来て、屋上に向かったんだと」
それは――
「ちょっと、おかしい」
ぽつりと呟いたのは慧天だった。
「普通は飛び降りた方に行くはず。まだ息があるかもしれないから。なのになんで、屋上に向かったんだろう」
「河原崎先生を疑ってるんなら、無駄だぞー西園。彼女の力じゃとてもじゃないけどあの柵は越えさせることは出来ない。でも妙なもんは妙だな。屋上の鍵は厳重管理されてるはずなのに、どうやって長谷の奴は屋上に入ったんだろう」
屋上の鍵が厳重に管理されているのも、例の自殺ブームの所為だ。学生は追い詰められやすい。長谷先生は授業こそ厳しいけれど、豪快で悪い人には見えなかった。元々この学校の出身だったらしく、その頃はソフトボールをやっていたらしいと聞いている。校長先生が顧問で、厳しかったとも。だから腕の筋肉はむちむちだ。一度触らせてもらったことがあったけれど、ちょっと齧り付いてみたいぐらいにむちむちだった。しかし、長谷の奴?
「長谷先生と仲良かったんですか? 保志先生」
「あれ、言ってなかったっけ。ここの元同級生よ俺ら。仲良いってほどではなかったけど」
「へー……」
ともかく、体育会系な人なら容易に突き落とされることはないだろう。じゃあ五階の空き教室から? と思ったけれど、こちらは埃を被っていて足跡が一切出なかったらしい。それに校長先生の事件もある。警察は二つの事件を繋げあぐねているらしい。二人の共通点。それこそ昔の師弟だったことぐらいしか見付からないと。でもそれってのは二十年以上前のことだ。もう時効の友好関係だろう。今は一緒の職場の仲間。けど職員室と校長室に分かれている。それに、そんなこと言ったら保志先生だって河原崎先生だってそうだ。きりがない。職員室はなかなかどうして、結構広い。その広い職員室に流れていた不倫の噂。何故、隠れなかったんだろう。見せびらかすように、したんだろう。
「ま、その辺の謎解きは頼むよ、『名探偵』に『ヒーロー』」
緑茶を一口飲んで、保志先生はニヤリと慧天の顔を覗き込んだ。嫌な浮名に露骨に顔を顰める慧天は、それでも溜息を吐いてこくんと頷いた。
「良いの? 安請け合いして」
こくん。
「下手に捜査してるって言ったら、犯人に狙われるかもよ」
こくん。
「……また飛び降りだったね」
そう。
死体を見たのは三度目だった。
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